前立腺肥大症の症状と治療法
前立腺肥大症の基本情報
📊
疫学
50歳以上の男性の約20%、60歳では約50%が罹患する一般的疾患
🔬
病態生理
前立腺内腺の肥大による尿道圧迫が主な病態メカニズム
⚠️
臨床的重要性
放置すると尿閉、腎機能障害などの合併症リスクが上昇
前立腺肥大症の進行段階別にみる特徴的な症状
前立腺肥大症の症状は、病態の進行に伴って段階的に変化します。臨床現場では、これらの症状を正確に評価することが適切な治療方針の決定につながります。
第1期(膀胱刺激期)
肥大した前立腺が膀胱や尿道を刺激することで、以下のような初期症状が現れます。
- トイレに行く回数の増加(頻尿)
- 尿の勢いの低下
- 排尿後もすぐにまた尿意を感じる
これらの症状は日常生活にわずかな不便を感じる程度ですが、放置すると次第に悪化していきます。
第2期(残尿発生期)
前立腺の肥大がさらに進行すると、尿道の圧迫が強くなり以下の症状が出現します。
- 排尿時に力む必要がある
- 尿が出るまでに時間がかかる
- 尿の切れが悪くなる
- 排尿途中で尿が途切れる
- 排尿時間の延長
この段階では、膀胱内に尿が残る「残尿」が発生し始めます。残尿量が増えると、尿路感染症や膀胱結石などの合併症リスクが高まります。
第3期(慢性閉塞期)
症状がさらに進行すると、以下のような重症の症状が現れます。
- トイレに行く回数が非常に多くなる(重度の頻尿)
- 少量の尿しか出ず、腹部に苦痛を感じる
- 排尿に長時間(数分)かかる
- 最悪の場合、尿閉(尿が全く出なくなる状態)に至る
この段階では、腎機能障害リスクも高まるため、積極的な治療介入が必要となります。
臨床評価には国際前立腺症状スコア(IPSS)を用いることで、症状の重症度を客観的に評価できます。このスコアは治療方針の決定や治療効果の判定に有用です。
前立腺肥大症の原因と危険因子
前立腺肥大症の正確な発症メカニズムは完全には解明されていませんが、複数の要因が関与していることが明らかになっています。
加齢と男性ホルモン
最も重要な要因は加齢と男性ホルモンの変化です。テストステロンが5α-還元酵素によってジヒドロテストステロン(DHT)に変換され、このDHTが前立腺細胞の増殖を促進します。加齢に伴いホルモンバランスが変化することで、前立腺の増殖と細胞死のバランスが崩れ、肥大が進行すると考えられています。
遺伝的要因
家族歴も重要なリスク因子です。直系親族(父親や兄弟)に前立腺肥大症がある男性は、そうでない男性に比べて発症リスクが高いことが示されています。
生活習慣関連因子
メタボリックシンドロームの構成要素である以下の因子は、前立腺肥大症の発症・進行リスクを高めることが示唆されています。
食事要因
食生活も前立腺肥大症の発症・進行に関与する可能性があります。
- 高脂肪・高カロリー食の過剰摂取:リスク上昇
- 野菜や果物の摂取:リスク低減の可能性
- 大豆製品(イソフラボン含有):リスク低減の可能性
その他の因子
- 慢性的な前立腺の炎症
- 酸化ストレスの蓄積
- 成長因子(特にIGF-1)の影響
これらの危険因子を理解することで、患者指導や予防的介入に役立てることができます。特に生活習慣の改善は、症状の進行抑制に有効である可能性があります。
前立腺肥大症の診断に必要な検査と評価方法
前立腺肥大症の適切な診断には、系統的なアプローチが必要です。以下に主要な検査と評価方法を解説します。
1. 問診と症状評価
- 国際前立腺症状スコア(IPSS):排尿症状を7項目の質問で定量化
- QOL(生活の質)スコア:症状が生活に与える影響を評価
- 排尿日記:3〜7日間の排尿パターン、回数、量を記録
2. 身体診察
- 直腸内指診:前立腺の大きさ、硬さ、結節の有無を評価
- 下腹部の触診:膀胱の拡張や圧痛の有無をチェック
3. 基本的検査
- 尿検査:尿路感染症や血尿の有無を確認
- 尿流量測定(ウロフロメトリー):最大尿流率や排尿時間を定量的に評価
- 残尿量測定:超音波またはカテーテルによる計測
- 前立腺特異抗原(PSA)検査:前立腺癌との鑑別に重要
- 血清クレアチニン測定:腎機能の評価
4. 画像診断
- 経直腸または経腹的前立腺超音波検査:前立腺の大きさと形態を評価
- 上部尿路超音波検査:水腎症や腎結石の有無を確認
5. 選択的検査
- 尿流動態検査(プレッシャーフロースタディ):排尿筋収縮と尿路閉塞の評価
- 膀胱鏡検査:尿道や膀胱内の観察、閉塞の程度評価
- MRI検査:前立腺の詳細な評価、特に外科的介入前に有用
これらの検査結果を総合的に判断することで、前立腺肥大症の確定診断と重症度評価を行います。また、前立腺癌や神経因性膀胱など、類似の症状を呈する他疾患との鑑別も重要です。
診断プロセスでは、症状の程度、前立腺の大きさ、合併症の有無、患者のQOLへの影響を総合的に評価し、個別化した治療方針を決定します。
前立腺肥大症の薬物療法と最新治療薬
前立腺肥大症の薬物療法は、症状の重症度や前立腺の大きさに応じて選択されます。以下に主要な薬剤とその特徴を解説します。
1. α1受容体遮断薬(α1ブロッカー)
- 作用機序:前立腺や尿道の平滑筋を弛緩させ、尿道抵抗を減少
- 代表薬:タムスロシン(ハルナール)、シロドシン(ユリーフ)、ナフトピジル(フリバス)
- 特徴:比較的早期(1〜2週間)に効果発現、特に排尿症状に有効
- 副作用:起立性低血圧、めまい、ふらつき、逆行性射精
- 臨床的位置づけ:前立腺肥大症治療の第一選択薬
2. 5α還元酵素阻害薬
- 作用機序:テストステロンからDHTへの変換を阻害し、前立腺体積を縮小(約25-30%)
- 代表薬:デュタステリド(アボルブ)、フィナステリド(プロペシア)
- 特徴:効果発現までに3〜6ヶ月要する、前立腺が大きい(30ml以上)症例に有効
- 副作用:性機能障害(勃起不全、リビドー低下)、男性型脱毛症の改善
- 注意点:PSA値を約50%低下させるため、前立腺癌スクリーニングに影響
3. PDE5阻害薬
- 作用機序:前立腺・膀胱・尿道の平滑筋を弛緩、血流改善により組織酸素化を促進
- 代表薬:タダラフィル(ザルティア)
- 特徴:勃起不全も併存する場合に特に有用
- 副作用:頭痛、顔面紅潮、鼻閉
- 臨床的位置づけ:比較的新しい治療選択肢として注目されている
4. 併用療法
- α1ブロッカー + 5α還元酵素阻害薬:大きな前立腺に対して相乗効果が期待できる
- α1ブロッカー + 抗コリン薬:蓄尿症状が強い場合(過活動膀胱合併例)に考慮
5. その他の薬剤
- 漢方薬(牛車腎気丸、八味地黄丸など):抗炎症作用が期待
- 植物エキス製剤(セルニルトンなど):抗酸化・抗炎症作用を有する
- 抗アンドロゲン薬(クロルマジノンなど):現在は使用頻度が減少
6. 最新の治療薬開発動向
- 抗炎症作用と5α還元酵素阻害作用を併せ持つ複合薬の開発
- 選択的アンドロゲン受容体モジュレーター(SARMs)の研究
- 前立腺特異的に作用する新規薬剤の開発
薬物療法の選択にあたっては、症状の種類(排尿症状 vs 蓄尿症状)、前立腺の大きさ、患者の年齢・合併症、性機能への影響などを総合的に考慮することが重要です。また、定期的な効果判定と副作用モニタリングも不可欠です。
前立腺肥大症の手術療法の種類と適応基準
薬物療法で十分な効果が得られない場合や、重度の症状・合併症を有する場合には手術療法が検討されます。現在では低侵襲な手術法が主流となっています。
手術療法の適応基準
以下の状態では手術を考慮します。
- 薬物療法で十分な効果が得られない場合
- 反復する尿閉
- 繰り返す尿路感染症
- 難治性血尿
- 膀胱結石の合併
- 腎機能障害の進行
- 患者のQOLが著しく低下している場合
主な手術療法
1. 経尿道的前立腺切除術(TUR-P)
- 従来の標準的手術法:尿道から内視鏡を挿入し電気メスで前立腺組織を切除
- 特徴。
- 肥大した前立腺を少しずつ削るように切除
- 30年以上の長い臨床実績がある
- 比較的大きな前立腺(〜80ml程度まで)に対応可能
- 手術時間:約2時間
- 入院期間:約7-10日間
- 課題:出血リスク、TUR症候群(低ナトリウム血症)のリスク
2. ホルミウムレーザー前立腺核出術(HoLEP)
- 特徴。
- レーザーで前立腺内腺と外腺の間を剥離し、内腺のみをくり抜く
- 巨大な前立腺に対しても施行可能
- 出血が少なく、抗凝固薬服用中でも施行可能
- 手術時間:約90分
- 入院期間:約4〜7日間
- メリット:再発が極めて少なく、病理診断も可能
3. 光選択的前立腺レーザー蒸散術(PVP)
- 特徴。
- 緑色レーザーを用いて前立腺組織を蒸散させる
- 血液中のヘモグロビンに選択的に吸収される特性を利用
- 欧米を中心に70万人以上の治療実績
- メリット。
- 出血が極めて少なく、抗凝固薬継続下でも施行可能
- 術後の痛みが少なく、早期カテーテル抜去が可能
- 入院期間の短縮(3-4日程度)
- 課題:組織が採取できないため病理診断ができない
4. 経尿道的前立腺吊上術(ウロリフト)
- 特徴。
- 前立腺を圧迫して尿道内腔を広げるインプラントを留置
- 日本では2022年4月から保険適用
- 手術時間:20〜30分程度
- 入院期間:1〜2日間程度
- 適応:心疾患、肺疾患がある患者や抗凝固薬服用中の患者
- 課題:治療効果には制限がある
5. その他の低侵襲治療
- 水蒸気熱療法(Rezūm):水蒸気を用いた熱療法
- 前立腺動脈塞栓術(PAE):前立腺動脈を塞栓し血流を減少させる方法
術式選択のポイント
- 前立腺の大きさ
- 患者の全身状態と合併症
- 抗凝固薬の使用状況
- 術後の性機能への配慮
- 医療機関の設備と術者の経験・技術
近年は、低侵襲で合併症の少ない手術法が発展しており、高齢者や合併症を有する患者にも安全に治療を提供できるようになっています。
前立腺肥大症と併存疾患の関連性と管理戦略
前立腺肥大症の患者では様々な併存疾患がみられることが多く、これらは治療方針の決定や予後に重要な影響を与えます。ここでは、主要な併存疾患との関連性と包括的な管理戦略について解説します。
メタボリックシンドロームとの関連
メタボリックシンドロームの構成要素(肥満、高血圧、糖尿病、脂質異常症)は前立腺肥大症の発症・進行リスク因子であることが示されています。これらの病態に共通する慢性炎症や酸化ストレスが前立腺肥大の進行を促進する可能性があります。
管理戦略。
- 適切な体重管理と運動療法の推奨
- 血圧・血糖・脂質の厳格なコントロール
- 抗酸化作用を有する食品(野菜・果物)の摂取推奨
心血管疾患と抗凝固療法
前立腺肥大症患者の多くは高齢者であり、心血管疾患を合併していることが少なくありません。抗凝固薬・抗血小板薬使用中の患者では、従来のTUR-P手術は出血リスクが高く、治療選択に制限がありました。
管理戦略。
- レーザー手術(HoLEPやPVP)の積極的活用
- ウロリフトなど超低侵襲治療の検討
- 周術期の抗凝固薬管理プロトコルの最適化
過活動膀胱の合併
前立腺肥大症患者の約50-75%に過活動膀胱が合併するとされています。この場合、α1ブロッカーのみでは蓄尿症状(頻尿、尿意切迫感)が十分に改善しないことがあります。
管理戦略。
- α1ブロッカーと抗コリン薬の併用療法
- β3作動薬の活用(前立腺肥大症との併用で残尿増加リスクが低い)
- PDE5阻害薬の検討(前立腺と膀胱の両方に作用)
前立腺炎の併発
慢性前立腺炎と前立腺肥大症は共存することが多く、炎症が肥大を促進する可能性も指摘されています。
管理戦略。
- 抗炎症作用を有する薬剤(漢方薬、植物エキス製剤)の活用
- 適切な抗菌薬治療(細菌性前立腺炎の場合)
- 骨盤底筋リハビリテーションの導入
認知機能障害と夜間頻尿
高齢の前立腺肥大症患者では認知機能障害を合併することも多く、夜間頻尿による睡眠障害が認知機能をさらに悪化させる悪循環が生じることがあります。
管理戦略。
- 夕方以降の水分制限指導
- 就寝前の抗利尿ホルモン製剤(デスモプレシン)の検討
- 介護者への適切な排尿管理指導
腎機能障害
長期間未治療の前立腺肥大症では、上部尿路の圧力上昇により腎機能障害をきたすリスクがあります。
管理戦略。
- 定期的な腎機能評価(血清クレアチニン、eGFR測定)
- 上部尿路超音波検査による水腎症の早期発見
- 腎機能に応じた薬剤選択と用量調整
前立腺肥大症患者の管理においては、単に排尿症状を改善するだけでなく、これらの併存疾患を包括的に評価・管理することが重要です。多職種連携アプローチにより、患者のQOLをトータルに改善することを目指すべきでしょう。