ネオスチグミンとは周術期における筋弛緩拮抗薬の作用機序と臨床応用

ネオスチグミンは手術における筋弛緩薬の拮抗に欠かせない薬剤です。コリンエステラーゼ阻害作用による拮抗メカニズムから臨床での適正使用まで、医療従事者が知るべき重要なポイントを詳しく解説します。安全な周術期管理に必要な知識はどこにあるでしょうか?

ネオスチグミンによる筋弛緩拮抗の作用機序と臨床意義

ネオスチグミンの基本的作用機序
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コリンエステラーゼ阻害

アセチルコリンの分解を抑制し、神経筋接合部での伝達を改善

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筋弛緩拮抗作用

非脱分極性筋弛緩薬の作用を競合的に阻害

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副交感神経刺激

ムスカリン様作用による消化管運動促進と分泌亢進

ネオスチグミンのコリンエステラーゼ阻害機序と神経筋伝達

ネオスチグミンは1932年に合成されたコリンエステラーゼ阻害薬であり、アセチルコリンエステラーゼ(AChE)を可逆的に阻害することで薬理効果を発揮します 。神経筋接合部において、通常はアセチルコリンが放出された後、AChEによって速やかに分解されますが、ネオスチグミンがこの酵素と結合することでアセチルコリンの分解が抑制されます 。
参考)https://www.maruishi-pharm.co.jp/medical/knowledge/perioperativedrugs/muscle-relaxants/parasympathomimetic/

 

カルバメート化合物の一つであるネオスチグミンは、4級アンモニウム構造を持つ半合成化合物で、天然には存在しない薬物です 。その分子構造により、血液脳関門を通過しにくく、主に末梢での作用を示すことが特徴です。CAS登録番号59-99-4で識別される本薬物は、IUPAC命名法では3-{[(dimethylamino)carbonyl]oxy}-N,N,N-trimethylbenzenaminium として知られています 。
参考)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8D%E3%82%AA%E3%82%B9%E3%83%81%E3%82%B0%E3%83%9F%E3%83%B3

 

アセチルコリンの増加により、神経筋接合部でのニコチン性受容体の刺激が持続し、筋収縮力が回復します。これにより、ロクロニウムなどの非脱分極性筋弛緩薬による筋弛緩状態を拮抗することができます 。

ネオスチグミンの周術期における適応症と投与方法

ネオスチグミンの主要な適応症は非脱分極性筋弛緩剤の作用の拮抗であり、手術終了時の筋弛緩状態を速やかに解除するために使用されます 。成人の標準的な用法・用量は、ネオスチグミンとして0.5~2.0mgを緩徐に静脈内注射することです。年齢や症状により適宜増減しますが、特別な場合を除き5mgを超えて投与してはいけません 。
肥満患者への投与においては、理想体重換算量での投与が推奨されています。しかし、実体重換算量を投与した場合でも、肥満患者では正常体重患者と比較して拮抗時間が延長する傾向があります 。このため、筋弛緩モニタリングによる観察は必須となり、追加投与の必要性も含めて慎重な評価が求められます。
投与のタイミングについては、TOF(Train-of-Four)カウント≧2の時点で投与することが一般的です 。投与前には無色澄明の液であることを確認し、用時溶解の必要はありません 。適切な筋弛緩モニタリング下での使用により、安全で効果的な筋弛緩管理が可能となります。
参考)https://www.kameda.com/pr/anesthesiology/post_233.html

 

ネオスチグミンとアトロピン配合による副作用対策

ネオスチグミン単独投与では、ムスカリン様作用による徐脈や分泌増加などの副作用が発現するため、アトロピンとの配合製剤が広く使用されています 。アトロピンはムスカリン性アセチルコリン受容体で競合的拮抗作用を示し、平滑筋、心筋、外分泌腺に対して選択的に作用します 。
配合比は通常ネオスチグミン2:アトロピン1で調製されますが、相対的なアトロピン不足により血圧降下、徐脈、房室ブロック、心停止等が発現する可能性があります 。そのため、緊急時に対応するためアトロピンをすぐに投与できる体制を整えておく必要があります。
参考)https://medical.terumo.co.jp/sites/default/files/assets/medicine/a/pdf/19T178.pdf

 

投与初期にはアトロピンの作用により一過性に心拍数が増加し、その後ネオスチグミンのムスカリン作用により減少するという二相性の反応を示します 。徐脈や房室ブロックなどの不整脈も発現しやすくなるため、心電図モニタリングは必須です。

ネオスチグミンの重大な副作用と禁忌事項

ネオスチグミンの重大な副作用として、コリン作動性クリーゼ、不整脈、ショック、アナフィラキシーが挙げられます 。コリン作動性クリーゼは過度のアセチルコリン作用により発現し、筋力低下、呼吸困難、発汗過多、縮瞳などの症状を呈します。
気管支喘息患者では発作を誘発する可能性があるため、投与は控える必要があります 。また、術後に無気肺などの呼吸器合併症が増加する可能性も報告されており、呼吸器系の慎重な観察が重要です。
その他の副作用として、精神神経系では発汗、めまい、頭痛、記銘障害が、消化器系では悪心、嘔吐、腹痛、唾液分泌過多が、循環器系では血圧降下、徐脈、頻脈、心悸亢進が、呼吸器系では気管支痙攣、気道分泌亢進、呼吸障害が、泌尿器系では排尿障害が報告されています 。眼科的には縮瞳、散瞳、視調節障害、緑内障の発現にも注意が必要です。
参考)https://medical.terumo.co.jp/sites/default/files/assets/tenbun/470034_1233500G1029_1_05.pdf

 

ネオスチグミンとスガマデクスの比較および将来展望

近年、選択的筋弛緩拮抗薬であるスガマデクスの登場により、筋弛緩管理の選択肢が広がっています。スガマデクスは2010年に日本で販売開始され、確実な拮抗作用により短期間で利用が拡大しました 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsca/41/2/41_188/_pdf

 

作用機序の違いが重要な特徴です。ネオスチグミンがアセチルコリン量を増加させる間接的な拮抗であるのに対し、スガマデクスはロクロニウム分子を直接捕捉する選択的結合薬です 。この違いにより、スガマデクスでは残存神経筋遮断のリスクが1-4%と、ネオスチグミンの25-60%と比較して大幅に低下しています 。
参考)https://www.kodomoclinic.info/covid-19%E6%83%85%E5%A0%B1/54%E9%BA%BB%E9%85%94%E6%99%82%E3%81%AE%E3%82%B9%E3%82%AC%E3%83%9E%E3%83%87%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%81%A7%E8%82%BA%E5%90%88%E4%BD%B5%E7%97%87%E3%81%8C%E6%B8%9B%E5%B0%91

 

大規模な後ろ向き研究では、スガマデクス使用により肺合併症全体で30%、肺炎で47%、呼吸不全で55%のリスク低下が示されました 。しかし、スガマデクスはネオスチグミンより高価であり、医療経済学的観点からの検討も必要です。
将来的には、ネオスチグミンの新しい臨床応用として、コリン作動性抗炎症経路を介した免疫炎症反応の調節や、周術期神経認知機能への影響に関する研究が進んでいます 。単なる筋弛緩拮抗薬としてではなく、より幅広い臨床効果を期待した使用法の検討が今後の課題となっています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10436336/