甲状腺機能亢進症の症状と治療薬の詳細解説

甲状腺機能亢進症の主な症状、診断方法、治療薬について詳しく解説します。代表的な治療法から副作用、生活への影響まで網羅的に紹介していますが、あなたの症状に適した治療法は何でしょうか?

甲状腺機能亢進症の症状と治療薬

甲状腺機能亢進症の基本情報
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疾患概要

甲状腺から過剰なホルモンが分泌される状態で、バセドウ病が最も一般的な原因です

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主な症状

動悸、発汗過多、体重減少、手の震え、不眠、疲労感など多彩な症状が現れます

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治療アプローチ

抗甲状腺薬による薬物療法、放射性ヨード療法、手術療法の3つが主な選択肢です

甲状腺機能亢進症の主な症状と特徴

甲状腺機能亢進症は甲状腺から過剰なホルモンが分泌される状態で、身体のさまざまな部位に影響を与えます。この疾患の症状は多岐にわたり、重症度も個人差があります。

 

主な症状は以下のようなものが挙げられます。

  • 代謝亢進症状:食べても体重が減少する、常に暑く感じる、発汗過多
  • 心血管系症状:動悸、頻脈、不整脈、血圧上昇
  • 神経・筋肉症状:手の指の震え(振戦)、筋力低下、疲労感
  • 精神症状:不眠、イライラ、集中力低下、神経過敏
  • 消化器症状:食欲増加にもかかわらず体重減少、下痢
  • 皮膚・眼症状:皮膚の湿潤、脱毛、目の突出(特にバセドウ病の場合)
  • 生殖器症状:女性では月経不順や無月経

特に注目すべきは、未治療の甲状腺機能亢進症に過度のストレスなどが加わると、「甲状腺クリーゼ」と呼ばれる重篤な状態に陥ることがあります。これは高熱、頻脈、意識障害などを伴う医学的緊急事態で、集中治療を要することもあるため注意が必要です。

 

高齢者では典型的な症状が現れにくく、食欲不振や無気力などが主症状となる「無症候性甲状腺機能亢進症」の形をとることがあります。このため診断が遅れることがあるので、年齢によって症状の現れ方が異なることを理解しておくことが重要です。

 

甲状腺機能亢進症の症状は日常生活の質を著しく低下させることがありますが、適切な治療によって多くの症状は改善します。症状の持続期間や重症度は原因疾患や治療開始のタイミングによって変わってきます。

 

甲状腺機能亢進症の診断方法と検査

甲状腺機能亢進症の診断は、症状の確認、身体診察、そして検査結果を総合的に評価して行われます。

 

【診断の流れ】

  1. 問診と身体診察

    医師は症状の詳細や発症時期、家族歴などを確認します。身体診察では甲状腺の腫れや硬さ、圧痛の有無、脈拍数などをチェックします。甲状腺が比較的柔らかく腫れていて、痛みやしこりがない場合は甲状腺機能亢進症が疑われます。

     

  2. 血液検査

    甲状腺機能を評価するための主要な検査です。以下の項目が重要です。

    • 甲状腺刺激ホルモン(TSH):通常低値となります
    • 遊離T3(fT3)および遊離T4(fT4):高値を示します
    • TSH受容体抗体(TRAb):バセドウ病の場合に陽性となります
    • 甲状腺刺激抗体(TSAb):バセドウ病の診断に有用です

    血液検査でTSH受容体抗体もしくは甲状腺刺激抗体がはっきりと陽性であれば、バセドウ病の可能性が高いと判断されます。

     

  3. 画像検査
    • 超音波検査:甲状腺の大きさや性状を評価します
    • 甲状腺シンチグラフィ:放射性ヨード(123I)を用いて甲状腺の機能を評価します

    特にTSH受容体抗体が陰性~弱陽性の場合、ラジオアイソトープを用いた画像検査が診断に有用です。バセドウ病では甲状腺全体が均一に取り込み増加を示しますが、機能性甲状腺腺腫では結節のみが高集積を示すなど、原因疾患によって特徴的な所見が得られます。

     

  4. その他の特徴的所見

    甲状腺機能亢進症ではコレステロール値が低下する傾向があります。健康診断でコレステロール値が低いことがきっかけで甲状腺機能亢進症が発見されることもあります。

     

診断においては様々な甲状腺疾患(無痛性甲状腺炎、亜急性甲状腺炎など)との鑑別が重要です。それぞれ治療法が異なるため、正確な診断が適切な治療につながります。

 

早期診断・早期治療が症状の緩和と合併症予防に重要ですので、特徴的な症状がある場合は早めに医療機関を受診することをお勧めします。

 

甲状腺機能亢進症の薬物療法と抗甲状腺薬

甲状腺機能亢進症と診断された場合、一般的には薬物療法から治療を開始します。薬物療法は主に抗甲状腺薬とβ遮断薬を用いて行われます。

 

【抗甲状腺薬】
抗甲状腺薬は甲状腺からのホルモン産生を抑制する薬剤で、日本では主に以下の2種類が使用されています。

  1. チアマゾール(商品名:メルカゾール®)
    • 第一選択薬として推奨されています
    • 効果が強く、1日1回の服用で効果が持続します
    • 初期投与量:通常15mg/日(中等症以下)から開始し、重症例ではより多い用量が使用されることもあります
    • 長所:効果が強く、副作用の頻度が比較的低い
  2. プロピルチオウラシル(商品名:チウラジール®、プロパジール®)
    • 初期投与量:通常300mg/日
    • 妊娠初期や授乳中の女性に使用されることがあります
    • 長所:胎盤通過性がチアマゾールよりも低い
    • 短所:肝障害のリスクがあり、小児では禁忌とされています

【治療の進め方】

  1. 初期治療(寛解導入)
    • 甲状腺機能を抑える十分量の抗甲状腺薬を投与して開始
    • 甲状腺ホルモン値を見ながら、徐々に減量していきます
    • 初期は1か月ごとに血液検査を行い、状態を評価します
  2. 維持療法
    • 甲状腺機能が正常化したら、維持量(チアマゾール1日1錠程度)に減量
    • 1~2年程度の継続服用が一般的です
    • 安定してきたら血液検査の間隔を広げていきます
  3. 治療終了と経過観察
    • 抗甲状腺薬を2年服用して中止後1年の寛解率は約50%です
    • 1日おきに1錠服薬することを半年以上継続した後で中止した場合、2年後の寛解率は70%との報告もあります
    • 抗TSH受容体抗体(TRAb)が陽性のまま中止すると再燃率が高くなります

【β遮断薬】
β遮断薬は甲状腺ホルモンの過剰による症状(動悸、頻脈、手の震え、不安など)を緩和するために使用されます。

 

  • プロプラノロール(インデラル®):非選択性β遮断薬で、振戦やイライラなどの交感神経症状が強い場合に使用
  • メトプロロール:β1選択性の薬剤で、心拍数のコントロールが主な目的の場合に使用

β遮断薬は甲状腺の過剰なホルモン生産自体を抑えるものではないため、抗甲状腺薬と併用されることが一般的です。

 

【副作用と注意点】
抗甲状腺薬の最も注意すべき副作用は無顆粒球症です。発症率は0.1~0.5%程度ですが、発熱や咽頭痛などの症状が現れた場合は、すぐに服薬を中止して医療機関を受診する必要があります。

 

その他の副作用としては、皮疹、肝機能障害、関節痛などがあります。

 

妊娠中や授乳中の甲状腺機能亢進症治療には特別な配慮が必要で、専門医による管理が重要です。チアマゾールは妊娠初期に服用すると胎児に特殊な奇形を引き起こす可能性があるため注意が必要です。

 

甲状腺機能亢進症の代替治療法

薬物療法以外の甲状腺機能亢進症の治療法として、放射性ヨード内用療法と手術療法があります。これらは以下のような場合に検討されます。

  • 抗甲状腺薬の副作用で薬物療法を継続できない場合
  • 早期に治癒させたい場合
  • 2~3年の薬物療法でも寛解が得られない場合

【放射性ヨード内用療法】
放射性ヨード内用療法は、放射性ヨード(131I)を経口摂取し、甲状腺に集まった放射性ヨードから放出される放射線によって甲状腺細胞を破壊する治療法です。

 

メリット:

  • 入院不要で外来治療が可能(線量による)
  • 比較的簡便な処置で効果が高い
  • 再発率が低い

デメリット:

  • 治療後に高率で甲状腺機能低下症になるため、甲状腺ホルモン剤の生涯服用が必要になることが多い
  • 妊婦・授乳中は禁忌、治療後半年間は妊娠を避ける必要がある
  • 活動性のバセドウ病眼症がある場合、症状が悪化することがある

重度の甲状腺機能亢進症の場合、治療前に抗甲状腺薬で機能を低下させておくことが必要です。これは治療直後に甲状腺細胞の破壊により甲状腺ホルモンが血中に放出され、一時的に症状が悪化する可能性があるためです。

 

日本甲状腺学会のガイドラインでは、放射性ヨード内用療法の対象を19歳以上とし、15~18歳ではどうしても必要な場合に限定しています。

 

【手術療法】
手術療法は甲状腺の全摘出または亜全摘出を行う治療法です。

 

メリット:

  • 迅速な効果が得られる
  • 大きな甲状腺腫や圧迫症状がある場合に有効
  • 悪性腫瘍の疑いがある場合に組織診断も可能

デメリット:

  • 全身麻酔と入院が必要
  • 手術による合併症(副甲状腺機能低下症、反回神経麻痺など)のリスクがある
  • 甲状腺全摘出の場合は生涯にわたる甲状腺ホルモン剤の服用が必要

手術前には通常、抗甲状腺薬で甲状腺機能を正常化させておくことが必要です。また、手術直前にはヨウ化カリウムを投与して甲状腺の血流を減少させ、出血リスクを低減させることもあります。

 

【治療選択の考え方】
どの治療法を選択するかは、年齢、性別、重症度、合併症、妊娠の可能性、患者の希望など多くの要因を考慮して決定します。それぞれ長所と短所があるため、患者の特徴や価値観を含めて総合的に治療法を選択することが重要です。

 

治療方針の決定には医師との十分な相談が重要で、特に若年女性では将来の妊娠の可能性も考慮する必要があります。

 

甲状腺機能亢進症と咳の関連性

甲状腺機能亢進症において、あまり知られていない症状の一つに「咳」があります。通常の甲状腺機能亢進症の症状として挙げられることは少ないものの、実際には咳症状を呈する患者さんも存在します。

 

【甲状腺機能亢進症による咳の特徴】
甲状腺機能亢進症に関連する咳には、いくつかの特徴的なパターンがあります。

  • 乾いた咳が中心(痰が絡まないことが多い)
  • 慢性的に持続する傾向がある
  • 時に息切れや喘鳴(ゼーゼー音)を伴うことがある
  • 特に夜間に症状が悪化することがある

【甲状腺機能亢進症と咳のメカニズム】
甲状腺機能亢進症による咳のメカニズムは複数考えられています。

  1. 自律神経系への影響:過剰な甲状腺ホルモンが自律神経系のバランスを乱し、気道の過敏性を高める可能性があります。
  2. 心血管系への影響:甲状腺機能亢進症による心拍出量の増加や心肥大が、肺うっ血を引き起こし、咳症状につながることがあります。
  3. 筋力低下:甲状腺機能亢進症による全身の筋力低下が呼吸筋にも影響し、咳嗽反射や呼吸機能に影響を与える可能性があります。
  4. 免疫系への影響:甲状腺自己免疫疾患(バセドウ病など)では、他の自己免疫反応も生じやすく、気道の炎症を引き起こす可能性があります。

【咳と他の甲状腺機能亢進症症状の関連】
咳症状がある場合、他の甲状腺機能亢進症の典型的な症状も確認することが重要です。

  • 動悸や頻脈
  • 異常な発汗
  • 体重減少(食欲増加にもかかわらず)
  • 目の突出
  • イライラや不安
  • 不眠
  • 脱力感

これらの症状と咳が併存する場合は、甲状腺機能の検査を受けることが推奨されます。

 

【診断と治療】
慢性的な咳が続き、通常の呼吸器疾患の治療に反応しない場合は、甲状腺機能の評価も検討する価値があります。甲状腺機能亢進症による咳の場合、根本的な治療として甲状腺機能を正常化することが重要です。

 

甲状腺機能亢進症の治療(抗甲状腺薬、β遮断薬など)によって甲状腺ホルモンレベルが正常化すると、咳症状も改善することが多いとされています。このことからも、原因不明の慢性咳嗽の鑑別診断として甲状腺機能亢進症を考慮することは臨床的に意義があります。

 

慢性咳嗽の原因は多岐にわたるため、甲状腺機能亢進症を疑う場合でも、喘息、胃食道逆流症、後鼻漏症候群などの他の一般的な原因も適切に除外することが重要です。

 

このように、甲状腺機能亢進症と咳の関連性は見過ごされがちですが、原因不明の慢性咳嗽を訴える患者さんにおいては、甲状腺機能の評価も診断プロセスに含めることで、適切な治療につながる可能性があります。