たった1回の投与で、永久に音が聞こえなくなる人がいます。
アミノグリコシド系抗菌薬(アミノグリコシド系抗生物質)は、細菌の30Sリボソームに結合してタンパク質合成を阻害することで、殺菌作用を発揮する抗菌薬です。静菌的に働く多くの抗菌薬とは異なり、濃度依存的な殺菌作用を示すのが大きな特徴です。
代表的な薬剤には以下のものがあります。
これらは経口投与ではほとんど吸収されないため、主に注射(静脈内・筋肉内)で投与されます。つまり、患者が自己判断で飲み薬として服用することはほぼなく、医療機関で管理された形で使われる薬です。これが前提です。
グラム陽性菌・グラム陰性菌・結核菌に対して広範な抗菌スペクトルを持つ一方で、嫌気性菌や多くのグラム陽性菌(ブドウ球菌など)には効果がありません。そのため、単独で使われることは少なく、βラクタム系などの抗菌薬と組み合わせて使用されるケースが多いです。
MSDマニュアル プロフェッショナル版:アミノグリコシド系薬剤の薬物動態・適応・有害作用についての詳細情報
アミノグリコシド系抗菌薬の副作用のなかで、最も注意が必要なのが耳毒性です。内耳の有毛細胞に薬剤が蓄積し、ヒドロキシラジカルなどの活性酸素種を生成して細胞障害を引き起こします。難聴、耳鳴り、そして前庭障害(めまい・ふらつき・歩行失調)がおもな症状です。
非常に重要なのは、この耳毒性が「不可逆的」になることがある点です。アスピリンやフロセミドによる難聴は投与中止後に回復することが多いのに対して、アミノグリコシド系抗菌薬とシスプラチンによる難聴は、一旦発症すると回復が困難とされています。意外ですね。
難聴の始まりは高音域から障害されることが多く、日常会話で使う音域への影響が出てくるまで自覚しにくいという特徴があります。また、アミノグリコシド系抗菌薬では難聴の自覚よりも先に「耳鳴り」や「めまい」が先行することが多いとされており(厚生労働省のマニュアルより)、この点を知っておくと早期発見につながります。
ストレプトマイシンは前庭障害を来しやすく、カナマイシンやゲンタマイシンは聴覚障害を来しやすいという傾向もあります。これは薬剤ごとに内耳のどの部位に作用しやすいかが異なるためです。
耳毒性のリスクを高める要因としては、高用量・長期投与(特に3日を超える場合)、腎機能障害の存在、ループ利尿薬との併用、高齢者、そして後述する遺伝的感受性などが挙げられます。2週間を超えて使用する場合は、定期的な聴力検査によるモニタリングが推奨されています。
PMDA(独立行政法人医薬品医療機器総合機構):重篤副作用疾患別対応マニュアル「難聴」(アミノグリコシド系抗菌薬の耳毒性の詳細と対応策)
腎毒性もアミノグリコシド系抗菌薬の代表的な副作用です。糸球体で濾過された薬剤が近位尿細管の上皮細胞に取り込まれ、細胞障害を引き起こします。
腎毒性の特徴として、まず「非乏尿性」という点が挙げられます。腎機能が低下しているにもかかわらず、尿量が減らないことが多いため、患者自身が腎障害に気づきにくいというリスクがあります。これは基本です。
また、腎毒性は通常「可逆的」とされており、投与5〜7日後以降に出現し、投与中止後3〜7週間で腎機能が回復することが多いと報告されています(「エンピリック治療におけるアミノグリコシド」飯塚病院資料より)。ただし、「可逆的だから安心」とは言えません。長期使用や高齢者・既存の腎疾患がある患者では不可逆的な腎障害に進む可能性もあります。
腎毒性のリスクを高める要因には以下のものがあります。
腎機能のモニタリングとして、血清クレアチニン値を2〜3日ごとに測定することが推奨されています。腎機能が低下するとアミノグリコシドの血中半減期が指数関数的に延長し、耳毒性リスクも連鎖的に高まります。腎毒性と耳毒性は互いを増幅させる関係にあるということですね。
数日間だけの短期投与であれば腎機能に大きな問題が出ることは少ないとも言われていますが、患者背景によってリスクは大きく変わるため、過信は禁物です。
ほとんどの人が知らない、アミノグリコシドの副作用における重要な事実があります。それは「ミトコンドリアDNA(mtDNA)の1555A→G変異」を持つ患者では、たった1回の投与でも不可逆的な難聴を来すことがある、という点です。
ミトコンドリアDNAのこの変異は、母方由来で遺伝する遺伝性の背景で、人口の約1〜5%に存在するとも報告されています(tellmeGenの報告)。変異を持つ人は、アミノグリコシド系抗菌薬に対して内耳の有毛細胞が通常より著しく高い感受性を示すため、健常者では問題にならない低用量の投与でも聴器毒性が生じやすいです。
このミトコンドリア遺伝子変異を有する患者においては、理論上ほぼ全例で難聴が起こりうると推測されており(厚生労働省マニュアルより)、アミノグリコシド系抗菌薬の禁忌またはきわめて慎重な使用対象となります。
患者側からできることとして、投与前に「ミトコンドリアDNA遺伝子変異検査(m.1555A>G変異解析)」を受けるという選択肢があります。特に母方の親族にアミノグリコシドで難聴になった人がいる場合や、感音性難聴の家族歴がある場合は、投与前に担当医師に遺伝的背景についての確認を強く求めることが重要です。
この情報を知っているかどうかが、耳の健康を守れるかどうかの分かれ目になる場合があります。これは必須の知識です。
厚生労働省:アミノグリコシド系抗菌薬による遺伝的感受性と難聴(医療関係者向け情報)
腎毒性や耳毒性ほど知られていないものの、実は命に直結しうるのが「神経筋遮断作用」です。アミノグリコシド系抗菌薬は、スキサメトニウムやクラーレ様薬物などの神経筋遮断薬の作用時間を延長させ、筋力低下や最悪の場合は呼吸麻痺を引き起こすことがあります。
特に注意が必要なのは、重症筋無力症の患者です。この疾患を持つ患者に投与すると、神経筋遮断作用によって筋力低下が急激に悪化し、呼吸困難・呼吸麻痺に至る危険性があります。そのため、重症筋無力症はアミノグリコシド系抗菌薬の投与注意患者(原則禁忌に準じる扱いのケースもあり)に挙げられています。
また、クエン酸で抗凝固処理された血液の大量輸血を受けている患者にアミノグリコシドを投与した際にも、神経筋遮断症状や呼吸麻痺が現れることがあると添付文書に明記されています。
神経筋遮断症状が起きた場合の処置としては、ネオスチグミンの投与やカルシウムの静脈内投与が有効なことがあります。過量投与時は血液透析・腹膜透析による薬剤の除去が行われます。
このリスクは、手術前後の患者(麻酔薬との相互作用)や集中治療室での患者に特に問題になりやすいです。神経筋遮断リスクが条件です。患者自身も、重症筋無力症の診断を受けている場合や、手術・大量輸血後にアミノグリコシドの投与を提案された場合は、必ず担当医にそのことを伝えるようにすることが重要です。
副作用リスクを知ったうえで、実際にどう対処するかが肝心です。医療者が行う対策として最も重要なのが「TDM(Therapeutic Drug Monitoring:薬物血中濃度モニタリング)」と「1日1回投与法(ODD法)」の活用です。
アミノグリコシドの毒性は、血中の最高濃度(ピーク値)の高さそのものよりも、治療濃度が持続する時間に依存することがわかっています。一方、殺菌効果は濃度依存的です。この特性から、分割投与(1日複数回)ではなく、1日量を1回で投与するODD法が副作用軽減の面で有利とされており、現在の臨床では多くの場面でODD法が推奨されています(medicina誌、MSDマニュアルなど)。ODD法が原則です。
ただし、ODD法が推奨されない場面もあります。妊婦、広範囲の熱傷(体表面積の20%超)、腎不全(クレアチニンクリアランス40mL/min未満)、腸球菌による心内膜炎での相乗効果を期待する場合などがその例です。
患者側からの実践的な注意点をまとめると、以下の点が重要です。
また、副作用が出た後の一般的な対応として、薬剤性難聴は投与中止後もすぐに回復しないケースがあります。早期発見・早期中止が予後を左右するため、症状に対する感度を上げることが最大の自己防衛になります。これが条件です。
なお、N-アセチルシステイン(NAC)がアミノグリコシドの耳毒性を軽減する可能性を示した研究もあります(日経メディカル・倉原優氏のレビューより。末期腎不全患者146名を対象とした解析で、NAC投与群で耳毒性が軽減)。ただし、これはまだ研究段階の知見であり、自己判断でサプリメントを試すようなことは避け、担当医と相談することが前提です。
厚生労働省:重篤副作用疾患別対応マニュアル(最新版)難聴・聴器毒性の対応手順と予防策の詳細
日本腎臓学会:薬剤性腎障害診療ガイドライン(アミノグリコシドによる腎毒性の病態・モニタリング・対応策)