迷走神経反射では、失神に至る前に特徴的な前駆症状が数秒から数分間現れることが多く、医療従事者はこれらの早期発見が重要です。代表的な前駆症状として、視界が白くぼやける・暗くなる・チカチカするといった視覚変化、めまいやふらつき感、冷や汗の大量発汗、血の気が引くような顔面蒼白が観察されます。
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その他の前駆症状として、吐き気や胃のムカムカ感、腹痛、耳鳴り(キーンという高音)、全身の脱力感、突然のあくび、周囲の音が聞こえなくなる隔絶感などが報告されています。これらの症状パターンは患者ごとに異なるため、患者自身が自分の前駆症状を認識し、医療従事者に伝えることが予防につながります。
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前駆症状を訴えた時点で、すぐに座らせるか横にさせることで失神による転倒を防ぐことができるため、処置中の患者の表情や訴えを注意深く観察する必要があります。
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迷走神経反射は、副交感神経の一つである迷走神経が過剰に活性化されることで発生します。通常、人体は交感神経と副交感神経による自律神経のバランスで循環動態を調節していますが、強い痛み、精神的ストレス、長時間の立位などのトリガーにより、このバランスが急激に崩れます。
参考)https://medicalnote.jp/diseases/%E8%BF%B7%E8%B5%B0%E7%A5%9E%E7%B5%8C%E5%8F%8D%E5%B0%84
具体的なメカニズムとしては、刺激が迷走神経の求心枝を介して脳幹部の血管運動中枢に伝達されると、迷走神経が過度に刺激され、心拍数の急激な低下(徐脈)と末梢血管の拡張が同時に起こります。この結果、心臓からの血液拍出量が減少し、血圧が急降下することで脳への血流が一時的に不足し、失神に至ります。
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日本循環器学会の「不整脈の診断とリスク評価に関するガイドライン(2022年改訂版)」では、迷走神経反射は最も一般的な失神の原因として位置づけられており、医療従事者は生体の防御反応として理解する必要があります。
参考)https://kango-oshigoto.jp/hatenurse/article/862/
迷走神経反射の原因は、身体的・精神的要因と環境要因の2つに大別されます。身体的・精神的要因としては、長時間の立位や座位姿勢、強い痛みや疲労、生理周期、不眠、恐怖や緊張などのストレスが挙げられます。性格的に几帳面で真面目、緊張しやすい人に発生しやすい傾向があることも臨床的に知られています。
医療現場における具体的な誘因としては、採血や注射時の痛みや緊張、排便時のいきみ、疼痛を伴う処置、インフォームド・コンセント(告知)による精神的衝撃などが報告されています。特に採血や予防接種時には頻繁に観察される事象であり、空腹状態や脱水、寝不足などの身体状態も発症リスクを高めます。
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環境要因としては、人混みや閉鎖的空間におけるストレス、暑い環境、脱水状態、飲酒、過度の塩分制限なども誘因となります。これらの要因を事前に評価し回避することが、医療従事者による予防的介入の基本となります。
迷走神経反射時の循環動態変化には、心拍数低下(徐脈)を主体とする心抑制型と、血圧低下を主体とする血管抑制型、そして両者が混在する混合型があります。臨床現場では血管抑制因子が主であることが多いものの、心原性の要素も少なからず認められるため、循環器的評価が必要です。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/shinzo/56/7/56_660/_pdf/-char/ja
バイタルサインの変化としては、血圧の急激な低下(例:110/54mmHg程度)、脈拍の減少(48回/分程度まで低下)、顔面蒼白、末梢冷感などが観察されます。重要な点として、呼吸状態は保たれており、皮膚症状(発疹など)は出現しないため、アナフィラキシーとの鑑別が必要です。
参考)https://www.hosp.jihs.go.jp/isc/080/FY2020/11.Scheduling.pdf
モニタリング中は、心拍数や血圧の数値だけでなく、患者の表情や訴えを総合的に評価することが求められます。特にエコー検査中など患者の顔がドレープで覆われている場合は、バイタルサインのモニタリングと意識的な声かけが重要になります。
迷走神経反射による症状は、前駆症状から失神、そして回復までの一連の経過をたどります。前駆症状は通常数分間続き、その後失神に至る場合は数秒から1分程度の意識消失が起こりますが、横になって安静にすれば通常は数分から15分程度で自然回復します。
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失神後の回復過程では、仰臥位での安静と下肢挙上により脳血流が改善され、意識が戻ります。しかし、立位に戻す際には慎重な観察が必要で、再度の失神(二相性の失神)が起こる可能性があるため、十分な安静時間の確保と段階的な体位変換が推奨されます。
日本国際医療研究センターの報告によれば、1度目の失神から回復した後でも、不十分な安静により2度目の意識消失が起こるケースがあり、慎重な経過観察が必要とされています。回復後は軽食摂取と1時間程度の安静で症状が完全に軽快することが多いですが、患者には次回以降の予防策として既往歴の申告と事前の食事摂取を指導することが重要です。
迷走神経反射の診断には、詳細な病歴聴取と身体診察に加えて、Head-up Tilt Test(ティルト試験)が重要な役割を果たします。ティルト試験は、自律神経の調節異常による失神を評価する標準的な検査法であり、一見健康そうな若年患者や、心臓検査で診断がつかなかった高齢患者に適用されます。
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検査手順としては、患者に一晩絶食させた後、モーター可動式の検査台に仰臥位で固定し、15分間安静を保ちます。その後、検査台を60~80°の角度まで起こし、最大45分間その姿勢を維持しながら、症状およびバイタルサインをモニタリングします。この体位変換により静脈系への血液貯留が最大化され、血管迷走神経性失神が誘発されることで、悪心、ふらつき、蒼白、低血圧、徐脈などの症状と徴候が再現されます。
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ティルト試験により、長時間の立位による失神が起こりやすいかどうかを客観的に評価でき、正確な診断に基づいた適切な治療や対策の立案が可能になります。
参考)ヘッドアップティルト試験(Head-up tilt test…
医療従事者が迷走神経反射の発生を疑った際には、迅速かつ適切な対応が求められます。患者が前駆症状を訴えた時点で、直ちにその場でしゃがみこませるか横にさせることが第一対応です。可能であれば仰臥位にし、下肢を挙上させることで脳血流の改善を図ります。
実際に失神が起こった場合は、呼びかけによる意識レベルの確認、バイタルサイン(血圧、脈拍、SpO2)の測定、呼吸状態と皮膚症状の観察を速やかに実施し、アナフィラキシーなど他の重篤な病態との鑑別を行います。迷走神経反射では通常、呼吸状態は保たれており、皮膚症状は出現しません。
処置中の予防的対応として、採血や注射時には患者に横になってもらう、空腹を避け体調を整えて来院してもらう、既往歴のある患者には必ず医療者に伝えるよう指導することが重要です。また、立ったまま足を動かす、足を交差させて組む、両腕を組んで引っ張り合うなどの理学的対抗圧迫法も有効です。
参考)https://www.hosp.jihs.go.jp/isc/080/FY2019/12._201912.pdf
血管迷走神経反射への薬物的対応としては、徐脈に対してアトロピンの使用が考慮されますが、基本的には安静と観察による自然回復を待つことが原則です。重症例や繰り返す失神については、専門的評価と治療介入が必要となります。
迷走神経反射の予防には、誘因の回避と生活習慣の改善が基本となります。医療従事者が患者に指導すべき主要な予防策として、長時間の立位や激しい運動の回避、十分な水分補給による脱水予防、適切な塩分摂取、十分な睡眠確保、飲酒の制限が挙げられます。
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採血や注射などの医療処置時の予防策としては、空腹状態を避けるための事前の食事摂取、処置時は可能な限り横になって受ける、迷走神経反射の既往を必ず医療者に伝えることが重要です。また、長時間の立位を避け、足をこまめに動かしたり、ふくらはぎの筋肉を使うことで血流を促進し、反射の発生を防ぐことができます。
起立調整訓練は、繰り返し失神を起こす患者に対する有効な予防法です。両足を壁の前に15~20cm出し、頭・背中・お尻で壁に寄りかかり、その姿勢を30分間保つ訓練を毎日1~2回継続することで、長時間の立位による失神が起こりにくくなります。
薬物療法は、生活指導でも失神を繰り返す場合や、転倒による外傷リスクが高い高齢者に対して考慮され、β遮断薬、ジソピラミド、抗コリン薬、交感神経刺激薬、鉱質コルチコイド、セロトニン再吸収阻害薬などが用いられます。重症例では、起立調整訓練や薬物療法でも効果が得られない場合、ペースメーカ治療が検討されることもあります。
高齢者における迷走神経反射は、転倒による外傷リスクが特に高く、骨折や頭部外傷などの重篤な合併症につながる可能性があるため、医療従事者は特別な注意を払う必要があります。高齢者では自律神経機能の加齢性変化により、若年者と比較して血圧や心拍数の調節能力が低下しており、迷走神経反射がより起こりやすい状態にあります。
参考)https://kango-oshigoto.jp/hatenurse/article/328/
院内における転倒転落事故には失神の関与が相当数あり、血圧低下などの血管抑制因子が主ではあるものの、心原性の要素も認められることから、循環器的評価が必要です。看護師による患者の状態観察と適切なリスク評価が、事故予防において重要な役割を果たします。
高齢患者に対する予防的介入として、処置前のリスク評価(既往歴、服薬内容、体調の確認)、処置中の継続的な観察、処置後の十分な安静時間の確保が推奨されます。また、失神を繰り返す高齢者や転倒リスクが高い患者には、積極的に薬物療法やペースメーカ治療を検討する必要があります。
医療現場において、迷走神経反射とアナフィラキシーの鑑別は極めて重要です。両者とも予防接種や注射後に発生する可能性があり、血圧低下や意識消失といった共通症状を呈しますが、治療方針が全く異なるため、早期の正確な鑑別が求められます。
迷走神経反射の特徴として、徐脈(心拍数低下)、顔面蒼白、冷や汗が見られる一方、呼吸状態は保たれ、皮膚症状(蕁麻疹、発赤など)は出現しません。対照的に、アナフィラキシーでは頻脈(心拍数増加)、呼吸困難、喘鳴、皮膚症状(蕁麻疹、全身の発赤)が特徴的であり、急速に進行する可能性があります。
鑑別のポイントとして、バイタルサイン測定時の脈拍(迷走神経反射では低下、アナフィラキシーでは増加)、皮膚症状の有無、呼吸状態(迷走神経反射では正常、アナフィラキシーでは喘鳴や呼吸困難)を速やかに評価することが重要です。迷走神経反射は安静と下肢挙上で改善しますが、アナフィラキシーではアドレナリン投与などの緊急処置が必要となるため、各施設においてプロトコールを作成し、普段から対応訓練を行うことが推奨されています。
日本循環器学会の不整脈診断ガイドラインでは、迷走神経反射の診断基準と治療指針が詳述されています。
日本循環器学会「不整脈の診断とリスク評価に関するガイドライン(2022年改訂版)」
慶應義塾大学病院のヘッドアップティルト試験の詳細な解説では、検査の具体的な手順と意義が説明されています。
慶應義塾大学病院「ヘッドアップティルト試験(Head-up tilt test)」
MSDマニュアル プロフェッショナル版のティルト試験の項では、医療従事者向けに詳細な手技と禁忌事項が記載されています。
MSDマニュアル「ティルト試験」
国立国際医療研究センターの事例報告では、実際の医療現場における迷走神経反射への対応とアナフィラキシーとの鑑別について具体的な症例が紹介されています。
国立国際医療研究センター「事故防止のための環境整備・スタッフ教育」

実験医学 2024年10月 Vol.42 No.16 神経から免疫で炎症性疾患を治す!〜Neurogenic Inflammationの制御