溢流性尿失禁(いつりゅうせいにょうしっきん)は、名称の通り「あふれて流れる」状態を指します。この病態では、膀胱に尿が過剰に蓄積され、膀胱内圧が尿道抵抗を上回った時に少しずつ尿が漏れ出します。一般的な尿失禁と異なり、排尿障害が前提となる病態であり、特に男性に多く見られます。
溢流性尿失禁の特徴的な症状としては、以下のような兆候が挙げられます。
この病態の特徴として、患者さん自身が尿漏れに気づきにくいケースが多いことが挙げられます。少量ずつ継続的に漏れるため、「常に湿っている」という状態になりますが、一度に大量の尿が漏れるわけではないため、尿失禁として認識されないことがあります。
溢流性尿失禁では、膀胱の過伸展により膀胱壁の血流が低下し、膀胱組織に虚血性変化が生じることがあります。これにより長期的には膀胱の収縮力がさらに低下するという悪循環に陥ることも特徴の一つです。
また、膀胱の知覚鈍麻が存在する場合には、膀胱の過伸展による痛みや不快感といった自覚症状に乏しいことがあり、その結果として慢性的な経過をたどることがあります。この状態が継続すると、最終的には上部尿路(腎臓)へも悪影響を及ぼし、水腎症などの合併症を引き起こす可能性があります。
溢流性尿失禁は、膀胱内に尿を正常に排出できなくなることが根本的な原因です。この排尿障害は大きく分けて「尿路閉塞」と「排尿筋低活動」の二つのメカニズムにより引き起こされます。
【尿路閉塞を引き起こす主な疾患】
前立腺肥大症は50歳以上の男性で最も一般的な原因であり、加齢とともに発症率が上昇します。肥大した前立腺組織が尿道を圧迫し、尿の流れを妨げることで、膀胱内に尿が貯留し、結果として溢流性尿失禁に至ります。
【排尿筋低活動を引き起こす主な要因】
特に糖尿病性神経障害による神経因性膀胱は、糖尿病の有病率の高さから臨床的に重要な原因の一つと考えられています。糖尿病患者の約30-40%が何らかの形で排尿障害を呈するとされており、長期にわたる高血糖状態が末梢神経障害を引き起こし、膀胱の知覚低下と排尿筋の収縮力低下を招くことで溢流性尿失禁に至ります。
また、近年の研究では、慢性的な膀胱の過伸展そのものが、膀胱平滑筋の構造変化と機能低下を引き起こすことも明らかになってきています。このため、原因疾患の早期発見と適切な治療が重要です。
日本排尿機能学会ガイドライン:詳細な神経因性膀胱の原因疾患と分類に関する情報
溢流性尿失禁の診断においては、適切な病歴聴取と身体診察に加え、各種検査を組み合わせることで正確な診断が可能となります。以下に主要な診断方法と残尿測定の重要性について解説します。
【基本的な診断アプローチ】
【残尿測定の重要性】
溢流性尿失禁の診断において最も重要な検査の一つが残尿量の測定です。残尿量は膀胱内に留まる尿量を示し、以下の方法で測定されます。
一般的に100ml以上の残尿があれば臨床的に有意と考えられますが、症状や年齢によって評価は変わります。特に200ml以上の残尿がある場合は溢流性尿失禁の可能性が高くなります。
【その他の重要な検査】
適切な診断には、これらの検査結果を総合的に判断することが重要です。特に残尿測定は簡便かつ非侵襲的に実施できる検査であり、溢流性尿失禁のスクリーニングとして非常に有用です。定期的な残尿測定により、治療効果のモニタリングも可能となります。
溢流性尿失禁の治療は、原因となる病態に応じて適切な方法を選択する必要があります。治療の基本的なアプローチは、「尿路閉塞の解除」と「排尿筋機能の改善」の二つに大別されます。
【尿路閉塞の治療】
【排尿筋低活動の治療】