水頭症 症状と治療方法:脳室拡大から歩行障害まで

水頭症は髄液の循環障害によって脳室が拡大する疾患です。認知機能障害、歩行障害、尿失禁など様々な症状を引き起こしますが、適切な治療で症状が改善することもあります。あなたの頭痛や歩行の不安定さは、水頭症のサインかもしれませんか?

水頭症 症状と治療方法

水頭症の基本知識
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髄液循環障害

水頭症は脳脊髄液(髄液)の循環や吸収に問題が生じ、脳室内に過剰に溜まる疾患です。

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三大徴候

歩行障害、認知機能障害、尿失禁が特徴的で、適切な治療で改善が期待できます。

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治療法

主にシャント術や神経内視鏡による第3脳室底開窓術で治療します。

水頭症とは:髄液循環障害による脳室拡大の疾患

水頭症(hydrocephalus)は、脳脊髄液(髄液)の循環や吸収に問題が生じることで、脳室内に髄液が過剰に溜まり、脳室が異常に拡大する疾患です。脳や脊髄は通常、髄液によって満たされ保護されています。この髄液は脳のクッションとしての役割を果たし、お豆腐のパックの中の水のように脳を衝撃から守っています。

 

正常な状態では、髄液は脳室で1日約450-500mL産生され、ほぼ同量が吸収されます。総量は成人で約150mL、小児で約100mLで、1日に約3〜4回入れ替わっています。しかし、何らかの原因で髄液の流れが妨げられると、脳室内の圧力が上昇し、脳や神経にダメージを与えることがあります。

 

水頭症は大きく分けて次の2種類に分類されます。

  1. 非交通性水頭症(閉塞性水頭症):脳室内の髄液の流れが閉塞されることで生じます。小児に多く見られ、中脳水道の先天的狭窄や脳室内の腫瘍、出血などが原因となります。
  2. 交通性水頭症:脳室から髄液は流れ出るものの、くも膜下腔などでの吸収に問題がある場合に生じます。成人に多く、頭蓋内出血や髄膜炎、脳腫瘍などが原因となります。

また、特殊なケースとして、髄液圧が正常範囲内であるにもかかわらず脳室拡大を伴う「正常圧水頭症」があります。これは高齢者に多く見られ、特発性(原因不明)のものと、くも膜下出血頭部外傷、髄膜炎などに続発するものがあります。

 

水頭症の主な症状:年齢別の特徴と三大徴候

水頭症の症状は年齢によって異なる特徴を示します。また、症状の現れ方は、水頭症の種類や進行速度によっても変化します。

 

乳幼児期の水頭症症状
乳幼児では頭蓋骨の縫合線がまだ閉じておらず、頭蓋内圧の上昇に伴って頭部が拡大します。主な症状には。

  • 頭囲の急激な増大
  • 大泉門の膨隆
  • サンセットサイン(眼球が下方偏位し、白目の上部が見える状態)
  • 哺乳力の低下
  • 嘔吐
  • 活気の減退

    などがあります。

     

小児・成人期の水頭症症状
小児から成人にかけての水頭症では、頭蓋骨が固くなるため頭部の拡大は見られず、頭蓋内圧亢進症状が主体となります。

  • 頭痛(特に朝起きた時に強い)
  • 嘔吐(特に早朝に起こりやすい)
  • 視力低下や複視(視神経への圧迫による)
  • めまい
  • ふらつきや協調運動障害
  • 意識レベルの低下(重症例)

高齢者の正常圧水頭症の三大徴候
高齢者に見られる正常圧水頭症では、特徴的な三大徴候が知られています。

  1. 歩行障害:初発症状として最も多く、約90%の患者に見られます。小刻み歩行、すり足歩行、両足を広げて歩く開脚歩行が特徴です。バランスを崩しやすく転倒リスクが高まります。
  2. 認知機能障害:注意力低下や記憶障害が現れます。アルツハイマー型認知症などと異なる点として、進行がやや早く(1ヶ月単位で進行)、適切な治療で改善する可能性があります。そのため「治せる認知症」とも呼ばれています。
  3. 排尿障害:頻尿や尿意切迫感から始まり、進行すると尿失禁を引き起こします。認知機能低下と合わせて、自覚なく失禁するようになることもあります。

これらの三大徴候は必ずしも全てが揃うわけではなく、全ての症状が出るのは患者の約50%で、歩行障害のみの場合も珍しくありません。また、これらの症状は加齢による変化と混同されやすいため、見過ごされることも多いのが特徴です。

 

水頭症の診断方法:画像検査からタップテストまで

水頭症の診断は、症状の評価、神経学的診察、画像検査、そして特殊検査を組み合わせて行われます。医療従事者が水頭症を適切に診断するための主な方法を解説します。

 

症状と神経学的診察
初めに患者の症状や経過を詳細に問診し、神経学的診察を行います。特に高齢者の場合、歩行状態の観察は重要です。小刻み歩行、すり足、開脚歩行などが認められる場合は正常圧水頭症を疑います。

 

画像検査
水頭症の診断において中心的な役割を果たすのが画像検査です。

  1. CT検査:脳室の拡大を確認する最も基本的な検査です。特に緊急時には素早く実施できるメリットがあります。
  2. MRI検査:CTよりも詳細に脳の状態を評価できます。正常圧水頭症では特徴的な所見としてDESH(Disproportionately Enlarged Subarachnoid-space Hydrocephalus)と呼ばれる、脳表の空間が頭頂部で狭くなり他の部位で拡大する所見を認めることがあります。
  3. 脳血流シンチグラフィーシャント術の効果予測に役立つことがあります。シャント応答性の高い症例では、前頭葉での血流低下が認められることがあります。

髄液検査とタップテスト
正常圧水頭症が疑われる場合、特に重要なのが「タップテスト」と呼ばれる検査です。

  1. 腰椎穿刺(ルンバールピアンクチャー)局所麻酔下で腰部から髄液を採取し、髄液圧や髄液の性状を調べます。正常圧水頭症では髄液圧は正常範囲(18cmH₂O以下)です。
  2. 髄液排除試験(タップテスト):腰椎穿刺で30-50mLの髄液を排除し、排除前後での症状の変化を評価します。歩行速度や歩幅、認知機能検査(MMSE等)などの客観的指標も用いて判定します。症状の改善が見られる場合、シャント術の効果が期待できます。

持続髄液ドレナージ試験
タップテストで結果が明確でない場合、数日間にわたって髄液を持続的に排出する「持続髄液ドレナージ試験」を行うことがあります。これにより、より長期間の髄液排除効果を観察できます。

 

髄液流動力学検査
より詳細な評価が必要な場合、髄液吸収抵抗(Rout)を測定する検査が行われることもあります。髄液吸収抵抗が高値(10mmHg/ml/min以上)の場合、シャント術の効果が期待できるとされています。

 

これらの検査結果を総合的に判断し、水頭症の診断および治療方針の決定が行われます。特に正常圧水頭症の診断は難しい場合が多く、経験豊富な医師による慎重な評価が重要です。

 

水頭症の治療法:シャント手術と第3脳室底開窓術の比較

水頭症の治療は、原因や病態に応じて選択されますが、基本的には外科的介入が中心となります。薬物療法のみでは水頭症の根本的な治療は困難です。主な治療法とその特徴について詳しく解説します。

 

シャント手術
水頭症の最も標準的な治療法がシャント手術です。これは脳内に溜まった髄液を体の他の部分に誘導するための管(シャントチューブ)を設置する手術です。主なシャント手術の種類は以下の通りです。

  1. 脳室腹腔シャント(VPシャント):最も一般的なシャント術で、脳室から腹腔に髄液を誘導します。
    • 手術方法:頭蓋骨に小さな穴を開け、カテーテルを脳室に挿入。そこから皮下を通して腹部まで誘導し、腹腔内に管の先端を留置します。
    • 利点:確実に脳室から髄液を排出できる。
    • 欠点:脳への侵襲があり、カテーテル閉塞や感染のリスクがあります。
  2. 腰椎腹腔シャント(LPシャント):腰椎から腹腔へ髄液を誘導します。
    • 手術方法:腰背部に約2cmの切開を行い、脊髄腔にカテーテルを挿入。皮下を通して腹部まで誘導し、腹腔内に留置します。
    • 利点:頭部を切開しないため、脳への直接的侵襲がなく、認知機能への影響が少ない。
    • 欠点:脊柱の変形がある患者では挿入困難な場合があり、閉塞リスクも比較的高いです。
  3. 脳室心房シャント(VAシャント):脳室から心臓の右心房に髄液を誘導します。
    • 適応:腹部手術の既往などで腹腔内にカテーテルを留置できない場合。
    • 欠点:心臓関連の合併症リスクがあります。

いずれのシャントシステムにも、流量を調節するバルブが組み込まれており、外部から磁石を使って設定を変更できるものが一般的に使用されています。これにより、過剰な髄液排出(過剰排液症候群)や不十分な排出を防ぐことができます。

 

第3脳室底開窓術
シャント手術の代わりに選択されることがある術式として、神経内視鏡を用いた第3脳室底開窓術があります。

 

  • 手術方法:神経内視鏡を用いて第3脳室の底部(脳底槽との間の薄い膜)に小孔を開け、風船付きカテーテルで拡大します。これにより新たな髄液の流出路を作成します。
  • 適応:特に非交通性(閉塞性)水頭症の患者に適しています。
  • 利点:体内に異物を残さず、より生理的な髄液循環を維持できます。シャント依存性や長期合併症を避けられる可能性があります。
  • 欠点:高度な技術が必要で、すべての水頭症に適応できるわけではありません。特に交通性水頭症では効果が限られることがあります。

治療選択の基準
治療法の選択は以下の要素に基づいて行われます。

  1. 水頭症の種類(閉塞性か交通性か)
  2. 患者の年齢や全身状態
  3. 解剖学的特徴(脊柱変形の有無など)
  4. 医療機関の専門性や経験

特に正常圧水頭症に対しては、腰椎腹腔シャントが選択される傾向が増えています。これは頭蓋内操作を必要としないため、高齢者にとってより低侵襲だからです。

 

いずれの手術も、約2時間程度で終了し、適切に機能すれば症状の改善が期待できます。正常圧水頭症の場合、歩行障害が最も改善しやすく、次いで排尿障害、認知機能障害の順に改善が見られる傾向があります。

 

水頭症患者の長期管理:シャント合併症の予防と対策

水頭症の治療は手術で終わるわけではなく、術後の長期管理が患者の生活の質を大きく左右します。特にシャント術を受けた患者では、様々な合併症に注意が必要です。ここでは、水頭症患者の長期管理における重要なポイントを解説します。

 

シャント合併症とその対策
シャント手術後に生じうる主な合併症には以下のようなものがあります。

  1. シャント閉塞:最も頻度の高い合併症の一つです。
    • 症状:頭痛、嘔吐、意識障害など、水頭症の症状が再び現れます。
    • 予防策:定期的な画像検査によるシャントシステムの評価が重要です。
    • 対応:閉塞が確認された場合、シャントの修復や交換が必要になります。
  2. シャント感染:術後早期(1ヶ月以内)に多く見られます。
    • 症状:発熱、頭痛、創部の発赤・腫脹、腹痛など。
    • 予防策:術中の厳密な無菌操作、予防的抗生剤投与が重要です。
    • 対応:感染が疑われる場合、シャントシステムの除去と抗生剤治療、その後の再建が必要になることが多いです。
  3. 過剰排液症候群:髄液が過剰に排出されることで生じます。
    • 症状:起立時の頭痛(頭蓋内圧が下がることで硬膜が引っ張られるため)、吐き気、めまい。
    • 予防策:適切なバルブ設定と患者教育が重要です。
    • 対応:症状が重度の場合、バルブ設定の調整が必要です。
  4. 硬膜下血腫:過剰排液に伴って脳の表面と硬膜の間に血腫が形成されることがあります。
    • 症状:頭痛、意識障害、麻痺など。
    • 対応:血腫の大きさや症状に応じて、保存的治療や外科的除去が選択されます。
  5. 腹腔内合併症:腹腔内に髄液が