腹膜炎の症状と治療方法における急性と慢性の違い

腹膜炎は命にかかわる危険な病気です。本記事では腹膜炎の種類、急性・慢性の症状の違い、検査方法、治療法について解説します。適切な治療を受けるためには早期発見が重要ではないでしょうか?

腹膜炎の症状と治療方法

腹膜炎の基本情報
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腹膜炎の定義

腹膜(腹腔内臓器を覆う膜)に炎症が生じた状態で、急性と慢性に分類される

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危険度

急性腹膜炎は放置すると敗血症や多臓器不全となり死に至る可能性がある

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治療の緊急性

急性腹膜炎は多くの場合緊急手術が必要、慢性腹膜炎は薬物療法が基本

腹膜炎の種類と発症メカニズム

腹膜炎は腹膜に炎症が生じた状態で、主に「急性腹膜炎」と「慢性腹膜炎」の2種類に分類されます。さらに炎症範囲によって「限局性」(一部のみ炎症)と「汎発性」(広範囲に炎症)に分けられます。これらの分類は治療方針や予後に大きく影響します。

 

腹膜炎の発症メカニズムは大きく2つに分けられます。

  1. 消化管穿孔による発症胃潰瘍穿孔、十二指腸潰瘍穿孔、大腸穿孔などにより、消化液や便が腹腔内に漏れ出て炎症を引き起こします。
  2. 細菌感染による発症:虫垂炎、胆のう炎、急性すい炎などの細菌感染が腹膜に波及することで炎症が生じます。

また、腹膜炎の具体的な原因疾患は以下のように分類できます。
急性腹膜炎の主な原因疾患

慢性腹膜炎の主な原因疾患

  • がん(癌性腹膜炎)
  • 結核
  • 肝硬変に合併する特発性細菌性腹膜炎

腹膜炎の発症リスクが高い人としては、NSAIDという種類の痛み止めを服用している患者や開腹手術を受けたことがある患者が挙げられます。特にNSAID服用者は消化管穿孔のリスクが高いため注意が必要です。

 

急性腹膜炎と慢性腹膜炎の症状の違い

急性腹膜炎と慢性腹膜炎では症状の現れ方や重症度に大きな違いがあります。医療従事者はこれらの症状の違いを理解し、適切な診断と治療方針の決定に役立てる必要があります。

 

急性腹膜炎の主な症状

  • 突然の激しい腹痛(腹部全域に広がることが多い)
  • 持続的な激痛(身動きが困難になるほど)
  • 腹部膨満感
  • 悪心・嘔吐(頻繁に発生し持続的)
  • 発熱
  • 腹壁が板のように硬くなる(板状硬)
  • 歩行困難
  • 頻脈(脈が早くなる)
  • 頻呼吸(呼吸が早く浅くなる)

重要なポイントとして、急性腹膜炎では痛みが移動するという特徴があります。例えば虫垂炎による腹膜炎の場合、最初は臍周囲に痛みを感じ、その後右下腹部に痛みが移動することがあります。また、患者が横になった状態から起き上がる際に痛みが悪化する「反跳痛」も特徴的な所見です。

 

慢性腹膜炎の主な症状

  • 慢性的な腹痛(急性ほど激しくない)
  • 微熱
  • 全身倦怠感
  • 食欲不振
  • 腹水(蛙腹[かえるばら]と呼ばれる腹部膨満)
  • 胃の不快感
  • 症状の波がある(良くなったり悪くなったりする)

慢性腹膜炎の症状は2〜3ヶ月程度にわたってゆっくりと進行することが特徴で、急性腹膜炎のような激烈な症状は示しません。また、腹水貯留が重要な特徴の一つであり、進行すると腹部全体が膨満して「蛙腹」と呼ばれる状態になります。

 

高齢者や免疫不全の患者では、典型的な症状を示さないことがあるため診断が困難になるケースがあります。このような非典型例では、軽度の腹部不快感や全身状態の悪化のみを示すことがあり、注意深い観察が必要です。

 

腹膜炎の診断に用いられる検査方法

腹膜炎の診断には、複数の検査が組み合わせて実施されます。特に急性腹膜炎は迅速な診断が重要で、時間が経過するほど予後が悪化するため、効率的な診断プロセスが求められます。

 

身体診察
まず重要なのは詳細な身体診察です。腹膜炎では以下のような特徴的な所見がみられます。

  • 腹部の圧痛(特に押したときの痛み)
  • 筋性防御(腹壁の硬直)
  • 反跳痛(押して急に離すと痛みが増強)
  • 腸蠕動音の減弱または消失

血液検査
血液検査では以下の項目をチェックします。

  • 白血球数の増加(通常10,000/μL以上)
  • CRP値の上昇(炎症マーカー)
  • 血液ガス分析(アシドーシスの評価)
  • 電解質異常
  • 血液培養(敗血症の評価)

画像検査

  • 腹部X線検査:腹腔内遊離ガス像(穿孔の証拠)、腸管拡張、液面形成などを確認
  • 腹部CT検査:腹水、消化管穿孔部位、膿瘍形成などの詳細な評価が可能
  • 腹部超音波検査:腹水の有無や性状、臓器の状態を非侵襲的に評価

腹水検査
腹水が認められる場合、腹水穿刺による検査も有用です。

  • 細胞数・細胞分画(好中球優位は感染性を示唆)
  • 蛋白濃度
  • 細菌培養・感受性試験
  • 細胞診(悪性細胞の有無)

特発性細菌性腹膜炎の診断基準としては、腹水中の多形核白血球数が250/mm³以上であることが指標となります。また、癌性腹膜炎では腹水中に悪性細胞が検出されます。

 

腹膜炎の診断では、これらの検査結果を総合的に判断することが重要です。特に急性腹膜炎では、診断と並行して治療準備を進めるべきであり、状態が不安定な場合は診断的治療(試験開腹や腹腔鏡)が選択されることもあります。

 

腹膜炎の治療方法と予後

腹膜炎の治療は、急性・慢性の違い、原因疾患、炎症の範囲、患者の全身状態などを考慮して決定されます。基本的な治療戦略は以下の3つに集約されます。

 

1. 全身管理
腹膜炎、特に急性汎発性腹膜炎では全身状態が急速に悪化する可能性があるため、以下の全身管理が重要です。

  • 絶食(腸管の安静)
  • 輸液療法(脱水の補正と電解質バランスの維持)
  • 血圧維持(必要に応じて昇圧剤の投与)
  • 酸素投与(低酸素血症の是正)
  • 重症例では人工呼吸器管理や血液浄化療法も考慮

2. 抗菌薬治療
腹膜炎では細菌感染が関与している場合が多く、速やかな抗菌薬投与が必要です。

  • 初期治療は広域スペクトラム抗菌薬の経静脈投与
  • 一般的には複数の抗菌薬を併用(好気性菌と嫌気性菌をカバー)
  • 原因菌が判明後、感受性に基づいた抗菌薬へ変更
  • 抗菌薬の投与期間は、臨床症状の改善や炎症マーカーの正常化に応じて決定

一般的に使用される抗菌薬の例。

  • セフトリアキソン(広域セフェム系)
  • メトロニダゾール(嫌気性菌に有効)
  • カルバペネム系抗菌薬(重症例)
  • ドキシサイクリン(クラミジア感染の場合)

3. 原因疾患に対する治療
腹膜炎の原因に応じた治療が必要です。
急性腹膜炎の原因別治療

  • 消化管穿孔:緊急手術による穿孔部の閉鎖・縫合修復
  • 虫垂炎:虫垂切除術(腹腔鏡下または開腹)
  • 胆嚢炎:胆嚢摘出術または経皮的胆嚢ドレナージ
  • 腹腔内膿瘍:経皮的ドレナージまたは外科的ドレナージ
  • 骨盤腹膜炎:抗菌薬治療が基本、効果不十分であれば手術

慢性腹膜炎の治療

  • 原因疾患に対する治療(結核性腹膜炎では抗結核薬など)
  • 腹水コントロール(利尿薬の投与、腹水穿刺など)
  • 癌性腹膜炎では原発癌に対する化学療法や対症療法

予後と治療期間
腹膜炎の予後は、原因疾患、炎症の範囲、治療開始までの時間、患者の基礎疾患などによって大きく異なります。

 

  • 急性腹膜炎:適切な治療が早期に行われれば、多くは2〜4週間程度で回復
  • 重症例(汎発性腹膜炎、敗血症合併例):死亡率は10〜30%程度
  • 慢性腹膜炎:原因疾患によって予後が大きく異なる
  • 高リスク因子:高齢、広範囲の腹膜炎、治療開始の遅れ、多臓器不全の合併、免疫不全

特に汎発性腹膜炎で全身状態が悪い場合や、腸管壊死を伴う場合は死亡率が高くなります。早期診断と適切な治療が予後を左右する最大の因子です。

 

骨盤腹膜炎:女性特有の腹膜炎の症状と治療

女性特有の腹膜炎として「骨盤腹膜炎」があります。これは骨盤内の臓器(子宮、卵管、卵巣)周囲の腹膜に炎症が生じた状態です。女性の腹膜炎を考える上で重要な疾患であり、特に歩行時に痛みが増強するという特徴的な症状があります。

 

骨盤腹膜炎の原因
骨盤腹膜炎の主な原因は女性生殖器の感染症です。

  • 子宮頸管炎
  • 子宮内膜炎
  • 子宮付属器炎(卵管炎、卵巣炎)
  • クラミジア・トラコマチス感染
  • 淋菌感染
  • 子宮内避妊器具(IUD)の長期装着
  • 開腹手術後の感染

感染は多くの場合、下部生殖器から上行性に広がり、骨盤腹膜へと波及します。

 

骨盤腹膜炎の症状
骨盤腹膜炎の症状は急性期と慢性期で異なります。
急性骨盤腹膜炎の症状

  • 下腹部全体の持続性の痛み(特徴的に歩行で悪化)
  • 高熱(39℃以上)と悪寒・震え
  • 悪心・嘔吐
  • 月経異常(不正出血など)
  • 排尿痛や頻尿

慢性骨盤腹膜炎の症状

  • 慢性的な下腹部痛
  • 腹部膨満感
  • 不規則な月経
  • 下痢または便秘
  • 軽度の発熱

骨盤腹膜炎の診断
診断には以下の検査が行われます。

  • 経腟超音波検査(卵管や卵巣の腫大、ダグラス窩膿瘍の有無)
  • 血液検査(白血球数、CRP値の上昇)
  • 子宮頸管分泌物培養(原因菌の同定)
  • MRI(重症例や診断が難しい例)

骨盤腹膜炎の治療
急性骨盤腹膜炎の治療。

  1. 絶対安静と入院管理:急性期は症状を悪化させないよう安静が必要です
  2. 抗生物質療法:広域スペクトラムの抗菌薬の静脈内投与が基本
    • セフトリアキソン(初期治療)
    • ドキシサイクリン(クラミジア感染)
    • メトロニダゾール(嫌気性菌感染)
  3. 手術療法:薬物療法が無効な場合や膿瘍形成例では外科的ドレナージや卵管切除などが検討される

慢性骨盤腹膜炎の治療。

  • 長期的な抗菌薬治療
  • 癒着による痛みには鎮痛薬
  • 癒着が高度で症状が持続する場合は癒着剥離術を検討

骨盤腹膜炎の合併症と注意点
骨盤腹膜炎の重大な合併症として不妊があります。適切な治療を行わずに炎症が慢性化すると、卵管の閉塞や癒着を引き起こし、不妊の原因となることがあります。特に妊娠を希望する女性では、早期診断と適切な治療が重要です。

 

また、骨盤腹膜炎の既往がある患者では再発率が約20%と高いため、症状が再び現れた場合は早期受診を推奨します。パートナーの治療も重要であり、特に性感染症が原因の場合はパートナーの検査・治療も必要です。

 

腹膜炎の予防と再発予防のポイント

腹膜炎は完全な予防が難しい疾患ですが、リスク因子の管理や関連疾患の早期治療によって発症リスクを低減することが可能です。特に慢性疾患のある患者や過去に腹膜炎を経験した患者では、再発予防が重要になります。

 

基礎疾患の適切な管理
基礎疾患を持つ患者では、疾患の適切な管理が腹膜炎予防につながります。

  • 消化性潰瘍患者:ピロリ菌検査と除菌治療
  • NSAID服用患者:胃粘膜保護薬(PPI)の併用
  • 肝硬変患者:腹水コントロールと定期的なフォローアップ
  • 便秘・下痢を繰り返す患者:適切な排便コントロール

手術歴のある患者への注意
開腹手術歴のある患者は、腸閉塞から腹膜炎を発症するリスクがあります。

  • 食事内容への配慮(消化の良い食事、適切な食物繊維摂取)
  • 水分摂取の励行
  • 腹部症状(腹痛、腹部膨満)出現時の早期受診

腹膜炎既往患者の再発予防
腹膜炎の既往がある患者では、以下のポイントに注意します。

  • 腹部手術後の創部異常(発赤、腫脹、排膿)の早期発見
  • 免疫抑制状態(糖尿病、ステロイド使用など)の管理
  • 体重管理と栄養状態の改善
  • 喫煙・過度の飲酒の回避(消化器系への悪影響を防ぐ)

女性特有の腹膜炎予防
骨盤腹膜炎の予防には以下が重要です。

  • 安全な性行為の実践(コンドーム使用など)
  • 性感染症検査と早期治療
  • IUD装着者の定期検診
  • 産後や流産後の感染予防

医療従事者向けの注意点
腹膜炎のハイリスク患者に対する医療従事者の注意点。

  • 非典型的症状(特に高齢者や免疫不全患者)への注意
  • 腹部手術後の厳重な経過観察
  • 抗菌薬適正使用による耐性菌出現の防止
  • 腹膜透析患者での無菌操作の徹底

予防法が確立されていない腹膜炎ですが、リスク因子の管理と早期発見・早期治療が予後改善の鍵となります。特に免疫不全患者や高齢者では、軽微な症状でも腹膜炎を疑う姿勢が重要です。