腹腔鏡手術は、従来の開腹手術と比較して大きく異なる特徴を持っています。開腹手術では30cmほどの大きな切開が必要でしたが、腹腔鏡手術では腹部に数カ所の小さな穴(5〜10mm程度)を開けることで手術が可能です。この小さな創から腹腔内にカメラを挿入し、モニター画面に映し出される映像を見ながら手術を行います。
腹腔鏡手術の最大の利点は、その低侵襲性にあります。小さな創であるため術後の痛みが軽減され、回復が早くなります。一般的に術後の入院期間は開腹手術と比べ約半分程度まで短縮されることが多く、早期の社会復帰が可能となります。また、整容的な観点からも傷跡が目立たないというメリットがあります。
一方で、腹腔鏡手術には手術時間が長くなる傾向があり、開腹手術に比べて約1.5倍程度の時間を要することがあります。これは、手術の難易度が高く、二次元のモニター画面から奥行きを把握しながら操作を行う必要があるためです。特に肥満患者では厚い内臓脂肪が視野を妨げ、技術的な困難が増すことがあります。
腹腔鏡手術の安全性を担保するためには、執刀医の経験や技量が重要な要素となります。日本内視鏡外科学会では技術認定医制度を設けており、一定水準以上の技術を持つ医師によって安全な手術が行われる体制が整備されています。
消化器疾患においては、腹腔鏡手術の適応範囲が年々拡大しています。「大腸癌治療ガイドライン(2010年版)」によれば、腹腔鏡下手術の適応は、がんの場所や進行度、患者の状態、術者の経験や技量などを考慮して決定することが推奨されています。
胃がんに関しては、内視鏡的切除不能の早期胃がんと一部の進行がんが腹腔鏡手術の適応となります。特に早期胃がんでは、腹腔鏡下胃切除術の短期・長期成績が開腹手術と遜色ないことが多くの研究で示されています。一方、進行胃がんに対する腹腔鏡治療は、現時点では一部の症例に限られ、高度進行例は基本的に開腹手術が選択されます。
大腸がんでは、内視鏡的切除不能の早期がんや進行大腸がんのほとんどが腹腔鏡手術の適応となっています。ただし、腫瘍が非常に大きい場合や他臓器への浸潤がある場合は、開腹手術が選択されることが多いです。
胆嚢疾患(胆石症、胆嚢炎、胆嚢ポリープ)は腹腔鏡下胆嚢摘出術の良い適応です。当初は炎症のない胆嚢摘出術に限られていましたが、技術の向上により急性胆嚢炎に対しても適応が拡大しています。
急性腹症に対しても腹腔鏡手術の適応が広がっています。虫垂炎や十二指腸潰瘍穿孔などの緊急手術においても、全身状態が安定していれば腹腔鏡アプローチが選択されることが増えています。イレウス(腸閉塞)に関しても、癒着性イレウスや腸管拡張が限局している絞扼性イレウスでは、ワーキングスペースが確保できれば腹腔鏡手術が適応となることが示されています。
婦人科領域では、ほとんどの良性疾患が腹腔鏡手術の適応となっています。子宮筋腫や子宮腺筋症に対しては、子宮を温存する腹腔鏡下筋腫核出術や、根治を目的とした腹腔鏡下子宮全摘術が行われます。特に筋腫核出術では、モルセレーターという器械を用いて筋腫を細かく砕いて摘出するため、小さな創から大きな筋腫も摘出することが可能です。
卵巣腫瘍に対しても腹腔鏡手術が広く行われています。良性卵巣腫瘍の場合、特に卵巣嚢腫では内容物を吸引することで腫瘍を縮小させ、腹腔鏡下で摘出することが可能です。腫瘍の性状や患者の年齢によって、腫瘍のみを切除する卵巣嚢腫摘出術や、卵巣ごと摘出する付属器切除術が選択されます。
子宮内膜症は、慢性的な疼痛や不妊の原因となる疾患ですが、腹腔鏡手術によって病巣を同定し切除することが可能です。また、チョコレート嚢腫と呼ばれる卵巣子宮内膜症性嚢胞に対しても、腹腔鏡下での摘出術が標準治療となっています。
不妊症の診断・治療においても腹腔鏡が重要な役割を果たしています。子宮付属器癒着や卵管閉塞、子宮奇形などの不妊原因を腹腔鏡で直接観察し、同時に治療を行うことができます。また、子宮外妊娠の治療でも、早期診断されれば腹腔鏡下で卵管を温存した手術が可能です。
骨盤臓器脱に対する手術として、腹腔鏡下仙骨腟固定術(LSC)も行われるようになってきています。この術式は、メッシュを用いて脱出した臓器を引き上げて固定する方法で、従来の開腹手術と比較して低侵襲に実施できるようになりました。
副腎腫瘍に対する腹腔鏡下副腎摘除術は、現在では標準的治療として広く普及しています。日本内視鏡外科学会によるアンケート調査によれば、1992~2005年の間に日本で行われた4,909例の腹腔鏡下副腎摘除術の対象疾患は、原発性アルドステロン症、クッシング症候群、褐色細胞腫などの内分泌活性を有する良性腫瘍、および神経節神経腫、内分泌非活性腺腫、骨髄脂肪腫、嚢胞などの内分泌活性のない良性腫瘍でした。
腫瘍径に関しては、かつては5~6cm以下の良性腫瘍が適応とされていましたが、現在では適応が拡大される傾向にあります。一部の施設では14~15cmの腫瘍まで摘除した報告もありますが、技術的困難性や悪性腫瘍の可能性を考慮すると、大きな腫瘍に対しては慎重な適応判断が必要です。
副腎偶発腫瘍に対する手術適応については、NIH State-of-the-Science Statementによれば、内分泌活性を有する腫瘍および腫瘍径が6cmを超える内分泌非活性腫瘍は手術適応とされています。一方、内分泌非活性で4cm未満の腫瘍は経過観察で良いとされ、4~6cmの内分泌非活性腫瘍に関しては、急速な増大や特定の画像所見を示す場合に手術適応を検討します。
腎がんに対しても腹腔鏡下腎摘除術や腹腔鏡下腎部分切除術が広く行われるようになっており、特に早期がんでは標準治療となっています。また、精巣がんの後腹膜リンパ節転移に対する腹腔鏡下後腹膜リンパ節郭清術も、適応症例に対して行われるようになっています。基本的にステージII以下の症例が適応となりますが、具体的な適応は化学療法後の残存腫瘤の状況や組織型によって判断されます。
腹腔鏡手術は多くの利点を持つ一方、すべての患者に適しているわけではありません。手術の安全性と根治性を担保するためには、適切な患者選択が重要です。
まず、腹腔鏡手術では腹腔内に炭酸ガスを注入して操作スペースを確保する必要があります。そのため、心臓や肺の機能が著しく低下している患者では、気腹による呼吸・循環動態への影響が大きいため、リスクが高くなる可能性があります。こうした全身状態の評価は術前に慎重に行う必要があります。
また、過去の開腹手術歴がある患者では、腹腔内に高度の癒着が予想される場合があります。癒着が強い場合、腹腔鏡での操作が困難となり、開腹手術に移行せざるを得ないこともあります。特に複数回の開腹既往がある患者では、腹腔鏡手術の適応を慎重に判断する必要があります。
腫瘍の大きさや局所進展度も重要な判断要素です。非常に大きな腫瘍や、周囲臓器に浸潤が及んでいる進行がんでは、腹腔鏡手術の技術的困難性が高まり、根治性の担保が難しくなります。そのような症例では開腹手術が選択されることが多いでしょう。
小児の腹腔鏡手術では、大人とは異なる特有の課題があります。ワーキングスペースの小ささ、組織の脆弱性、症例数の少なさなどが指摘されており、小児外科医の高度な技術が要求されます。しかし、適切な症例選択と経験豊富な術者によって行われれば、小児においても腹腔鏡手術の低侵襲性のメリットを活かすことができます。
最後に重要なのは、患者個々の状況に応じた術式選択です。東戸塚記念病院の方針にもあるように、「腹腔鏡のみで手術を行うことを一番の目的とするのではなく、個々の患者さんが求める最良の結果に近づけるために腹腔鏡を利用する」という考え方が重要です。場合によっては腹腔鏡支援下で手術を開始し、必要に応じて小開腹を併用するハイブリッド手術など、柔軟な対応も検討されるべきでしょう。
小児の腹部救急疾患においても、腹腔鏡手術の役割が拡大しています。埼玉県立小児医療センター外科の研究によれば、急性虫垂炎・肥厚性幽門狭窄症を除く小児腹部救急疾患75例に対しても腹腔鏡手術が実施され、その診断は腸閉塞、脳室腹腔シャント障害、卵巣・卵管捻転、Meckel憩室など多岐にわたっています。
小児腹部救急疾患の特徴として、正確な術前診断が得られないことが多く、そのような場合に診断的腹腔鏡検査が特に有用です。小さな創で腹腔内を広く観察できるため、不要な開腹を避けることができます。また、診断がついた後にそのまま治療的手技に移行できるのも大きな利点です。
一方で、小児の腹腔鏡手術には特有の課題もあります。成人と比較して腹腔内のワーキングスペースが限られること、組織が脆弱であること、専門医の症例経験が少ないことなどが挙げられます。また、緊急手術では前処置が不十分なため技術的難易度が上がり、術前の呼吸循環動態の評価を含めた適応判断が難しい場合もあります。
しかし、経験豊富な小児外科医によって適切に実施されれば、小児腹部救急疾患においても腹腔鏡手術は安全かつ有効な選択肢となります。特に、術後の早期回復や整容面での利点は、成長過程にある小児にとって大きな意義を持ちます。
今後の展望として、小児外科医への腹腔鏡手術トレーニングの充実や、小児に特化した腹腔鏡手術器具の開発などが進めば、さらに多くの小児腹部救急疾患に腹腔鏡手術が応用されていくことが期待されます。また、ロボット支援手術など新たな低侵襲手術技術の小児領域への応用も始まっており、今後の発展が注目されています。
小児腹部救急における腹腔鏡手術のガイドライン整備も重要な課題です。成人と比較して症例数が少ないため十分なエビデンスの蓄積が難しい面がありますが、多施設共同研究などを通じて小児特有の適応基準やテクニックの標準化が進むことで、より安全で効果的な治療が可能になるでしょう。