腎臓の糸球体は、血液から老廃物や余分な水分を濾過する重要な器官です。糸球体には毎分約1Lの血液が流れ込み、これは心拍出量の約20%に相当する血流量です。糸球体での濾過は、毛細血管の中と外の圧力差によって行われる力学的な過程であり、1日あたり約150〜180Lもの原尿が生成されます。
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糸球体を通過できる物質は、主に分子量の小さいものに限られます。具体的には、水分、電解質(ナトリウム、カリウム、塩素など)、グルコース、アミノ酸、ビタミン、尿素窒素、クレアチニンなどが濾過されます。これらの物質の分子量は一般的に50,000程度以下とされており、糸球体の濾過膜を自由に通過することができます。
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濾過された体液は「原尿」と呼ばれ、血漿から大きな分子のタンパク質を除いたものになります。原尿は1日あたり約150L生成されますが、そのうちの99%は尿細管で再吸収され、最終的に尿として排泄されるのは約1.5〜2Lのみです。
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糸球体のフィルター機能により、分子量の大きい物質は血液中に残ります。具体的には、赤血球や白血球などの血球成分、タンパク質、タンパク質に結合している脂質や鉄分などが濾過されません。これらの物質は、糸球体の毛細血管壁にある小さな孔を通過できないサイズであるためです。
参考)たんぱく尿 
糸球体のフィルターは三層構造から成り立っており、血管内皮細胞、糸球体基底膜、足細胞(ポドサイト)の足突起という構造で血液を濾過します。この三層構造が物理的なバリアとして機能し、サイズによる選別を行っています。
参考)糸球体濾過 
糸球体には2種類の重要なバリア機構が存在します。1つは「チャージバリア」と呼ばれる電気的なバリアで、糸球体の膜は電気的にマイナスの状態になっており、血液中のタンパク質もマイナスに帯電しているため、互いに反発してタンパク質が通過しない仕組みです。
もう1つは「サイズバリア」で、糸球体の毛細血管壁にある孔は非常に小さく、サイズの大きいタンパク質はその孔を通過できません。この二重のバリア機構により、栄養分となるタンパク質は正常な状態ではフィルターを通らないように保護されています。
足細胞の足突起間には「スリット膜」と呼ばれる特殊な構造物が存在し、このスリット膜は小孔が規則的に並んだ構造を有しています。足突起と足突起の間隔は約20〜45nmで、この狭い間隙とスリット膜が最終的な濾過障壁として機能し、血液中のタンパク質の尿への漏出を防いでいます。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/fpj/143/1/143_27/_pdf
糸球体での濾過は、複数の圧力要素のバランスによって決まります。糸球体濾過量(GFR)は理論的に次の式で表されます:GFR = Kf・P_UF = k・S・(ΔP - ΔΠ)。ここで、糸球体濾過係数(Kf)はフィルターの透過性(k)と面積(S)の積であり、濾過の原動力(P_UF)は静水圧差(ΔP)から膠質浸透圧差(ΔΠ)を引いたものです。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/kakyoshi/65/9/65_460/_pdf/-char/ja
具体的な圧力値としては、糸球体の血圧が約50〜70mmHg、ボウマン嚢の内圧が約5〜15mmHg、そして血漿の膠質浸透圧が約30mmHgとされています。輸入細動脈の収縮期血圧は60〜90mmHgで、他の毛細血管の血圧よりも特に高くなっており、この圧力差によって効率的な濾過が可能となっています。
参考)1日にどれくらいの尿が生成されるの?|尿の生成 
したがって、正味の濾過圧(有効濾過圧)は、糸球体毛細血管圧からボウマン嚢内圧を引き、さらに血漿膠質浸透圧を差し引いた約25mmHg程度となります。この濾過圧が糸球体での濾過の原動力となり、1日に体重の約3倍に相当する150L程度の血漿を濾過することを可能にしています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/kmj1951/16/5/16_5_313/_pdf/-char/en
糸球体の基底膜が障害されると、本来なら濾過されないタンパク質や赤血球などが尿中に漏出してしまい、タンパク尿や血尿が出現します。これは糸球体疾患(腎炎など)の代表的な症状です。
糖尿病では、高血糖が持続することで糸球体の機能が障害され、濾過能力が低下します。糖尿病性腎症では、「目の粗いザルとなった糸球体」を通して、正常なら濾過されない血液中のタンパクが素通りして排出されます。初期段階では微量アルブミンが糸球体から尿へと漏れ出し、さらに進行すると多量のタンパクが漏出し、最終的には糸球体の破壊が進んで腎不全状態に至ります。
参考)尿細管−糸球体連関:糖尿病性腎症の新しい発症メカニズムの解明…
近年の研究では、糖尿病性腎症において「尿細管-糸球体連関」と呼ばれる新しい病態メカニズムが解明されています。尿細管から糸球体へのニコチン酸モノヌクレオチド(NMN)を介した対話が途絶えることで、糸球体足細胞のSirt1発現が低下し、クラウディン-1の発現が上昇して濾過バリアが障害され、タンパク尿が出現するという一連の病態が明らかになっています。
糸球体濾過量(GFR)は腎機能を評価する最も重要な指標です。国際的な標準測定法は、尿細管で再吸収も分泌もされない物質「イヌリン」を使用して、糸球体・尿細管から尿中に排泄された割合(クリアランス)を測定する「イヌリンクリアランス」です。イヌリンは完全な糸球体濾過物質であり、GFR評価のための基本的な物質とされています。
参考)糸球体濾過量 
しかし、イヌリンクリアランスは煩雑な検査であるため、日常診療では24時間の尿中クレアチニン排泄量を測定して得られる「クレアチニンクリアランス(CCr)」が近似値として用いられてきました。クレアチニン排泄は、約70%が糸球体濾過、約30%が尿細管分泌によって起こるため、同時に測定したCCrはイヌリンクリアランス(Cin)の1.4倍程度になります。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpn/27/2/27_76/_pdf
近年では、より簡便で日常診療に利用しやすい血清クレアチニン値、年齢、性別から算出する推算GFR(estimated GFR; eGFR)を用いることが日本腎臓学会により推奨されています。eGFR計算式は、糸球体濾過物質および体格をパラメータとして推算する方法であり、慢性腎臓病(CKD)の重症度評価に重要な指標として広く利用されています。
参考)1.糸球体機能検査:クレアチニン,シスタチンC,βhref="https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.24479/pm.0000001927" target="_blank">https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.24479/pm.0000001927lt;subhref="https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.24479/pm.0000001927" target="_blank">https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.24479/pm.0000001927gt;…
参考:日本腎臓学会による腎機能評価に関する詳細情報
https://jsn.or.jp/general/kidneydisease/symptoms01.php
糸球体の構造と働きについて、腎臓専門医による解説が掲載されています。
参考:東邦大学腎研究センターによる糸球体の微細構造解説
https://www.lab.toho-u.ac.jp/med/sakura/neph/patient/kidney_wellness/glomerulus.html
血液濾過フィルターとしての糸球体の三層構造について、電子顕微鏡写真とともに詳しく解説されています。
| 物質カテゴリー | 濾過の可否 | 分子量の目安 | 具体例 | 
|---|---|---|---|
| 低分子物質 | ✅ 濾過される | 50,000以下 | 水、電解質(Na⁺、K⁺、Cl⁻)、グルコース、アミノ酸、ビタミン、尿素窒素、クレアチニン | 
| 高分子タンパク質 | ❌ 濾過されない | 50,000以上 | アルブミン、グロブリン、フィブリノーゲンなどの血漿タンパク質 | 
| 血球成分 | ❌ 濾過されない | - | 赤血球、白血球、血小板 | 
| タンパク質結合物質 | ❌ 濾過されない | - | タンパク質に結合した脂質、鉄分 | 
腎臓の糸球体は、分子量と電荷に基づく高度な選択的濾過システムを持っており、生命維持に必要な物質を体内に保持しながら、老廃物を効率的に除去する精密な生体フィルターとして機能しています。この濾過機構の理解は、慢性腎臓病や糖尿病性腎症などの病態把握と治療戦略の立案において極めて重要です。

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