反回神経麻痺の症状と診断治療

反回神経麻痺では嗄声や嚥下障害、呼吸困難などの症状が現れます。片側性と両側性で症状の重症度が異なり、原因疾患の検索が重要となります。医療従事者として知っておくべき症状の特徴と対応法とは?

反回神経麻痺の症状

反回神経麻痺の主な臨床症状
🗣️
音声障害

嗄声、気息性嗄声、声のかすれ、小声、声が裏返るなどの症状が出現

🍽️
嚥下障害

水分摂取時のむせ、誤嚥、誤嚥性肺炎のリスク増大

💨
呼吸障害

両側性麻痺では呼吸困難、喘鳴(ヒューヒュー音)が生じることがある

反回神経麻痺は声帯を動かす反回神経の機能不全により、声のかすれ(嗄声)を主訴とする症候群です。反回神経は左右に1本ずつ存在し、片側性か両側性かによって症状の重症度が大きく異なります。
参考)https://clinicalsup.jp/jpoc/contentpage.aspx?diseaseid=1691

反回神経麻痺の片側性症状の特徴

 

片側性反回神経麻痺では、麻痺側の声帯が動かなくなり、声門閉鎖不全が生じます。主な症状として、息もれを伴う気息性嗄声、声が裏返る、小声でしか話せない、声が長く続かないといった音声障害が出現します。抜管直後から嗄声を認めることがあり、手術や挿管の既往がある場合は早期の評価が必要です。
参考)https://medicalnote.jp/diseases/%E5%8F%8D%E5%9B%9E%E7%A5%9E%E7%B5%8C%E9%BA%BB%E7%97%BA

嚥下機能にも影響が及び、水分摂取時にむせやすくなったり、飲み込みにくさを感じることがあります。長期的には声帯の筋肉が使われなくなるため、声帯が萎縮して痩せてしまうことが知られています。また、咳や咳払いが増える、息切れしやすい、喉の乾燥が気になるといった訴えも認められます。ただし、片側性麻痺では呼吸に影響が出ることはまれです。
参考)反回神経麻痺の治療なら横浜市上大岡駅の西山耳鼻咽喉科医院まで

反回神経麻痺の両側性症状と緊急対応

両側性反回神経麻痺は、反回神経麻痺全体の約10%を占め、甲状腺疾患が最も多い原因です。両側の声帯が動かなくなるため、声門が狭窄し呼吸困難を呈することが特徴的です。症状としては、声のかすれや飲み込みにくさに加えて、ヒューヒューといった呼吸音(喘鳴)が生じたり、呼吸しにくくなることが多く認められます。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jibirin1925/84/10/84_10_1457/_pdf

両側麻痺の臨床経過は様々で、目が覚めてすぐに呼吸困難が出現する方から、喘鳴のみを認める方、数時間経過をおいてから症状が出現する方まで個人差があります。気道症状がない場合には集中治療室における慎重な経過観察も可能ですが、呼吸困難が問題となる場合には気管内挿管による気道確保が必要です。呼吸困難が改善しない場合には気管切開術が必要となり、生活の質に大きな影響を与えるため、早期の専門的介入が重要です。
参考)反回神経麻痺

反回神経麻痺の原因疾患と発症機序

反回神経は脳から首を伝わって食道に沿って降りていき、肺で上にあがってのどにある声帯につながる長い走行経路を持ちます。この解剖学的特徴から、多様な原因で麻痺が生じる可能性があります。
参考)反回神経麻痺

主な原因疾患として、悪性腫瘍では肺癌、食道癌、甲状腺癌、咽頭癌、悪性リンパ腫による神経浸潤が挙げられます。大動脈瘤による反回神経の圧迫や、脳梗塞に合併することも知られています。医原性の原因としては、甲状腺手術、食道癌手術、心臓血管手術などの術中に迷走神経あるいは反回神経をやむを得ず損傷する場合や、挿管操作による機械的損傷が報告されています。
参考)反回神経麻痺 (臨床外科 80巻11号)

興味深いことに、明らかな原因が見つからない特発性麻痺も存在し、この場合は比較的予後良好で、29.9~53.0%の自然治癒が見込まれます。甲状腺術後の反回神経麻痺では、半年の経過観察で90%近くが治癒するという報告もあり、原因によって予後が大きく異なることが特徴です。
参考)反回神経マヒと嗄声(させい)

反回神経麻痺の診断検査と評価方法

反回神経麻痺の診断には、喉頭内視鏡検査が必須となります。内視鏡で声帯の動きを観察することにより、麻痺の有無、片側性か両側性か、声帯の位置(正中位、傍正中位、外転位など)を評価します。嗄声や呼吸困難等の症状から判断したり、喉頭ファイバーによって声帯の動きを観察することによって診断が行われます。
参考)https://hospital.city.sendai.jp/wp-content/uploads/2019/03/hankaisinkeimahi.pdf

原因疾患の検索が非常に重要で、耳鼻咽喉科を受診することが推奨されます。甲状腺癌や首のリンパ節の腫れがないか、首の超音波検査を実施します。また、首や胸の病気がないか確認するためにCT検査を行い、頭の病気がないか頭部MRIを撮影することもあります。
参考)反回神経麻痺

癌や大動脈瘤などの重大な病気によって起こることがあるため、系統的な画像診断による原因精査が必要です。悪性腫瘍など命に関わり得る病気が原因の場合は、まずそちらの治療が優先されます。特に、のど・甲状腺・食道・肺といった反回神経の走行に沿った領域の精査が重要となります。
参考)一側性反回神経麻痺の治療選択肢——内科的治療や手術について

反回神経麻痺の治療選択肢と予後

反回神経麻痺と診断されても、必ずしも早急な治療が必要なわけではありません。治療が必要かどうかは原因や症状の程度・経過によって判断します。挿管性麻痺や特発性麻痺の場合は自然回復する可能性もあり、半年ほど経過観察をするのが一般的です。声帯麻痺の自然経過において治癒を認める場合は6か月以内に生じることが多く、発症後半年から1年以上経過した症例では声帯麻痺が自然に治癒することはまれです。
参考)https://archive.okinawa.med.or.jp/old201402/activities/kaiho/kaiho_data/2012/201209/049.html

自然回復しない場合の治療法として、保存的治療では薬物治療と音声治療が挙げられます。ビタミンB12製剤やステロイド薬などが神経回復促進のために処方されることがありますが、明確な効果が証明されておらず、現在までに有効な薬はないとされています。​
外科的治療では、声帯内注入術が比較的低侵襲な方法として選択されます。アテロコラーゲン、自己脂肪、ヒアルロン酸などを声帯内に注入し、声帯の位置を調整して声門閉鎖を改善します。外来で受けられるアテロコラーゲン注入を実施している施設もあります。ただし、効果が一時的で繰り返し施術が必要な場合があることが課題です。
参考)声帯内BIOPEX注入術|佐野厚生総合病院

より確実な治療として、喉頭形成術(甲状軟骨形成術Ⅰ型)があります。この手術は、喉頭の軟骨に穴を開け、そこから麻痺した声帯を人工物質で押して正中移動させる方法で、現在世界的にもっとも行われている術式です。局所麻酔で行うため、患者の声を直に確認しながら調整できるという利点があります。披裂軟骨内転術や声帯内自家側頭筋膜移植術も選択肢となります。
参考)声帯麻痺(反回神経麻痺)|新宿ボイスクリニック|医療法人社団…

近年、線維芽細胞増殖因子(bFGF)を用いた喉頭注入術が臨床研究として行われており、声帯萎縮や片側性反回神経麻痺に対して一定の効果を示しています。注入箇所の再生を促す作用があるため、長期的効果が理論上期待できる治療法として注目されています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/larynx/33/01/33_1/_pdf

反回神経麻痺における医療従事者の役割

医療従事者として、反回神経麻痺の患者に対する多面的なサポートが求められます。肺癌領域では、反回神経麻痺に伴う種々の症状、すなわち嗄声や嚥下障害を起こした患者のサポートに言語聴覚士が携わっています。音声治療では、喉頭内筋の強化を目的としたボイストレーニングが保存的に行われ、継続的な取り組みが必要です。
参考)言語聴覚士のサポート | 神奈川県立がんセンター呼吸器グルー…

声の衛生管理も重要な指導内容です。無理に大声を出したり、長時間話し続けることは避けるよう指導し、喫煙や過度の飲酒も控えるよう助言します。のどの乾燥を防ぐため加湿器の使用や水分補給を心がけることが大切で、こうした声の衛生管理を徹底することで症状の悪化を防ぐことができます。​
CTCAEの重症度評価基準では、反回神経麻痺はGrade 1(症状がない、または臨床所見もしくは検査所見のみ、または治療を要さない)からGrade 5(死亡)まで分類されます。Grade 2は中等度の症状、Grade 3は高度の症状または内科的治療を要する(例: 甲状軟骨形成術、声帯注射)、Grade 4は生命を脅かす、または緊急処置を要するとされています。この評価基準を理解し、適切なタイミングでの専門医紹介や緊急対応の判断が求められます。
参考)反回神経麻痺

甲状腺術後など医原性の両側反回神経麻痺では、術後早期の慎重な気道評価が極めて重要です。年間約220症例の甲状腺摘出術を行う施設では、年間数例以下の両側反回神経麻痺が発生する可能性があり、集学的な管理体制の整備が必要とされています。​
参考リンク。
反回神経麻痺の診断と治療の詳細について、日本音声言語医学会のガイドラインが参考になります。

 

両側反回神経麻痺症例の臨床的検討(日本音声言語医学会誌)
反回神経麻痺に対する音声外科的治療の変遷について理解を深めるには、以下の文献が有用です。

 

反回神経麻痺に対する喉頭注入術:注入材料の変遷と効果(日本喉頭科学会誌)
甲状腺術後の両側反回神経麻痺による気道管理の実際について、症例報告が参考になります。

 

甲状腺術後両側反回神経麻痺により気道管理を必要とした症例(仙台市立病院)

 

 


反回神経麻〓 (1984年)