プラーク(歯垢)は、歯の表面に付着する柔らかい細菌の塊であり、黄白色で粘着性の高い物質です。一般的に食べかすと混同されがちですが、実際には全く異なる性質を持っています。プラーク1mg中には数億以上の細菌が存在しており、虫歯菌や歯周病菌などの微生物の温床となっています。
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プラークの形成は食事後数時間から始まり、まず歯の表面に唾液成分がコーティングされ「ペリクル」と呼ばれる薄い膜が形成されます。その後、約8時間でペリクルの上に連鎖球菌などの好気性菌が定着し、プラークが形成されます。この段階のプラークは白色で、まだ粘着性やネバネバした感じは少なく「健全なプラーク」と呼ばれています。
参考)https://iwai-dc.com/wp-content/themes/sp/images/3.pdf
プラーク内に存在する主要な細菌として、ストレプトコッカス・ミュータンス(Streptococcus mutans)が挙げられます。この細菌はショ糖を含む環境で粘着性のグルカンを多量に産生し、歯のような滑らかな表面に強固に付着する能力を持っています。ストレプトコッカス・ミュータンスは糖分を酸に分解し、歯のエナメル質を溶かすことで虫歯を引き起こす主要な原因菌として知られています。
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歯石は、プラークが長時間歯の表面に付着し続けることで形成される硬化した物質です。プラークが唾液中に含まれるミネラル(カルシウムやリン酸)を吸収し、石灰化することで歯石へと変化します。この石灰化のプロセスは、最低でも12時間、通常は数日から2週間程度の時間を要します。
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歯石の形成過程は以下の段階を経ます。まず、食事により口腔内に残った食べ物のカスや糖分が細菌と結びつき、バイオフィルムという薄い膜を形成します。次に、このバイオフィルムに唾液中のミネラルが沈着し、次第に硬化していきます。唾液のpH値も影響を与え、酸性に偏るとプラークの硬化が促進されます。
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歯石には大きく分けて2種類あり、それぞれ異なる特徴を持っています。歯肉縁上歯石は、歯茎より上の見える部分にできる歯石で、黄白色または灰白色を呈し、比較的柔らかく除去しやすい特徴があります。唾液腺の開口部近く、特に下の前歯の裏側や上の奥歯の外側にできやすく、わずか2日間でプラークが歯石化することもあります。一方、歯肉縁下歯石は、歯茎より下の歯周ポケット内にできる歯石で、黒褐色を呈し、硬く除去が困難です。歯肉縁下歯石は歯周病の進行と深く関連しており、より専門的な治療が必要となります。
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歯石の検出、除去、予防に関する詳細な文献レビュー
プラークと歯石の最も明確な違いは、その硬さです。プラークは柔らかく、指で触ると簡単に除去できますが、歯石は硬くて専用の器具でなければ除去できません。また、構造面でも違いがあり、プラークは比較的均一な構造をしているのに対し、歯石は層状の複雑な構造を持っています。
参考)プラークと歯石の違い 
色の違いも重要な判別ポイントです。プラークは白色から黄白色であるのに対して、歯石は黄色、茶色、黒色など様々な色を呈します。これは、歯石の形成過程で様々な色素が取り込まれるためです。歯肉縁上歯石は比較的明るい色調ですが、歯肉縁下歯石は血液成分の影響で黒褐色になることが多いです。
除去方法についても大きな違いがあります。以下の表に主要な相違点をまとめました。
| 項目 | プラーク | 歯石 | 
|---|---|---|
| 形状 | 柔らかい | 硬い | 
| 色 | 白色〜黄白色 | 黄色〜黒褐色 | 
| 除去方法 | 歯磨きで可能 | 歯科での除去が必要 | 
| 発生原因 | 細菌と食べかす | プラークの石灰化 | 
| 形成時間 | 数時間 | 数日〜2週間 | 
| 影響 | 虫歯・歯周病の直接原因 | 虫歯・歯周病の悪化、口臭 | 
参考)歯垢(プラーク)と歯石の違い 
プラークと歯石は、どちらも歯周病の発症と進行に深く関わっています。プラーク中の歯周病菌は毒素を産生し、歯茎を攻撃することで炎症を引き起こします。この炎症により、歯磨き時に歯茎から出血することがあります。初期段階で徹底的なプラーク・歯石の除去や適切な歯磨きを行えば進行を止められますが、放置すると炎症がさらに進行します。
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歯周病菌は空気を嫌う嫌気性菌であるため、歯と歯茎の隙間(歯周ポケット)の中にどんどん潜り込んでいきます。歯周ポケット内で歯周病菌が活発になると、さらに歯茎に炎症を起こし、やがて歯を支える骨(歯槽骨)まで溶かしてしまいます。一度歯周ポケット内にプラークが入り込むと、歯ブラシでの除去は不可能になり、細菌は増殖を続けます。
歯石そのものは「死んだ細菌の固まり」であり、直接的に歯周病を引き起こすわけではありません。しかし、歯石の表面はザラザラしているため、その上にさらにプラークが付着しやすくなり、付いたプラークが落ちにくくなるという問題があります。歯石があるとプラークコントロールが困難になり、結果として歯周病の進行を加速させてしまいます。
参考)https://kasumori-oshimura.com/2025/08/24/%E3%83%97%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%81%A8%E6%AD%AF%E7%9F%B3%E3%81%AE%E9%81%95%E3%81%84%E3%81%A8%E3%81%AF%EF%BC%9F%E6%AD%A3%E3%81%97%E3%81%8F%E7%9F%A5%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%8A%E5%8F%A3%E3%81%AE/
興味深い研究として、歯周病の主要病原菌であるポルフィロモナス・ジンジバリス(Porphyromonas gingivalis)は、歯肉や歯槽骨を破壊する酵素を分泌することが知られており、進行した歯周病に深く関与しています。この細菌は口腔内だけでなく、炎症性腸疾患、心血管疾患、アルツハイマー病、関節リウマチなど、全身の様々な疾患との関連も報告されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10409047/
ポルフィロモナス・ジンジバリスと全身疾患の関連についての最新研究
プラークの除去には、毎日の適切なセルフケアが最も重要です。丁寧な歯磨きを心がけ、特に歯と歯茎の境目、下の前歯の内側、上の奥歯など歯石のできやすい部位を意識的に磨く必要があります。正しい歯磨きの方法として、歯と歯茎の間にブラシを当て小刻みに動かす、前歯の裏側はブラシを縦に当てて掻き出すように磨く、奥歯の裏側は45度の角度でブラシを当てるなどの技術が推奨されます。
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歯ブラシだけでは歯と歯の間のプラークを完全に除去することは困難です。デンタルフロスや歯間ブラシを併用することで、プラークの除去率が約1.5倍に向上します。歯ブラシとフロスをセットで1日2回以上、1回あたり最低10分間行うことが効果的です。磨き残しを防ぐため、右上の奥歯から始めて左奥まで磨き、裏側も同様に行う系統的なブラッシングが推奨されます。
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歯石の除去には、歯科医院での専門的な処置が必要です。スケーリングと呼ばれる処置では、スケーラーという専用器具を用いて歯石を除去します。ハンドスケーラーや超音波スケーラーなどの器具が使用され、歯肉縁上歯石は比較的容易に除去できますが、歯肉縁下歯石の除去にはより高度な技術が必要です。スケーリングは一度で完了するものではなく、歯周病の進行度合いや歯石の付着状況によって複数回に分けて丁寧に処置を進めることが重要です。
参考)歯石除去 
歯石は一度除去しても再形成されるため、定期的なメインテナンスが不可欠です。一般的には3〜6ヶ月に1回のスケーリングが目安とされますが、口腔内の状態によって間隔は変わります。プラークコントロールの効果を最大化するためには、抗菌作用のあるマウスウォッシュの使用や、糖質を含む粘着性の食べ物の摂取頻度を減らすことも有効です。
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最近の研究では、ウォーターフロッサーがプラーク除去に効果的であることが示されています。ウォーターフロッサーは、通常の洗口より効果的に糖分を除去し、ストレプトコッカス・ミュータンスなどの細菌で形成されたバイオフィルムを効率的に除去できることが確認されています。また、12週間のランダム化比較試験では、歯磨きに加えてウォーターフロッサーを使用することで、歯肉炎や歯垢の細菌叢に好影響を与えることが報告されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10212231/
手動歯磨き技術とプラーク除去効果に関する系統的レビュー
医療従事者として、プラークと歯石の違いを患者に正確に説明し、適切な口腔衛生指導を行うことが重要です。多くの患者は、プラークと歯垢が同一のものであることを知らず、また歯石が単なる汚れだと誤解していることがあります。プラークは生きた細菌の塊であり、虫歯や歯周病の直接的な原因となること、一方で歯石は死んだ細菌の固まりではあるものの、その表面の粗さがさらなるプラーク蓄積を促進することを明確に伝える必要があります。
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患者指導において、プラークコントロールの重要性を強調することが不可欠です。プラークは食後数時間で形成が始まるため、毎食後の歯磨きが理想的ですが、最低でも1日2回の丁寧なブラッシングとフロッシングを習慣化するよう指導します。特に就寝前の口腔ケアは重要で、睡眠中は唾液分泌が減少しプラークが増殖しやすくなるため、就寝前の徹底的なプラーク除去を推奨します。
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歯石除去後の患者には、定期的なメインテナンスの必要性を説明することが重要です。スケーリングで得られた効果を最大限に活かし、再発を防ぐためには、治療後の定期的なプロフェッショナルケアが不可欠です。歯石は90パーセント以上の人に認められ、一度除去してもしばらくすると再形成されるため、3〜6ヶ月ごとの定期検診を受けるよう患者に促します。
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興味深い臨床的知見として、虫歯と歯周病の間には拮抗的な関係が存在する可能性が報告されています。虫歯になりやすい患者は比較的健康な歯周組織を持つ傾向があり、逆に歯周病患者は虫歯の発生率が低い傾向があることが複数の研究で示されています。これは、プラーク内の細菌叢の組成の違いに起因すると考えられており、口腔内の生態学的バランスの重要性を示唆しています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10811826/
また、近年の研究では、歯周病の病因論が「非特異的プラーク仮説」から「特異的プラーク仮説」へ、さらに「共生から異常共生(dysbiosis)へ」というパラダイムシフトを経ていることが知られています。単なるプラークの量の増加ではなく、プラーク内の細菌叢の質的変化、特に病原性細菌の増加と有益な細菌の減少が歯周病発症の鍵となることが明らかになっています。この知見は、単にプラークを機械的に除去するだけでなく、口腔内細菌叢のバランスを整えることの重要性を示しています。
参考)https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/20002297.2023.2197779
歯周病の病因における共生から異常共生への概念についての最新レビュー