腸管出血性大腸菌感染症(EHEC)の病原体は、ベロ毒素(Verotoxin、シガ毒素)を産生する大腸菌です。この毒素は培養細胞のベロ細胞に対して致死的に作用することから命名されており、赤痢菌が産生する志賀毒素と類似の構造を持ちます。
最も重要な血清型はO157:H7ですが、O26、O111、O103なども臨床的に重要な病原体として知られています。これらの菌株は、Intimin蛋白質による腸管上皮細胞への付着・除去病変(attaching and effacing lesion)の形成と、ベロ毒素の産生という2つの主要な病原因子を持ちます。
特筆すべきは、この菌の強い感染力です。通常の細菌性食中毒では100万個単位の菌数が必要ですが、腸管出血性大腸菌はわずか50-100個程度の菌数で感染が成立します。この特性により、二次感染が起きやすく、家族内感染や集団感染の原因となります。
また、この菌は強い酸抵抗性を示し、胃酸の中でも生残できるため、経口摂取された少数の菌でも消化管に到達し、感染を成立させることができます。
腸管出血性大腸菌の詳細な病原性メカニズムについて
国立感染症研究所の腸管出血性大腸菌感染症解説
腸管出血性大腸菌感染症の感染経路は多岐にわたり、医療従事者は様々な感染源を把握しておく必要があります。
主要な感染経路:
牛などの反芻動物は腸管出血性大腸菌の自然宿主であり、これらの動物の腸内容物や糞便が食品や環境を汚染することで感染源となります。特に食肉処理過程での交差汚染は重要な問題です。
注目すべきは、感染者からの二次感染率の高さです。家族内での二次感染率は約20%とされており、特に乳幼児や高齢者では重篤化しやすいため、適切な感染管理が必要です。
食品安全委員会による詳細な感染経路解析
厚生労働省の腸管出血性大腸菌Q&A
腸管出血性大腸菌感染症の臨床症状は、無症候性から重篤な合併症まで幅広いスペクトラムを示します。医療従事者は、典型的な経過と非典型例の両方を理解しておく必要があります。
潜伏期間と初期症状:
潜伏期間は2-14日(平均3-8日)で、多くの場合以下の経過をたどります。
第1期(感染初期:1-3日)
第2期(進行期:3-5日)
血便は通常、感染後3-4日目から出現し始めます。血便の特徴として、初期には血液の混入は少量ですが、次第に増加し、典型例では便成分の少ない血液そのものという状態になります。
重要な臨床的特徴:
医療従事者は、患者の症状が軽微であっても、食歴や接触歴を詳細に聴取し、適切な検査を実施することが重要です。
溶血性尿毒症症候群(HUS:Hemolytic Uremic Syndrome)は、腸管出血性大腸菌感染症の最も重篤な合併症であり、有症者の6-7%に発症します。HUSの病態理解は、医療従事者にとって極めて重要です。
HUSの病態生理:
ベロ毒素が血管内皮細胞に結合し、蛋白合成を阻害することで血管内皮障害を引き起こします。これにより以下の病態が連鎖的に発生します。
HUSの臨床症状:
HUS発症の危険因子:
HUSは下痢などの初発症状から数日-2週間以内(多くは5-7日後)に発症し、致死率は1-5%とされています。早期診断と適切な支持療法が予後を大きく左右するため、医療従事者は常にHUS発症の可能性を念頭に置いた診療が必要です。
日本小児科学会によるHUS診療指針
検疫所FORTHの腸管出血性大腸菌感染症解説
腸管出血性大腸菌感染症の診断は、臨床症状だけでは他の腸管感染症との鑑別が困難な場合が多く、系統的なアプローチが必要です。医療従事者が押さえるべき診断のポイントを解説します。
診断のための問診のポイント:
検査所見の特徴:
一般的な血液検査では特異的な所見に乏しいことが多いですが、以下の点に注意が必要です。
確定診断のための検査:
鑑別すべき疾患:
特に重要なのは、症状が軽微であっても疫学的リスクがある場合は積極的に検査を実施することです。また、HUS発症のモニタリングのため、血小板数、LDH、ハプトグロビン、腎機能の継続的な評価が必要です。
抗菌薬の使用については慎重な判断が求められます。一部の抗菌薬はベロ毒素の産生を増加させ、HUS発症のリスクを高める可能性が指摘されているためです。
診断と治療の詳細なガイドライン
日本感染症学会の診断・治療ガイド
腸管出血性大腸菌感染症は、適切な初期対応と継続的なモニタリングにより重篤な合併症を予防できる疾患です。医療従事者は常に最新の知見を踏まえた診療を心がけ、患者の安全確保に努めることが求められます。