芳香族アミノ酸一覧と構造、代謝機能の解説

芳香族アミノ酸には、フェニルアラニン、チロシン、トリプトファンが含まれ、神経伝達物質やホルモンの合成に重要な役割を果たします。それぞれの構造的特徴や生体内での代謝経路、臨床的意義について詳しく解説していますが、あなたは芳香族アミノ酸の生理学的役割をどこまで理解していますか?

芳香族アミノ酸の構造と分類

芳香族アミノ酸の主な特徴
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構造的特徴

ベンゼン環などの芳香族基を側鎖に持つアミノ酸で、紫外線吸収性を示す

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生理活性

神経伝達物質やホルモンの前駆体として重要な生体機能を担う

代謝経路

血液脳関門を通過し、分岐鎖アミノ酸と同じ輸送担体を共有する

芳香族アミノ酸に含まれる主要なアミノ酸一覧

 

芳香族アミノ酸は、その側鎖にベンゼン環などの芳香族基を有するアミノ酸の総称で、英語表記ではAromatic amino acid(略称AAA)と呼ばれています。タンパク質構成アミノ酸の中で、典型的な芳香族アミノ酸として分類されるのはフェニルアラニンチロシントリプトファンの3種類です。これらは共通して芳香環構造を持ち、タンパク質の構成成分として使われるだけでなく、ホルモンや各種アミンなどの生理活性物質を生成する前駆体としても機能します。
参考)芳香族アミノ酸 - Wikipedia

一方、ヒスチジンはイミダゾール基を持つアミノ酸で、ベンゼン環は持ちませんが、芳香環を有することから広義の芳香族アミノ酸に分類されることがあります。ただし、ヒスチジンはその側鎖の性質から、一般的には極性アミノ酸に分類されるため、狭義の芳香族アミノ酸には含まれないことが多いです。
参考)芳香族アミノ酸の基本とその重要性:症状、治療、栄養サポートま…

覚え方として医療従事者の間では「尻が匂う鳥フェチ」という語呂合わせが使われており、尻=ヒスチジン(Hip)、匂う=芳香、鳥=トリプトファン、フェ=フェニルアラニン、チ=チロシンを意味します。​

アミノ酸名 構造的特徴 分類
フェニルアラニン ベンゼン環を側鎖に持つ

必須アミノ酸
参考)アミノ酸の種類

チロシン ヒドロキシ基が付いたベンゼン環

非必須アミノ酸
参考)チロシン(Tyr、Y:Tyrosine) - yakugak…

トリプトファン インドール環を持つ 必須アミノ酸​
ヒスチジン イミダゾール基を持つ 必須アミノ酸(広義)​

芳香族アミノ酸の構造的特徴とベンゼン環の役割

芳香族アミノ酸の最大の構造的特徴は、側鎖に芳香環を持つことです。この芳香環、特にベンゼン環は、平面的で安定した構造を持ち、特定の化学反応において安定性を提供します。フェニルアラニンは単純なベンゼン環を側鎖に持ち、チロシンはそのベンゼン環にヒドロキシ基(-OH)が付加した構造を持ちます。トリプトファンはさらに複雑なインドール環(ベンゼン環とピロール環が縮合した構造)を有しています。​
これらの芳香環構造は紫外線吸収という重要な物理的性質をもたらします。特にトリプトファンは280nmの紫外線を強く吸収する性質を持ち、この特性はタンパク質の定量分析に利用されています。また、芳香環は疎水性相互作用を介してタンパク質の三次元構造の安定化に寄与します。​
球状タンパク質では、芳香族アミノ酸の残基は主にタンパク質の内核部に位置し、構造の安定化に重要な役割を果たします。さらに、芳香環はπ-π相互作用を介して他の芳香族側鎖と相互作用することがあり、タンパク質の折りたたみや安定性に影響を与えることが知られています。​

芳香族アミノ酸の代謝経路と神経伝達物質の合成

芳香族アミノ酸は、多くの重要な神経伝達物質やホルモンの前駆体として機能します。フェニルアラニンは肝臓でフェニルアラニン水酸化酵素(PAH)の作用によりチロシンに代謝されます。このチロシンは、さらにドーパミン、ノルアドレナリン、アドレナリンなどのカテコールアミン系神経伝達物質の合成に関与します。​
トリプトファンは、セロトニン、メラトニン、キヌレニンなどの合成において重要な出発分子となります。セロトニンは神経伝達物質として機能し、さらに睡眠ホルモンであるメラトニンの前駆体でもあります。また、ヒスチジンはヒスタミンの前駆体として機能します。
参考)神経系疾患分野、代謝疾患分野

これらの代謝過程において、**芳香族L-アミノ酸デカルボキシラーゼ(AADC)**は重要な役割を担います。この酵素はビタミンB6を補酵素とし、L-ドーパをドパミンに、5-ヒドロキシトリプトファン(5-HTP)をセロトニンに脱炭酸化します。AADCは基質特異性が低く、フェニルアラニンをはじめとする芳香族L-アミノ酸を脱炭酸してアミンに変換する酵素です。​
芳香族アミノ酸脱炭酸酵素欠損症の詳細(難病情報センター)
芳香族アミノ酸の代謝異常は重篤な疾患につながります。AADCの欠損症では、ドパミン、ノルエピネフリン、セロトニンの合成が障害され、乳児期早期からの発達遅滞や眼球運動異常、四肢ジストニアなどの神経症状が出現します。​

芳香族アミノ酸と分岐鎖アミノ酸の関係性(フィッシャー比)

芳香族アミノ酸(AAA)と分岐鎖アミノ酸(BCAA)は、血液脳関門(BBB)を通過する際に同じ輸送担体を共有しており、互いに競合関係にあります。この競合関係は臨床的に非常に重要で、特に肝疾患患者において顕著な影響を及ぼします。
参考)https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/2010/103131/201030005B/201030005B0017.pdf

肝硬変などの肝不全では、血漿中のBCAA(バリン、ロイシン、イソロイシン)が減少し、芳香族アミノ酸(フェニルアラニン、チロシン)、メチオニン、トリプトファンが増加するという特徴的なアミノ酸パターンを示します。この血漿中のBCAA/AAA比はフィッシャー比と呼ばれ、肝機能の指標として用いられます。
参考)https://maruko-hp.jp/wp-content/themes/maruko-hp/images/content-library/no227-kusuri.pdf

フィッシャー比が低下すると、芳香族アミノ酸が相対的に増加し、血液脳関門を通過して脳内に過剰に取り込まれます。その結果、脳内で偽性神経伝達物質が生成され、肝性脳症などの脳機能障害を引き起こす可能性があります。このため、肝疾患患者にはBCAAを強化したアミノ酸製剤が投与され、脳内への芳香族アミノ酸の過剰な移行を抑制する治療が行われます。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jscc1971a/20/0/20_52/_pdf

芳香族アミノ酸の食品供給源と臨床的意義

芳香族アミノ酸は主に高タンパク質食品から摂取されます。フェニルアラニンは肉類、魚介類、卵、乳製品、大豆製品など様々な食品中にタンパク質の構成成分または遊離型アミノ酸として存在します。日本人のフェニルアラニン平均摂取量は、男性3.51g/日、女性2.97g/日と報告されています。​
チロシンも同様に高タンパク質食品(肉類、魚類、卵、乳製品、大豆製品)に含まれています。チロシンは体内で合成可能な非必須アミノ酸ですが、フェニルアラニンの不足や代謝異常がある場合には外部からの摂取が必要になることがあります。桜エビ、ゼラチン、大豆製品などはチロシンを多く含む食品です。
参考)その他のアミノ酸|カンタン解説!アミノ酸|アミノ酸大百科|味…

臨床的に最も重要な芳香族アミノ酸の代謝異常は**フェニルケトン尿症(PKU)**です。これはフェニルアラニン水酸化酵素(PAH)の欠損により、フェニルアラニンがチロシンに変換されない先天性代謝異常症です。チロシンが不足すると甲状腺ホルモン不足による身体発育障害、メラニン不足による白皮症、さらにL-ドーパやエピネフリン不足による精神発達障害が出現します。
参考)https://jsimd.net/pdf/guideline/MS/1_ms2025.pdf

フェニルケトン尿症診療ガイドライン2025(日本先天代謝異常学会)
治療としては、診断後直ちに無フェニルアラニンミルクまたは低フェニルアラニン治療乳を開始し、血中フェニルアラニン濃度を2~4mg/dL程度に維持する食事療法が行われます。離乳開始後は治療乳を中心とした低タンパク食を継続します。
参考)人体の構造と機能及び疾病の成り立ち : 看護師国家試験 管理…

高齢者においては、筋肉量の維持のために良質なタンパク質摂取が重要です。肉、魚、卵、牛乳などの動物性タンパク質食品は、芳香族アミノ酸を含む必須アミノ酸をバランスよく供給し、サルコペニア(加齢性筋肉減少症)の予防に寄与します。
参考)高齢者とアミノ酸|生活で役立つアミノ酸|アミノ酸大百科|味の…

 

 


豆本11、12、13-2、21、22(脂肪族、芳香族、糖、α-アミノ酸