反回神経は迷走神経の分枝であり、その大部分が運動神経で構成されています。迷走神経は脳幹の延髄から出発し、頸部を下降して胸腔内に達した後、反回神経として分岐します。この神経の最大の特徴は、胸腔内で分岐した後に「反回」してUターンし、再び頸部へ上行して喉頭に至るという独特の走行経路にあります。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jibirin1925/79/12/79_12_1972/_pdf/-char/ja
反回神経の直径は約2mmで、主に内喉頭筋を支配する運動神経です。迷走神経そのものは副交感神経として心臓、肺、食道、胃腸などの内臓器官に広く分布し、心拍数の調整、胃腸の蠕動運動、消化液の分泌などを制御しています。反回神経はこの迷走神経系の一部として、特に声帯運動という重要な機能を担当しています。
参考)反回神経とは何ですか? |反回神経麻痺
迷走神経は脳神経の中で唯一腹部にまで到達する神経であり、首から腹部までのほとんど全ての内臓の運動神経と副交感性の知覚神経を支配しています。反回神経はその分枝の一つとして、発声や嚥下という日常生活に不可欠な機能に関与しています。
参考)第8回 摂食嚥下障害の臨床Qhref="https://knowledge.nurse-senka.jp/223803/" target="_blank">https://knowledge.nurse-senka.jp/223803/amp;A 「反回神経麻痺がある患者さ…
右反回神経と左反回神経では、解剖学的な走行経路に明確な違いがあります。右側の反回神経は、右鎖骨下動脈の起始部で右迷走神経から分岐し、鎖骨下動脈を前方から後方へ回って頭側へ走行します。頸部では気管食道溝のやや外側を通過し、比較的食道から離れた位置を走行します。
参考)反回神経温存 (臨床外科 43巻6号)
左反回神経は、大動脈弓の高さで左迷走神経から分岐し、大動脈弓を前方から後方へ回り込んで上行します。左側は右側に比べて走行距離が長く、気管と食道の間の気管食道溝を密着して上行するため、食道や縦隔の病変による影響を受けやすい特徴があります。
参考)嗄声(させい)に関するQhref="https://www.kango-roo.com/learning/3309/" target="_blank">https://www.kango-roo.com/learning/3309/amp;A
この左右の走行経路の違いにより、左反回神経の方が長い経路をとるため、動脈、リンパ節、肺などの異常による影響を受けやすい傾向があります。実際に反回神経麻痺の発生頻度は左側が右側に比べて3倍多いという報告もあり、これは解剖学的な走行距離の差が臨床的にも重要な意味を持つことを示しています。
参考)反回神経麻痺の症状が左に多い理由は何ですか? |反回神経麻痺
甲状腺付近では約半数の症例で反回神経が2分岐するため、外科手術の際には慎重な神経同定が必要です。また、右反回神経には通常型以外に腕頭動脈型、非反回型(動脈を反回せずに直接喉頭へ走向)、複数型(2~3本存在)などのバリエーションが存在します。
参考)右縦隔リンパ節郭清時における反回神経温存のコツ (胸部外科 …
反回神経は喉頭内で下喉頭神経として前枝と後枝に分かれ、喉頭筋群を支配します。前枝は甲状披裂筋(声帯筋、室筋を含む)と外側輪状披裂筋を支配し、喉頭の前方に位置する筋を制御します。後枝は後輪状披裂筋、横披裂筋、斜披裂筋を支配し、喉頭の後方に位置する筋を制御します。
参考)迷走神経の走行と働き
喉頭筋のうち、輪状甲状筋だけが上喉頭神経の支配を受け、それ以外の喉頭筋はすべて下喉頭神経(反回神経の終枝)の支配を受けています。この神経支配により、声帯の内転・外転運動、声門の開閉、発声時の声帯の緊張調整などが可能になります。
反回神経は声帯運動だけでなく、気管枝や食道枝も分岐させており、頸部の気管や食道壁にも分布しています。気管枝は気管の平滑筋と分泌腺へ行く副交感神経線維と粘膜の感覚線維を含み、食道枝も同様に食道壁の平滑筋と分泌腺への副交感神経線維と粘膜の感覚線維を含んでいます。また、下頸心臓枝(胸心臓枝)として心臓にいく副交感神経線維も分岐し、心臓神経叢に加わります。
反回神経麻痺は、反回神経の走行経路上のどの部位でも障害が起こりうるため、原因は多岐にわたります。最も頻度が高いのは原因不明の特発性麻痺ですが、甲状腺、食道、肺などの悪性腫瘍、大動脈瘤などの器質的病変も重要な原因となります。
参考)のどの疾患「反回神経麻痺」
甲状腺手術や心臓手術などの外科手術後の術後性麻痺は、反回神経が甲状腺の裏側や心臓の近くを通過するという解剖学的位置関係により発生します。特に甲状腺手術では反回神経が甲状腺の裏を通って声帯につながっているため、手術時の神経損傷のリスクがあります。全身麻酔での気管内挿管によるチューブの圧迫も麻痺の原因となり、挿管性麻痺と呼ばれます。
参考)https://jaes.umin.jp/files/news20241220.pdf
脳腫瘍や脳血管障害により延髄の疑核が障害された場合も、中枢性の反回神経麻痺が生じることがあります。疑核は迷走神経の運動神経核であり、ここから出た命令が迷走神経を経由して反回神経に伝わるため、疑核の障害は末梢性の神経損傷と同様に声帯運動障害を引き起こします。
ウイルス感染、特にヘルペスウイルスの仲間による炎症も反回神経麻痺の原因となります。また、甲状腺良性疾患による圧迫も稀ではありますが約0.7%の頻度で術前の反回神経麻痺を引き起こすことが報告されています。
反回神経麻痺の原因別改善率には大きな差があることが報告されています。特発性麻痺の改善率は約30%、術後性麻痺は約53%、挿管性麻痺は約91%、腫瘍疾患(大部分が悪性腫瘍)では約3%と報告されており、原因によって予後が大きく異なります。甲状腺良性疾患による反回神経麻痺では約76%で麻痺の改善が認められており、手術症例では75%、非手術症例でも80%で術後に改善が見られるため、比較的予後が良い可能性が示唆されています。
参考)術前に反回神経麻痺を認めた甲状腺良性腫瘍の1例
自然治癒の可能性は発症から6か月以内とされており、それ以降の自然治癒による神経機能の回復は期待できません。したがって、発症後6か月までの経過観察期間が治療方針決定において重要な意味を持ちます。片側声帯麻痺では、発声練習、声帯へのコラーゲンや自家脂肪の注入、アテロコラーゲン注入などである程度の回復が期待できます。
両側声帯麻痺では、気道確保のための外科的介入が必要となる場合があります。甲状軟骨形成術(のど仏に穴を開けてシリコンを注入)、披裂軟骨内転術(声帯後方の軟骨の角度を調整)、声帯内自家側頭筋膜移植術などの手術療法により、呼吸機能と音声機能の両立を目指します。
甲状腺および副甲状腺手術時には、術中神経モニタリング(Intraoperative Nerve Monitoring: IONM)が神経損傷予防に有用です。反回神経、上喉頭神経外枝、迷走神経の解剖を熟知し、術前後の声帯運動を確認することが重要です。術中に神経刺激装置を使用して反回神経の位置を確認しながら手術を進めることで、神経損傷のリスクを低減できます。
参考)甲状腺乳頭癌反回神経浸潤症例に対し Automatic Pe…
上喉頭神経外枝も近年注目されており、同神経の麻痺は高音発声障害や音域の狭小化などの原因となりうるため、反回神経と同様に術中の同定と愛護的な操作が必要です。音声障害や嚥下障害、両側声帯麻痺による気道閉塞の頻度を下げるためには、当該神経の解剖を熟知し、術中に神経を同定して愛護的な操作を行うことが必須です。
食道癌手術においても、反回神経の走行バリエーションに注意が必要です。非反回下喉頭神経(Non-Recurrent Inferior Laryngeal Nerve: NRILN)は稀ではありますが必ず知っておかなければならない亜型であり、右鎖骨下動脈起始異常などの血管分岐形態の異常がある際には慎重に手術操作を行うべきです。NRILNでは反回神経が鎖骨下動脈を反回することなく、迷走神経より直接分岐して喉頭に横走するため、術前CTでの評価が重要です。
参考)術前に左声帯麻痺を認めた右非反回下喉頭神経を伴う甲状腺癌の1…
反回神経麻痺は甲状腺腫瘍、肺がん、食道がんなどの悪性疾患のシグナルとなることもあるため、嗄声を来した患者では喉頭ファイバーにて声帯の麻痺の有無を調べ、麻痺が確認された場合には原因検索のための精査を速やかに行うことが推奨されます。医療従事者としては、反回神経と迷走神経の解剖学的関係を理解し、症状から適切な診断・治療につなげる知識が求められます。