腹圧性尿失禁は、女性の尿失禁の約49%を占める最も頻度の高いタイプです。骨盤底筋群という尿道括約筋を含む骨盤底の筋肉が緩むことで発症し、咳やくしゃみ、重い荷物の持ち上げ、笑いなどでお腹に力が入った瞬間に膀胱内圧が尿道閉鎖圧を上回り、膀胱収縮を伴わずに尿が漏れます。
主要な原因
初期症状の特徴
初期段階では、激しい咳やくしゃみをした時のみに少量の尿漏れが生じます。進行すると、階段の昇降や軽い運動、笑うだけでも漏れるようになり、重症例では歩行時にも失禁が起こります。特徴的なのは、尿意がないにも関わらず漏れてしまうことで、患者は「トイレに行きたくないのに漏れる」と訴えることが多いです。
週1回以上の腹圧性尿失禁を経験している女性は500万人以上とされており、40歳以上の女性では約40%が何らかの尿失禁を経験しています。医療従事者は、特に出産経験のある中高年女性において、日常生活に支障をきたす前の早期発見・早期介入が重要であることを認識すべきです。
切迫性尿失禁は、急激な尿意切迫感とともに我慢できずに尿が漏れてしまう病態で、過活動膀胱が主要な原因となります。本来は脳からの指令により排尿がコントロールされていますが、様々な要因でこの制御機能が破綻することで発症します。
神経系に関連する原因
膀胱・尿路に関連する原因
初期症状の進行パターン
初期には、1日の排尿回数がわずかに増加(8回以上)し、特に夜間頻尿(2回以上)が目立ちます。水の流れる音を聞いたり、冷たい空気に触れたりすると急激な尿意を感じるようになります。進行すると、尿意を感じてからトイレまで我慢できない状況が頻発し、外出時や乗り物での移動中に大きな不安を抱えるようになります。
切迫性尿失禁では、膀胱に尿がほとんど貯まっていない状態でも強い尿意を感じることが特徴的で、患者は「急にトイレに行きたくなって間に合わない」という訴えをすることが多いです。医療従事者は、単なる頻尿との鑑別を適切に行い、過活動膀胱の診断基準に基づいた評価を実施することが求められます。
溢流性尿失禁は、膀胱が完全に空にならないため、過度に充満した膀胱から尿が少しずつ漏れ出る病態です。排尿障害が必ず前提にあり、膀胱の収縮力低下や尿道の閉塞により正常な排尿ができなくなることで発症します。
男性に多い原因
女性特有の原因
神経系の原因
特徴的な初期症状
初期症状として、まず排尿開始の困難(排尿遅延)や尿線の細さ、排尿時間の延長が現れます。その後、残尿感が持続し、排尿後も膀胱に尿が残っている感覚が強くなります。進行すると、一回の排尿量が減少し、頻回に少量ずつ排尿するパターンに変化します。
最も特徴的なのは、自分では「尿を出したい」という意識があるにも関わらず、思うように出せない状況で、意図しない時に少量ずつ尿が漏れ出ることです。患者は「おしっこが出にくいのに、パンツが濡れている」という矛盾した症状を訴えることが多く、医療従事者は残尿量の測定による客観的評価が不可欠です。
溢流性尿失禁では、膀胱の過伸展により膀胱壁の筋肉が損傷を受け、可逆性の変化から不可逆性の変化へと進行する可能性があるため、早期の診断と適切な治療介入が重要となります。
機能性尿失禁は、排尿機能自体は正常であるにも関わらず、身体運動機能の低下や認知機能の障害が原因で生じる失禁です。高齢化社会の進展に伴い、医療従事者が遭遇する機会が増加している重要な病態です。
身体機能に関連する原因
認知機能に関連する原因
薬剤性の原因
環境的要因
初期症状の特徴と進行パターン
機能性尿失禁の初期症状は、他のタイプの尿失禁と異なり、排尿機能そのものに問題がないため、適切な環境と時間があれば正常に排尿できることが特徴です。しかし、「トイレに行きたい」という意思はあっても、物理的な制約により間に合わないという状況が頻発します。
認知症が原因の場合、初期にはトイレの場所を忘れたり、排尿のタイミングを逸したりする程度ですが、進行すると便器の使用方法自体が分からなくなったり、排尿行為そのものを認識できなくなったりします。身体機能の低下が原因の場合は、移動に要する時間が長くなり、途中で失禁してしまうパターンが典型的です。
医療従事者は、機能性尿失禁の診断において、排尿日誌の記録と合わせて、ADL(日常生活動作)の評価、認知機能の評価、服薬状況の確認を包括的に行う必要があります。また、介護環境の整備や福祉用具の活用により、大幅な改善が期待できることも重要な特徴です。
尿失禁の治療成功率を向上させるためには、原因に応じた適切な治療アプローチの選択と、症状の早期発見による迅速な介入が不可欠です。医療従事者として押さえておくべき実践的なポイントを整理します。
腹圧性尿失禁の治療戦略
保存的治療として、骨盤底筋訓練(ケーゲル体操)が第一選択となります。正しい収縮方法を指導し、1日3回、各10回の収縮を10秒間保持する方法を継続することで、約70%の患者で改善が認められます。肥満患者では5%の体重減少でも症状の有意な改善が期待できるため、栄養指導との連携も重要です。
手術療法では、TVT手術(Tension-free Vaginal Tape)やTOT手術(Trans-Obturator Tape)が標準的な選択肢となり、低侵襲で長期成績も優良です。手術適応の判断には、パッドテストによる客観的な重症度評価と、患者のQOL(生活の質)への影響度を総合的に考慮します。
切迫性尿失禁の薬物療法と行動療法
抗コリン薬(オキシブチニン、トルテロジンなど)やβ3受容体作動薬(ミラベグロン)による薬物療法が中心となります。ただし、抗コリン薬は口渇、便秘、認知機能への影響などの副作用に注意が必要で、特に高齢者では慎重な投与が求められます。
行動療法として、膀胱訓練(尿意を感じても少し我慢して排尿間隔を延長する)と骨盤底筋訓練の併用が有効です。飲水コントロールでは、1日の水分摂取量を1500-2000mlに調整し、夕方以降の水分制限により夜間頻尿の軽減を図ります。
溢流性尿失禁の治療における注意点
男性の前立腺肥大症が原因の場合、α1遮断薬(タムスロシン、シロドシンなど)による薬物療法や、重症例では前立腺切除術(TURP)が選択されます。薬剤性の膀胱収縮力低下が疑われる場合は、原因薬剤の中止や変更を優先的に検討します。
残尿量が100ml以上の場合は、間欠的自己導尿(CIC:Clean Intermittent Catheterization)の指導を行い、膀胱の過伸展による不可逆的な損傷を予防します。患者や家族への適切な手技指導と、感染予防に関する教育が治療成功の鍵となります。
機能性尿失禁の包括的アプローチ
機能性尿失禁では、多職種連携による包括的なアプローチが不可欠です。理学療法士による移動能力の改善、作業療法士による日常生活動作の訓練、介護福祉士による環境調整を組み合わせることで、症状の大幅な改善が期待できます。
認知症患者では、排尿パターンの把握と定時誘導、夜間の照明確保、分かりやすいトイレのサイン表示などの環境整備が有効です。また、家族への介護指導を通じて、患者の尊厳を保ちながら失禁を予防する方法の習得を支援します。
早期発見のための系統的スクリーニング
医療現場では、特に40歳以上の女性と60歳以上の男性において、問診時に尿失禁の有無を積極的に確認することが重要です。患者は恥ずかしさから自発的に相談しないことが多いため、「咳やくしゃみで尿が漏れることはありませんか」「急にトイレに行きたくなって間に合わないことはありませんか」といった具体的な質問を投げかけます。
排尿日誌(3日間)の記録により、排尿パターン、失禁の頻度・量・タイミングを客観的に評価し、適切な治療方針の決定につなげることが、医療従事者の重要な役割となります。
日本泌尿器科学会による尿失禁診療ガイドライン
https://www.urol.or.jp/public/symptom/04.html