多発性硬化症(MS)は中枢神経系における自己免疫性の炎症性脱髄疾患です。中枢神経系のさまざまな部位で髄鞘が破壊されることにより、多彩な神経症状が生じます。障害される部位によって症状が異なりますが、以下の症状が特徴的です。
特徴的なのは、これらの症状が再発と寛解を繰り返すことです。また、体温の上昇に伴って症状が悪化し、体温の低下により症状が改善するUhthoff(ウートフ)徴候も多発性硬化症の特徴的な所見です。
診断においては、「時間的多発性」と「空間的多発性」を証明することが重要です。2017年のマクドナルド基準(改訂版)では、MRIによる画像所見と臨床症状を組み合わせた診断基準が提唱されています。
脳脊髄液検査ではオリゴクローナルバンドの検出が診断の補助となります。また、視覚誘発電位検査も視神経障害の評価に有用です。
多発性硬化症の病型は経過によって以下の4つに分類されます。それぞれの病型によって治療アプローチが異なるため、正確な分類が重要です。
1. 再発寛解型多発性硬化症(RRMS)
2. 二次性進行型多発性硬化症(SPMS)
3. 一次性進行型多発性硬化症(PPMS)
4. 進行再発型多発性硬化症(PRMS)
各病型の自然経過を理解することは、治療計画の立案と予後予測に重要です。RRMSの患者でも、再発の頻度や重症度、MRI所見などから早期にSPMSへの移行リスクを評価することが推奨されています。
発症初期からの適切な治療介入により、二次性進行型への移行を遅らせることが可能とされています。特に再発寛解型では、早期からの疾患修飾療法(DMT)の開始が長期予後の改善に寄与します。
多発性硬化症の急性増悪期の第一選択はステロイド治療です。免疫系の働きを抑制することで炎症を鎮静化し、症状の早期回復を促します。
ステロイドパルス療法のプロトコール
ステロイドパルス療法の主な効果は、再発期間の短縮と症状の早期改善です。しかし、長期的な病気の進行を止める効果は限定的であることに注意が必要です。
ステロイド治療で改善が不十分な場合(重度の視神経炎や重篤な脊髄炎など)は、血液浄化療法(血漿交換療法)の併用も検討されます。
ステロイド治療の副作用と対策
ステロイド治療は急性期の短期使用が原則であり、長期間の継続使用は重篤な副作用のリスクが高まるため避けるべきです。短期間の高用量治療(パルス療法)は、長期間の低用量治療よりも副作用が少ないとされています。
再発を繰り返す場合は、疾患修飾薬(DMDs)による予防療法の導入が必要です。
多発性硬化症の長期管理においては、再発予防と疾患進行抑制を目的とした疾患修飾薬(Disease-Modifying Therapies: DMTs)が中心となります。これらは大きく免疫調整薬と免疫抑制薬に分類されます。
第一選択薬(中等度〜高度活動性MS)
第二選択薬(高活動性MS、第一選択薬で効果不十分な場合)
新規薬剤
治療薬の選択は、病型、疾患活動性、患者年齢、妊娠希望の有無、合併症などを考慮して個別化する必要があります。また、定期的なモニタリング(MRI、血液検査、肝機能検査など)による治療効果と副作用の評価が重要です。
日本神経学会による神経免疫疾患治療ガイドラインでは、より詳細な治療アルゴリズムが提供されています
多発性硬化症患者では、原疾患に関連した症状や心理的ストレスにより、睡眠障害が高頻度にみられます。睡眠障害は神経症状の悪化やQOL低下につながるため、適切な管理が重要です。
多発性硬化症における睡眠障害の特徴
これらの睡眠障害は、疼痛、痙縮、排尿障害といった多発性硬化症の症状や、うつ・不安などの精神症状、また使用薬剤の副作用によって引き起こされることがあります。
睡眠障害に対する薬物療法
薬物療法の選択においては、多発性硬化症の治療薬との相互作用、患者の年齢、肝腎機能、併存疾患などを考慮する必要があります。
非薬物療法のアプローチ
多発性硬化症患者の睡眠障害には、原疾患の症状管理と並行して、包括的なアプローチが重要です。薬物療法と非薬物療法を組み合わせた個別化治療が推奨されます。
多発性硬化症と睡眠障害の関連についての臨床研究が日本睡眠学会誌に掲載されています
多発性硬化症の治療は近年急速に進歩しており、従来の免疫調整・抑制アプローチに加え、新たな作用機序を持つ薬剤や再生医療の研究が進んでいます。
BTK阻害薬の登場
S1P受容体モジュレーターの新世代
神経保護・再生アプローチ
バイオマーカーと個別化医療
ライフスタイル介入と併用療法
将来の展望として、多発性硬化症の病態解明がさらに進み、より早期の診断と介入が可能になると期待されています。また、遺伝子治療や精密医療の発展により、個々の患者に合わせた治療法の選択が可能になるでしょう。
特に注目すべきは神経保護・再生アプローチで、これまでの「炎症抑制」だけでなく「神経修復」に焦点を当てた治療法が発展することで、すでに進行した障害の改善も視野に入ってきています。