中毒性表皮壊死融解症(Toxic Epidermal Necrolysis: TEN)は、ライエル症候群とも呼ばれる重篤な皮膚粘膜障害です。スティーブンス・ジョンソン症候群(SJS)と同一スペクトラム上にある疾患とされ、皮膚剥離面積によって区別されています。日本では体表面積の10%以上に水疱・びらんなどの皮膚剥離が認められる場合をTENと診断します。
発症機序については、薬剤または代謝物が免疫反応を惹起し、特異的T細胞が活性化されることで、ケラチノサイトの細胞死が誘導されると考えられています。最新の研究では、以下の複数の経路が関与していることが明らかになっています。
特に最近の研究では、CD8陽性T細胞から放出されるグラニュライシンが主要な表皮壊死誘導因子であることが注目されています。このグラニュライシンは急性期の水疱液中に高濃度で検出され、病態の重症度と相関することが分かってきました。
中毒性表皮壊死融解症の症状は、通常、原因薬剤の服用開始から1~4週間後に現れ始めます。初期症状として以下の前駆症状が出現します。
これらの前駆症状に続いて、特徴的な皮膚症状が急速に進行します。
粘膜症状も高頻度に合併し、最大90%の症例で以下の症状が認められます。
重症例では、表皮壊死が全身の30%以上に及ぶことがあり、このような場合は広範囲熱傷と同様の病態を呈し、体液・電解質喪失や二次感染のリスクが著しく高まります。また、爪や眉毛が表皮とともに脱落することもあります。
中毒性表皮壊死融解症の原因は、約80%が薬剤関連とされています。残りはウイルスやマイコプラズマ感染症に関連して発症するケースです。原因薬剤として報告頻度が高いものには以下があります。
高リスク薬剤(相対リスク比が大きい順)
中等度リスク薬剤
発症リスク因子
特に注目すべきは、総合感冒薬(風邪薬)のような市販薬も原因となりうることです。また、アロプリノールとHLA-B*5801との強い関連が報告されており、特定の人種(アジア人など)では発症リスクが高いことが知られています。
薬剤服用から症状発現までの期間は通常1~3週間とされていますが、再投与の場合はより早期(24時間以内)に発症することがあります。このため、原因薬剤の特定と適切な回避策が重要です。
中毒性表皮壊死融解症の治療は、早期診断と原因薬剤の中止が最も重要な第一歩です。続いて、以下の治療アプローチが検討されます。
1. 支持療法(最重要基盤治療)
2. 薬物療法(議論が続いている治療法)
a) ステロイド療法。
b) 免疫グロブリン大量静注療法(IVIG)。
c) シクロスポリン。
d) TNF-α阻害薬。
e) プラズマフェレーシス(血漿交換療法)。
3. 局所療法
治療法選択の際は、施設の経験や専門性、患者の全身状態を考慮することが重要です。特に日本の診療ガイドラインでは、早期のステロイドパルス療法と適切な支持療法の組み合わせが推奨されています。
日本皮膚科学会ガイドライン:重症薬疹診療ガイドライン
なお、サリドマイドは初期には治療選択肢として検討されていましたが、死亡率を上昇させるため現在では禁忌とされています。
中毒性表皮壊死融解症は重篤な疾患であり、適切な治療が行われた場合でも死亡率は成人で20~40%、小児で7.5%と報告されています。予後予測には、SCORTEN(TEN重症度スコア)が広く使用されており、以下の7項目が評価されます。
SCORTENスコア項目(各1点)
スコアが高いほど死亡リスクが上昇し、5点以上では死亡率が90%以上に達します。
急性期を脱した後も、多くの患者が長期的な後遺症に悩まされます。主な後遺症には以下があります。
1. 眼合併症(最も頻度が高い)
2. 皮膚合併症
3. 粘膜合併症
4. その他の合併症
特に眼合併症は患者のQOL低下に大きく関与するため、急性期からの眼科医との連携が必須です。急性期以降も、眼科、皮膚科、呼吸器科など多診療科での定期的なフォローアップが推奨されます。
また、原因薬剤が特定された場合は、患者や家族へ薬剤アレルギーカードの携帯を指導し、電子カルテへのアレルギー情報の登録を徹底することが重要です。類似薬剤による交差反応の可能性についても説明が必要です。
長期的な経過観察の中で、心理社会的サポートも患者のQOL向上に不可欠な要素であり、必要に応じて精神科や臨床心理士との連携も検討すべきでしょう。
中毒性表皮壊死融解症は発症早期の診断と対応が予後を大きく左右します。医療従事者が知っておくべき早期発見のポイントと初期対応について解説します。
早期発見のためのアラームサイン
特に既知の高リスク薬剤(抗てんかん薬、アロプリノール、サルファ剤など)使用患者では、上記症状に特に注意を払う必要があります。早期に皮膚科専門医へのコンサルテーションを行うことが望ましいでしょう。
初期対応のフローチャート
初期対応においては、患者の全身状態を熱傷患者と同様に管理することが重要です。Parklandの公式などを参考に、体液喪失に対する適切な輸液管理を行います。
必要輸液量(mL)= 4 × 体重(kg)× びらん面積(%体表面積)
また、経験的抗菌薬の投与については議論があるところですが、明らかな感染兆候がない場合は、菌交代や耐性菌出現のリスクを考慮し、予防的投与は控えるべきとする意見が多いです。一方で、臨床的に感染が疑われる場合は、速やかに広域抗菌薬を開始する必要があります。
日本集中治療医学会雑誌:中毒性表皮壊死症の集中治療管理
医療機関での初期対応が適切に行われることで、この重篤な疾患の死亡率を低減し、後遺症の軽減にもつながることを認識しておきましょう。