ホスホマイシン系抗生物質は、1969年にスペインで発見された独特な構造を持つ抗菌薬です。本薬剤の最大の特徴は、その作用機序にあります。ホスホマイシンは、UDP-GlcNAcエノールピルビルトランスフェラーゼを不可逆的に失活させることで、細胞壁ペプチドグリカン生合成の最初期反応を阻害します。
この作用機序は他の抗菌薬とは全く異なるため、β-ラクタム系、アミノグリコシド系、キノロン系などの抗菌薬に対する耐性とは交差しません。そのため、多剤耐性菌に対しても有効性を示すことが多く、現代の感染症治療において重要な地位を占めています。
🔬 作用機序の詳細
経口用のホスホマイシン製剤は、すべてホスホマイシンカルシウム水和物を有効成分としています。現在日本で使用可能な主要製剤は以下の通りです。
先発医薬品(ホスミシン)
後発医薬品
💡 経口製剤の特徴
小児に対しては、体重1kg当たり1日40-120mg(力価)を3-4回に分けて投与します。年齢や症状に応じて適宜増減が可能です。
静注用製剤は、ホスホマイシンナトリウムを有効成分とし、より重篤な感染症の治療に使用されます。
先発医薬品(ホスミシンS)
後発医薬品
各社からジェネリック医薬品が販売されており、主要なものには以下があります。
📊 薬物動態パラメータ(健康成人)
静注製剤は組織移行性に優れ、中枢神経系感染症、骨髄炎、肺炎などの重篤な感染症にも使用可能です。
ホスホマイシン系抗生物質は幅広い適応症を有しており、経口薬と静注薬で適応範囲が異なります。
経口薬の適応症
静注薬の適応症
🦠 感受性菌種
両製剤ともに以下の菌種に対して有効です。
特に注目すべきは、ESBL産生菌やカルバペネム耐性菌に対しても有効性を示すことです。
ホスホマイシン系抗生物質には、他の抗菌薬では見られない独特な臨床応用場面があります。
腸管出血性大腸菌(EHEC)感染症への応用
最も特徴的な使用場面は、腸管出血性大腸菌感染症の治療です。1996年の大阪堺市での大規模アウトブレイクにおいて、ホスホマイシンの経口投与を受けた92例は全例軽快し、溶血性尿毒症症候群(HUS)の発症は認められませんでした。
🩺 EHEC感染症でのエビデンス
貪食細胞内への移行
ホスホマイシンは好中球やマクロファージなどの貪食細胞内へも能動的に取り込まれ、これらの細胞内に潜んでいる細菌に対しても抗菌力を発揮します。この特性により、細胞内感染症に対する治療効果が期待できます。
免疫調節作用
島根医科大学の研究では、ホスホマイシンがヒトの免疫担当細胞に対して以下のような作用を示すことが報告されています。
耳科領域での特殊用途
ホスミシンS耳科用3%は、外耳炎や中耳炎に対する局所治療薬として使用されます。耳浴終了後10-120分にわたり、耳漏中に20μg/mL以上の有効濃度が維持されることが確認されています。
⚠️ 副作用と注意点
主な副作用は消化器症状で、嘔気、腹痛、下痢・軟便が0.1-5%未満の頻度で報告されています。重篤な副作用として、偽膜性大腸炎、ショック、アナフィラキシーの報告もあるため、投与中は注意深い観察が必要です。
日本感染症学会による抗菌薬適正使用の指針でも、ホスホマイシンは多剤耐性菌感染症の治療選択肢として重要な位置づけがなされています。
日本感染症学会の抗菌薬適正使用に関するガイドライン
また、厚生労働省のAMR対策アクションプランにおいても、適切な抗菌薬使用の推進が求められており、ホスホマイシンのような独特な作用機序を持つ薬剤の適正使用が重要視されています。