甲状腺疾患は、大きく機能異常と形態異常に分類できます。機能異常は甲状腺ホルモンの分泌量に関わる問題で、形態異常は甲状腺の形や大きさに関わる問題です。これらを詳しく見ていきましょう。
甲状腺の機能異常は、さらに甲状腺機能亢進症と甲状腺機能低下症に分けられます。
甲状腺機能亢進症
甲状腺ホルモンが過剰に分泌される状態で、代表的な疾患には以下があります。
甲状腺機能低下症
甲状腺ホルモンの分泌が不足する状態で、主な原因疾患は。
形態による分類
甲状腺の形態異常は、びまん性と結節性に分けられます。
甲状腺疾患の診断には、血液検査(TSH、FT3、FT4など)、超音波検査、針生検などが用いられます。症状が多様であるため、頸部の腫れや不快感だけでなく、全身症状にも注目することが重要です。
甲状腺機能亢進症は、甲状腺ホルモンが過剰に分泌されることで起こる病態です。このセクションでは、代表的な亢進症であるバセドウ病と亜急性甲状腺炎について詳しく解説します。
バセドウ病の特徴
バセドウ病は、甲状腺機能亢進症の中で最も頻度が高く、特に20~30歳代の女性に多い疾患です。男性の5~7倍の頻度で女性に発症します。
主な症状。
バセドウ病の治療には主に3つの方法があります。
亜急性甲状腺炎の特徴
亜急性甲状腺炎はウイルス感染後に発症することが多く、甲状腺に一過性の炎症が生じる疾患です。
主な症状。
亜急性甲状腺炎の治療。
甲状腺機能亢進症の診断には、血清TSH値の低下と遊離T3(FT3)・遊離T4(FT4)値の上昇が重要です。また、バセドウ病の診断にはTSH受容体抗体(TRAb)の測定が有用です。
甲状腺機能低下症は、甲状腺ホルモンの分泌量が減少することで様々な全身症状を引き起こす病態です。その代表的な原因疾患である橋本病(慢性甲状腺炎)について詳しく説明します。
橋本病の病態と疫学
橋本病は自己免疫性の慢性甲状腺炎で、甲状腺に対する自己抗体が産生され、甲状腺組織が徐々に破壊されることで甲状腺機能低下を引き起こします。名称は、1912年に初めてこの疾患を報告した日本人医師・橋本策(はしもとはかる)に由来しています。
疫学的特徴として、成人の約10人に1人が罹患していると言われ、特に中年以降の女性に多く見られます。男性より女性の発症率が5~10倍高いことが報告されています。
橋本病の主な症状
橋本病による甲状腺機能低下症の症状は、緩徐に進行することが多く、以下のような特徴があります。
橋本病の診断基準と検査
橋本病の診断には以下の検査が重要です。
橋本病の診断基準は、甲状腺腫と抗甲状腺自己抗体陽性を主な柱としています。機能低下症の有無にかかわらず、これらの所見があれば橋本病と診断できますが、臨床的に重要なのは甲状腺機能低下症を伴う場合です。
橋本病の治療
橋本病の治療は、甲状腺機能の状態によって異なります。
橋本病による甲状腺機能低下症は、適切なホルモン補充療法により症状の多くが改善しますが、生涯にわたる治療継続が必要です。治療効果の判定や用量調整のため、定期的な血液検査によるTSH・FT4の測定が重要となります。
甲状腺にしこり(結節)ができる病態は、甲状腺疾患の中でも特に頻度が高く、超音波検査の普及により発見率が上昇しています。このセクションでは、結節性甲状腺腫の種類、診断、および良性・悪性の鑑別について解説します。
結節性甲状腺腫の分類
甲状腺の結節は、以下のように分類されます。
結節性甲状腺腫の臨床症状
多くの甲状腺結節は無症状で、健診や他の目的での画像検査で偶然発見されることが多いですが、以下のような症状が現れることもあります。
良性と悪性の鑑別診断
甲状腺結節の約90%は良性と言われていますが、悪性結節の可能性も考慮した評価が必要です。以下の検査が鑑別に重要です。
結節性甲状腺腫の治療方針
治療方針は結節の性状や患者要因により異なります。
画像診断技術の向上により、無症状の小さな甲状腺結節が発見される機会が増えています。すべての結節に侵襲的治療が必要なわけではなく、結節の特性に応じた適切な対応が重要です。甲状腺結節の管理においては、内分泌専門医と甲状腺外科医の連携による総合的な診断・治療が求められます。
従来の甲状腺機能検査では見落とされがちな「隠れた甲状腺機能低下症」について、機能性医学の視点から解説します。特に「リバースT3(rT3)」という指標に注目することで、標準的な検査では「正常」とされる患者の潜在的な甲状腺機能異常を発見できる可能性があります。
リバースT3(rT3)とは
リバースT3は、T4(サイロキシン)から生成される非活性型の甲状腺ホルモン代謝物です。通常、T4は体内で脱ヨード化されて活性型のT3に変換されますが、一部はrT3に変換されます。rT3は細胞レベルでのT3の作用を阻害し、甲状腺ホルモンの活性を抑制する働きがあります。
重要なポイントは、標準的な甲状腺機能検査(TSH、FT3、FT4)が正常範囲内でも、rT3が上昇していると、実質的には「組織レベルでの甲状腺機能低下状態」が生じている可能性があることです。
rT3上昇のメカニズムと影響
rT3が上昇する主な要因。
rT3の上昇によりT3の細胞レベルでの効果が阻害されると、以下のような症状が現れることがあります。
機能性医学における甲状腺評価
機能性医学では、甲状腺機能を評価する際に、従来の検査に加えて以下の指標も重視します。
"隠れ甲状腺機能低下症"への対応
標準的な検査で甲状腺機能が正常でも持続的な症状がある場合、以下のアプローチが考えられます。
甲状腺機能の適切な評価には、単に血中ホルモン濃度だけでなく、細胞レベルでのホルモン活性や変換効率も考慮する必要があります。特に原因不明の慢性疲労や代謝障害を訴える患者では、rT3を含む包括的な甲状腺評価が有用である可能性があります。
北米の統合医療クリニックではrT3の測定が一般的になっていますが、日本ではまだ普及していない現状があります。しかし、甲状腺機能の細胞レベルでの評価は、従来の検査では見落とされがちな患者の症状解明に貢献する可能性があります。
甲状腺疾患の診断と治療は、医学の進歩とともに日々進化しています。このセクションでは、現在の標準的な診断・治療アプローチと、臨床現場で注意すべきポイントについて解説します。
甲状腺疾患の診断
甲状腺疾患の診断プロセスは、通常以下のステップで進められます。
治療選択の考え方
甲状腺疾患の治療は、疾患の種類、重症度、患者の全身状態などを考慮して個別化する必要があります。
薬物療法の注意点。
放射性ヨウ素治療の注意点。
手術療法の注意点。
特殊な状況での管理
甲状腺疾患管理の最新トレンド
甲状腺疾患の管理において重要なのは、検査値だけでなく患者の症状や生活の質を総合的に評価することです。とりわけ「サブクリニカル(潜在性)」と呼ばれる軽度の機能異常では、治療介入の是非を慎重に検討する必要があります。甲状腺専門医と他科(循環器科、産婦人科、精神科など)との連携も、複雑な症例の管理には不可欠です。
甲状腺疾患は適切な診断と治療により、多くの場合良好なコントロールが可能です。患者教育と定期的なフォローアップが長期的な管理の鍵となります。