心タンポナーデの症状と診断、治療

心タンポナーデは心嚢液貯留によって心臓が圧迫され、生命に関わる重篤な状態を引き起こす緊急疾患です。呼吸困難や血圧低下などの症状から、どのように早期診断し適切な治療を行うべきでしょうか?

心タンポナーデの症状と診断

心タンポナーデの主要症状
💓
呼吸器症状

呼吸困難、息切れ、起座呼吸が出現し、重症例では多呼吸や咳を伴います

⚠️
循環器症状

低血圧、頻脈、血圧低下による虚脱やショック状態を呈します

🩺
全身症状

だるさ、胸部圧迫感、意識障害、チアノーゼなどが認められます

心タンポナーデの主要症状の特徴

 

心タンポナーデの症状は、心嚢液の貯留速度と量によって大きく異なります。急性発症の場合、強い胸痛、血圧低下、意識障害、さらには心停止に至ることがあります。一方、心嚢液が緩徐に貯留する場合は、初期の自覚症状がほとんど感じられないこともあり、診断の遅れにつながる可能性があります。
参考)心タンポナーデ (しんたんぽなーで)とは

典型的な症状として、呼吸困難、胸部圧迫感、起座呼吸などの呼吸器症状が挙げられます。重症例では多呼吸や咳などの呼吸器症状が多くみられ、特に猫などの動物では顕著です。循環器系の症状としては、低血圧、頻脈、ふらつき、失神などが出現します。血圧が危険なレベルまで低下すると、ショック状態に陥り、死に至る場合もあります。
参考)心タンポナーデ - 25. 外傷と中毒 - MSDマニュアル…

全身症状としては、だるさ、意識障害、チアノーゼ(皮膚が青く冷たくなる)などが認められます。急性心筋梗塞や大動脈解離などが原因の場合、突然の激しい胸痛や背部痛を伴うことが多いです。感染性心膜炎が原因の場合は、先行して発熱、鼻づまり、咳などの風邪症状が出現することもあります。
参考)心タンポナーデの原因や治療方法について解説|心タンポナーデで…

心タンポナーデの診断におけるBeck三徴

心タンポナーデの診断において、Beck三徴は古典的かつ重要な身体所見です。Beck三徴は以下の3つの徴候から構成されます:①低血圧(収縮期血圧低下)、②静脈圧上昇(頸静脈怒張)、③心音減弱(心音微弱)。
参考)https://www.jaam.jp/dictionary/dictionary/word/0120.html

しかしながら、Beck三徴がすべて揃うケースは限られており、特に急性期や外傷患者では確認が困難な場合が多いです。低血圧は外傷患者では他の原因(出血性ショックなど)も考慮する必要があり、心音減弱は救急現場の騒音の中では評価が難しく、頸静脈怒張は循環血液量減少のため認められないこともあります。また、初期段階ではBeck三徴の一部しか認められないことも多く、単一の徴候でも心タンポナーデを疑う必要があります。
参考)心タンポナーデ - 22. 外傷と中毒 - MSDマニュアル…

奇脈(吸気時に収縮期血圧が10mmHg以上低下する現象)も心タンポナーデの診断に有用な所見ですが、騒がしい環境では評価が容易ではありません。奇脈は、吸気時に胸腔内圧が低下するものの、心嚢液の存在により心嚢腔内圧がほとんど低下しないため生じます。
参考)https://primary-care.sysmex.co.jp/speed-search/disease/index.cgi?c=disease-2amp;pk=43

心タンポナーデの心電図と心エコー所見

心電図検査は心タンポナーデの診断補助として重要です。心嚢液貯留による典型的な心電図所見として、全誘導での低電位(1.0mV以下)、電気的交互脈(electrical alternans)、洞性頻脈などが認められます。電気的交互脈は、心嚢液貯留により心臓が揺動することで生じる特徴的な所見です。ただし、これらの心電図所見は心タンポナーデに特異的ではないため、他の検査所見と組み合わせた総合的な判断が必要です。
参考)心タンポナーデ (Cardiac tamponade)- 循…

心エコー検査は心タンポナーデの診断において最も重要な検査法であり、診断確定のゴールドスタンダードとされています。心エコー検査では、心膜腔への液体貯留の有無と量、右室の拡張期虚脱、下大静脈の拡張と呼吸性変動の消失などの特徴的な所見を評価します。
参考)https://clinicalsup.jp/jpoc/contentpage.aspx?diseaseid=53

右室の拡張期虚脱は心タンポナーデの診断において決定的な所見であり、この所見がない場合は心タンポナーデとは言えません。重症例では右室虚脱が心周期の1/3以上の期間で認められ、左室虚脱所見や下大静脈の拡張と呼吸性変動の消失が認められる場合は重症度が高いと判断されます。E-FAST(extended focused assessment with sonography in trauma)は初期評価および蘇生の過程で実施できますが、偽陰性の可能性もあるため注意が必要です。​

心タンポナーデの画像診断と検査法

胸部X線検査では、心嚢液が250~300mL以上貯留すると心陰影の拡大が認められます。多量の心嚢液貯留により、心陰影は左右に拡大し各弓の凹凸が不明瞭になる水瓶状(water bottle)の特徴的な形態を示します。透視下では心陰影の拍動消失を認めることもあります。ただし、急性の心嚢液貯留では100mLの貯留でも心タンポナーデをきたしうるため、心陰影拡大がなくても心タンポナーデを否定できません。
参考)http://hospi.sakura.ne.jp/wp/wp-content/themes/generalist/img/medical/jhn-cq-tokyoiryo-211115-2.pdf

CT検査は心嚢液貯留の確認や原因疾患(大動脈解離、悪性腫瘍など)の評価に有用です。特に大動脈解離が疑われる場合、造影CT検査により解離腔の有無を確認することが重要です。
参考)https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/jja2.12845

血液検査では、心タンポナーデに特異的な所見はありませんが、原因疾患の特定や全身状態の評価に役立ちます。心嚢液の性状分析も原因診断に重要であり、血性心嚢液の場合は外傷、心筋梗塞、悪性腫瘍、大動脈解離などが疑われ、膿性の場合は細菌性心膜炎が考えられます。
参考)https://www.jmedj.co.jp/blogs/product/product_20003

心タンポナーデの鑑別診断における注意点

心タンポナーデの鑑別診断では、類似した症状を呈する他の緊急疾患との区別が重要です。緊張性気胸は低血圧と頸静脈怒張を呈しますが、患側胸郭の著明な呼吸音減弱と過共鳴音により鑑別できます。​
急性心筋梗塞では心電図所見やバイオマーカー(トロポニン、CKMBなど)の上昇が認められ、心エコー検査で局所壁運動異常が確認されます。大動脈解離は造影CTで解離腔の存在により診断され、突然の激しい胸痛や背部痛を伴うことが特徴です。​
心不全や肺塞栓症も呼吸困難や低血圧を呈しますが、心エコー検査での心嚢液貯留の有無により鑑別可能です。また、骨髄異形成症候群の心嚢腔内急性転化など、稀な原因による血性心嚢液貯留も念頭に置く必要があります。末梢血よりも心嚢液で芽球比率が高い場合、心嚢腔内での急性転化が疑われます。​
医原性心タンポナーデも重要な鑑別診断の一つです。開心術後の心嚢内出血、冠動脈カテーテル治療中の冠動脈穿孔、不整脈カテーテルアブレーション中の左房壁穿孔、ペースメーカリードによる心室壁損傷などが原因となることがあります。これらのケースでは、手技直後からの症状出現と経時的な変化の観察が診断の手がかりになります。​

心タンポナーデの原因疾患と病態生理

心タンポナーデの原因は多岐にわたります。感染性心膜炎(ウイルス50%、細菌30%)は最も頻度の高い原因の一つであり、心膜の炎症により滲出液が貯留します。自己免疫疾患(全身性エリテマトーデス、関節リウマチなど)も20%程度を占めます。
参考)心タンポナーデ – 循環器の疾患

悪性腫瘍の心膜転移は重要な原因であり、肺癌、乳癌、悪性リンパ腫などが心膜転移を起こしやすいとされています。がん性心膜炎では、腫瘍細胞や血液が心膜腔に貯留します。​
急性心筋梗塞に伴う左室自由壁破裂やドレスラー症候群、大動脈解離の心膜腔内破裂も急性心タンポナーデの重要な原因です。これらの場合、急速な血液の貯留により、わずか100~150mLの貯留でもタンポナーデを引き起こします。一方、慢性的な貯留では心膜が伸展し、1500~2000mLまではタンポナーデが生じないこともあります。
参考)心タンポナーデ

外傷性心タンポナーデは胸部打撲、刺創、銃創などにより生じますが、鈍的損傷による心タンポナーデ患者の多くは治療前に死亡してしまいます。医原性では、心臓カテーテル検査や心臓手術(冠動脈バイパス術1~2%、弁置換術0.5~1%)後の合併症としても発生します。​
稀な原因として、甲状腺機能低下症による心嚢液貯留があります。甲状腺機能低下症では、アルブミンの透過性亢進により数ヶ月かけて滲出液が貯留し、心膜が徐々に伸展するため初期は無症状ですが、最終的に心タンポナーデに至ることがあります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8580109/

心タンポナーデの治療法と心嚢穿刺

心タンポナーデは生命に関わる緊急疾患であり、内科的治療は困難なため、迅速な心嚢液の除去が最優先されます。治療の第一選択は心嚢穿刺による排液(心嚢ドレナージ)です。​
心嚢穿刺は、安全性を高めるために心エコーガイド下で施行されることが一般的です。穿刺により心臓への圧力が解除され、正常な心拍が再開します。穿刺前には補液や強心剤の投与により循環動態の安定化を図ります。
参考)http://kinshukai.or.jp/hanwakinen/wp/wp-content/uploads/2019/11/pericardiocentesis.pdf

心嚢穿刺では、針を刺して管を留置し、心嚢液を持続的に排液します。血性心嚢液の場合、800mL以上の排液が得られることもあります。穿刺困難な症例や血性心嚢液で十分に排液できない場合は、外科的に剣状突起下アプローチによる排液や心膜開窓術が実施されます。
参考)https://www.cureus.com/articles/78063-transthoracic-m-mode-echocardiography-demonstrating-cardiac-tamponade.pdf

慢性の心嚢液貯留に対しては心膜開窓術(心嚢を開いて持続的に排出)や心膜切除術(肥厚した心膜を切除)が行われます。大動脈解離や心筋梗塞による心破裂などの出血性心タンポナーデでは、心嚢穿刺のみでは改善せず、開胸して心膜を切開し血液を除去する外科的治療が必要です。​
心タンポナーデの治療戦略と原因疾患への対応について詳述された医学的資料

心タンポナーデの合併症と予後

心嚢穿刺やドレーン留置には複数の合併症リスクがあります。主な合併症として、心筋および冠動脈損傷、不整脈、気胸、血胸、低血圧、消化管穿孔、肝損傷、空気塞栓、穿刺部の出血・血腫、感染症、迷走神経反射(血圧・脈拍低下)などが報告されています。
参考)心嚢ドレナージの看護|挿入の手順と観察項目、合併症

穿刺時には心電図モニターを注意深く観察し、不整脈が誘発された場合はドレーンの位置変更が必要です。迷走神経反射により血圧が低下した場合は補液を急速投与し、徐脈には硫酸アトロピンが使用されます。臓器損傷が生じた場合は急変の可能性があるため、バイタルサインや排液の性状を確認し、異常の早期発見に努めます。​
感染予防のため、穿刺前の穿刺部位洗浄、術者のマキシマルバリアプリコーションの徹底、確実な清潔野の確保、無菌操作の徹底が重要です。再貯留による再発性心タンポナーデも問題となり、特に悪性腫瘍や骨髄異形成症候群の急性転化などでは再発率が高く、予後不良となることがあります。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/shinzo/45/3/45_329/_pdf/-char/ja

心タンポナーデの予後は原因疾患、発症速度、治療開始までの時間により大きく異なります。早期診断と迅速な治療介入により救命可能ですが、診断の遅れや治療の遅延は致命的となります。特に大動脈解離や心破裂などの急性心タンポナーデでは、死亡率が高く緊急手術が必要です。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC1995065/

心タンポナーデの症状・診断・治療に関する総合的な医療情報(済生会提供)

 

 


ガイドラインに心エコーを生かす