生合成とは、生体内で行われる有機化合物の合成過程を指し、酵素が触媒として機能する生化学反応です。生体は1気圧、37℃前後の温度、中性付近のpHという温和な条件下で、複雑な化合物の合成を実現しています。酵素反応では、酸化還元酵素、転移酵素、合成酵素、加水分解酵素など数多くの酵素が関与し、多段階の反応を経て目的の化合物が生成されます。
参考)生合成(セイゴウセイ)とは? 意味や使い方 - コトバンク
特に注目すべきは、酵素の立体特異性による精密な制御機構です。生合成では、右手と左手の関係にある対掌体(エナンチオマー)を明確に区別でき、例えばアミノ酸はほとんどがL-型、糖はほとんどがD-型として合成されます。この高い選択性は、化学合成では達成困難な特性です。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/yukigoseikyokaishi1943/41/11/41_11_994/_pdf
生合成経路は一次代謝と二次代謝に分類され、アミノ酸、糖、脂肪酸、核酸などの基本的化合物は一次代謝で、ホルモン、フェロモン、毒素などの特殊化合物は二次代謝で生成されます。リジン生合成においては、DAP経路とAAA経路という異なる生合成ルートが存在し、生物種によって使い分けられています。
参考)生合成 - Wikipedia
化学合成は、実験室や工場において化学反応を利用して目的物質を人工的に製造する技術です。現在、化成品や精密化学品の99%以上がバッチ法により合成されており、全ての原料を反応釜に投入し、反応終了後に生成物を取り出す方法が主流です。
参考)医薬品開発における生物学的合成と化学的合成
従来の化学合成では、高温・高圧・強酸性などの過酷な反応条件が必要となることが多く、副生成物の生成や環境負荷が課題となっています。しかし、近年開発されたフロー精密合成技術では、原料を連続的に流しながら反応させることで、エネルギー効率の向上と廃棄物削減を実現しています。
参考)フロー精密合成技術とは href="https://flowst.cons.aist.go.jp/flow/" target="_blank">https://flowst.cons.aist.go.jp/flow/amp;#8211; フロー精密合成コンソ…
化学合成の利点として、大量生産に適していることと、生物学的システムでは合成困難な化合物の製造が可能である点が挙げられます。特に低分子医薬品の製造では、スケーラビリティと低コストの観点から化学合成が優位性を持ちます。
α-ヒドロキシ酸の合成を例に取ると、アルデヒドにシアン化水素を付加してシアノヒドリンを形成し、次にシアノ基を加水分解する方法が一般的です。この手法ではラセミ体が生成されるため、光学活性体が必要な場合は追加の分離精製工程が必要となります。
生合成の最大の利点は、生物の代謝機能を利用した高効率な物質生産にあります。天然物の複雑な構造も生物にとっては「へっちゃら」であり、時間、手間、コストを大幅に削減できます。特にキラリティー(不斉合成)の観点では、生合成が圧倒的な優位性を示します。
参考)Weekly iGEM〜全合成と生合成、なにが違うねん〜
環境負荷の面では、生合成はCO2排出量が少なく、カーボンニュートラルの実現に寄与する技術として注目されています。バイオテクノロジーでは、遺伝子組み換え微生物を活用したアルコール生成や、微生物によるバイオプラスチック製造などが実用化されています。
参考)バイオ研究とは?応用分野や期待されていること、現状の課題を解…
一方、化学合成においても技術革新により環境負荷の軽減が図られています。フロー法では、バッチ法と比較してエネルギー生産性が高く、廃棄物排出量も少なく抑えることができます。米食品医薬品局(FDA)では、今後25年でバッチ法から連続フロー法への転換を推奨しています。
生産速度と規模においては、化学合成がより迅速で大規模生産に適している一方、生合成は初期段階でのスケーラビリティに課題があります。しかし、バイオ医薬品の製造では、生合成による高い特異性と生物学的適合性が重要視されています。
医薬品開発分野では、生合成技術の活用が急速に拡大しています。モノクローナル抗体、タンパク質医薬、ワクチンなどの生物製剤製造において、細菌、真菌、酵母などの微生物が重要な役割を果たしています。これらの生物製剤は、化学合成では生成困難な複雑な分子構造を持ち、より標的特異的で副作用の少ない治療効果を示します。
最近の研究では、補酵素骨格を転移する生合成酵素の触媒機構が詳細に解明され、メチル基転移反応とは異なる新しい反応メカニズムが発見されています。この研究により、基質結合や触媒反応に必須のアミノ酸残基が特定され、酵素工学による効率改善の可能性が示されました。
参考)補酵素骨格を転移する生合成酵素の触媒機構を解明
天然物の生合成においても、人工的な経路創出技術が発達しています。アンブレインの生合成では、他の生物由来の酵素を改変することで、生合成経路が不明な天然物でも生物合成を可能にする技術が開発されました。このような合成生物学アプローチにより、希少天然物の工業生産が現実的になってきています。
参考)https://www.ircp.niigata-u.ac.jp/wp-content/uploads/2019/04/0713d9d8c4c03eacff9e2a261ec127b3.pdf
バイオシミラーの開発も注目される分野です。既存の生物製剤と同等の効果を持つ後発品として、生合成技術により製造されるバイオシミラーは、医療費削減と治療アクセス向上に貢献しています。
有機合成化学の分野では、生合成経路を指針とした全合成戦略が重要視されています。生物が天然物を合成するルート、すなわち生合成経路を模倣することは極めて合理的なアプローチとされ、多くの成功例が報告されています。
参考)生合成を模倣した有機合成
歴史的に見ると、Robinson が1917年に報告したトロピノンの生合成的合成が、合成研究者に最大の示唆を与えた画期的な研究でした。この研究以降、生合成を模倣した合成戦略(biomimetic synthesis)が有機合成の重要な方法論として発展しています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/kagakutoseibutsu1962/12/5/12_5_329/_pdf
全合成と生合成の使い分けにおいて、全合成は市販原料から天然物や医薬品を合成する方法で、抗がん剤成分のTaxolやフグ毒のTTXなどの合成が有名です。一方、生合成は生物を化学工場とみなし、生体反応を利用して目的化合物を得る手法です。
現代の合成戦略では、両者の利点を組み合わせたハイブリッドアプローチも採用されています。化学合成で困難な立体選択的反応は生合成酵素を利用し、大量生産が必要な工程では化学合成を採用するなど、目的に応じた最適な手法選択が行われています。
生合成を模倣した有機合成の詳細な解説
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