チアマゾールによる無顆粒球症は抗甲状腺薬治療における最も注意すべき重篤な副作用の一つです。発現頻度は0.1~0.5%と報告されており、決して高くはありませんが、発症すると感染症に対する抵抗力が著しく低下するため生命に関わる事態となります。
参考)チアマゾール(メルカゾール) href="https://kobe-kishida-clinic.com/endocrine/endocrine-medicine/thiamazole/" target="_blank">https://kobe-kishida-clinic.com/endocrine/endocrine-medicine/thiamazole/amp;#8211; 内分泌疾患治療…
発症時期は投与開始後2~3か月以内に集中しており、特に最初の2か月間が最もリスクが高い期間です。典型的な症例では、チアマゾール服用開始後14~27日で無顆粒球症が発症したケースが報告されています。発症機序は免疫学的機序によるものと考えられており、突発的で予測が困難なのが特徴です。
参考)https://www.mhlw.go.jp/topics/2006/11/dl/tp1122-1f13_0001.pdf
主な初期症状としては、38℃以上の突然の高熱、咽頭痛、口内炎、悪寒、全身倦怠感などが挙げられます。これらの症状が現れた場合、患者には速やかに受診するよう事前に十分な説明を行っておくことが重要です。血液検査では好中球数が1000/μL未満に低下している場合、直ちにチアマゾールを中止し、G-CSF(顆粒球コロニー刺激因子)投与と感染症治療を開始する必要があります。
参考)メルカゾールに「急性膵炎」の副作用が追加──抗甲状腺薬の副作…
チアマゾールによる肝機能障害は頻度不明とされていますが、肝細胞障害型または胆汁うっ滞型の肝炎を引き起こす可能性があります。特にプロピルチオウラシル(チウラジール、プロパジール)と比較すると、チアマゾールの肝障害は相対的に軽度とされていますが、重篤化すると肝不全に至る症例も報告されているため注意が必要です。
肝障害の主な症状には、全身倦怠感、食欲不振、黄疸(皮膚や白目が黄色くなる)、茶褐色尿などがあります。また、AST・ALTの軽度上昇のみでなく、総ビリルビン(T-Bil)のみが異常高値を示す場合もあるため、定期的な肝酵素測定が推奨されます。
肝機能異常が確認された場合は、速やかにチアマゾールの投与量調整または一時中止を検討し、重症例では入院加療と肝機能サポートが必要となります。患者には、疲労感や黄疸などの初期症状が出現した際は即座に医療機関に連絡するよう指導することが重要です。
2025年にチアマゾールの添付文書改訂により、「急性膵炎」が重大な副作用の項に追加されました。これは急性膵炎関連症例および疫学文献の評価に基づくものです。急性膵炎は、上腹部の急性腹痛発作と圧痛、嘔吐、発熱、背部痛、食欲不振などの症状を呈し、尿中・血中の膵酵素値が上昇します。
参考)https://www.pmda.go.jp/files/000276005.pdf
重症例では壊死性膵炎に呼吸不全、腎不全、循環不全などの臓器不全を伴う場合があり、死亡率は50~70%にも達するため非常に注意が必要な副作用です。発現頻度は不明とされていますが、上腹部痛、背部痛、発熱、嘔吐等の症状、膵酵素異常が認められた場合には直ちに投与を中止し、適切な処置を行う必要があります。
参考)https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00069326.pdf
チアマゾール服用中の患者に対しては、これらの初期症状について説明し、早期発見・早期対処を図ることが医療従事者に求められます。また、薬剤性急性膵炎は発生頻度は低いものの一旦発症すると致死的な経過をたどることもあるため、十分な注意が必要です。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjphcs/45/8/45_441/_pdf
チアマゾールの比較的軽度な副作用として、皮膚症状やアレルギー反応があります。発疹、じんましん、かゆみなどの皮膚症状は全体の5~10%程度の患者に発現し、投与初期から1か月以内に多く見られます。これらの症状が出現した際は、自己判断で薬を中止せず、主治医に連絡して対応を確認することが重要です。
発疹が広範囲に広がる、かゆみが強い、蕁麻疹が頻繁に出るなどの症状が見られた場合は、速やかに医療機関へ相談する必要があります。重度のアレルギー反応は稀ですが、呼吸困難や顔・喉の腫れなどのアナフィラキシー様症状が生じた場合はすぐに救急対応が必要となります。
また、チアマゾールとプロピルチオウラシル(PTU)の間には交差アレルギーが確認されているため、副作用発現後に薬剤を切り替える際には注意が必要です。皮膚症状は比較的軽度であることが多いものの、重症化する可能性もあるため、定期的な観察と患者教育が欠かせません。
参考)https://www.min-iren.gr.jp/news-press/shinbun/fuksayou/20161121_29552.html
妊娠中のチアマゾール服用は、母体と胎児の両方にリスクをもたらす可能性があります。特に妊娠初期(妊娠4週0日から15週6日、特に妊娠5週0日から9週6日)にチアマゾールを服用すると、チアマゾール奇形症候群と呼ばれる胎児の形態異常が生じるリスクがあります。
参考)バセドウ病と妊娠|横浜甲状腺クリニック 甲状腺専門 横浜市 …
チアマゾール関連先天異常には、頭皮欠損症・頭蓋骨欠損症、さい帯ヘルニア、さい腸管ろう、メッケル憩室、気管食道ろうを伴う食道閉鎖症、後鼻孔閉鎖症などが報告されています。前向き研究(POEM Study)では、MMI投与群におけるこれらの先天異常の発生頻度が、一般的な推定発生頻度と比べて高いことが示されています。
参考)https://www.pmda.go.jp/files/000276311.pdf
そのため、妊娠を計画している患者や妊娠可能年齢の女性に対しては、妊娠前にあらかじめチアマゾールからプロピルチオウラシル(プロパジール、チウラジール)に変更しておく、または妊娠がわかった時点で速やかに切り替える対応が推奨されます。ただし、プロピルチオウラシルには胎児の形態異常の報告はないものの、チアマゾールと比べて副作用の発現頻度が多いことに留意する必要があります。妊娠中の授乳に関しても、「メルカゾール」は10mgまで、「プロパジール、チウラジール」は300mgまでの使用が推奨されています。
PMDAによるチアマゾールの先天異常に関する詳細情報(妊娠初期投与のリスクと管理指針)
チアマゾールによるMPO-ANCA関連血管炎は、長期服用の副作用として知られていますが、プロピルチオウラシル(PTU)の方が起こりやすいとされています。抗甲状腺薬服用量と発症頻度の相関はなく、症状の重症度と血清MPO-ANCA値も相関しないことが報告されています。ただし、PTUを1日4~9錠の高容量服用する患者に多い傾向があります。
参考)MPO-ANCA関連血管炎[橋本病 バセドウ病 エコー 甲状…
ANCA関連血管炎は服薬後10年以上経過してから発症することもあり、発症の数年前よりANCA陽性になることが知られています。一方で、服薬後数日から数か月で発症した症例も報告されており、発症時期の予測は困難です。ANCA陽性化したバセドウ病患者のごく一部がANCA関連疾患として発症し、ほとんどの人は無症状です。
主な症状としては、38~39℃台の間欠的な発熱、関節炎、筋肉痛、体重減少、結節性紅斑、網状皮斑、紫斑を伴う下腿浮腫、多発性単神経炎、ANCA関連腎炎、肺腎症候群、間質性肺炎、腹痛、下痢、下血などが挙げられます。プロピルチオウラシル投与患者に限定すれば、腎病変が75%で最も多く、次いで呼吸器、関節、皮膚病変の順に多いとされています。
MPO-ANCA関連血管炎の詳細な臨床症状と診断基準(長崎甲状腺クリニック)
チアマゾール(メルカゾール)とプロピルチオウラシル(チウラジール、プロパジール)は、どちらも甲状腺機能亢進症の治療に用いられる抗甲状腺薬ですが、副作用プロファイルには重要な違いがあります。
参考)バセドウ病 甲状腺機能亢進症の治療(薬・抗甲状腺薬の治療)[…
チアマゾールの主な副作用は無顆粒球症(0.1~0.5%)、肝障害、急性膵炎であり、投与量に関連して副作用の発現頻度が増加する傾向があります。一方、プロピルチオウラシルでは投与量と副作用発現頻度に関連がなく、PTU 300mg/日はMMI 30mg/日に比べて有意に副作用の発現頻度が高いことが報告されています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/99/4/99_733/_pdf
特にプロピルチオウラシルでは重篤な肝障害の発症リスクが高く、小児や若年成人では重篤な肝炎から肝不全に至る症例が報告されており、米国FDAは小児に対して原則使用を避けるよう推奨しています。また、ANCA関連血管炎はプロピルチオウラシルで多く見られ、皮疹中心のチアマゾールとは対照的にMPO-ANCA関連血管炎が多い特徴があります。
| 比較項目 | チアマゾール(メルカゾール) | プロピルチオウラシル(チウラジール・プロパジール) | 
|---|---|---|
| 主な副作用 | 無顆粒球症、肝障害、急性膵炎 | 肝障害(特に重篤)、ANCA関連血管炎 | 
| 副作用と投与量の関係 | 投与量に関連して増加 | 投与量と関係なし | 
| 妊娠初期の使用 | 胎児奇形リスクあり(推奨されない) | 胎児奇形リスク低い(推奨) | 
| 小児への使用 | 一般的に使用可能 | 米国では基本的に避ける | 
| 血管炎リスク | まれ(皮疹中心) | 多い(MPO-ANCA関連) | 
| 初回治療薬 | 日本では第1選択が多い | 特別な事情がない限り避けられる傾向 | 
バセドウ病薬物治療における抗甲状腺薬の副作用比較(日本内科学会雑誌)
チアマゾールの重篤な副作用を早期に発見し、適切に対処するためには、定期的な血液検査と患者教育が不可欠です。特に投与開始後2~3か月間は、無顆粒球症のリスクが最も高い期間であり、2週間ごとの白血球数(血液分画も含めて)の測定が望ましいとされています。
無顆粒球症の早期発見には、患者からの初期症状の訴えが重要な役割を果たします。発熱、咽頭痛、口内炎、悪寒、倦怠感などの症状が現れた際は、直ちに医療機関を受診するよう患者に十分な説明を行っておく必要があります。しかし、症状のないまま定期的な血液検査で確認される場合もあるため、定期検査の重要性を患者に理解してもらうことが大切です。
参考)https://www.pmda.go.jp/files/000276310.pdf
肝機能障害の早期発見には、定期的な肝酵素(T-Bil、AST、ALT)の測定が推奨されます。特にAST・ALTが軽症でも総ビリルビン(T-Bil)のみが異常高値を示す場合もあるため、包括的な肝機能評価が必要です。また、疲労感、黄疸、茶褐色尿などの症状が出現した際は速やかに受診するよう指導することが重要です。
定期的な血液検査を実施していない症例や、白血球・好中球の減少傾向や自覚症状が認められていたにもかかわらず投与が継続された症例が依然として報告されているため、医療従事者は定期検査の徹底と検査結果に基づいた適切な判断が求められます。
PMDA医薬品適正使用のお願い:チアマゾールによる無顆粒球症の防止・早期発見
チアマゾールの副作用が疑われる場合、速やかで適切な対処が患者の予後を大きく左右します。無顆粒球症が疑われる症状(発熱、咽頭痛、口内炎など)が現れた場合は、直ちに白血球数を測定し、好中球数が1000/μL未満であればチアマゾールを即時中止する必要があります。
無顆粒球症の治療としては、薬剤の中止とともに、感染症に対する抗菌薬投与とG-CSF(顆粒球コロニー刺激因子)の投与が推奨されます。G-CSFの使用により、好中球の回復が早まり、抗菌薬の使用量が減り、入院期間が短縮するなどの効果が報告されています。典型的な症例では、チアマゾール中止後9日で好中球の回復が見られることが多いですが、症例ごとに差があります。
参考)https://www.pmda.go.jp/files/000245257.pdf
肝機能障害が認められた場合は、速やかにチアマゾールの投与量調整または一時中止を検討し、重症例では入院加療と肝機能サポートが必要となります。急性膵炎が疑われる場合は、原則として入院治療となり、直ちにチアマゾールを中止して適切な処置を行います。
チアマゾールとプロピルチオウラシルの間には交差アレルギーが確認されているため、副作用発現後の薬剤切り替えには注意が必要です。また、長期服用による甲状腺機能低下症のリスクもあるため、定期的なホルモン値チェックと用量調整が欠かせません。
厚生労働省:重篤副作用疾患別対応マニュアル(無顆粒球症の診断と治療)