多発性硬化症の症状と治療薬
多発性硬化症の基本情報
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疾患概要
中枢神経系の炎症性脱髄疾患。自己免疫反応によって神経髄鞘が破壊される。世界で約250万人、日本では約1万人の患者が存在する。
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好発年齢と性差
20-40歳での発症が最も多く、男性よりも女性に多い傾向がある。
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治療アプローチ
急性期にはステロイドパルス療法、長期的には免疫調整薬・免疫抑制薬を使用し、症状の管理と再発予防を図る。
多発性硬化症の主な症状と診断基準
多発性硬化症(MS)は中枢神経系における自己免疫性の炎症性脱髄疾患です。中枢神経系のさまざまな部位で髄鞘が破壊されることにより、多彩な神経症状が生じます。障害される部位によって症状が異なりますが、以下の症状が特徴的です。
- 感覚障害:四肢のしびれや異常感覚(ビリビリ感、ジンジン感)
- 運動障害:筋力低下や麻痺(特に下肢に多い)
- 小脳失調:ふらつき、協調運動障害、平衡感覚の消失
- 眼症状:視力低下、視野狭窄、複視(物が二重に見える)
- 排尿障害:尿失禁、残尿感、頻尿
- 認知・精神障害:記憶力低下、集中力低下、抑うつ
特徴的なのは、これらの症状が再発と寛解を繰り返すことです。また、体温の上昇に伴って症状が悪化し、体温の低下により症状が改善するUhthoff(ウートフ)徴候も多発性硬化症の特徴的な所見です。
診断においては、「時間的多発性」と「空間的多発性」を証明することが重要です。2017年のマクドナルド基準(改訂版)では、MRIによる画像所見と臨床症状を組み合わせた診断基準が提唱されています。
- 時間的多発性:異なる時期に症状や病変が出現
- 空間的多発性:中枢神経系の異なる部位に病変が存在
脳脊髄液検査ではオリゴクローナルバンドの検出が診断の補助となります。また、視覚誘発電位検査も視神経障害の評価に有用です。
多発性硬化症の病型分類と経過
多発性硬化症の病型は経過によって以下の4つに分類されます。それぞれの病型によって治療アプローチが異なるため、正確な分類が重要です。
1. 再発寛解型多発性硬化症(RRMS)
- 患者の約85%がこの型で発症
- 明確な再発(症状悪化)と寛解(症状改善)を繰り返す
- 一般的に若年発症(20~30代)が多い
- 初期治療反応性が比較的良好
2. 二次性進行型多発性硬化症(SPMS)
- RRMSの患者の約半数が10~15年でこの型に移行
- 再発がなくても徐々に障害が進行
- 再発がある場合と再発のない場合がある
- 神経変性が主体となり治療反応性が低下
3. 一次性進行型多発性硬化症(PPMS)
- 初期から慢性進行性の経過を示す
- 患者全体の約10%
- 発症年齢が比較的高い(40~50代)
- 男女比がほぼ同等
- 進行性の脊髄症状が主体
4. 進行再発型多発性硬化症(PRMS)
- 約5%の患者に見られる
- 進行性に増悪するが、時に急性増悪を示す
- 治療抵抗性が高い
各病型の自然経過を理解することは、治療計画の立案と予後予測に重要です。RRMSの患者でも、再発の頻度や重症度、MRI所見などから早期にSPMSへの移行リスクを評価することが推奨されています。
発症初期からの適切な治療介入により、二次性進行型への移行を遅らせることが可能とされています。特に再発寛解型では、早期からの疾患修飾療法(DMT)の開始が長期予後の改善に寄与します。
多発性硬化症のステロイド治療と効果
多発性硬化症の急性増悪期の第一選択はステロイド治療です。免疫系の働きを抑制することで炎症を鎮静化し、症状の早期回復を促します。
ステロイドパルス療法のプロトコール
- メチルプレドニゾロン 1000mg/日を3日間、静脈内投与
- その後、経口プレドニゾロン(プレドニゾン)を約1mg/kgで開始
- 2~3週間かけて漸減し、維持量を決定
ステロイドパルス療法の主な効果は、再発期間の短縮と症状の早期改善です。しかし、長期的な病気の進行を止める効果は限定的であることに注意が必要です。
ステロイド治療で改善が不十分な場合(重度の視神経炎や重篤な脊髄炎など)は、血液浄化療法(血漿交換療法)の併用も検討されます。
ステロイド治療の副作用と対策
- 感染リスクの増加:予防的な抗菌薬の使用を検討
- 血糖上昇:定期的な血糖モニタリング
- 精神症状:不眠、興奮、うつ状態に注意
- 胃粘膜障害:胃粘膜保護剤の併用
- 骨粗鬆症:長期使用時はカルシウム・ビタミンD補充
- 水分貯留:浮腫、高血圧の観察
ステロイド治療は急性期の短期使用が原則であり、長期間の継続使用は重篤な副作用のリスクが高まるため避けるべきです。短期間の高用量治療(パルス療法)は、長期間の低用量治療よりも副作用が少ないとされています。
再発を繰り返す場合は、疾患修飾薬(DMDs)による予防療法の導入が必要です。
多発性硬化症の免疫調整薬と免疫抑制薬
多発性硬化症の長期管理においては、再発予防と疾患進行抑制を目的とした疾患修飾薬(Disease-Modifying Therapies: DMTs)が中心となります。これらは大きく免疫調整薬と免疫抑制薬に分類されます。
第一選択薬(中等度〜高度活動性MS)
- インターフェロンβ製剤
- 再発頻度を約30%減少
- MRI上の活動性病巣数を減少
- 脳萎縮の進行を抑制
- 投与方法:皮下注射または筋肉内注射
- 主な副作用:インフルエンザ様症状、注射部位反応
- グラチラマー酢酸塩
- T細胞の機能を調節し、抗炎症性サイトカインを誘導
- 投与方法:皮下注射
- 副作用が比較的少なく、長期安全性が確立
- フマル酸ジメチル
- 抗酸化作用と免疫調整作用を持つ
- 経口投与が可能
- 消化器症状や顔面紅潮に注意
第二選択薬(高活動性MS、第一選択薬で効果不十分な場合)
- フィンゴリモド
- スフィンゴシン1リン酸受容体モジュレーター
- リンパ球の二次リンパ組織からの遊走を阻害
- 経口投与
- 初回投与時の徐脈、肝機能障害、黄斑浮腫などに注意
- ナタリズマブ
- 抗α4インテグリン抗体
- リンパ球の中枢神経系への侵入を阻害
- 点滴静注
- 進行性多巣性白質脳症(PML)のリスクあり
新規薬剤
- オファツムマブ
- 抗CD20モノクローナル抗体
- B細胞を標的とする
- 皮下注射で自己注射可能
- 上気道感染症などの感染リスク
- ウブリツキシマブ
- 再発型および進行の速いMSに使用
- 静脈内投与
- 感染症リスクの増加に注意
- ミトキサントロン
- 化学療法薬として使用
- 再発頻度を減少させ病気の進行を遅らせる
- 心毒性のため、通常2年以内の使用に限定
治療薬の選択は、病型、疾患活動性、患者年齢、妊娠希望の有無、合併症などを考慮して個別化する必要があります。また、定期的なモニタリング(MRI、血液検査、肝機能検査など)による治療効果と副作用の評価が重要です。
日本神経学会による神経免疫疾患治療ガイドラインでは、より詳細な治療アルゴリズムが提供されています
多発性硬化症患者の睡眠障害と薬物療法
多発性硬化症患者では、原疾患に関連した症状や心理的ストレスにより、睡眠障害が高頻度にみられます。睡眠障害は神経症状の悪化やQOL低下につながるため、適切な管理が重要です。
多発性硬化症における睡眠障害の特徴
- 入眠障害
- 睡眠維持障害
- 早朝覚醒
- レストレスレッグス症候群
- 睡眠時無呼吸症候群
- 日中の過度の眠気
これらの睡眠障害は、疼痛、痙縮、排尿障害といった多発性硬化症の症状や、うつ・不安などの精神症状、また使用薬剤の副作用によって引き起こされることがあります。
睡眠障害に対する薬物療法
- ベンゾジアゼピン系睡眠薬
- 短期使用に適している
- 依存性や日中の眠気に注意
- 例:ブロチゾラム、フルニトラゼパム
- 非ベンゾジアゼピン系睡眠薬
- 依存性が比較的低い
- 副作用プロファイルが良好
- 例:ゾルピデム、エスゾピクロン
- メラトニン受容体作動薬
- 睡眠・覚醒リズムの調整に有用
- 依存性が少ない
- 例:ラメルテオン
- 抗うつ薬
- うつ症状を伴う睡眠障害に有効
- SSRI、SNRI、三環系抗うつ薬など
- 睡眠の質を改善する効果
- オレキシン受容体拮抗薬
- 新しいタイプの睡眠薬
- 自然な睡眠パターンに近い睡眠をもたらす
- 例:スボレキサント
薬物療法の選択においては、多発性硬化症の治療薬との相互作用、患者の年齢、肝腎機能、併存疾患などを考慮する必要があります。
非薬物療法のアプローチ
- 睡眠衛生の改善(規則正しい就寝・起床時間、寝室環境の整備)
- リラクゼーション技法(呼吸法、漸進的筋弛緩法)
- 認知行動療法
- 適度な運動療法(症状悪化に注意)
- 光療法(概日リズム調整)
多発性硬化症患者の睡眠障害には、原疾患の症状管理と並行して、包括的なアプローチが重要です。薬物療法と非薬物療法を組み合わせた個別化治療が推奨されます。
多発性硬化症と睡眠障害の関連についての臨床研究が日本睡眠学会誌に掲載されています
多発性硬化症の新規治療薬と将来展望
多発性硬化症の治療は近年急速に進歩しており、従来の免疫調整・抑制アプローチに加え、新たな作用機序を持つ薬剤や再生医療の研究が進んでいます。
BTK阻害薬の登場
- ブルトン型チロシンキナーゼ(BTK)を標的とする
- B細胞とミクログリアの両方に作用
- 経口投与が可能
- 現在臨床試験が進行中の薬剤:エバニブチニブ、フェンベントリニブなど
- 従来治療に反応しにくいPPMS(一次性進行型MS)にも効果が期待
S1P受容体モジュレーターの新世代
- 選択的S1P1/S1P5受容体モジュレーター
- 心臓への影響が少なく安全性が向上
- 例:シポニモド(SPMSに適応)、ポネシモド
神経保護・再生アプローチ
- 神経栄養因子の投与
- レミエリン化(髄鞘再生)促進薬
- 例:クレマスチン、オピシノン
- 神経幹細胞移植療法
- 再生医療の臨床応用に向けた研究が進行中
バイオマーカーと個別化医療
- 血清中の神経フィラメント軽鎖(NfL)測定
- 治療反応性予測マーカーの開発
- MRIテクノロジーの進化(7テスラMRIなど)
- 患者ごとに最適な治療選択を可能にする指標の確立
ライフスタイル介入と併用療法
- ビタミンDサプリメンテーション
- 腸内細菌叢の調整(プロバイオティクス)
- 食事療法(地中海式食事など)
- 複合的アプローチによる疾患管理の最適化
将来の展望として、多発性硬化症の病態解明がさらに進み、より早期の診断と介入が可能になると期待されています。また、遺伝子治療や精密医療の発展により、個々の患者に合わせた治療法の選択が可能になるでしょう。
特に注目すべきは神経保護・再生アプローチで、これまでの「炎症抑制」だけでなく「神経修復」に焦点を当てた治療法が発展することで、すでに進行した障害の改善も視野に入ってきています。
厚生労働省の難病情報センターでは、多発性硬化症に関する最新の治療研究情報が定期的に更新されています