サイログロブリン(Tg)は甲状腺濾胞細胞で合成される糖蛋白質であり、甲状腺分化癌の腫瘍マーカーとして重要な役割を果たします。しかし、抗サイログロブリン抗体(TgAb)が存在すると、測定系に干渉を引き起こし、検査結果の信頼性に影響を及ぼします。甲状腺癌患者の20〜30%でTgAbが陽性であるため、Tg測定時にはTgAbの同時測定が必須となります。
参考)サイログロブリン(Tg)|臨床検査項目の検索結果|臨床検査案…
抗体干渉のメカニズムは、血清中のTgAbがTg測定試薬と反応し、実際のTg濃度よりも低値を示すことにあります。研究報告によると、TgAb陽性例では旧測定法で平均5.43ng/mL、新測定法(干渉を受けにくい方法)で6.48ng/mLと、有意に新測定法で高値を示しました。この干渉により、甲状腺癌の再発や転移の見逃しにつながるリスクがあります。
参考)抗サイログロブリン抗体に干渉されない血清サイログロブリ測定キ…
近年、抗体干渉を受けにくい新しい測定法(ルミパルス iNTACT Tgなど)が開発され、TgAb陽性例でもより正確なTg測定が可能になっています。また、ビオチンによる測定干渉を軽減する改良試薬も導入されており、検査精度の向上が図られています。
参考)抗サイログロブリン抗体に干渉されない血清サイログロブリ測定キ…
サイログロブリン(D008「16」)の保険算定は、傷病名と測定時期によって厳格に規定されています。原則として認められる傷病名は、バセドウ病(初診時又は診断時)、慢性甲状腺炎・橋本病(初診時又は診断時)です。一方、甲状腺機能異常や亜急性甲状腺炎の経過観察時における定期チェックでは、算定が認められない場合があります。
参考)https://www.ssk.or.jp/shinryohoshu/sinsa_jirei/kikin_shinsa_atukai/shinsa_atukai_i/kensa_1.files/kensa_179.pdf
甲状腺全摘術後の腫瘍マーカーとしてのTg測定は非常に有用であり、3ヶ月〜半年に1回の測定が推奨されています。全摘術後にTg値が測定感度以下にならない場合は癌組織の残存を疑い、経過中にTg値が再上昇した場合は癌の再発・転移を疑います。Tg値が1000ng/mLを超える場合は悪性の可能性が高まりますが、良性甲状腺腫でも高値を示すため、Tg単独では良性・悪性の鑑別はできません。
参考)https://www.crc-group.co.jp/crc/q_and_a/109.html
TSH抑制療法下では、TSH刺激に反応する癌細胞のTg産生が抑制され、偽陰性になる可能性があることも注意が必要です。また、甲状腺穿刺(生検)直後は異常高値を示すため、測定タイミングの考慮が求められます。
参考)甲状腺癌腫瘍マーカー(サイログロブリン,p53抗体,SCC,…
抗サイログロブリン抗体(D014「3」半定量、D014「10」定量)は、バセドウ病や橋本病などの自己免疫性甲状腺疾患において自己免疫異常の存在や程度を知る目的で実施されます。算定が原則として認められる傷病名には、バセドウ病、甲状腺機能亢進症、慢性甲状腺炎・橋本病、甲状腺機能低下症、無痛性甲状腺炎の初診時または診断時が含まれます。
参考)https://www.ssk.or.jp/shinryohoshu/sinsa_jirei/kikin_shinsa_atukai/shinsa_atukai_i/kensa_1.files/kensa_189.pdf
一方、甲状腺機能異常の経過観察時(定期チェック)、亜急性甲状腺炎の経過観察時、急性化膿性甲状腺炎では、自己免疫異常が見られないため臨床的有用性が低く、算定は原則として認められません。橋本病の診断には、血液検査(抗サイログロブリン抗体、抗TPO抗体)や甲状腺エコー(峡部の厚みが3mm以上)が有用です。
参考)甲状腺がん
橋本病では、TgAbまたは抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(TPOAb)が出現し、これらが甲状腺を破壊することで徐々に甲状腺ホルモンが産生されなくなります。病因を特定するには、抗TSH受容体抗体(TRAb)、TgAb、TPOAbの3項目の検査が必要とされています。
参考)検査のご案内|金地病院
サイログロブリンと抗サイログロブリン抗体は異なる検査項目であり、基本的に同時算定が可能です。ただし、査定事例も報告されており、実際の運用では地域や審査機関によって解釈が異なる場合があります。診療報酬点数表の解釈では、「主たるもののみ算定」とされる検査の組み合わせが多数規定されていますが、TgとTgAbの組み合わせについては明確な制限規定がありません。
参考)301 Moved Permanently
注意すべきは、抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(TPO-Ab)と抗甲状腺マイクロゾーム抗体半定量を併せて実施した場合は、主たるもののみ算定するという規定です。また、抗サイログロブリン抗体と抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体を同時に算定した際に片方が減点された事例もあり、病名や測定目的の明確化が重要です。
参考)https://clinicalsup.jp/jpoc/shinryou.aspx?file=ika_2_3_1_1_5%2Fd014.html
自己免疫性甲状腺疾患では、TPO-Abとの同時測定が望ましいとされていますが、保険算定上は慎重な判断が求められます。傷病名の適切な設定と、測定の必要性を診療録に明記することで、査定リスクを低減できます。
参考)HMレビュー
支払基金の統一事例では、抗サイログロブリン抗体の算定基準が詳細に示されており、傷病名ごとの算定可否を確認できます
甲状腺分化癌の術後フォローアップにおいて、TgとTgAbの関係性を理解した測定戦略が不可欠です。TgAbは、Tg測定の信頼性を評価するために必ず同時測定すべき項目とされています。TgAb陽性の場合、実際のTg値は測定値より高い可能性があるため、干渉を受けにくい測定法の選択が推奨されます。
参考)抗サイログロブリン抗体
新しい測定法(iNTACT Tg法など)では、従来法に比べてTgAb陽性例での測定精度が向上しており、抗体陽性例の78.9%で測定値が増加したという報告があります。この技術革新により、TgAb陽性患者でもより正確な再発・転移評価が可能になっています。
甲状腺全摘術後の患者では、TSHとFT3の組み合わせで甲状腺機能を評価することも重要です。全摘術後はTSH、FT4よりもFT3が身体症状を強く反映するため、測定項目の選択が治療効果の判定に影響します。保険診療では2項目までの測定が原則であり、病態に応じた最適な組み合わせの選択が求められます。
参考)血液検査で測れる甲状腺ホルモンの数と種類[橋本病 バセドウ病…
日本内分泌外科学会雑誌の論文では、抗体干渉を受けない新測定法の臨床的有用性が詳しく報告されています