排尿障害(はいにょうしょうがい)とは、膀胱に尿をためるときに障害のある蓄尿障害と、ためた尿を膀胱から体外に排泄するときに障害のある排出障害に大別されます。正常な排尿機能は、日常生活を送るうえで欠かせない重要な生理機能です。
蓄尿障害の主な症状としては以下が挙げられます。
一方、排出障害の症状には次のようなものがあります。
膀胱機能に関わる重要な構造として「排尿筋」があります。排尿筋は膀胱壁を構成する平滑筋で、収縮することで尿を押し出す働きをします。この排尿筋に問題が生じると、さまざまな排尿障害が引き起こされます。
排尿筋の異常には主に以下のタイプがあります。
排尿障害は単なる不快な症状ではなく、生活の質(QOL)を著しく低下させ、社会生活にも大きな影響を与えます。特に夜間頻尿は睡眠の質を損ない、日中の活動にも支障をきたすことがあります。
男性の排尿障害で最も頻度が高い原因は前立腺肥大症です。前立腺は膀胱の出口付近に位置する臓器で、加齢とともに肥大する傾向があります。肥大した前立腺は尿道を圧迫し、排尿困難や残尿感などの症状を引き起こします。
前立腺肥大症の主な症状には。
などがあります。症状の程度は肥大の大きさだけでなく、前立腺の硬さや形状、膀胱機能の状態なども関係します。
一方、過活動膀胱(OAB: Overactive Bladder)は、男女ともに見られる病態で、「尿意切迫感」を主症状とし、通常は「頻尿」を伴い、しばしば「切迫性尿失禁」や「夜間頻尿」を伴う症候群です。過活動膀胱の症状は、膀胱の蓄尿機能の異常から生じます。
興味深いことに、前立腺肥大症と過活動膀胱は密接に関連しています。前立腺肥大症による尿道の閉塞が長期間続くと、膀胱は尿を排出するために強く収縮しようとします。その結果、膀胱筋の過度な収縮(過活動膀胱)が生じ、頻尿や尿意切迫感などの症状が現れることがあります。
このように前立腺肥大症の患者さんの約50〜75%が過活動膀胱の症状も併せ持つことが報告されています。そのため、治療においても両方の病態を考慮した総合的なアプローチが必要になります。
前立腺肥大症の治療には、α1遮断薬や5α還元酵素阻害薬などの薬物療法が第一選択となることが多く、過活動膀胱に対しては抗コリン薬やβ3作動薬などが使用されます。薬物療法で十分な効果が得られない場合には、経尿道的前立腺切除術(TURP)などの外科的治療も検討されます。
前立腺肥大症と過活動膀胱の関連についての詳細はこちらの日本男性医学会雑誌の論文が参考になります
骨盤底筋トレーニング(PFMT: Pelvic Floor Muscle Training)は、排尿障害、特に腹圧性尿失禁や過活動膀胱の治療に効果的な非薬物療法です。骨盤底筋は骨盤内の臓器を支える筋肉群で、排尿や排便のコントロールに重要な役割を果たしています。
骨盤底筋トレーニングの効果。
このトレーニングは、特に女性の腹圧性尿失禁に対する一次治療として広く推奨されており、適切に行えば60〜70%の患者で症状が改善するとされています。また男性においても、前立腺手術後の尿失禁改善に有効です。
トレーニングの基本的な方法は以下の通りです。
効果を得るためには、最低でも3ヶ月間、継続的にトレーニングすることが重要です。また、理学療法士や専門のトレーナーの指導を受けることで、より効果的にトレーニングを行うことができます。
トレーニングを継続するコツ
骨盤底筋トレーニングは副作用がほとんどなく、費用もかからないため、排尿障害の初期治療や他の治療法との併用に適しています。
骨盤底リハビリテーションのエビデンスについては、こちらの論文が詳しく解説しています
膀胱訓練は、過活動膀胱や頻尿などの蓄尿障害に効果的な行動療法の一つです。この訓練は膀胱の容量を増やし、排尿間隔を延ばすことを目的としています。
膀胱訓練の基本的な手順は以下の通りです。
これにより、現在の排尿パターンを把握します。
膀胱訓練は忍耐と継続が必要ですが、3〜6ヶ月間継続することで、多くの患者さんに効果が現れます。
一方、自己導尿(CIC: Clean Intermittent Catheterization)は、排出障害に対する重要な治療法です。尿閉や残尿量が多い場合に、患者さん自身がカテーテルを尿道から挿入して排尿する方法です。
自己導尿の適応となる主な状態。
自己導尿の基本的な手順。
自己導尿の頻度は、患者さんの状態や1日の尿量によって異なりますが、一般的には1日4〜6回程度行います。排尿日誌を用いて、残尿量や症状を記録することで、最適な導尿間隔を見つけることができます。
自己導尿は正しく行えば安全な処置ですが、感染予防のために清潔操作を徹底することが重要です。また、定期的な医師の診察を受け、尿路感染症の兆候がないか確認することも大切です。
排尿障害は身体的な問題だけでなく、患者さんの心理面に大きな影響を与えることがしばしば見過ごされています。特に尿失禁や頻尿などの症状は、社会生活や人間関係に支障をきたし、精神的なストレスや不安、抑うつ状態を引き起こすことがあります。
排尿障害が心理面に与える主な影響。
特に注目すべき心理的影響として「排尿恐怖症(パルレシス)」があります。これは人前やトイレ以外の場所での排尿に強い不安や恐怖を感じる状態で、日本泌尿器科学会の用語集にも記載されている正式な医学用語です。この状態では、公共のトイレで排尿できなくなり、日常生活に大きな支障をきたすことがあります。
排尿障害のある患者さんへの心理的サポートとして以下のアプローチが重要です。
医療従事者は患者さんの排尿障害治療において、身体的ケアと同時に心理的ケアも重視し、総合的なアプローチを行うことが重要です。患者さんの悩みに共感し、生活の質を向上させるための継続的なサポートが求められます。
また、排尿障害の症状が改善しても、心理的な問題が残ることがあるため、治療後のフォローアップも忘れてはなりません。
過活動膀胱診療ガイドラインでは、QOLへの影響と心理的ケアについても言及されています
排尿障害のケアは、身体的な症状の改善だけでなく、患者さんの尊厳を守り、心理社会的な側面も含めた全人的なアプローチが求められるものです。医療従事者として、このような視点を持ち、患者さんの生活の質向上に貢献することが重要です。