腹膜炎は腹膜に炎症が生じた状態で、主に「急性腹膜炎」と「慢性腹膜炎」の2種類に分類されます。さらに炎症範囲によって「限局性」(一部のみ炎症)と「汎発性」(広範囲に炎症)に分けられます。これらの分類は治療方針や予後に大きく影響します。
腹膜炎の発症メカニズムは大きく2つに分けられます。
また、腹膜炎の具体的な原因疾患は以下のように分類できます。
急性腹膜炎の主な原因疾患
慢性腹膜炎の主な原因疾患
腹膜炎の発症リスクが高い人としては、NSAIDという種類の痛み止めを服用している患者や開腹手術を受けたことがある患者が挙げられます。特にNSAID服用者は消化管穿孔のリスクが高いため注意が必要です。
急性腹膜炎と慢性腹膜炎では症状の現れ方や重症度に大きな違いがあります。医療従事者はこれらの症状の違いを理解し、適切な診断と治療方針の決定に役立てる必要があります。
急性腹膜炎の主な症状
重要なポイントとして、急性腹膜炎では痛みが移動するという特徴があります。例えば虫垂炎による腹膜炎の場合、最初は臍周囲に痛みを感じ、その後右下腹部に痛みが移動することがあります。また、患者が横になった状態から起き上がる際に痛みが悪化する「反跳痛」も特徴的な所見です。
慢性腹膜炎の主な症状
慢性腹膜炎の症状は2〜3ヶ月程度にわたってゆっくりと進行することが特徴で、急性腹膜炎のような激烈な症状は示しません。また、腹水貯留が重要な特徴の一つであり、進行すると腹部全体が膨満して「蛙腹」と呼ばれる状態になります。
高齢者や免疫不全の患者では、典型的な症状を示さないことがあるため診断が困難になるケースがあります。このような非典型例では、軽度の腹部不快感や全身状態の悪化のみを示すことがあり、注意深い観察が必要です。
腹膜炎の診断には、複数の検査が組み合わせて実施されます。特に急性腹膜炎は迅速な診断が重要で、時間が経過するほど予後が悪化するため、効率的な診断プロセスが求められます。
身体診察
まず重要なのは詳細な身体診察です。腹膜炎では以下のような特徴的な所見がみられます。
血液検査
血液検査では以下の項目をチェックします。
画像検査
腹水検査
腹水が認められる場合、腹水穿刺による検査も有用です。
特発性細菌性腹膜炎の診断基準としては、腹水中の多形核白血球数が250/mm³以上であることが指標となります。また、癌性腹膜炎では腹水中に悪性細胞が検出されます。
腹膜炎の診断では、これらの検査結果を総合的に判断することが重要です。特に急性腹膜炎では、診断と並行して治療準備を進めるべきであり、状態が不安定な場合は診断的治療(試験開腹や腹腔鏡)が選択されることもあります。
腹膜炎の治療は、急性・慢性の違い、原因疾患、炎症の範囲、患者の全身状態などを考慮して決定されます。基本的な治療戦略は以下の3つに集約されます。
1. 全身管理
腹膜炎、特に急性汎発性腹膜炎では全身状態が急速に悪化する可能性があるため、以下の全身管理が重要です。
2. 抗菌薬治療
腹膜炎では細菌感染が関与している場合が多く、速やかな抗菌薬投与が必要です。
一般的に使用される抗菌薬の例。
3. 原因疾患に対する治療
腹膜炎の原因に応じた治療が必要です。
急性腹膜炎の原因別治療
慢性腹膜炎の治療
予後と治療期間
腹膜炎の予後は、原因疾患、炎症の範囲、治療開始までの時間、患者の基礎疾患などによって大きく異なります。
特に汎発性腹膜炎で全身状態が悪い場合や、腸管壊死を伴う場合は死亡率が高くなります。早期診断と適切な治療が予後を左右する最大の因子です。
女性特有の腹膜炎として「骨盤腹膜炎」があります。これは骨盤内の臓器(子宮、卵管、卵巣)周囲の腹膜に炎症が生じた状態です。女性の腹膜炎を考える上で重要な疾患であり、特に歩行時に痛みが増強するという特徴的な症状があります。
骨盤腹膜炎の原因
骨盤腹膜炎の主な原因は女性生殖器の感染症です。
感染は多くの場合、下部生殖器から上行性に広がり、骨盤腹膜へと波及します。
骨盤腹膜炎の症状
骨盤腹膜炎の症状は急性期と慢性期で異なります。
急性骨盤腹膜炎の症状
慢性骨盤腹膜炎の症状
骨盤腹膜炎の診断
診断には以下の検査が行われます。
骨盤腹膜炎の治療
急性骨盤腹膜炎の治療。
慢性骨盤腹膜炎の治療。
骨盤腹膜炎の合併症と注意点
骨盤腹膜炎の重大な合併症として不妊があります。適切な治療を行わずに炎症が慢性化すると、卵管の閉塞や癒着を引き起こし、不妊の原因となることがあります。特に妊娠を希望する女性では、早期診断と適切な治療が重要です。
また、骨盤腹膜炎の既往がある患者では再発率が約20%と高いため、症状が再び現れた場合は早期受診を推奨します。パートナーの治療も重要であり、特に性感染症が原因の場合はパートナーの検査・治療も必要です。
腹膜炎は完全な予防が難しい疾患ですが、リスク因子の管理や関連疾患の早期治療によって発症リスクを低減することが可能です。特に慢性疾患のある患者や過去に腹膜炎を経験した患者では、再発予防が重要になります。
基礎疾患の適切な管理
基礎疾患を持つ患者では、疾患の適切な管理が腹膜炎予防につながります。
手術歴のある患者への注意
開腹手術歴のある患者は、腸閉塞から腹膜炎を発症するリスクがあります。
腹膜炎既往患者の再発予防
腹膜炎の既往がある患者では、以下のポイントに注意します。
女性特有の腹膜炎予防
骨盤腹膜炎の予防には以下が重要です。
医療従事者向けの注意点
腹膜炎のハイリスク患者に対する医療従事者の注意点。
予防法が確立されていない腹膜炎ですが、リスク因子の管理と早期発見・早期治療が予後改善の鍵となります。特に免疫不全患者や高齢者では、軽微な症状でも腹膜炎を疑う姿勢が重要です。