腹圧性尿失禁は膀胱や尿道付近の筋肉が弱くなることで起こるため、初期には腹部に強く力を入れたときにのみ見られていた尿失禁が、徐々に頻繁になり、弱い力を加えたときでも見られるようになります。
初期段階の症状
進行段階の症状
重症になると歩行しただけでも尿がもれるようになり、日常生活に大きな支障を来します。患者の多くは症状の初期段階で受診をためらう傾向があるため、医療従事者は軽微な症状でも適切な評価と治療介入を行うことが重要です。
症状の進行パターンを理解することで、患者の現在の状態を正確に把握し、適切な治療計画を立案できます。特に初期症状を見逃さないことが、患者のQOL維持において極めて重要となります。
腹圧性尿失禁の病態生理は、骨盤底筋群という尿道括約筋を含む骨盤底の筋肉が緩むことにより、尿道をうまく締められなくなることが根本的な原因です。
骨盤底筋の解剖学的役割
骨盤底筋群は膀胱、子宮、直腸などの骨盤内臓器を下から支える重要な筋肉群です。この筋肉が正常に機能している場合、腹圧がかかった際に反射的に収縮し、尿道を締めて尿の漏出を防ぎます。
機能低下の具体的なメカニズム
骨盤底筋の機能低下を引き起こす主要な要因として、以下が挙げられます。
加齢による変化
年齢とともに筋肉量が減少し、特に女性では閉経後の女性ホルモン(エストロゲン)の低下により、筋肉の弾性や収縮力が著しく低下します。
出産による影響
分娩時の骨盤底筋の過度な伸展や裂傷、神経損傷が長期的な機能障害を引き起こします。特に難産や多産の経験がある女性では、骨盤底筋の修復が十分に行われず、機能低下が進行しやすくなります。
女性の腹圧性尿失禁には、男性とは異なる特有のリスクファクターが存在します。週1回以上経験している女性は約500万人以上といわれており、女性の尿失禁の中で最も多い病型です。
妊娠・出産関連因子
分娩回数が2回以上の経膣分娩経験者では、骨盤底筋の損傷が累積し、腹圧性尿失禁のリスクが有意に上昇します。
ホルモン変動の影響
閉経に伴うエストロゲンの急激な低下は、以下の変化をもたらします。
生活習慣関連因子
肥満は腹圧性尿失禁の重要なリスクファクターです。BMI25以上の女性では、正常体重の女性と比較して発症リスクが約2倍に増加します。過度の体重により骨盤底筋への負荷が増加し、慢性的な筋力低下を引き起こします。
便秘も見過ごされがちなリスクファクターです。排便時の強いいきみが繰り返されることで、骨盤底筋に過度な負荷がかかり、筋繊維の損傷や神経障害を引き起こす可能性があります。
腹圧性尿失禁の診断は、詳細な問診と身体所見、必要に応じた検査により行われます。症状の確認や問診だけで診断できる場合も多く、患者への負担を最小限に抑えた診断アプローチが重要です。
基本的な診断手順
問診のポイント
身体診察
内診台での診察では、患者に咳やくしゃみをしてもらい、尿道の動きや実際の尿漏れの程度を観察します。骨盤臓器脱の有無も同時に確認し、腹圧性尿失禁との関連性を評価します。
検査項目
排尿日記
数日間の排尿パターンを記録することで、尿失禁の回数や量、排尿状態を客観的に把握できます。患者自身の症状理解にも有用です。
パッドテスト
水分摂取後に60分間決められた動作や運動を行い、検査前後のパッド重量を計測して尿失禁の重症度を判定します。客観的な評価指標として重要です。
ストレステスト
膀胱に生理食塩水を注入した状態で、咳やいきみを行い、実際の尿漏れを確認する検査です。腹圧性尿失禁の確定診断に有用です。
詳細検査
必要に応じて以下の検査を実施します。
腹圧性尿失禁の患者指導において、医療従事者は疾患の特性を理解し、個々の患者に適した包括的なアプローチを提供する必要があります。
心理的サポートの重要性
多くの患者は症状を恥ずかしいと感じ、社会的活動の制限や心理的ストレスを抱えています。医療従事者は以下の点に留意した対応が求められます。
効果的な生活指導
骨盤底筋体操の指導
正しい骨盤底筋体操の方法を具体的に指導することが重要です。
継続率向上のため、体操の効果が現れるまでの期間や、正しい方法での実施確認を定期的に行うことが必要です。
体重管理の指導
肥満患者に対しては、5-10%の体重減少でも症状改善が期待できることを説明し、現実的な減量目標を設定します。栄養士との連携により、持続可能な食事療法を提案することが重要です。
日常生活の工夫
治療選択肢の説明
患者の症状の程度、年齢、基礎疾患、治療への希望を総合的に評価し、個別化された治療計画を提示します。
継続的なフォローアップ
症状の変化や治療効果を定期的に評価し、必要に応じて治療方針を調整します。患者の疑問や不安に対して継続的にサポートを提供し、長期的な関係構築を図ることが、治療成功の鍵となります。
日本泌尿器科学会の診療ガイドラインに基づいた標準的な治療アプローチを提供しつつ、患者個々の状況に応じた柔軟な対応が求められます。