高マグネシウム血症の臨床症状は血清マグネシウム濃度に依存して段階的に出現します。軽度の上昇では無症状のことが多いですが、血清マグネシウム値が4.9〜5.0mg/dLを超えると悪心・嘔吐、起立性低血圧、徐脈、皮膚潮紅、筋力低下、傾眠、全身倦怠感、腱反射の減弱といった初期症状が現れます。
参考)高マグネシウム血症 - 10. 内分泌疾患と代謝性疾患 - …
血清マグネシウム濃度が6.1〜12.2mg/dLに達すると心電図異常が顕著になり、PR間隔延長、QRS幅拡大、QT延長が認められます。この段階では腱反射が完全に消失し、随意筋麻痺や嚥下障害、房室ブロック、低血圧が出現します。
参考)https://www.pmda.go.jp/files/000235889.pdf
さらに重症化して血清マグネシウム値が12mg/dL以上になると意識混濁から昏睡状態に陥り、呼吸筋麻痺による呼吸抑制が生じます。18.2mg/dL以上では血圧低下が進行し心停止のリスクが著しく高まります。マグネシウムはカルシウムチャンネルをブロックすることで心収縮および心伝導障害を引き起こすため、高濃度曝露は致命的な心血管合併症につながります。
参考)【高マグネシウム血症】原因・症状・治療ポイント
医薬品医療機器総合機構(PMDA)による血清マグネシウム濃度別の詳細な症状一覧表
高マグネシウム血症の発症には主に腎機能低下とマグネシウム過剰摂取の2つの要因が関与します。健常な腎臓は1日あたり約2gのマグネシウム排泄能力を有するため、通常の摂取量では高マグネシウム血症は発症しません。しかし糸球体濾過量(GFR)が30ml/分以下に低下すると腎臓からのマグネシウム排泄が著しく障害され、血清マグネシウム濃度が上昇します。
参考)http://www.yamauchi-iin.com/kaisetu/1550.htm
特にGFRが15ml/分未満の末期腎不全患者では、血清マグネシウム値の異常高値発現率が63.7%に達し、6mg/dL以上の危険域に至る症例も認められます。急性腎不全や慢性腎不全のみならず、加齢に伴う腎機能の生理的低下も高マグネシウム血症のリスク因子となります。
参考)高マグネシウム血症 - Wikipedia
また甲状腺機能低下症やアジソン病などのホルモン異常により尿細管でのマグネシウム再吸収が亢進すると、腎機能が比較的保たれていても高マグネシウム血症を発症することがあります。細胞崩壊を伴う病態(急性肝炎、白血病、糖尿病性ケトアシドーシス)でも細胞内マグネシウムが血中に放出され高マグネシウム血症をきたすことがあります。
腎機能低下患者における酸化マグネシウム製剤と血清マグネシウム値の関連研究(PDF)
酸化マグネシウム製剤は便秘症や消化性潰瘍の治療薬として日本で広く処方されていますが、高マグネシウム血症による重篤な転帰をたどる症例が報告されています。特に腎障害を有する患者や高齢者では高マグネシウム血症を起こしやすく、腎機能が正常な場合や通常用量以下の投与であっても便秘症患者では発症する可能性があります。
参考)https://med.mochida.co.jp/tekisei/mag2710.pdf
酸化マグネシウム製剤服用による高マグネシウム血症の症例報告では、通常量の内服でも高齢者や便通異常により腸管内滞留時間が延長した患者で発症することが示されています。ある研究では緊急血液透析を要した高マグネシウム血症症例の多くが常用量の酸化マグネシウム製剤を内服中の高齢者であったと報告されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6361089/
酸化マグネシウム製剤の長期投与時には定期的な血清マグネシウム値の測定が推奨されており、特にGFRが45ml/分未満の患者や1000mg/日以上の投与量では厳重な注意が必要です。血中尿素窒素(BUN)が22.5mg/dLを超える場合は高マグネシウム血症のカットオフ値として注意すべき指標となります。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjnp/2/1/2_3/_pdf/-char/ja
厚生労働省による酸化マグネシウムによる高マグネシウム血症に関する安全性情報(PDF)
高マグネシウム血症の診断は血清マグネシウム濃度の測定により確定しますが、マグネシウムは施設によって測定可否が異なることもあり見逃されやすい電解質異常です。一般的に高マグネシウム血症はまれであり、ある横断研究では無作為に5100人に採血を行った結果、2.4mg/dL以上であったのは95人のみでした。
参考)[解説] 心電図30:10月心電図 87歳女性 - 意識障害…
血清マグネシウム濃度が3mg/dL以上で診断が確定しますが、症状出現には通常5mg/dL以上への上昇が必要です。心電図検査は高マグネシウム血症の診断と重症度評価に有用で、血清マグネシウム濃度が6〜12mg/dLではPR間隔延長、QRS幅拡大、T波増高が特徴的な所見となります。
深部腱反射の低下または消失は高マグネシウム血症の重要な臨床指標であり、血清マグネシウム値が上昇するにつれて反射が減弱します。また低カルシウム血症を併発することがあり、マグネシウムがカルシウム代謝に影響を与えるため電解質パネル全体の評価が必要です。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8948459/
腎機能評価のために血清クレアチニン、BUN、推算糸球体濾過量(eGFR)の測定が重要であり、高マグネシウム血症患者ではほぼ全例で腎機能障害が認められます。服薬歴の聴取ではマグネシウム含有製剤(制酸薬、下剤、浣腸剤)の使用状況を確認することが診断に結びつきます。
高マグネシウム血症の治療は重症度に応じて段階的に行います。軽度の高マグネシウム血症では生理食塩液とループ利尿薬(フロセミド)の点滴静注により尿中へのマグネシウム排泄を促進して補正します。体液量を維持しながら利尿を促すことで、腎機能が保たれていればマグネシウムを効果的に除去できます。
重度の高マグネシウム血症で呼吸抑制や心停止のリスクがある場合には緊急処置が必要です。10%グルコン酸カルシウム10〜20mLの静脈内投与はマグネシウムの拮抗薬として作用し、呼吸抑制などマグネシウム誘発性の変化を回復させることができます。グルコン酸カルシウムは症状緩和に有効ですが根本的なマグネシウム除去にはなりません。
循環および呼吸の補助も重要で、意識障害や呼吸筋麻痺がある場合には気道確保と人工呼吸管理が必要になります。マグネシウムは血中で約70%がタンパク質と結合しておらず遊離型であるため、血液透析により効率的に除去できます。重度の高マグネシウム血症や腎不全でマグネシウムを排泄できない場合には、マグネシウムを含まない透析液での緊急血液透析が有効な治療選択肢となります。
血行動態が不安定で血液透析が施行困難な場合には腹膜透析という代替手段もあります。治療開始後は血清マグネシウム濃度の継続的なモニタリングが必要であり、原因となったマグネシウム含有薬剤の中止も必須です。
高マグネシウム血症の予防には患者のリスク因子を把握し、適切なモニタリング体制を構築することが重要です。酸化マグネシウム製剤を処方する際には、患者の腎機能を評価し、特に慢性腎臓病患者や高齢者では血清マグネシウム濃度の定期的な測定が推奨されます。
参考)https://miechuo.hosp.go.jp/pdf/ri_g-data/2022/2022-14.pdf
リスク因子として年齢、性別、酸化マグネシウム内服量、腎機能(eGFR、血清クレアチニン)、基礎疾患(高血圧、糖尿病、悪性腫瘍)などが挙げられます。eGFRが45ml/分未満の患者では高マグネシウム血症の発現率が有意に上昇し、15ml/分未満では特に危険性が高まります。
参考)https://www.teikyo-u.ac.jp/application/files/5815/9427/4818/public_projects_202007_4.pdf
便秘症患者では腸管内でのマグネシウム吸収時間が延長するため、腎機能が正常でも高マグネシウム血症を発症するリスクがあります。また脱水状態や甲状腺機能低下症などの併存症も危険因子となるため、包括的な患者評価が必要です。
参考)https://www.maruishi-pharm.co.jp/media/08f77fdfc8b42b0ad567ab50544a9ed8-1.pdf
医療機関では電子カルテシステムを活用して、酸化マグネシウム製剤を処方された慢性腎臓病患者に対して自動的に血清マグネシウム濃度測定オーダーを促すシステムを構築する取り組みも行われています。患者教育として、高マグネシウム血症の初期症状(吐き気、嘔吐、立ちくらみ、めまい、脈が遅くなる、皮膚が赤くなる、力が入りにくくなる、体がだるい、傾眠)について説明し、症状出現時には速やかに医療機関を受診するよう指導することも予防につながります。
看護師向け高マグネシウム血症の原因・症状・治療ポイント解説