神経伝達物質の種類について
神経伝達物質の基本知識
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神経細胞間の情報伝達
神経細胞から隣接する神経細胞または筋肉へ情報を伝える化学物質
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主要な神経伝達物質
ドーパミン、セロトニン、ノルアドレナリンをはじめとする多様な種類が存在
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医学的重要性
精神疾患や神経疾患の発症メカニズムと治療に深く関与
神経伝達物質の種類と基本的な仕組み
神経伝達物質は、私たちの神経系において情報を伝達する化学物質であり、少なくとも100種類存在し、そのうち約18種類が特に重要とされています。これらの物質は、神経細胞(ニューロン)から隣接する神経細胞や筋肉へと情報を伝える役割を担っています。
神経伝達の仕組みは以下のようなプロセスで進行します。
- 神経細胞が活性化されると、軸索末端から神経伝達物質が放出される
- 放出された神経伝達物質は、シナプス間隙を移動する
- 隣接する神経細胞や筋肉の「受容体」に結合する
- 結合によって情報が伝達され、次の神経細胞が活性化または抑制される
神経伝達物質は大きく分けて以下のクラスに分類されます。
- 低分子神経伝達物質:グルタミン酸、γ-アミノ酪酸(GABA)、グリシン、アセチルコリン、セロトニンなど
- 神経ペプチド:エンドルフィンなど
- ガス分子:一酸化窒素、一酸化炭素
- エンドカンナビノイド
これらの神経伝達物質は軸索末端で局所的に合成されるものと、細胞体で合成された後に軸索に輸送されるものがあります。また、その作用によって「興奮性」と「抑制性」の2種類に大別されることも重要な特徴です。
神経伝達物質の種類と3大神経伝達物質の特徴
神経伝達物質の中でも、特に重要とされる「3大神経伝達物質」は、ドーパミン、セロトニン、ノルアドレナリンです。これらは主に脳内で精神現象のコントロールに関わっています。
1. ドーパミン
- 主な作用:快楽や達成感をもたらす
- 産生部位:中脳の黒質や腹側被蓋野など
- 特徴:脳内の報酬系に関わり、やる気や動機付けを生み出す
- 関連疾患:不足するとパーキンソン病、過剰だと統合失調症に関連
2. セロトニン(5-ヒドロキシトリプタミン、5-HT)
- 主な作用:幸福感をもたらし、気分を安定させる
- 産生部位:脳幹の縫線核や腸管など(腸で作られたものは脳には入らない)
- 生成過程:トリプトファン→5-ヒドロキシトリプトファン→セロトニン
- 代謝:モノアミン酸化酵素(MAO)により分解され、最終的に5-HIAAとして尿中に排出
- 関連疾患:不足するとうつ病に関連
3. ノルアドレナリン(ノルエピネフリン)
- 主な作用:やる気を作り出し、極まると怒りにもつながる
- 特徴:注意力を高め、覚醒状態の維持に関与
- 産生部位:主に中枢神経系
- 関連疾患:不足するとうつ病に関連、高レベルの場合は不安と関連
これら3つの神経伝達物質は互いに影響を与え合いながら、私たちの感情や気分をコントロールしています。特にセロトニンとドーパミンは、量的には腸で作られる割合が多いものの、脳内で働くのは脳内で産生されたもののみです。
神経伝達物質の種類と主要なアミノ酸系神経伝達物質
神経伝達物質の中でも、アミノ酸を基とした神経伝達物質は中枢神経系において重要な役割を果たしています。主なアミノ酸系神経伝達物質として、以下のものが挙げられます。
1. グルタミン酸とアスパラギン酸
- 特徴:中枢神経系における主要な興奮性神経伝達物質
- 分布:大脳皮質、小脳、脊髄に広く存在
- 作用:グルタミン酸に反応して一酸化窒素(NO)合成が増加
- 受容体:NMDA受容体と非NMDA受容体に分類
- 関連物質:フェンシクリジン(PCP)やメマンチン(アルツハイマー病治療薬)はNMDA受容体に結合
- 注意点:過剰なグルタミン酸は神経毒性を示すことがあり、細胞内カルシウム濃度、フリーラジカル、プロテアーゼ活性を増加させる
2. γ-アミノ酪酸(GABA)
- 特徴:抑制性の神経伝達物質
- 作用:不安の調節など幅広い機能を持つ
- 重要性:中枢神経系における主要な抑制性神経伝達物質として、興奮性神経伝達物質とのバランスを保つ
3. グリシン
- 特徴:低分子の抑制性神経伝達物質
- 作用:主に脊髄での抑制性シナプス伝達に関与
- 機能:運動制御や痛覚伝達の調節に重要な役割
これらのアミノ酸系神経伝達物質は、脳内の興奮と抑制のバランスを保つために協調して働いており、このバランスが崩れると様々な神経疾患や精神疾患の原因となります。特にグルタミン酸は記憶と学習に重要な役割を果たし、その受容体の一つであるNMDA受容体はシナプス可塑性の重要な調節因子です。
神経伝達物質の種類とその他の重要な伝達物質
先述の3大神経伝達物質やアミノ酸系の神経伝達物質に加えて、身体機能の調節に重要な役割を果たす様々な神経伝達物質が存在します。
1. アセチルコリン
- 特徴:興奮性神経伝達物質
- 作用:筋機能に重要な役割、特に神経筋接合部での骨格筋の収縮を制御
- 分布:中枢神経系と末梢神経系の両方に存在
- 関連疾患:不足すると認知症に関連、伝達障害は重症筋無力症と関連
2. ヒスタミン
- 特徴:興奮性神経伝達物質
- 作用:炎症反応と血管拡張に関与
- 機能:覚醒や食欲の調節、アレルギー反応など多岐にわたる生理機能に関与
3. 神経ペプチド
- ニューロペプチドY:抑制性神経伝達物質で、脂肪生成、満腹感、血管収縮に関与
- ソマトスタチン:抑制性神経伝達物質で、消化器系や視床下部で産生され、インスリンとグルカゴンの分泌を抑制
- エンドルフィン:いわゆる「脳内麻薬」として知られ、鎮痛作用や快感をもたらす
4. その他の特殊な神経伝達物質
- ATP:シナプス後シグナル伝達のスピードを上げ、ニューロンとグリア細胞間のシグナル伝達を媒介
- アデノシン:ATPの分解産物で、アセチルコリンの放出とcAMPの増加を阻害。低酸素症、虚血、神経炎症において神経保護作用がある
- 一酸化窒素:血管拡張作用を持つ酸化的ラジカルで、他の神経伝達物質の放出を誘導
- エピネフリン(アドレナリン):興奮性神経伝達物質で、「闘争か逃走か反応」を刺激し、心拍数と血圧を上昇させる
これらの神経伝達物質は、それぞれ特有の作用機序と受容体を持ち、互いに協調したり拮抗したりしながら神経系の複雑な機能を支えています。また、それぞれの神経伝達物質には複数のサブタイプの受容体が存在し、同じ神経伝達物質でも受容体の種類によって異なる作用を示すことがあります。
神経伝達物質の種類と疾患との関連性
神経伝達物質のバランスや機能の異常は、様々な神経疾患や精神疾患と密接に関連しています。主な関連性を以下に示します。
1. ドーパミン関連疾患
- パーキンソン病:黒質のドーパミン産生ニューロンが変性し、ドーパミンが不足することで、振戦、筋固縮、無動などの運動症状が現れる
- 統合失調症:ドーパミンの過剰活性が幻覚や妄想などの陽性症状と関連していると考えられている
- 薬物依存症:ドーパミン報酬系の過剰活性化が依存症の形成に関与
2. セロトニン・ノルアドレナリン関連疾患
- うつ病:セロトニンやノルアドレナリンの不足がうつ症状と関連
- 治療薬:選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)が精神疾患(うつ病、不安、強迫症、心的外傷後ストレス症)の治療に使用される
- 不安障害:セロトニン系の機能異常やノルアドレナリンの過剰が不安症状と関連
- 片頭痛:セロトニン受容体作動薬(スマトリプタンなど)が片頭痛を抑える効果がある
3. アセチルコリン関連疾患
- アルツハイマー病など認知症:アセチルコリンの不足が記憶障害や認知機能低下と関連
- 重症筋無力症:アセチルコリン受容体に対する自己抗体により、神経筋接合部でのシグナル伝達が障害される
4. グルタミン酸関連疾患
- てんかん:グルタミン酸系の過剰活性化が発作と関連
- ALS(筋萎縮性側索硬化症):グルタミン酸による興奮毒性が運動ニューロン変性に寄与する可能性
- 慢性疼痛:グルタミン酸がオピオイド治療に対する耐性や痛覚過敏に関与することがある
5. GABA関連疾患
- 不安障害:GABA系の機能低下が不安症状と関連
- てんかん:GABA系の抑制機能低下が発作閾値の低下に関与
これらの疾患に対する治療アプローチは、関連する神経伝達物質系を標的としたものが多く、例えば。
- パーキンソン病に対するL-DOPAなどのドーパミン前駆体
- うつ病に対するSSRIやSNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)
- アルツハイマー病に対するコリンエステラーゼ阻害薬(アセチルコリン分解酵素の阻害)
- 不安障害に対するベンゾジアゼピン系薬(GABA-A受容体作動薬)
最新の研究では、複数の神経伝達物質系を同時に標的とする治療法や、神経伝達物質受容体のサブタイプに特異的に作用する薬剤の開発が進められています。これにより、より効果的で副作用の少ない治療法の実現が期待されています。
日本薬学会の神経伝達物質の機能と疾患に関する総説
神経伝達物質の種類と脳内での情報処理メカニズム
神経伝達物質による情報伝達は、単純な「スイッチのオン・オフ」ではなく、複雑な情報処理システムを形成しています。特に脳内ではさまざまな神経伝達物質が協調して働き、思考、感情、行動などの高次脳機能を実現しています。
1. シナプス伝達の基本メカニズム
神経伝達物質による情報伝達の流れは以下の通りです。
- 活動電位が軸索を伝わりシナプス前終末に到達
- カルシウムイオンの流入により、シナプス小胞から神経伝達物質が放出
- 神経伝達物質がシナプス間隙を拡散し、シナプス後膜上の特異的受容体に結合
- 受容体の活性化により、以下の2種類の反応が起こる。
- イオンチャネル型受容体:直接イオンチャネルを開き、シナプス後細胞の膜電位を変化させる(速い反応)
- G蛋白質共役型受容体:二次伝達物質を介して複雑なシグナル伝達経路を活性化(遅い反応)
2. 神経伝達物質の相互作用と調節機能
脳内では様々な神経伝達物質が相互に影響し合っています。
- 共存・共放出:一つのニューロンから複数の神経伝達物質が放出されることがある
- 調節機能:一部の神経伝達物質は他の神経伝達物質の放出や作用を調節する「神経調節物質」として機能
- シナプス可塑性:繰り返しの神経活動によりシナプスの強度が変化し、学習や記憶の基盤となる
3. 神経回路網における統合処理
脳内の情報処理は、単一の神経伝達物質ではなく、複数の神経伝達物質が関与する神経回路網で行われます。
- 並列処理:同じ情報が異なる神経伝達物質系で同時に処理される
- 階層的処理:低次の情報処理から高次の情報処理へと段階的に進む
- フィードバック制御:高次中枢からのフィードバック信号により低次の情報処理が調節される
4. 神経伝達物質の時間的・空間的ダイナミクス
神経伝達物質の作用は時間的・空間的に変動します。
- シナプス内調節:分解酵素やトランスポーターによる神経伝達物質の再取り込みや分解
- シナプス外拡散:一部の神経伝達物質はシナプス外に拡散し、より広範囲に作用(ボリューム伝達)
- 日内変動:多くの神経伝達物質は概日リズムに従って変動(例:メラトニンは夜間に上昇)
このような複雑な情報処理メカニズムの理解は、様々な神経疾患の治療法開発に不可欠です。例えば、統合失調症やうつ病などの精神疾患では、単一の神経伝達物質系の異常だけでなく、複数の系の相互作用の障害が関与していると考えられています。
日本神経科学学会のニューロサイエンス誌特集「シナプス伝達の分子メカニズム」