消化性潰瘍の種類と特徴
消化性潰瘍とは
🔍
定義
胃や十二指腸の内面が胃酸や消化液で侵食されて、粘膜下層より深い組織に円形やだ円形の傷ができた状態
🦠
主な原因
ピロリ菌感染と非ステロイド性消炎鎮痛薬(NSAIDs)の使用が二大原因
🏥
分類方法
発生部位による分類、深さによる分類(村上分類)、数による分類、経過による分類などがある
消化性潰瘍の基本的な種類と発生メカニズム
消化性潰瘍とは、胃や十二指腸の内面が胃酸や消化液で侵食されて、円形やだ円形の傷ができた状態を指します。医学的には、粘膜下層より深い組織に達する病変を「潰瘍」と定義し、粘膜層のみの障害を「びらん」と区別しています。
消化性潰瘍は発生部位によって以下のように分類されます。
- 胃潰瘍(gastric ulcer):胃の内面に発生する潰瘍
- 十二指腸潰瘍(duodenal ulcer):小腸の最初の部分である十二指腸に発生する潰瘍
- 食道潰瘍(esophageal ulcer):食道下部に発生する潰瘍、主に胃食道逆流症に関連
- デュラフォイ潰瘍(ulcère de Dieulafoy):比較的小さいが大出血を引き起こす特殊な潰瘍
消化性潰瘍の発生メカニズムは、主に胃酸などの「攻撃因子」と粘液や血流などの「防御因子」のバランスが崩れることで起こります。現代の医学では、以下の二つが主な原因と考えられています。
- ヘリコバクター・ピロリ菌(H. pylori)の感染:胃粘膜で炎症を引き起こし、防御機能を低下させる
- 非ステロイド性消炎鎮痛薬(NSAIDs)の使用:アスピリンやロキソニンなどの薬剤が胃粘膜の防御機能を弱める
この他にも、強いストレス、過度の飲酒、喫煙、過労なども引き金となることがあります。興味深いことに、2015年の統計では全世界で約8740万人に新しい潰瘍が見つかっており、人口の約4%に存在すると報告されています。また、人生のある時点で約10%の人が消化性潰瘍を発症するとされています。
消化性潰瘍の深さによる村上分類とその特徴
消化性潰瘍は深さによっても分類され、この分類法は日本の著名な消化器専門医・村上忠重氏によって確立された「村上分類」と呼ばれています。この分類は潰瘍の深さと重症度を正確に評価するのに役立ちます。
まず、胃壁の基本構造を理解する必要があります。胃壁は内側から以下の4層で構成されています。
- 粘膜層
- 粘膜下層
- 固有筋層
- 漿膜層
村上分類では、潰瘍を深さによって以下の4段階に分類します。
- UL-1:粘膜のみの組織欠損で、厳密には「びらん」と呼ばれる状態です。この段階では「潰瘍」とは呼ばず、「びらん性胃炎」と診断されることもあります。しかし、放置すると潰瘍へと進行する可能性があるため注意が必要です。
- UL-2:粘膜筋板を超えて粘膜下層に達する組織欠損です。この段階から真の「潰瘍」と定義されます。胃痛や心窩部痛、吐き気などの症状が強く出ることがあります。
- UL-3:組織欠損が固有筋層にまで達した状態です。UL-2とともに筋肉が傷つくため出血を伴うことが多く、胃の激しい痛みに加え、吐血やタール便(黒色便)が見られることがあります。
- UL-4:組織欠損が固有筋層を超え、最も外側の漿膜層に達している非常に深い潰瘍です。胃壁を貫通(穿孔)する危険があり、穿孔すると腹膜炎を併発して生命を脅かす危険な状態になります。大量の吐血や下血により出血性ショックに至るリスクも高いため、輸血や緊急手術の適応となるケースがほとんどです。
この村上分類は日本の内視鏡診断において広く用いられており、治療方針の決定や予後の予測に重要な役割を果たしています。
消化性潰瘍の症状と種類別の違い
消化性潰瘍の症状は発生部位によって特徴的な違いがあります。ここでは胃潰瘍と十二指腸潰瘍を中心に、その症状の違いを解説します。
胃潰瘍の主な症状。
- 食後に痛みが悪化する傾向がある(食事による胃酸分泌の増加で潰瘍部位が刺激されるため)
- みぞおち(心窩部)の痛みや不快感
- 吐き気、嘔吐
- 食欲不振
- 体重減少
十二指腸潰瘍の主な症状。
- 空腹時に痛みが強まり、食事をすると症状が和らぐことが多い
- 夜中に痛みで目が覚めることがある
- 上腹部から下腹部にかけての痛み
- burning(焼けるような)感覚や鈍い痛み
- げっぷ
消化性潰瘍全般に共通する症状としては、みぞおちの痛みや不快感、吐き気、食欲低下などがあります。特徴的なのは、症状が発現したり消えたりを繰り返すことです。
注意すべき点として、高齢者では約3分の1が無症状であるという報告があります。症状がなくても潰瘍が進行している可能性があるため、特に高齢者は定期的な健康診断が重要です。
消化性潰瘍の合併症としては、以下のようなものがあり、これらの症状が現れた場合は緊急の医療処置が必要です。
- 出血:潰瘍が血管を侵食することで起こり、ケースの約15%に及ぶとされています。黒色便や吐血として現れます。
- 穿孔:潰瘍が胃や腸の壁を貫通し、腹膜炎を引き起こす重篤な状態です。
- 胃の閉塞:瘢痕化した潰瘍が胃の出口を狭くすることで起こります。
これらの症状や合併症は、潰瘍の種類や深さ、発生部位によって発現の仕方が異なるため、正確な診断が重要です。
消化性潰瘍の治療法と攻撃因子抑制薬の進化
消化性潰瘍の治療は過去数十年間で劇的に進化してきました。かつては手術が必要なケースも多かったのですが、現在では多くの消化性潰瘍は薬物療法で治療可能になっています。
攻撃因子抑制薬の歴史的進化。
- H2ブロッカー。
- 消化性潰瘍治療に革命をもたらした薬剤です
- ヒスタミンのH2受容体を競合的に阻害して胃酸分泌を抑制します
- 特に夜間の胃酸分泌を強力に抑える効果があります
- この薬剤の登場により、消化性潰瘍の死亡率は劇的に改善されました
- 長期投与で効果が減弱する(タキフィラキシー)という報告もあります
- プロトンポンプ阻害薬(PPI)。
- 胃酸を生成するプロトンポンプを直接阻害する薬剤です
- 特に食後の胃酸分泌を強力に抑制します
- H2ブロッカーよりも強力で持続的な効果が特徴です
- カリウムイオン競合型アシッドブロッカー(P-CAB)。
- ボノプラザンなどの新世代の胃酸分泌抑制薬です
- 従来のPPIとは異なる機序で作用します
- 速やかな効果発現と強力な酸分泌抑制効果が特徴です
消化性潰瘍の治療戦略は、原因によって異なります。
ピロリ菌陽性の消化性潰瘍。
- 除菌療法(抗生物質+PPI/P-CABの併用)が基本です
- 除菌成功後も酸分泌抑制薬による治療を一定期間継続します
- 除菌により再発率が大幅に低下することが証明されています
NSAIDs起因性潰瘍。
- 可能であればNSAIDsの使用中止または減量
- 酸分泌抑制薬(PPIやP-CAB)の投与
- 胃粘膜保護薬の併用
- NSAIDsの継続が必要な場合は、COX-2選択的阻害薬への変更を検討
防御因子増強薬。
- スクラルファート、アルジオキサなどの粘膜保護剤
- レバミピドなどの粘膜修復促進薬
- プロスタグランジン製剤
治療法の選択は潰瘍の種類、深さ、症状の重症度、基礎疾患などを考慮して個別に決定されます。重要なのは、消化性潰瘍の治療はただ症状を抑えるだけでなく、潰瘍の完全な治癒と再発防止を目指すことです。
消化性潰瘍の予防と再発防止のための生活習慣改善策
消化性潰瘍は適切な治療と生活習慣の改善によって予防や再発防止が可能です。以下に具体的な生活習慣改善策を紹介します。
食生活の見直し。
- 規則正しい食事のタイミングを心がける
- 過度に辛い食品や酸味の強い食品は控えめにする
- 脂肪分の多い料理の摂取を控える
- アルコールの過剰摂取を避ける
- 少量ずつ、よく咀嚼して食べる
- 空腹の状態を長時間続けない
ストレス管理。
- 適切な休息とリラクゼーションの時間を確保する
- 睡眠時間を十分に取る
- ストレス管理のための適切な運動や趣味を持つ
- 必要に応じてストレス軽減のためのカウンセリングなどを検討する
薬剤使用の見直し。
- NSAIDsの長期使用を避ける
- 痛み止めが必要な場合は、医師と相談してアセトアミノフェンなど胃への負担が少ない薬剤を選択する
- 複数の薬を服用している場合は、医師や薬剤師に薬の相互作用について相談する
- ステロイド薬との併用に注意する
喫煙・飲酒の制限。
- 禁煙を心がける(喫煙は胃粘膜の血流を悪化させ、潰瘍のリスクを高める)
- アルコールの摂取量を控えめにする(特に空腹時の飲酒は避ける)
定期的な健康チェック。
- 40歳以上の方やリスク要因を持つ方は、定期的な胃内視鏡検査を受けることが望ましい
- ピロリ菌感染の有無を確認し、陽性の場合は除菌治療を検討する
- 胃の不調が続く場合は早めに医療機関を受診する
消化性潰瘍は「胃は身体の中で最もデリケートな臓器」と言われるように、日常生活のさまざまな要因の影響を受けやすい疾患です。特に生活習慣病の一面もあるため、上記のような生活習慣の改善は非常に重要です。
また、胃潰瘍になると食事の量が減少し、体重減少や栄養不足を招くことがあります。このような状態を避けるためにも、バランスの良い食事を少量ずつでも規則正しく摂ることが大切です。
消化性潰瘍の症状は一度改善しても再発することが多い疾患であるため、治療後も上記の生活習慣改善を続けることが、長期的な健康維持には不可欠です。症状がなくなったからといって自己判断で治療を中断せず、医師の指示に従うことも重要なポイントです。