ペルオキシダーゼと過酸化水素の酵素反応と医療応用

ペルオキシダーゼが過酸化水素を基質として触媒する酸化還元反応は、活性酸素防御機構や臨床検査において重要な役割を果たしています。酵素活性部位の構造や反応機構から医療現場での応用まで、どのように活用されているのでしょうか?

ペルオキシダーゼと過酸化水素

この記事のポイント
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酵素の基本構造

ヘム鉄を活性中心とする酸化還元酵素で過酸化水素を分解

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反応機構の特徴

三段階の素反応を経て基質を酸化し活性酸素を制御

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臨床応用の展開

白血病診断や過酸化脂質測定など医療検査に広く利用

ペルオキシダーゼの酵素活性と構造特性

 

ペルオキシダーゼは過酸化水素を基質として、様々な有機化合物や無機化合物の酸化反応を触媒する酵素です。この酵素は動物、植物、微生物界に広く存在し、活性部位にヘム鉄を補因子として含む構造が特徴的です。西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)は分子量約4.4万のヘムタンパク質で、640nm、500nm、402nmに吸収極大を持つことから、その構造が明確に特定されています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/kobunshi1952/52/4/52_4_268/_pdf/-char/ja

ペルオキシダーゼの基質特異性は酵素の種類によって大きく異なります。西洋ワサビペルオキシダーゼは活性部位が外部から近づきやすい構造のため、フェノール類やアニリン類をはじめとする多様な物質が電子供与体や受容体として機能できます。一方、シトクロムcペルオキシダーゼでは活性部位が立体的に遮蔽されており、シトクロムcのみを選択的に電子供与体として利用します。
参考)ペルオキシダーゼ - Wikipedia

この酵素は過酸化水素だけでなく、過酸化脂質など有機過酸化物に対する活性が強いものも存在します。特定の細菌由来ペルオキシダーゼは、高濃度の過酸化水素存在下でも失活せず、過酸化脂肪酸に特異的な呈色反応を触媒するユニークな性質を持つことが確認されています。
参考)新規高機能ペルオキシダーゼ - 兵庫県立工業技術センター

ペルオキシダーゼによる過酸化水素の分解機構

ペルオキシダーゼが触媒する酸化反応は三段階の素反応から構成されます。まず第一段階では、過酸化水素によって酵素が酸化されCompound Iと呼ばれる中間体を形成します。この過程では、ヘム鉄が完全な5配位構造をとることが結晶構造解析により明らかにされています。
参考)https://ir.library.osaka-u.ac.jp/repo/ouka/all/38844/11221_Abstract.pdf

第二段階のCompound II形成反応では、第二基質からヘム鉄への電子移動が起こります。芳香族系基質との反応速度定数は、基質のHOMO(最高被占分子軌道)エネルギーレベルと最も相関が深いことが分子軌道計算により示されています。この知見により、電子供与体から酵素活性中心への電子移動経路の概略が推測可能となりました。
参考)KAKEN href="https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-62580107/" target="_blank">https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-62580107/amp;mdash; 研究課題をさがす

第三段階では還元剤によって酵素が元の状態に戻り、触媒サイクルが完結します。酵素反応により生成したフェノキシラジカルは、ラジカル形成とラジカルカップリング反応を繰り返すことで高分子量化し、水不溶性オリゴマーを形成します。この連鎖反応により、効率的な基質酸化が実現されています。
参考)https://www.cit.nihon-u.ac.jp/laboratorydata/kenkyu/kouennkai/reference/No.48/pdf/3-26.pdf

ペルオキシダーゼと過酸化水素による活性酸素防御

生体内ではミトコンドリアの電子伝達系において、スーパーオキシドアニオン(O₂⁻)などの活性酸素種が常に発生しています。活性酸素は生体分子を破壊し有害であるため、多段階の防御機構が存在します。まずスーパーオキシドディスムターゼ(SOD)によってスーパーオキシドアニオンが過酸化水素に変換され、続いてペルオキシダーゼによって無害な水に分解されます。​
グルタチオンペルオキシダーゼはセレノシステインを含む特殊な酵素で、グルタチオンを電子供与体として用いて過酸化水素だけでなく有機過酸化物にも作用します。特にグルタチオンペルオキシダーゼ4(GPX4)は酸化リン脂質をグルタチオン依存的に還元する役割を担い、細胞を脂質過酸化から保護しています。
参考)GPx4研究からみた脂質酸化を介する細胞死-——フェロトーシ…

ペルオキシレドキシンファミリーも過酸化水素の消去に重要な働きをします。細胞質内で過酸化水素を消去するのは主にペルオキシレドキシンとグルタチオンペルオキシダーゼであり、これらの酵素は抗酸化防御、レドックスシグナル調節、シャペロン機能、細胞周期進行など多様な役割を果たしています。
参考)https://www.tenri-u.ac.jp/wp/wp-content/uploads/bulletin_vol_6.pdf

近年、金属イオンを使用しないペルオキシダーゼ様触媒の開発も進んでいます。フェリチン内部にヒスチジン残基を高密度配置することで、過酸化水素と基質の反応を促進する人工触媒が創出され、従来のオリゴヒスチジン集合体と比べ約80倍もの高い触媒効率を示しました。
参考)タンパク質カゴ内に「金属ゼロ」の触媒を創出

ペルオキシダーゼの医療・臨床検査応用

ペルオキシダーゼは臨床検査において白血病の診断に重要な役割を果たしています。この酵素は骨髄系細胞のほとんどに存在し、特に好中球好酸球に多く含まれますが、リンパ球系細胞や幼若赤血球には存在しません。ペルオキシダーゼ反応はこの特性を利用した酵素染色法として、骨髄性白血病における腫瘍細胞の鑑別に広く利用されています。
参考)ペルオキシダーゼ反応 (検査と技術 29巻7号)

反応原理は、過酸化水素の存在下で遊離された酸素によって基質が酸化され、酸化前と明確に異なる着色を示すことに基づいています。基質としてベンジジンやその誘導体が主に用いられ、顆粒球系細胞の陽性所見により白血病の型分類が可能となります。
参考)ペルオキシダーゼ染色 (検査と技術 4巻9号)

ペルオキシダーゼ固定電極を用いた電気化学的測定法も開発されており、臨床検査で求められる様々な検査項目を電気化学的に定量することが可能です。この方法は分光法と比較して、より迅速かつ簡便な測定を実現しています。
参考)https://kwassui.repo.nii.ac.jp/record/2000444/files/GE43-2Kinoshita.pdf

イムノアッセイ法においてもペルオキシダーゼはマーカー酵素として重要な位置を占めています。特に西洋ワサビペルオキシダーゼは酵素免疫測定法(ELISA)において標準的に使用され、化学蛍光技術を組み合わせることで反応の感度が大幅に向上しています。
参考)ホースラディッシュペルオキシダーゼ市場:シェア、規模、成長分…

ペルオキシダーゼと過酸化脂質の臨床的意義

過酸化脂質は炎症などの疾患や老化のバイオマーカーとして知られており、その測定はフェロトーシスと呼ばれる鉄依存的細胞死の理解に重要です。がん細胞内で代謝や抗がん剤治療により過酸化水素などの活性酸素が蓄積すると、細胞内の不飽和脂肪酸が酸化されて過酸化脂質が蓄積します。
参考)フェロトーシスの制御によるがん治療への応用 (医学のあゆみ …

新規高機能ペルオキシダーゼを用いた手法では、過酸化水素と過酸化脂肪酸を判別して特異的に検出することが可能になりました。この技術により、従来法では困難であった過酸化脂肪酸の直接的定量が実現し、様々な試料中での簡便な測定が期待されています。​
グルタチオンペルオキシダーゼ4とフェロトーシスサプレッサータンパク1(FSP1)は、細胞内における過酸化脂質に対する主要な防御機構です。GPX4はグルタチオンを用いて過酸化脂質を直接還元し、FSP1はNAD(P)Hを用いてキノンを還元することで脂質ラジカルを消去します。これらの酵素の活性評価法の開発により、がん治療における新たな標的としてフェロトーシス制御機構が注目されています。
参考)フェロトーシスを制御する酵素の汎用性の高い活性評価法を開発 …

フェロトーシス制御酵素の活性評価法に関する最新研究(東北大学病院プレスリリース)
脂質過酸化による細胞障害は、動脈硬化、肝障害、虚血再還流障害、糖尿病など多様な疾患の病態形成に関与しています。したがって、ペルオキシダーゼ系酵素による過酸化脂質の制御は、抗酸化療法の重要なターゲットとして臨床応用が進められています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jspen/31/1/31_3/_pdf

ペルオキシダーゼ測定法の技術革新

ペルオキシダーゼ活性の測定には、比色法と蛍光法が広く用いられています。比色法では過酸化水素とペルオキシダーゼの反応中にレゾルフィンを形成する電子供与色素を使用し、生成した発色産物の吸光度(OD 570nm)を測定します。蛍光法では励起波長530nm、蛍光波長585nmで測定することにより、比色法の約10倍の測定感度が得られます。
参考)ペルオキシダーゼ活性測定キット

これらのアッセイキットは混合とインキュベーションのみで測定が行え、自動分析やハイスループットスクリーニングにも適応可能です。必要試料量はわずか10μlで、血清、血漿、尿、組織、培地など多様な試料に対応しており、測定範囲は比色法で2~50 U/L、蛍光法で0.1~5 U/Lと高感度測定が実現されています。​
ペルオキシダーゼ活性測定キットの詳細情報(フナコシ株式会社)
ペルオキシダーゼを用いた3段階酵素カスケードシステムも開発されており、グルコースオキシダーゼによる過酸化水素の持続的生成と、クロロペルオキシダーゼや西洋ワサビペルオキシダーゼによる酸化反応を組み合わせることで、酵素の失活を防ぎながら効率的な反応を実現しています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11253098/

漂白プロセスへの応用では、ペルオキシダーゼの反応性を目的に合わせてコントロールする技術が開発されています。西洋ワサビ由来ペルオキシダーゼとモミガラ由来ペルオキシダーゼの反応機構の解明により、高濃度の過酸化水素による反応制御が可能となり、色素退色反応における実用化が進んでいます。
参考)ペルオキシダーゼを触媒とした色素退色反応における過酸化水素の…

人工基質結合部位を導入したミオグロビンの研究では、ヘムプロピオン酸側鎖末端にベンゼン環を結合させることで、天然酵素に匹敵するペルオキシダーゼ活性の向上が達成されました。このような機能性人工ヘムを用いたアプローチは、高活性酸化触媒の設計指針として重要な知見を提供しています。
参考)https://www.amano-enzyme.com/assets/pdf/foundation/symposium/symposium7/program4.pdf

 

 


ペルオキシダーゼ、CAS 9003-99-0、(EIA)、RZ 2.9、500単位/mg タンパク質、5KU