パーキンソン病は脳の黒質という部位の神経細胞が徐々に変性していく進行性の神経変性疾患です。この変性により、運動機能の調節に重要な役割を果たす神経伝達物質のドパミンが減少し、特徴的な症状が現れます。
パーキンソン病の三大症状は以下の通りです。
さらに病状が進行すると、以下の症状も加わります。
これらの運動症状に加えて、パーキンソン病では多彩な非運動症状も現れます。
パーキンソン病を発症した方の黒質の神経細胞にはαシヌクレインというタンパク質が異常に蓄積することが分かっており、このタンパク質が神経細胞の減少に関与していると考えられています。しかし、現時点ではαシヌクレインが蓄積するメカニズムは明確に解明されておらず、この点が治療法開発の大きな課題となっています。
パーキンソン病の薬物療法は、減少したドパミンを補充したり、その作用を強化したりすることを目的としています。現在、大きく分けて9つのグループの治療薬が使用されており、患者の年齢、症状の重症度、病期などに応じて組み合わせて使用されます。
【主な薬剤グループ】
レボドパはパーキンソン病治療の基本薬であり、脳内でドパミンに変換されます。通常、末梢でのドパミン変換を抑制するためにカルビドパやベンセラジドなどのDDC阻害薬と併用されます。効果は強力ですが、長期使用によりウェアリングオフ現象(薬効時間の短縮)やジスキネジア(不随意運動)などの運動合併症が生じることがあります。
直接ドパミン受容体を刺激する薬剤です。比較的若年発症例では、レボドパによる運動合併症の発現リスクを軽減するため、初期治療としてドパミンアゴニストから開始されることがあります。プラミペキソール、ロピニロール、ロチゴチンなどがあります。副作用として眠気や衝動制御障害などに注意が必要です。
脳内でのドパミン分解を抑制する薬剤です。セレギリンやラサギリンが使われ、単独または他剤との併用で使用されます。初期パーキンソン病での単独使用や、レボドパとの併用による効果増強に用いられます。
レボドパの代謝を抑制しその作用時間を延長させる薬剤です。エンタカポン、オピカポンなどがあり、常にレボドパと併用されます。特にウェアリングオフが出現した症例に効果的です。
抗ウイルス薬として開発されましたが、ドパミン放出促進作用もあることから、軽度〜中等度のパーキンソン症状に使用されます。また、レボドパによるジスキネジアの軽減効果もあります。
【薬物選択と組み合わせの原則】
年齢や症状により治療戦略は異なります。
病期の進行に伴い、薬剤の組み合わせや投与タイミングを細かく調整する必要があります。特に進行期には、朝のオフ症状、ウェアリングオフ、ジスキネジア、オン・オフ現象などの運動合併症への対応が重要となります。
薬物療法で十分な効果が得られない場合や、薬物の副作用が強い場合には、手術療法が検討されます。パーキンソン病に対する主要な手術療法は以下の通りです。
【脳深部刺激療法(DBS:Deep Brain Stimulation)】
脳深部刺激療法は2000年に日本で保険適応となり、現在最も広く行われている外科的治療法です。頭蓋骨に固定したフレームを用いた定位脳手術によって、視床下核や淡蒼球内節などの標的部位に電極を留置し、体内に埋め込んだ刺激装置から電気刺激を与える方法です。
DBS適応の検討基準。
DBSの効果。
DBSの合併症。
【レボドパ持続経腸療法】
薬物の効果持続時間が短くなった進行期のパーキンソン病患者に対して、レボドパを含む専用のゲル剤を経胃瘻的に持続投与する治療法です。日内変動を軽減し、オン時間を延長する効果があります。
適応。
【アポモルヒネ持続皮下注射療法】
ドパミンアゴニストであるアポモルヒネを持続的に皮下注射することで、症状を安定させる治療法です。日本では比較的新しい治療法で、オフ時間の短縮に効果があります。
重要なのは、これらの手術療法はあくまで対症療法であり、病気の進行そのものを止める治療ではないことです。そのため、手術療法を選択する際には、期待できる効果と起こりうる合併症について十分に患者さんと話し合うことが重要となります。
パーキンソン病は運動症状だけでなく、多彩な非運動症状を伴います。これらの症状は患者のQOL低下に大きく関与しているにもかかわらず、見逃されがちです。非運動症状への適切な対応は包括的なパーキンソン病治療において重要です。
【自律神経障害への対応】
【精神・認知機能障害への対応】
【睡眠障害への対応】
【疼痛管理】
パーキンソン病に関連する疼痛は、その原因によりいくつかのタイプに分類されます。
パーキンソン病関連疼痛に対しては、まず運動症状、非運動症状、運動合併症に対する抗パーキンソン病薬の最適化を行うことが重要です。L-dopaによりVisual analogue scaleで評価した疼痛スコアが改善するとの報告もあります。
パーキンソン病の痛みの特徴と治療に関する詳細はこちらの論文で解説されています
パーキンソン病の治療は症状コントロールにとどまらず、患者のQOL向上を目指した包括的なアプローチが重要となっています。ここでは、従来のアプローチに加え、新たな治療法や考え方を紹介します。
【水素吸入療法の可能性】
近年、酸化ストレスがパーキンソン病の病態に関与していることが明らかになってきました。水素分子は選択的に有害な活性酸素種を除去する特性を持ち、神経保護効果が期待されています。
水素吸入療法の特徴。
パーキンソン病モデル動物では水素分子による神経保護効果が報告されており、臨床研究も進んでいます。ただし現時点では補完的な療法の位置づけであり、従来治療と組み合わせての使用が推奨されます。
水素吸入療法のパーキンソン病への効果についてはこちらのサイトで詳しく解説されています
【リハビリテーションと運動療法の新展開】
パーキンソン病に対する運動療法は単なる身体機能の維持だけでなく、神経保護効果も示唆されています。
効果的な運動療法のアプローチ。
特に、音楽を用いたリハビリテーション(音楽療法)は、リズム刺激による歩行改善だけでなく、気分や意欲の向上にも効果があるとされています。
【遺伝子・幹細胞治療の展望】
現在の治療法は症状を改善するものであり、病態進行を止めるものではありませんが、将来的には以下のような治療法の実用化が期待されています。
特に日本では、iPS細胞を用いたドパミン神経前駆細胞移植の臨床研究が進められており、将来の再生医療による治療効果が期待されています。
【包括的ケアとチーム医療】
パーキンソン病の治療は神経内科医のみで完結するものではなく、多職種によるチームアプローチが重要です。
近年では、デジタルヘルスケアの導入も進んでおり、ウェアラブルデバイスによる症状モニタリングやスマートフォンアプリを活用した服薬管理など、テクノロジーを活用した新しいケアモデルも登場しています。
パーキンソン病患者のQOLを高めるためには、症状コントロールだけでなく、心理社会的な側面も含めた包括的なアプローチが不可欠です。医療者は患者の個別性を重視し、患者中心の医療を提供することが求められています。