骨盤臓器脱 症状と治療方法における専門医の経験と患者の体験

この記事では、骨盤臓器脱の症状や診断方法、保存的治療から手術療法までの様々な治療オプションについて解説します。骨盤臓器脱で悩む患者さんに適切な治療法とは何でしょうか?

骨盤臓器脱の症状と治療方法

骨盤臓器脱について知っておくべきこと
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骨盤臓器脱とは

骨盤底筋群が弱まり、骨盤内の臓器が下垂して膣口から脱出する女性特有の疾患です

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主な症状

下垂感、排尿・排便障害、腰痛、不快感などの症状が現れます

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治療法

保存的治療(骨盤底筋体操、ペッサリー)と手術療法があります

骨盤臓器脱とは?種類と骨盤底筋の関係性

骨盤臓器脱は、「骨盤底のヘルニア」とも呼ばれる女性特有の疾患です。骨盤底筋群という骨盤内の臓器を支える筋肉や靭帯が弱まることで、膀胱、子宮、直腸などの臓器が下垂し、膣口から脱出してしまう状態を指します。この疾患は中高年女性に特に多く見られ、QOL(生活の質)に大きな影響を与えることがあります。

 

骨盤臓器脱は脱出する臓器によって以下のように分類されます。

  • 膀胱瘤:膀胱が膣前壁とともに下垂・脱出
  • 子宮脱:子宮が下垂し膣から脱出
  • 直腸瘤:直腸が膣後壁とともに下垂・脱出
  • 膣断端脱:子宮摘出後に膣断端が下垂する状態

欧米の研究によると、経膣分娩を経験した女性の約30%に何らかの骨盤臓器脱が見られるとされています。また、骨盤臓器脱の頻度を多い順に並べると、膀胱瘤>子宮脱>直腸瘤となっています。

 

骨盤臓器脱の主な原因としては、以下が挙げられます。

  1. 妊娠・出産(特に多産)
  2. 加齢にともなう筋肉や靱帯の弱まり
  3. 閉経後の女性ホルモンの減少
  4. 肥満
  5. 慢性的な腹圧上昇(便秘、慢性咳嗽など)
  6. 長時間の立ち仕事や力仕事
  7. 子宮や骨盤内の手術歴

骨盤底は複雑な筋肉と結合組織からなるハンモック状の構造で、骨盤内臓器を正常な位置に保持する重要な役割を担っています。この支持機構が何らかの理由で損なわれると、臓器が下垂し始め、時間の経過とともに症状が現れ、進行することがあります。

 

骨盤臓器脱の主な症状と日常生活への影響

骨盤臓器脱の症状は、軽度の場合は無症状であることもありますが、症状が進行するとさまざまな不快感や機能障害を引き起こします。

 

下垂症状(最も一般的な症状)

  • 「膣から何かピンポン球のようなものが出ている」という感覚
  • 「入浴時に手に何かが触れる」という違和感
  • 「股の間に何かが挟まっているような気がする」という不快感

最初は腹圧をかけたときだけ(咳やくしゃみ、重い物を持ち上げるとき)に脱出が起こりますが、症状が進むと常に脱出した状態となります。これにより、歩行に支障をきたしたり、脱出した組織が下着に擦れて出血したりすることもあります。

 

排尿症状

  • 頻尿(トイレが近くなる)
  • 尿失禁(特に立ち上がったときなど)
  • 排尿困難(「トイレの前で漏れたのに、いざ出そうとすると出にくい」)
  • 残尿感(膀胱を完全に空にできない感覚)
  • 尿路感染症の繰り返し

特に膀胱瘤が進行すると、「朝は良いが、夕方になると下がってきて尿がなかなか出ない」という特徴的な訴えがみられることがあります。

 

排便症状

  • 便秘
  • 排便困難
  • 残便感(すっきりしない感じ)
  • 手で膣壁を押さえないと排便できない

その他の症状

  • 腰痛や下腹部痛
  • 下腹部が引っ張られる感覚
  • 性交痛・性機能障害
  • 脱出部位の擦れによる出血や潰瘍形成

これらの症状は日常生活に大きな影響を与えます。特に重度の骨盤臓器脱では、外出を控えるようになり、社会活動や運動を制限せざるを得なくなることもあります。また、排尿や排便の問題は心理的ストレスを増大させ、自尊心の低下や抑うつ症状を引き起こすこともあります。

 

症状の程度は一日の中でも変化することが多く、一般に朝よりも夕方から夜にかけて悪化する傾向があります。これは重力の影響で臓器の脱出が徐々に悪化するためです。

 

骨盤臓器脱の診断と検査方法の実際

骨盤臓器脱の診断は、まず詳細な問診からはじまります。その後、以下のような検査を組み合わせて行われます。

 

問診のポイント

  • 症状の内容、持続期間、日内変動
  • 妊娠・出産歴(経膣分娩の回数、分娩時の状況)
  • 手術歴(特に骨盤内の手術)
  • 既往歴(糖尿病、神経疾患など)
  • 内服薬(ステロイド剤など)
  • 家族歴(母親や姉妹の骨盤臓器脱の有無)
  • 生活習慣(喫煙、運動習慣、職業など)

内診(身体診察)
骨盤臓器脱の診断と重症度評価に最も重要なのが内診です。内診では以下のポイントを確認します。

  • どの臓器がどの程度脱出しているか
  • 腹圧をかけたときの変化
  • 骨盤底筋の収縮力と協調性

国際的に最もよく用いられている評価法はPOP-Q(Pelvic Organ Prolapse Quantification)システムです。このシステムでは、膣の6箇所の解剖学的位置を測定し、脱出の程度をステージ0(正常)からステージIV(最重症)までの5段階に分類します。

 

内診は骨盤臓器脱の診察に最も適した時間帯である午後の遅い時間帯に行うことが理想的です。また、砕石位(診察台に仰向けに寝て膝を曲げた状態)で脱出が認められない場合には、立位で検査を行うことで、より正確な評価が可能になります。

 

その他の検査

  • 尿検査:尿の濁りや血尿の有無、尿路感染の確認
  • 残尿測定:排尿後に膀胱内に残っている尿の量を測定(超音波検査で簡単に測定可能)
  • 尿流測定:おしっこの勢いの検査(排尿機能評価)
  • 超音波検査:腎臓、膀胱の状態確認(水腎症などの有無)
  • MRI検査:脱出している臓器の部位や程度、骨盤内の腫瘍性病変や筋腫の有無の評価
  • 膀胱尿道造影:膀胱瘤の程度確認

診断においては、骨盤臓器脱だけでなく、同時に存在することの多い尿失禁や過活動膀胱などの排尿障害も評価することが重要です。また、重度の骨盤臓器脱では、尿管が引っ張られて水腎症を起こしていることもあるため、腎機能評価も考慮されます。

 

骨盤臓器脱の保存的治療選択肢と自己管理法

骨盤臓器脱の治療方針は、症状の程度、患者の年齢、全身状態、活動性、性行為の有無などを総合的に考慮して決定されます。軽症から中等症の場合は、まず保存的治療が選択されることが一般的です。

 

骨盤底筋訓練(体操)
骨盤底筋訓練は、骨盤底筋群を強化するための運動療法です。適切に実施することで、以下の効果が期待できます。

  • 軽度の骨盤臓器脱の進行予防
  • 脱出による症状の緩和
  • 尿失禁の改善

効果的な骨盤底筋訓練の方法。

  1. 腹筋に力が入らないようにする
  2. 膣と肛門を同時に締める(尿の流れを止めるような感覚)
  3. 5秒間締めたまま保持し、その後10秒間リラックス
  4. これを10回×3セット、1日3回実施

注意点として、骨盤底筋訓練は即効性はなく、効果が表れるまでに数週間から数か月かかることがあります。また、正しい方法で実施することが重要で、理学療法士などの専門家の指導を受けることが望ましいでしょう。

 

膣内装具(ペッサリー)
ペッサリーはシリコン素材でできたリング状または他の形状の装具で、膣内に挿入して脱出した臓器を支える目的で使用されます。以下のような患者さんに適しています。

  • 手術を希望しない、または手術のリスクが高い患者
  • 将来の妊娠を望む女性
  • 症状が軽度から中等度の患者
  • 一時的な対処を希望する患者

ペッサリーの利点。

  • 非侵襲的で簡便
  • 外来で挿入可能
  • 効果は即時に現れる
  • 必要に応じて取り外し可能

注意点。

  • 定期的な交換が必要(3-6か月ごと)
  • 長期使用では膣粘膜の炎症、おりものの増加、出血などの合併症のリスク
  • 自己管理ができる患者に限られる

生活習慣の改善
以下の生活習慣の改善も骨盤臓器脱の症状軽減や進行予防に役立ちます。

  • 体重管理(肥満の是正)
  • 便秘の改善(食物繊維摂取、水分摂取、適度な運動)
  • 重い物の持ち上げ方の工夫(腹圧をかけない方法)
  • 慢性咳嗽の治療
  • 禁煙(咳を減らし、組織の血流を改善)

特に便秘の改善は重要で、排便時に強く息むことは骨盤底に大きな負担をかけるため、食事や生活習慣の見直しが必要です。また、腹圧を上げる動作(重い物の持ち上げ、長時間の立ち仕事など)を避けることも症状の悪化防止につながります。

 

骨盤臓器脱の手術療法と術後ケアの実践

保存的治療で十分な効果が得られない場合や、症状が重度の場合は手術療法が検討されます。骨盤臓器脱の根本的な治療は外科手術による膣ハンモックの修復です。

 

手術療法の種類

  1. メッシュを用いない骨盤臓器脱修復手術(NTR: Native Tissue Repair)
    • 前腟壁形成術(前腟縫縮術):膀胱瘤に対して行う手術で、脱出した腟壁と膀胱の間を剥がし、余った腟壁を切除して縫い縮める
    • 後腟壁形成術:直腸瘤に対して行う腟後壁の修復手術
    • 子宮脱に対する子宮摘出術:子宮を摘出し、靱帯を修復・強化する手術
    • 膣閉鎖術:高齢で性交渉の予定がない患者に適応される手術

    メリット。

    • メッシュ関連合併症のリスクがない
    • 感染リスクの高い患者にも適用可能

    デメリット。

    • 再発率が比較的高い(30-50%)
    • 修復した部位以外に新たな脱出が起こる可能性がある
  2. 経腟メッシュ手術(TVM: Transvaginal Mesh)

    合成メッシュを使用して骨盤底を全体的に補強する手術です。メッシュが腟壁と脱出臓器の間に留置され、骨盤底の支持組織として機能します。

     

    メリット。

    • 再発率が低い(10-15%)
    • ほぼすべての骨盤臓器脱に対応可能
    • 手術時間が比較的短い(1-2時間)

    デメリット。

    • メッシュびらん(腟壁からのメッシュの露出)
    • 疼痛などのメッシュ関連合併症のリスク
    • 術後2-3か月は腹圧をかけない生活が必要
  3. 腹腔鏡下仙骨腟固定術(LSC: Laparoscopic Sacrocolpopexy)

    メッシュを使い、経腹的に腟を仙骨に固定する手術です。腹部に4か所の小さい穴を開け、内視鏡カメラと手術器具を使用して行います。

     

    メリット。

    • 再発率が非常に低い(5%以下)
    • 術後の疼痛が軽度
    • 術後の腹圧制限期間が短い(2-4週)

    デメリット。

    • 手術時間が長い(4時間程度)
    • 技術的に難易度が高い
    • 一般病院では実施できないことがある
  4. ロボット支援下仙骨腟固定術(RSC: Robot-assisted Sacrocolpopexy)

    腹腔鏡下仙骨腟固定術をダヴィンチなどの手術支援ロボットを用いて行う方法です。手術の精度や安全性が向上するメリットがあります。

     

術後ケアと注意点
手術後は、以下のようなケアと注意が必要です。

  • 術後数週間は重い物の持ち上げを避ける
  • 適切な排便管理(便秘の予防)
  • 創部の清潔保持(特にTVM手術後)
  • 性交渉の一時的な禁止(医師の指示に従う)
  • 定期的な経過観察(メッシュ合併症の早期発見)
  • 骨盤底筋訓練の継続(再発予防)

特にTVM手術後は、メッシュが組織にしっかりと定着するまで(2-3か月)は腹圧をかけないように注意し、重い物を持ち上げたり、激しい運動を避けることが重要です。

 

手術法の選択は、患者の年齢、活動性、合併症、性行為の有無、再発リスクなどを総合的に考慮して決定されます。特に若年女性や性行為を継続する予定の女性では、腟の機能を温存できる術式が選ばれることが多いです。

 

骨盤臓器脱患者の心理的サポートと長期的QOL向上戦略

骨盤臓器脱は生命を直接脅かす疾患ではありませんが、患者の生活の質(QOL)に大きな影響を与えます。特に心理的・社会的側面でのサポートは、治療の成功と患者満足度に重要な役割を果たします。

 

患者が経験する心理的課題
骨盤臓器脱の患者が経験する心理的課題には次のようなものがあります。

  1. 恥ずかしさと羞恥心
    • 症状を他人に相談できない
    • 医療機関への受診を遅らせる
    • 「年のせい」と諦めて放置する傾向
  2. 自己イメージの変化と喪失感
    • 女性性の喪失感
    • ボディイメージの変化への適応
  3. 社会的孤立
    • 外出の制限による社会活動の減少
    • 親密な関係の変化(性機能障害など)
  4. 不安とうつ症状
    • 症状の進行に対する不安
    • 治療効果への不確実性

これらの心理的課題に対処するためには、包括的なサポートアプローチが必要です。

 

効果的な心理的サポート戦略

  1. 医療者によるコミュニケーションの改善
    • 分かりやすい説明と十分な情報提供
    • 患者の懸念や質問に対する丁寧な応答
    • 恥ずかしさを軽減する配慮ある診察環境
  2. ピアサポートの活用
    • 同じ経験をもつ患者同士の交流機会
    • オンラインサポートグループや患者会
    • 経験談の共有による孤独感の軽減
  3. 心理教育プログラム
    • 症状と治療に関する正確な知識提供
    • 非現実的な不安や誤解の解消
    • セルフケアスキルの習得支援
  4. パートナーや家族の協力
    • 家族への疾患理解の促進
    • 日常生活でのサポート方法の指導
    • パートナーシップの維持・強化の支援

長期的QOL向上のための実践的アプローチ

  1. 包括的なリハビリテーションプログラム
    • 骨盤底筋訓練の継続的指導
    • 生活習慣の最適化(栄養、運動、体重管理)
    • 排泄管理技術の習得
  2. 症状日記の活用
    • 症状の変動パターンの把握
    • 悪化要因の特定と対策
    • 治療効果の客観的評価
  3. 定期的なフォローアップ
    • 症状の変化や治療効果の評価
    • 新たな問題への早期対応
    • 治療計画の適宜調整
  4. ホリスティックケア
    • 身体的症状だけでなく心理社会的側面も考慮
    • ストレス管理技法の習得(マインドフルネス、リラクセーション法など)
    • 必要に応じて心理専門職によるカウンセリング

最近の研究では、骨盤臓器脱の治療において患者個人の価値観や生活背景を考慮した「患者中心のケア」の重要性が強調されています。特に手術治療を選択する際には、単に解剖学的な修復だけでなく、患者の生活の質全体を向上させる総合的なアプローチが求められます。

 

医療者は「恥ずかしくて人に言えない」「年齢のせい」と悩んだり諦めたりしている患者に対して、骨盤臓器脱は一般的な疾患であり、適切な治療で症状が改善する可能性が高いことを伝え、早期の受診を促すことが重要です。

 

また、治療を受けた後も定期的なフォローアップを続け、再発の早期発見や新たな問題への対応、継続的な骨盤底筋訓練の励行などを指導することで、長期的なQOL維持・向上につながります。