細菌性髄膜炎は、細菌が脳および脊髄を覆う髄膜に感染することで生じる急性炎症性疾患です。主な原因菌としては年齢層によって頻度が異なりますが、成人では肺炎球菌が最も多く、次いで髄膜炎菌、グラム陰性桿菌、リステリア属、インフルエンザ菌などが挙げられます。小児、特に1か月以上の乳幼児ではインフルエンザ菌と肺炎球菌が主要な原因菌となります。また、新生児(1か月未満)ではB群レンサ球菌や大腸菌が主要な病原体として知られています。
細菌性髄膜炎の症状は、典型的には以下のような経過をたどります。
成人と小児では症状の現れ方に違いがあることに注意が必要です。特に新生児や乳児では典型的な髄膜刺激症状が認められないことがあります。新生児・乳児に特徴的な症状として以下が挙げられます。
特に重要なのは、細菌性髄膜炎が急速に進行する可能性があることです。軽度の症状で就寝した若年者が二度と目覚めないという劇的な経過をたどることもあります。そのため、発熱と頭痛、精神状態の変化がある場合には常に髄膜炎の可能性を疑う必要があります。
髄膜刺激症状としては、以下の徴候が重要です。
しかし、これらの典型的な髄膜刺激症状も全ての患者に現れるわけではなく、特に高齢者では35%程度にしか認められないことがあります。そのため、診断の第一歩は「疑うこと」であるといわれています。
細菌性髄膜炎の診断において最も重要なのは、早期の髄液検査です。以下に診断のための重要なステップを示します。
髄液検査(腰椎穿刺)。
髄液検査は細菌性髄膜炎の診断において最も重要な検査です。ただし、脳圧亢進が著しい場合や巣症状がある場合は、腫瘍や脳膿瘍などの占拠性病変が疑われるため、髄液検査前に画像検査を行う必要があります。
髄液検査では以下の項目を評価します。
検査項目 | 細菌性髄膜炎の典型的所見 |
---|---|
細胞数及び分画 | 1000/μL以上(多核球優位) |
髄液糖 | 45mg/dL以下(血糖値との比較も重要) |
髄液蛋白 | 500mg/dL以上 |
グラム染色 | 細菌の確認 |
培養 | 病原体の同定 |
ただし、実際の細菌性髄膜炎では髄液所見が多岐にわたることがあり、典型的な所見が得られないこともあります。髄液所見が典型的でなくても、臨床症状から髄膜炎が疑われる場合には、早期に専門医に相談し、抗菌薬の使用を検討することが重要です。
血液検査。
その他の検査。
診断のプロセスで重要なのは、細菌性髄膜炎の可能性が疑われた時点で、検査結果を待たずに経験的抗菌薬治療を開始することです。診断が遅れると予後が悪化するため、疑わしい症例では迅速な対応が求められます。
また、細菌性髄膜炎の経過観察においては、CRPや末梢白血球数のみに頼らず、可能な限り髄液所見も確認することが推奨されています。
細菌性髄膜炎の治療においては、迅速な抗菌薬投与が最も重要です。診断が確定する前からの経験的治療開始が死亡率と後遺症リスクの低減に直結します。
抗菌薬治療の原則。
年齢・背景別の経験的治療レジメン。
患者群 | 推奨抗菌薬 | 根拠 |
---|---|---|
新生児(1か月未満) | ABPC + CTX または ABPC + アミノグリコシド | B群レンサ球菌、大腸菌が主要原因菌 |
1か月以上の小児 | CTX(またはCTRX)+ PAPM/BP(またはVCM) | インフルエンザ菌、肺炎球菌が主要原因菌 |
成人(免疫正常) | バンコマイシン + セフトリアキソン | 肺炎球菌(耐性株を考慮)を主に標的 |
高齢者・免疫不全者 | アンピシリン + セフォタキシム | リステリア菌をカバー |
※略語説明:ABPC=アンピシリン、CTX=セフォタキシム、CTRX=セフトリアキソン、PAPM/BP=パニペネム・ベタミプロン、VCM=バンコマイシン
抗菌薬治療期間。
最終的な治療期間は臨床症状・徴候・検査所見の改善を参考に決定します。
ステロイド併用療法。
インフルエンザ菌や肺炎球菌髄膜炎では、抗菌薬投与前または同時に副腎皮質ステロイド(デキサメタゾン0.15mg/kg/回、1日4回、2〜4日間)の短期使用が有効であるとのエビデンスがあります。これは抗菌薬による菌体破壊に伴う炎症反応の増悪を抑制し、脳浮腫を軽減する目的で実施されます。ただし、原因菌に有効な抗菌薬の十分量の投与が前提条件となります。
支持療法。
治療効果の判定においては、臨床症状の改善と共に髄液所見の改善も重要な指標となります。治療開始後、患者の状態が悪化する場合や改善が見られない場合は、薬剤耐性の可能性や合併症の発生、別の疾患の可能性を考慮する必要があります。
細菌性髄膜炎は、適切な治療が行われた場合でも重篤な合併症を生じる可能性があり、死亡率も高い疾患です。予後を左右する要因と主な合併症、そしてその対応について理解することが重要です。
予後に影響する主な因子。
主な合併症と対応策。
合併症の早期発見と適切な対応のために、細菌性髄膜炎患者では急性期の治療後も定期的なフォローアップが重要です。特に聴力検査は全例で実施すべきとされています。
予防接種による予防。
細菌性髄膜炎の主要な原因菌に対するワクチンが利用可能です。
これらのワクチンは、リスクのある集団(小児、高齢者、脾摘患者、免疫不全患者など)に対して積極的に接種を検討すべきです。
再発予防。
再発リスクのある患者(頭蓋底骨折、髄液漏など)に対しては、原因に応じた外科的介入や、必要に応じた予防的抗菌薬投与を検討します。
細菌性髄膜炎からの回復過程では、包括的なリハビリテーションプログラムが重要となります。理学療法、作業療法、言語療法、心理的サポートなどを含む多職種連携アプローチが、機能回復と社会復帰を促進します。
細菌性髄膜炎の予後改善には早期診断が不可欠ですが、従来の培養検査では結果を得るまでに時間を要します。近年、迅速診断技術とバイオマーカーの研究が進展しており、これらの新しいアプローチが診断精度と速度を向上させる可能性があります。
新しい診断アプローチとバイオマーカー。
これらの新技術は、診断の迅速化だけでなく、抗菌薬耐性の早期検出にも役立つ可能性があります。例えば、肺炎球菌のペニシリン耐性を迅速に検出することで、より的確な初期治療選択が可能になります。
人工知能(AI)の活用。
臨床症状、検査所見、画像診断などの複数のデータを統合し、機械学習アルゴリズムを用いて細菌性髄膜炎の早期診断を支援する研究も進んでいます。これにより、典型的な症状を示さない症例でも診断の精度向上が期待されます。
バイオマーカーの臨床応用における課題。
将来的には、携帯型デバイスによる迅速診断と、クラウドベースの意思決定支援システムの組み合わせにより、医療リソースの限られた環境でも早期診断・治療が可能になる可能性があります。このような革新的アプローチは、特に医療アクセスが制限されている地域での細菌性髄膜炎の予後改善に貢献すると期待されています。
以上のように、細菌性髄膜炎の診断・治療は日々進歩しており、医療従事者は最新のエビデンスに基づいたアプローチを心がけることが重要です。早期診断と適切な治療により、この重篤な感染症の予後を改善することができるでしょう。
Japanese Society of Neurology and Neurotherapeuticsによる細菌性髄膜炎診療ガイドラインの詳細はこちらで確認できます。
細菌性髄膜炎の診療ガイドライン - 日本神経治療学会