副甲状腺機能低下症の症状と治療薬について

副甲状腺ホルモン分泌低下による低カルシウム血症を特徴とする副甲状腺機能低下症の症状と最新の治療法について解説します。テタニーや痙攣などの症状管理にはどのような対応が有効なのでしょうか?

副甲状腺機能低下症の症状と治療薬

副甲状腺機能低下症の概要
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疾患特性

PTH分泌低下による低カルシウム血症と高リン血症を特徴とする内分泌疾患です

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主要症状

手足のしびれ、テタニー、痙攣などの神経筋症状が特徴的です

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基本治療

活性型ビタミンD製剤とカルシウム製剤の併用が標準治療となります

副甲状腺機能低下症の定義と病態生理

副甲状腺機能低下症は、副甲状腺ホルモン(PTH)の分泌低下または作用不全により、低カルシウム血症と高リン血症を特徴とする内分泌疾患です。この疾患は日本において指定難病(235番)に指定されており、令和元年度の医療受給者証保持者数は254人と報告されています。

 

副甲状腺は甲状腺の裏側に位置する米粒大の内分泌器官で、通常4つ存在します。ここから分泌されるPTHは体内のカルシウムバランスを調節する重要なホルモンです。PTHには以下の作用があります。

  • 腎臓でのカルシウム再吸収促進
  • 骨からのカルシウム動員
  • 腎臓での活性型ビタミンD生成促進(これにより腸管からのカルシウム吸収が増加)
  • リン排泄の促進

PTH分泌が低下すると、これらの作用が減弱し、血中カルシウム濃度の低下と血中リン濃度の上昇が生じます。

 

副甲状腺機能低下症の原因は多岐にわたります。

  1. 遺伝子異常による先天性のもの
  2. 頸部手術後の医原性のもの(甲状腺手術後に最も多い)
  3. 肉芽腫性疾患による浸潤
  4. 自己免疫性疾患
  5. 特発性(原因不明)

特発性副甲状腺機能低下症は、近年の研究により一部の原因が明らかになってきており、免疫異常(HAM症候群、AIRE遺伝子異常)や奇形症候群に伴う副甲状腺の発生異常、カルシウム感知受容体異常、PTH自体の異常などが挙げられます。しかし、依然として原因不明の症例も多く存在します。

 

副甲状腺機能低下症における特徴的な臨床症状

副甲状腺機能低下症の症状は、主に低カルシウム血症によるものです。カルシウムイオンは神経や筋肉の興奮性に重要な役割を果たしているため、低カルシウム血症になると神経筋症状が前面に出てきます。

 

主な症状としては以下が挙げられます。

  1. 神経筋症状
    • 口周囲や手足のしびれ感・錯感覚
    • テタニー(手指の不随意な筋収縮)
    • 全身けいれん
    • 喉頭けいれん・気管支けいれん
    • クボステック徴候(顎関節部を叩いた時の口輪筋の収縮)
    • トルーソー徴候(上腕部緊縛による助産婦手位)
  2. 精神・神経症状
    • 情緒不安定
    • いらいら感
    • 抑うつ
    • 運動失調
    • 歩行異常
  3. その他の症状
    • 白内障
    • 大脳基底核の石灰化
    • 不整脈(QT延長、AVブロック)
    • 皮膚や毛髪の異常
    • 歯牙発育障害
    • 脱毛
    • 皮膚の白斑
    • カンジダ症

特にテタニー発作は副甲状腺機能低下症に特徴的な症状で、両手指がこわばったり、顔が引きつったり、全身がしびれたりするてんかん発作に似た状態が観察されます。これらの症状は、ストレスや運動、騒音などが誘因となって突然発症することがあります。

 

慢性的な低カルシウム血症による症状としては、白内障や脳内(特に大脳基底核)の石灰化が起こることがあり、長期的な管理が必要となります。

 

副甲状腺機能低下症の診断基準と検査所見

副甲状腺機能低下症の診断は、臨床症状と検査所見を総合的に評価して行われます。日本の指定難病診断基準では、以下のカテゴリーが設定されています。
診断のカテゴリー

  • Definite:症状1項目以上 + 検査所見3項目すべて
  • Probable:検査所見3項目すべて
  • Possible:検査所見のうち低カルシウム血症とPTH低値

必要な検査所見

  1. 低カルシウム血症(血清補正値8.5mg/dl未満)かつ正または高リン血症(4.5mg/dl以上)
  2. eGFR 30mL/min/1.73m²以上
  3. Intact PTH 30pg/mL未満

低カルシウム血症の評価では、補正カルシウム値を用いることが重要です。血清アルブミン値が低下している場合、見かけ上のカルシウム値も低下するためです。

 

補正カルシウム値(mg/dL) = 測定カルシウム値(mg/dL) + [4.0 - 血清アルブミン値(g/dL)]
また、低カルシウム血症の際に特徴的な所見として以下が挙げられます。

  • クボステック徴候:顎関節部を叩いた時の口輪筋の収縮
  • トルーソー徴候:上腕部緊縛による手のけいれん(助産婦手位)
  • 心電図異常:QT延長、AVブロック
  • 大脳基底核の石灰化(画像検査で確認)

診断において重要なのは、二次性副甲状腺機能低下症や一過性のマグネシウム欠乏による低カルシウム血症を除外することです。除外すべき二次性の原因としては、頸部手術後、放射線照射後、悪性腫瘍の浸潤、肉芽腫性疾患、ヘモクロマトーシス、ウィルソン病、母体の原発性甲状腺機能亢進症(新生児・一過性)などがあります。

 

また、偽性副甲状腺機能低下症との鑑別も重要です。偽性副甲状腺機能低下症では、副甲状腺ホルモンは正常に分泌されているにもかかわらず、標的組織がホルモンに反応せず、Intact PTHは30pg/mL以上となります。確定診断には負荷試験(エルスワース・ハワード試験)が行われることもあります。

 

副甲状腺機能低下症の治療薬と対応方法

副甲状腺機能低下症の治療は、低カルシウム血症の改善と症状のコントロールを目的としています。現在の標準治療は、活性型ビタミンD製剤とカルシウム製剤の併用です。これらは病因に基づく根本的治療ではなく、対症療法として位置づけられています。

 

急性期の治療(テタニーや全身けいれん時)

  • グルコン酸カルシウム(カルチコール)の静脈内投与
  • 速やかなカルシウム補充による症状の軽減

慢性期の治療

  1. 活性型ビタミンD3製剤
    • アルファカルシドール(アルファロール®):1~4μg/日
    • カルシトリオール(ロカルトロール®)
    • 作用:腸管からのカルシウム吸収を促進
  2. カルシウム製剤
    • 炭酸カルシウム
    • 乳酸カルシウム
    • 作用:直接的なカルシウム補充

治療の目標は、血清カルシウム値を正常下限~やや低めの範囲(8.0~8.5mg/dL)に維持することです。過剰な治療は高カルシウム血症や高カルシウム尿症を引き起こし、腎石灰化や尿路結石腎機能障害などの合併症を生じる可能性があります。

 

治療薬の用量調整は個々の患者の状態に応じて慎重に行われ、定期的なモニタリングが必要です。特に以下の項目を定期的に検査することが推奨されます。

  • 血清カルシウム値
  • 血清リン値
  • 尿中カルシウム排泄量
  • 腎機能検査
  • 眼科検査(白内障の有無)
  • 頭部CT/MRI(脳内石灰化の有無)

副甲状腺機能低下症の治療は通常、生涯にわたって継続する必要があります。薬の内服を中断すると血中カルシウム濃度が低下し、症状が再発するリスクがあります。また、同じ量の薬を服用していても、年齢や腎機能の変化などにより血中カルシウム濃度が変動することがあるため、定期的な受診と検査が極めて重要です。

 

副甲状腺機能低下症の最新治療と長期管理戦略

従来の活性型ビタミンD製剤とカルシウム製剤による治療は、症状コントロールには有効ですが、根本的な治療ではなく、長期的な合併症のリスクがあります。近年、副甲状腺機能低下症の治療アプローチにおいて新たな展開が見られています。

 

遺伝子型に基づく個別化治療
最近の研究では、副甲状腺機能低下症の原因となる特定の遺伝子変異が同定されており、遺伝子診断に基づく治療最適化が検討されています。例えば、カルシウム感知受容体の異常による副甲状腺機能低下症では、受容体の感受性を調整する薬剤の開発が進められています。

 

組み換えヒト副甲状腺ホルモン製剤
欧米では、副甲状腺機能低下症の治療薬として組み換えヒト副甲状腺ホルモン(rhPTH)が承認されています。rhPTHは、従来の治療で効果不十分な症例や、高用量のカルシウムやビタミンD製剤による副作用が問題となる症例に対して使用されます。これにより、より生理的なカルシウム・リン代謝の調節が期待できます。

 

日本でも臨床試験が進められており、今後の導入が期待されています。rhPTHの利点として以下が挙げられます。

  • より生理的なカルシウム・リン代謝の調節
  • 尿中カルシウム排泄量の減少
  • 骨代謝回転の改善
  • ビタミンD製剤の減量可能性

栄養管理と生活指導
長期管理においては薬物療法だけでなく、栄養指導も重要です。

  • カルシウム摂取:適切な食事からのカルシウム摂取を心がける
  • リン制限:高リン食品(加工食品、炭酸飲料など)の過剰摂取を避ける
  • ビタミンD:天然のビタミンDを含む食品の摂取
  • マグネシウム:適切なマグネシウム摂取によるカルシウム代謝の補助

長期管理のポイント
副甲状腺機能低下症の患者さんにおいては、以下の点に注意した長期管理が必要です。

  1. 定期的なモニタリング
    • 3〜6ヶ月ごとの血液検査(カルシウム、リン、腎機能)
    • 年1回の尿検査(カルシウム排泄量)
    • 1〜2年ごとの腎臓超音波検査(腎結石の確認)
    • 定期的な眼科検診(白内障の早期発見)
  2. 薬剤調整の最適化
    • 症状と検査値のバランスを考慮した薬剤調整
    • 過剰治療と不十分な治療の双方を避ける
    • 年齢や体重変化、併存疾患に応じた細やかな調整
  3. 患者教育
    • 疾患の理解と薬物療法の重要性の認識
    • 低カルシウム症状の自己認識と対処法の習得
    • 食事管理の継続
    • 緊急時の対応
  4. QOL向上への取り組み
    • 心理的サポート
    • 社会的支援の紹介(難病指定に基づく医療費助成など)
    • 就労・学業への配慮

このように、副甲状腺機能低下症の治療は単なる血清カルシウム値の管理だけでなく、患者さんのQOLを最大化するための包括的なアプローチが重要です。医療従事者は最新の治療動向を把握しつつ、個々の患者に最適な治療戦略を提供することが求められています。

 

国の指定難病である副甲状腺機能低下症の診断基準や治療ガイドラインに関する詳細情報は、難病情報センターのウェブサイトで参照することができます。

 

難病情報センター:副甲状腺機能低下症(指定難病235)