フェニトインは抗てんかん薬として長い歴史を持つ薬剤ですが、薬剤性過敏症候群(DIHS/DRESS)、Stevens-Johnson症候群(SJS)、中毒性表皮壊死融解症(TEN)などの重篤な皮膚障害を引き起こすリスクが知られています。これらの皮膚障害は発熱を伴う軽度な発疹から始まり、重症化すると水疱性、剥脱性、紫斑性皮膚炎へと進行し、致死的な転帰をたどる可能性があります。
参考)全日本民医連
フェニトイン投与開始後3週間以内に紅斑性麻疹状発疹が生じることが多く、発熱と好酸球増多を伴う過敏反応が特徴的です。過敏反応でよく見られる兆候として、発熱、好酸球増加、リンパ節疾患、血液疾患、肝障害、腎不全などがあり、これらが様々な組み合わせで生じます。
参考)全日本民医連
遺伝的リスク因子も明らかになっており、日本人におけるフェニトイン関連の重症薬疹発症にはHLA-B51:01との関連が示されています(日本人集団における頻度は約8.9%)。また、フェニトインの解毒代謝酵素CYP2C9の機能低下多型であるCYP2C93(日本人集団における頻度は約3%)も、DRESS/DIHS発症リスクを増加させることが報告されています。
参考)https://www.mhlw.go.jp/content/11120000/000720741.pdf
カルバマゼピンやアロプリノールと比較したリスク評価では、フェニトインはSJS・TEN発症リスクを約53倍に増加させることが報告されており、注意深いモニタリングが必要です。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjphcs/33/6/33_6_488/_pdf
フェニトインの長期投与により、巨赤芽球性貧血を含む血液障害が発現することがあります。巨赤芽球性貧血は葉酸欠乏によるDNA合成障害が原因で、骨髄に巨赤芽球が出現する疾患です。
参考)医療用医薬品 : アレビアチン (アレビアチン錠25mg 他…
フェニトインによる血液障害の機序としては、葉酸の吸収阻害や代謝への影響が考えられています。抗てんかん薬を長期内服している患者では、葉酸欠乏に加えてビタミンB12欠乏を来すこともあり、両者の欠乏により高度な巨赤芽球性貧血を呈する症例も報告されています。副作用モニター情報によれば、最近1年間に報告されたフェニトインによる副作用5例のうち、血液障害は顆粒球減少1例と肝障害2例でした。
参考)https://www.tokushima-med.jrc.or.jp/file/attachment/6370.pdf
血液障害を認めた場合は、薬剤を中止し、各貧血症の機序を判別することが重要です。溶血性貧血に対しては副腎皮質ステロイド薬投与、赤芽球癆に対しては免疫抑制薬投与を必要とすることがあり、貧血の程度により赤血球輸血を必要とすることもあります。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/96/9/96_1888/_pdf
定期的な血液検査によるモニタリングが推奨され、特に長期投与を受けている患者では、半年から1年に一度の血液検査で肝機能や電解質バランス、ホルモンレベルの変化をチェックすることが重要です。
参考)抗てんかん発作薬の副作用とそのマネジメント
フェニトイン誘発性歯肉増殖症は、1939年にKimballが初めて報告した特異的な副作用で、服用者の約50%前後に発現が認められます。好発年齢は10〜15歳の思春期とされ、長期療法を受けている患者の3〜93%に歯肉肥大が生じますが、発現率は50%程度が一般的です。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4039754/
歯肉増殖症の病態は、歯肉固有層における細胞外マトリックス成分、特にコラーゲンの蓄積による線維性肥厚です。フェニトインは線維芽細胞に作用して細胞外マトリックス代謝を変化させ、コラーゲン合成と分解のバランスが崩れることで歯肉組織が増殖します。炎症性変化が線維芽細胞とフェニトインの相互作用を促進し、細胞外マトリックス含量の増加をもたらすことが示唆されています。
参考)https://opendentistryjournal.com/VOLUME/13/PAGE/430/PDF/
臨床的特徴として、歯間乳頭部歯肉が近遠心部から歯冠中央に向けて幅と厚さを増していき、辺縁歯肉も増大して歯冠を覆い尽くすまで肥大する場合があります。非炎症性でピンク色を示し硬い線維性の硬結として増殖しますが、プラーク沈着により炎症が併発すると発赤、浮腫状となり易出血性を示します。
参考)水平性歯肉肥大による口腔の形態および機能への影響(2021/…
歯肉増殖の程度はプラークとの相関性が指摘されており、治療としては外科的切除後に歯科専門家による継続的な口腔清掃指導が必要です。再発防止のためには良好な口腔衛生管理が不可欠となります。
参考)https://www.perio.jp/member/award/file/hygienist/51-au.pdf
フェニトインは酵素誘導薬として知られ、長期服用により骨粗鬆症のリスクを高めることが報告されています。フェニトインを含むCYP450誘導作用を持つ抗てんかん薬で治療された患者では、骨密度(BMD)の有意な減少と骨折リスクの増加が示されています。
参考)抗てんかんと骨の健康 - Bibgraph(ビブグラフ)
フェニトインによる骨代謝異常の機序は、ビタミンD代謝への影響が中心となっています。フェニトインはビタミンDの不活性化を促進することで、カルシウム吸収の低下やくる病、骨軟化症を引き起こします。特にアセタゾラミドとの併用時には、代謝性アシドーシスや腎尿細管障害の影響も加わり、くる病や骨軟化症が発現しやすくなることが知られています。
参考)https://kaken.nii.ac.jp/en/file/KAKENHI-PROJECT-19791630/19791630seika.pdf
てんかん患者の多くは、薬剤による骨代謝異常に加えて、メカニカルストレスの欠如や日光暴露の不足といった骨代謝に対して不利な条件が重なっています。フェニトイン誘発性骨減少症モデルラットを用いた研究では、フェニトイン投与により骨密度が7%程度減少することが確認されています。
骨代謝異常の予防には、活性型ビタミンD3(アルファカルシドールやカルシトリオール)の併用投与、ビタミンK誘導体であるメナテトレノン(メナキノン-4)の使用が有効であることが示されています。長期投与患者では定期的な骨密度測定と予防的介入が推奨されます。
フェニトインは治療域が狭く(10〜20μg/mL)、血中濃度が上昇すると濃度依存的に中枢神経系の副作用が出現します。フェニトインの作用機序は、電位依存性ナトリウムチャネルを阻害して神経細胞膜を安定化させ、異常な神経興奮を抑制することですが、血中濃度が治療域を超えると中毒症状が発現します。
参考)てんかん治療薬
急性フェニトイン中毒の症状として、眼振、運動失調、意識障害、悪心、嘔吐、筋緊張低下、眼球運動麻痺などの身体症状に加えて、意識障害、錯乱、奇異な言動などの多彩な精神症状が報告されています。血中濃度が30μg/mLを超えると副作用の重症度が増加し、高濃度では意識障害、血圧低下、呼吸障害が生じます。
参考)フェニトイン(2011/12/19追加)
フェニトインは肝臓においてミカエリス-メンテン型の代謝を示し、投与量の増加に伴い代謝の飽和により急激な血中濃度上昇をもたらします。この非線形の体内動態特性により、個体差が最も大きい薬物の一つとなっており、治療薬物モニタリング(TDM)が必須とされています。
参考)https://www.jseptic.com/journal/100.pdf
低栄養による血清アルブミン低下や腎不全によって血中濃度補正値はさらに上昇し、過鎮静、傾眠、運動失調のほか、洞停止、高度徐脈が多数報告されています。フェニトイン投与中の患者では、血中濃度測定と臨床症状の注意深い観察が重要です。
フェニトインは多くの薬剤と相互作用を示し、血中濃度の変動や併用薬の効果への影響が問題となります。フェニトインはCYP2C9およびCYP2C19で主に代謝され、CYP3AやCYP2B6を誘導する性質を持っています。
参考)https://dsu-system.jp/dsu/324/13129/notice/notice_13129_20240219152411.pdf
フェニトインの血中濃度を上昇させる薬剤として、CYP2C9またはCYP2C19を阻害する薬剤(エトスクシミド、オメプラゾール、ジスルフィラム、ジルチアゼム、スルチアム、パラアミノサリチル酸、エソメプラゾール)があり、これらとの併用時には中毒症状の発現に注意が必要です。
一方、フェニトインの肝薬物代謝酵素誘導作用により、併用薬の血中濃度が低下する例も多く報告されています。セイヨウオトギリソウ含有食品の摂取により、フェニトインの代謝が促進され血中濃度が低下するため、本剤投与時はこれらの食品摂取を避けることが推奨されています。
特に注意が必要な相互作用として、アセトアミノフェンとの併用があります。フェニトインを長期連用している患者では、肝薬物代謝酵素誘導によりアセトアミノフェンから肝毒性を持つN-アセチル-p-ベンゾキノンイミンへの代謝が促進され、肝機能障害を生じやすくなります。
血糖降下剤との併用では、フェニトインのインスリン分泌抑制作用により、血糖降下剤の作用が減弱され高血糖を起こすことがあるため、血糖の上昇に注意する必要があります。非脱分極性筋弛緩剤をフェニトイン長期前投与患者に使用する場合、筋弛緩剤の作用が減弱することも知られています。
併用注意薬剤については、吸収阻害薬(制酸薬)、てんかん発作閾値を低下させる薬物、肝代謝酵素の誘導・抑制作用を持つ薬剤など多岐にわたるため、処方時には添付文書の相互作用欄を確認し、血中濃度モニタリングを適切に実施することが重要です。
参考)てんかん患者で注意すべき併用薬はなにか
民医連新聞の抗けいれん薬の副作用に関する解説記事
フェニトインの副作用の特徴、血中濃度モニタリングの重要性、薬剤過敏症候群の症例について詳しく解説されています。
フェニトインのTDMガイドライン
有効血中濃度、投与設計、個体差の考慮について、実践的な情報が掲載されています。