子宮内膜症は、子宮内膜に類似した組織が子宮腔以外の場所で増殖する病態であり、多様な症状を引き起こします。患者の約90%が経験する最も典型的な症状は強い月経痛(月経困難症)です。この痛みは通常の月経痛とは異なり、年々悪化していく傾向があり、一般的な鎮痛剤では効果が不十分なことがしばしばあります。
月経痛の特徴として、子宮内膜症による痛みは月経中の出血量が最大になる時に最も強くなることが多く、機能性月経困難症(月経の初期に痛みが強く、出血量が増えると痛みが軽減する)とは症状のパターンが異なります。また、最初は軽度だった痛みが数年の経過で徐々に悪化していくこともこの疾患の特徴と言えます。
月経時以外にも以下のような様々な痛みの症状が現れることがあります。
これらの痛みは、子宮内膜症組織が月経周期に合わせて出血し、その血液が周囲の組織を刺激して炎症を引き起こすことで生じます。また、炎症によって周囲組織との癒着が起こり、さらに痛みを悪化させる悪循環を形成します。
子宮内膜症のもう一つの重要な症状は不妊です。子宮内膜症患者の約30〜50%が不妊を経験すると言われています。不妊の原因としては、以下のようなメカニズムが考えられています。
その他にも、過多月経や不正出血といった月経異常、吐き気・嘔吐、下痢などの消化器症状を伴うことがあります。これらの多彩な症状が組み合わさることで、患者のQOL(生活の質)は著しく低下することがあります。
注目すべき点として、子宮内膜症の症状の重症度は、病変の進展度と必ずしも相関しないことが挙げられます。微小な病変でも強い痛みを訴える患者がいる一方で、広範囲に及ぶ子宮内膜症でも無症状の場合があるため、症状だけで重症度を判断することは困難です。
子宮内膜症の薬物療法は、疾患の根本的な治癒を目指すのではなく、症状の軽減や進行の抑制が主な目的となります。治療法の選択は患者の年齢、症状の程度、将来の妊娠希望、副作用のリスクなどを総合的に判断して行われます。
1. 鎮痛薬(対症療法)
非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)は、月経痛などの急性症状の緩和に広く使用されています。NSAIDsはプロスタグランジン産生を抑制することで抗炎症・鎮痛効果を発揮しますが、子宮内膜症の根本的な原因には作用しないため、長期的な症状コントロールにはホルモン療法との併用が考慮されます。
2. ホルモン療法
ホルモン療法は子宮内膜症組織の活動性を抑制することを目的とし、いくつかの選択肢があります。
① 低用量エストロゲン-プロゲスチン配合薬(低用量ピル)
低用量ピルは排卵を抑制し、月経量を減少させることで月経痛を軽減します。子宮外の内膜組織は子宮内腔の内膜よりも多くのエストロゲンを必要とするため、低用量ピルによってエストロゲン分泌を抑制することで症状の改善が期待できます。ただし、血栓症のリスクがあるため、以下のような患者には使用できない場合があります。
② 黄体ホルモン製剤(ジエノゲスト)
ジエノゲストは定期的な月経を止め、疼痛を軽減する効果があります。副作用として不正出血が見られることがありますが、エストロゲン製剤に比べて血栓症のリスクが低いという利点があります。長期投与が可能で、子宮内膜症の疼痛管理における第一選択薬として広く使用されています。
③ GnRHアゴニスト製剤(偽閉経療法)
GnRHアゴニスト(リュープリンやスプレキュアなど)は卵巣機能を一時的に抑制し、人工的な閉経状態を作り出します。これにより、エストロゲン依存性の子宮内膜症組織の活動が抑制されます。ただし、更年期障害様の症状(ホットフラッシュ、発汗、気分変動など)が現れることがあり、骨密度低下のリスクもあるため、使用期間は通常6ヶ月までに制限されています。
④ 子宮内黄体ホルモン放出システム(ミレーナ)
主に子宮腺筋症に対して使用されますが、子宮内膜症の一部の症状にも効果が期待できます。全身への影響が少ないという利点がありますが、不正出血などの副作用が見られることがあります。
注意すべき点として、いずれの薬物療法も治療を中止すると月経が再開し、子宮内膜症が再び進行する可能性があります。そのため、症状コントロールのためには継続的な治療が必要になることが多く、治療計画を立てる際には長期的な視点が重要です。
現在、新たな治療薬の開発も進められており、臨床試験が行われています。特に、より選択的な作用を持つ薬剤や、副作用を軽減した製剤の開発が期待されています。
手術療法は薬物療法で症状のコントロールが困難な場合や、腫瘤が大きい場合(直径6cm以上)、悪性腫瘍が疑われる場合、不妊治療の一環として選択されることがあります。手術の方法は大きく分けて保存的手術と根治手術があり、患者の年齢、症状、妊娠希望などに応じて選択されます。
1. 保存的手術(病巣除去術)
保存的手術の主な目的は、子宮内膜症の病巣を可能な限り除去しつつ、生殖機能を温存することです。現在は開腹手術ではなく、腹腔鏡手術が標準的な治療法となっています。
腹腔鏡手術のメリット。
具体的な手術手順としては、全身麻酔下で腹腔内にカメラと手術器具を挿入し、内膜症病巣の凝固・焼灼・切除、チョコレート嚢胞の摘出、癒着剥離などを行います。手術時間は通常2〜3時間程度で、術後は1〜2日の入院で退院可能な場合が多いです。
術後の再発率については、手術単独治療の場合、5年以内に約40〜50%の患者で再発が見られるとの報告があります。そのため、多くの施設では手術後も薬物療法を継続することで再発抑制を図っています。
2. 根治手術(子宮・卵巣摘出術)
45歳以上の患者や、妊娠希望がなく症状の重い患者に対しては、子宮と両側卵巣を摘出する根治手術が検討されることがあります。これにより、エストロゲン分泌が停止し、症状の根本的な改善が期待できます。
ただし、若年患者では早発閉経によるホルモンバランスの変化や骨粗鬆症のリスクなど、長期的な健康への影響を十分に考慮する必要があります。また、患者の中には心理的な影響が大きいケースもあるため、術前の十分なカウンセリングが重要です。
3. 手術適応の判断基準
以下のような場合に手術療法が検討されます。
4. 術後管理と再発予防
術後は通常、ホルモン療法を併用して再発予防を図ります。一般的には低用量ピルやジエノゲストなどが使用され、原則として2年間程度の継続が推奨されています。患者の症状や状態に応じてフォローアップのスケジュールを組み、定期的な症状評価と画像検査を行うことが重要です。
手術療法は一時的に症状を改善できますが、根本的な治癒を保証するものではないことを患者に説明し、術後の生活指導や必要に応じた薬物療法の継続の重要性を伝えることが望ましいでしょう。
子宮内膜症の早期診断は適切な治療開始と疾患の進行予防に重要ですが、症状の多様性と非特異性から診断が遅れることがしばしばあります。以下に診断方法と鑑別のポイントについて解説します。
1. 問診と症状評価
子宮内膜症の診断において、詳細な問診は非常に重要です。特に以下のような所見は子宮内膜症を疑う手がかりとなります。
症状の評価には、VAS(Visual Analogue Scale)などの客観的な評価スケールを用いることが有用です。これにより、治療効果の判定や経時的な症状変化の評価が可能になります。
2. 診察所見
内診では子宮の可動性制限、ダグラス窩の硬結や圧痛、付属器腫大などが子宮内膜症を示唆する所見となります。特に月経直前や月経中の内診で、これらの所見がより明確になることがあります。
また、直腸診を併用することで、直腸子宮窩の病変や深部子宮内膜症の評価が可能になります。
3. 血液検査
CA-125は子宮内膜症の活動性を反映するマーカーとして有用ですが、特異性は高くなく、月経周期や他の婦人科疾患の影響を受けることがあります。そのため、単独での診断的価値は限られていますが、治療効果のモニタリングには役立つ場合があります。
4. 画像診断
① 経腟超音波検査
最も基本的な検査で、特に卵巣チョコレート嚢胞(子宮内膜症性嚢胞)の診断に有用です。均一な低エコー像を示す嚢胞として観察されることが多く、時に内部にデブリスを伴います。
② MRI検査
造影MRIは子宮内膜症、特に深部子宮内膜症や子宮腺筋症の診断に優れています。T1強調像でチョコレート嚢胞は高信号を示し、T2強調像では「シェーディング」と呼ばれる特徴的な所見が見られることがあります。また、周囲臓器への浸潤や癒着の評価にも有用です。
5. 確定診断
子宮内膜症の確定診断には腹腔鏡検査が最も信頼性の高い方法とされています。腹腔鏡では子宮内膜症病変の直接観察が可能であり、同時に生検による組織学的確認も行えます。典型的な病変は以下のような所見を示します。
ただし、腹腔鏡検査は侵襲的であるため、すべての疑い例に対して行うわけではなく、症状や非侵襲的検査所見を総合的に判断して適応を決定します。
6. 鑑別診断
子宮内膜症と鑑別すべき疾患には以下のようなものがあります。
特に月経痛が主訴の場合、原発性(機能性)月経困難症との鑑別が重要です。機能性月経困難症は月経開始時に痛みが最も強く、徐々に軽減するパターンを示すことが多いのに対し、子宮内膜症による月経痛は月経量が多い時に痛みが強くなる傾向があります。
早期診断の重要性としては、進行を抑制して将来の妊孕性を保護すること、慢性痛による生活の質の低下を防ぐことが挙げられます。そのため、若年女性でも持続的な月経痛がある場合は、子宮内膜症の可能性を考慮し、適切な評価を行うことが望ましいでしょう。
子宮内膜症は完全な治癒が難しく、多くの患者が長期にわたって症状と共存していく必要があります。そのため、医学的治療に加えて患者のQOL向上を目指した統合的なアプローチが重要です。
1. 痛みの包括的マネジメント
子宮内膜症による慢性痛に対しては、薬物療法だけでなく複数の治療法を組み合わせた多角的なアプローチが有効です。
① 鎮痛薬の適切な使用
NSAIDsは月経開始前からの予防的服用がより効果的であることが知られています。また、単剤で効果が不十分な場合は、作用機序の異なる鎮痛薬の併用も検討されます。ただし、長期使用による消化器系の副作用に注意が必要です。
② 理学療法と温熱療法
骨盤底筋のリラクゼーション技術や温熱療法(温かいお湯をいれた湯たんぽなど)は、補助的な疼痛緩和法として有効なことがあります。特に薬物療法との併用で相乗効果が期待できます。
③ 認知行動療法と心理的サポート
慢性痛は精神的ストレスや不安、抑うつと相互に影響し合うことが知られています。認知行動療法や精神的サポートは痛みの感覚そのものや痛みへの対処能力を改善することがあります。
2. 栄養と生活習慣の最適化
食事や生活習慣の調整は、子宮内膜症の補助的管理方法として注目されています。
① 抗炎症食の可能性
研究では、オメガ3脂肪酸が豊富な食品(魚類、亜麻仁油など)や抗酸化物質を含む果物・野菜の摂取が、炎症反応の緩和に役立つ可能性が示唆されています。一方、赤肉や加工肉の過剰摂取は炎症を促進する可能性があります。
② 適度な運動
定期的な軽度から中程度の運動は、エンドルフィンの放出を促して痛みの感覚を和らげ、全体的な気分を改善することがあります。特にヨガや水泳などの低衝撃運動が推奨されます。
③ 良質な睡眠の確保
痛みと睡眠の質は密接に関連しています。睡眠環境の最適化、就寝前のリラクゼーション技術の実践、必要に応じて睡眠薬の適切な使用などが考慮されます。
3. 妊娠・出産に関する包括的サポート
子宮内膜症患者の約30〜50%が不妊の問題を抱えると言われています。そのため、妊娠希望のある患者に対しては、以下のような包括的なサポートが重要です。
① 適切なタイミングでの妊娠計画
子宮内膜症は経過とともに悪化する傾向があるため、妊娠希望のある患者には比較的早い段階での妊娠を検討することが勧められます。妊娠中は月経が停止するため、子宮内膜症の症状は一時的に軽減することがあります。
② 生殖補助医療の適切な導入
自然妊娠が困難な場合は、タイミング療法、排卵誘発、人工授精(AIH)、体外受精(IVF)などの生殖補助医療の段階的導入が検討されます。子宮内膜症の程度や患者の年齢によっては、早期からIVFを検討することもあります。
③ 妊娠・出産に関する不安へのケア
子宮内膜症患者は妊娠・出産に関する不安を抱えていることが少なくありません。正確な情報提供と必要に応じた心理的サポートが重要です。
4. 集学的チームアプローチの重要性
子宮内膜症の最適な管理には、様々な専門家による集学的なチームアプローチが効果的です。
このような多職種連携により、子宮内膜症の複雑な症状に対して包括的なケアを提供することが可能になります。
5. 患者エンパワーメントと自己管理
子宮内膜症患者が自身の健康管理に積極的に関わることで、QOL向上につながることがあります。
① 症状日記の活用
痛みや関連症状を記録することで、治療効果の評価や症状のパターン把握に役立ちます。スマートフォンアプリなどを活用すると継続的な記録が容易になります。
② 患者会・サポートグループへの参加
同じ経験を持つ患者との交流や情報共有は、精神的サポートになるだけでなく、実践的な対処法の学習にもつながります。
③ 信頼できる情報源へのアクセス
インターネット上には様々な情報が氾濫していますが、日本産科婦人科学会や専門病院のウェブサイトなど、信頼できる情報源から正確な知識を得ることが重要です。
子宮内膜症との共生においては、疾患の管理だけでなく、患者が自分らしい生活を送れるよう支援することが医療者の重要な役割です。個々の患者のニーズや価値観を尊重した患者中心のケアを提供することが、長期的なQOL向上につながるでしょう。