グリシルサイクリン系抗生物質は、現在のところチゲサイクリン(Tigecycline、略語:TGC)が唯一の臨床使用可能な薬剤として位置づけられています。日本では「タイガシル点滴静注用50mg」として販売されており、ファイザー株式会社が製造販売を行っています。
チゲサイクリンは、ミノサイクリンの9位をグリシルアミド基に置換させることで開発されたグリシルサイクリン系抗生物質です。この構造変化により、従来のテトラサイクリン系抗生物質では克服できなかった耐性機構に対しても有効性を示すようになりました。薬効分類番号は6129、ATCコードはJ01AA12として分類されています。
製剤としては点滴静注用のみが利用可能で、50mgのバイアル製剤として提供されています。薬価は11,470円/瓶と比較的高価な設定となっており、劇薬・処方箋医薬品として厳格な管理が求められています。
グリシルサイクリン系抗生物質の作用機序は、細菌リボソームの30Sサブユニットに結合することによるタンパク質合成阻害です。しかし、従来のテトラサイクリン系抗生物質とは異なる特徴的な結合様式を示します。
チゲサイクリンがリボソーム30Sサブユニットへ結合する際の様式は、テトラサイクリン系抗生物質とは異なるため、以下のテトラサイクリン耐性機構を克服することができます。
この独特な結合様式により、チゲサイクリンはテトラサイクリン耐性を獲得した細菌に対しても抗菌活性を維持することができます。作用様式は基本的に静菌的ですが、一部の菌種に対しては殺菌的な効果も示すことが報告されています。
グリシルサイクリン系抗生物質チゲサイクリンは、広域な抗菌スペクトラムを有し、特に多剤耐性菌に対する有効性が注目されています。
有効な菌種:
無効または活性が低い菌種:
特に注目すべきは、CPFX(シプロフロキサシン)耐性大腸菌や多剤耐性アシネトバクター・バウマニ(Acinetobacter baumannii)に対する抗菌活性です。これらの耐性菌は従来の抗菌薬では治療選択肢が限られるため、チゲサイクリンは重要な治療選択肢となります。
チゲサイクリンの薬物動態は、投与量により大きく変化する特徴を示します。健康成人における単回投与時の薬物動態パラメータは以下の通りです。
投与量別薬物動態:
血漿蛋白結合率は濃度依存性を示し、0.1~1.0μg/mLの濃度範囲において約71~89%となります。
組織移行性の特徴:
チゲサイクリンは優れた組織移行性を示し、定常状態における組織中AUCと血清中AUCの比は以下のようになります。
この優れた肺組織移行性により、院内肺炎や人工呼吸器関連肺炎の治療において有用性が期待されます。
特殊集団における薬物動態:
肝機能障害患者では重度になるほどクリアランスが低下し、半減期が延長する傾向があります。一方、腎機能障害患者では透析による除去は限定的で、透析の有無で薬物動態に大きな変化は見られません。
チゲサイクリンの副作用プロファイルは、消化器症状が最も頻繁に報告されています。
主要な副作用(頻度順):
重大な副作用:
以下の重篤な副作用については十分な観察と適切な処置が必要です。
薬物相互作用:
特に注意が必要な相互作用として、ワルファリンとの併用があります。チゲサイクリンとの併用により、R-ワルファリンのAUCが68%、S-ワルファリンのAUCが29%上昇するため、プロトロンビン時間のモニタリングが必須です。
また、経口避妊薬との併用では、腸内細菌叢の変化により経口避妊薬の腸肝循環による再吸収が抑制され、避妊効果が減弱する可能性があります。
臨床使用における留意点:
チゲサイクリンは特定抗菌薬として位置づけられており、適正使用が求められます。海外の臨床試験では、メタアナリシスにより全体の死亡率がわずかに増加する傾向が示されたため、他の治療選択肢が限られる場合の使用が推奨されています。
感染症治療においては、培養検査による起炎菌の同定と感受性試験の結果を参考に、適応菌種を確認した上で使用することが重要です。また、緑膿菌感染症が疑われる場合には、チゲサイクリンは無効であるため、他の抗緑膿菌活性を有する抗菌薬を選択する必要があります。