バセドウ病などの甲状腺機能亢進症の治療に用いられる抗甲状腺薬は、主に2種類しかありません。チアマゾール(商品名:メルカゾール)とプロピルチオウラシル(商品名:プロパジールまたはチウラジール)です。プロパジールとチウラジールは製薬会社が異なるだけで同じ成分です。
これらの薬剤は甲状腺のペルオキシダーゼを阻害することで甲状腺ホルモンの合成を抑制します。比較研究によると、メルカゾールはチウラジールより約10倍強い抗甲状腺効果を持ち、より高い有効性と低い副作用発現率が示されています。
メルカゾールの特徴。
チウラジールの特徴。
近年の研究では、甲状腺機能亢進症の新規治療創出に向けた取り組みも進んでいます。科学研究費助成事業(KAKENHI)の報告によれば、TSH過剰発現マウスを用いた網羅的解析により、チアマゾールの作用点の同定が進められています。この研究からは、従来から知られている甲状腺ペルオキシダーゼ活性の抑制が主な作用であることが示唆されています。
抗甲状腺薬の投与量と方法は患者の症状や甲状腺機能の状態によって調整されます。日本甲状腺学会のガイドラインによると、以下のような投与方法が推奨されています。
投与方法の基本。
初期投与量の選択。
減量方法。
効果発現までの期間は、すでに合成された甲状腺ホルモンが約4週間分備蓄されているため、通常4~6週間を要します。そして、甲状腺機能が正常化しても、再発予防のために通常1年間の維持療法が必要とされています。
抗甲状腺薬の副作用は、服用開始後3か月以内に発生することが多く、この期間は2~4週間に一度の定期的な診察で副作用の有無を確認することが重要です。副作用には軽度のものから生命に関わる重篤なものまで様々あります。
頻度の高い副作用。
重大な副作用。
副作用への対応。
最近の報告では、チウラジールによる重症肝障害や腎障害(ANCA血管炎症候群)のリスクが認識されており、このため現在では妊娠初期を除き、メルカゾールが第一選択薬として推奨されています。血管炎は投薬期間に関係なく発症する可能性があり、特に1年を超えてから発症するケースもあることが知られています。
妊娠中および授乳中の甲状腺機能亢進症の管理は特に注意が必要です。適切な甲状腺ホルモン値の調整は、母体のリスク(妊娠高血圧、早産、流産等)や胎児のリスク(低体重、発達遅延等)を減らすために重要です。
妊娠中の抗甲状腺薬選択。
授乳中の抗甲状腺薬選択。
妊娠中・授乳中の投与量管理。
妊娠中の甲状腺機能亢進症の管理が適切でない場合、母体と胎児の両方に深刻な影響を及ぼす可能性があります。そのため、妊娠を計画している場合や妊娠が判明した場合は、すぐに専門医に相談し、適切な治療計画を立てることが重要です。
抗甲状腺薬による標準治療が効果不十分な場合や、副作用で使用できない場合に考慮される治療法について説明します。
ブロック補充療法。
甲状腺機能亢進症の中で特に不安定な患者に対して、メルカゾールなどの抗甲状腺薬と甲状腺ホルモン製剤(チラーヂン)を併用する治療法です。メルカゾールの減量だけでは甲状腺機能が安定しない場合に、チラーヂンを必要量だけ併用することで安定化を図ります。デメリットとしては、単独治療では期待できる寛解の可能性がなくなり、生涯にわたって薬を継続する必要がある点が挙げられます。
ヨウ化カリウム療法。
抗甲状腺薬が使用できない場合の選択肢として、ヨウ化カリウム(KI)があります。短期間であれば甲状腺機能を強力に抑制しますが、長期使用でエスケープ現象(効果の減弱)が起こるため、単独療法としては限界があります。副作用として以下が報告されています。
放射性ヨウ素療法(アイソトープ治療)。
ヨウ化ナトリウム(131I)を用いた治療法で、甲状腺に取り込まれた放射性ヨウ素が甲状腺細胞を破壊します。注意点。
外科的治療(甲状腺摘出術)。
薬物治療で効果不十分な場合や、巨大甲状腺腫、悪性腫瘍の疑いがある場合に検討されます。近年の技術進歩により、手術の安全性は向上しています。
症状に応じた補助療法。
甲状腺機能亢進症治療の現状と課題。
バセドウ病に代表される甲状腺機能亢進症は頻度の高い疾患ですが、治療は抗甲状腺薬を中心とした薬物療法が長年にわたり大きく変化していません。抗甲状腺薬の無顆粒球症などの重篤な副作用や治療抵抗性は依然として課題となっています。これらの課題解決のために、新たな治療法の開発が進められており、今後の治療選択肢の拡大が期待されています。
甲状腺機能亢進症の治療法選択は患者の年齢、症状の重症度、妊娠の有無、既往歴など様々な要因を考慮して個別に行われるべきであり、専門医との十分な相談が重要です。