トルテロジン(商品名:デトルシトール)は、過活動膀胱治療における第一世代の選択的ムスカリン受容体拮抗薬として位置づけられています 。本剤は経口投与後、主に肝臓のCYP2D6酵素によって活性代謝物である5-ヒドロキシメチルトルテロジン(5-HMT)に変換されます 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/fpj/143/4/143_203/_pdf
この代謝過程における重要な特徴として、CYP2D6の遺伝子多型による個体差が挙げられます。Poor Metabolizer(PM)では活性代謝物への変換が十分に行われず、未変化体のトルテロジンの血中濃度が上昇する傾向があります 。これにより、効果の予測が困難になる場合があります。
参考)https://www.pmda.go.jp/drugs/2012/P201200153/67145000_22400AMX01484000_G100_1.pdf
トルテロジンの最大用量は1日1回4mgまでと制限されています。これは、臨床用量より高い用量でQTc間隔延長が観察されたためです 。実際の臨床試験では、口内乾燥(36.0%)、便秘(10.5%)、腹痛(4.4%)などの抗コリン作用による副作用が報告されています 。
フェソテロジン(商品名:トビエース)は、トルテロジンの改良型として開発された過活動膀胱治療薬です 。最も重要な特徴は、CYP2D6を介さない代謝経路を持つことです。フェソテロジンは経口投与後、非特異的エステラーゼによって速やかに5-HMTに加水分解されます 。
参考)https://yakuzaishi.love/entry/2014/02/08/%E3%83%88%E3%83%93%E3%82%A8%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%81%A8%E9%A0%BB%E5%B0%BF%E6%B2%BB%E7%99%82%E8%96%AC
この代謝機序により、遺伝子多型による個体差の影響を回避できるため、より安定した治療効果が期待できます 。バイオアベイラビリティは52%で、血漿蛋白結合率は約50%です 。分布容積は169Lと比較的大きく、主にヒト血清アルブミンとα1-酸性糖蛋白に結合します 。
参考)https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00061309.pdf
フェソテロジンは4mgと8mgの2つの用量規格があり、症状に応じて8mgまで増量可能です 。臨床試験では、4mg投与時の主な副作用として口内乾燥(27.8%)、便秘(5.0%)、8mg投与時では口内乾燥(49.5%)、便秘(10.5%)が報告されています 。
参考)https://www.carenet.com/drugs/category/urogenital-and-anal-organ-agents/2590015G1021
両薬剤の最終的な活性成分である5-HMT(5-ヒドロキシメチルトルテロジン)は、ムスカリン受容体のすべてのサブタイプ(M1~M5)に対して高い親和性を示します 。特に注目すべきは、膀胱組織に対する選択性です。
興味深い研究データによると、5-HMTは耳下腺と比較して膀胱組織(排尿筋および膀胱粘膜)に対してより高い結合親和性を示し、排尿筋への選択性はトルテロジンに比べて3.4倍高いことが報告されています 。この膀胱選択性は、全身への副作用を軽減しながら治療効果を発揮する理論的根拠となっています。
動物実験では、無麻酔ラットを用いた膀胱内圧測定試験において、排尿圧力の低下、膀胱容量の増加、収縮間隔の延長作用が確認されています 。また、麻酔ネコでのアセチルコリン誘発膀胱収縮抑制試験では、ID50値が5.1μg/kgと報告されており、強力な膀胱平滑筋収縮抑制作用を示しています 。
トルテロジンの治療において最も注意すべき点は、CYP2D6遺伝子多型による代謝能力の個体差です 。日本人におけるCYP2D6のPoor Metabolizer(PM)の頻度は約1%と報告されていますが、これらの患者では薬物動態が大きく変化します。
PMではトルテロジンから5-HMTへの変換が不十分となり、未変化体のトルテロジン濃度が上昇します 。この現象により、期待される治療効果が得られない可能性があります。さらに、Extensive Metabolizer(EM)と比較して、副作用プロファイルも変化する可能性があります。
一方、フェソテロジンは非特異的エステラーゼによる代謝のため、このような遺伝子多型の影響を受けません 。これにより、患者間での治療効果のばらつきを最小限に抑えることができ、より予測可能な治療が可能となります 。
この違いは、特に治療効果が不十分な場合の原因究明や、薬剤変更の判断において重要な考慮事項となります。臨床現場では、トルテロジンで十分な効果が得られない場合、代謝酵素の個体差を考慮してフェソテロジンへの変更を検討することが推奨されています。
高齢者における過活動膀胱治療では、抗コリン薬の使用に特別な注意が必要です 。抗コリン作用により、錯乱、かすみ目、便秘、口腔乾燥、排尿困難などの副作用が現れやすく、特に記憶障害がある場合はリスクが高まります 。
最近の研究では、鎮静・抗コリン作用を有する薬剤の累積処方量が多いほど、要支援・要介護認定のリスクが高まることが報告されています 。これは、フレイルや転倒、認知機能低下のリスクと直接関連しています 。
参考)https://www.tsukuba.ac.jp/journal/medicine-health/20220516140000.html
トルテロジンとフェソテロジンの高齢者における使用では、代謝能力の変化も考慮する必要があります。高齢者では肝機能の低下によりCYP2D6活性が減少する傾向があるため、トルテロジンの代謝が遅延し、副作用リスクが増加する可能性があります。
一方、フェソテロジンは非特異的エステラーゼによる代謝のため、加齢による代謝酵素活性の変化の影響を受けにくいとされています 。ただし、両薬剤ともに軽度認知機能障害患者への安全性が確認されているものの、定期的な認知機能評価と慎重な経過観察が必要です 。
参考)https://www.nagano.med.or.jp/general/ebook/dokuhon/50/original.pdf
フェソテロジンの詳細な薬理学的特徴と臨床試験成績
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