スピラマイシンとアセチルスピラマイシンの違いと臨床使用の注意点

スピラマイシンとアセチルスピラマイシンは構造が類似していますが、保険適用や薬理学的特性に重要な違いがあります。医療従事者として知っておくべき違いとは何でしょうか?

スピラマイシンとアセチルスピラマイシンの違い

スピラマイシンとアセチルスピラマイシンの主な違い
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化学構造の違い

スピラマイシンはI、II、IIIの3つの成分混合物、アセチルスピラマイシンはスピラマイシンの酢酸エステル化合物

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保険適用の違い

スピラマイシンは2018年から先天性トキソプラズマ症に保険適用、アセチルスピラマイシンは保険適用なし

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臨床での使い分け

現在はスピラマイシンが標準治療薬として推奨、アセチルスピラマイシンの使用は限定的

スピラマイシンとアセチルスピラマイシンの化学構造の違い

スピラマイシンとアセチルスピラマイシンは、どちらもマクロライド系抗生物質に分類されますが、化学構造において重要な違いがあります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11626521/

 

スピラマイシンは、3つの主要成分の混合物として存在します。

  • スピラマイシンI:ラクトン環の3位側鎖にヒドロキシ基を持つ
  • スピラマイシンII:ラクトン環の3位側鎖にアセチル基を持つ
  • スピラマイシンIII:ラクトン環の3位側鎖にプロピオニル基を持つ

これに対してアセチルスピラマイシンは、スピラマイシンの酢酸エステルとして化学修飾された化合物です。化学名は「スピラマイシン酢酸エステル」と表記され、英名では「Spiramycin Acetate」となります。
参考)https://www.kegg.jp/medicus-bin/japic_med?japic_code=00051552

 

この化学修飾により、生体内での代謝や吸収特性に違いが生じます。アセチルスピラマイシンは体内でエステラーゼにより加水分解されてスピラマイシンに変換されるため、実際の薬理作用はスピラマイシンによるものです。
参考)https://pins.japic.or.jp/pdf/medical_interview/IF00002151.pdf

 

スピラマイシンとアセチルスピラマイシンの薬理学的特性の比較

両薬剤の薬理学的特性には、投与量や血中濃度に関して注目すべき違いがあります。

 

投与量と血中濃度の関係
アセチルスピラマイシンは、スピラマイシンの70%の投与量で同等の血中濃度が得られるという特性があります。これは、アセチルスピラマイシンの方が生体利用率が高いことを示しています。
参考)https://www.mhlw.go.jp/topics/2012/03/dl/kigyoukenkai-118.pdf

 

用法・用量の違い

  • スピラマイシン:通常、成人には1回3g(力価)を1日2回経口投与
  • アセチルスピラマイシン:通常、成人には1回200mg(力価)を1日4〜6回経口投与

抗トキソプラズマ活性の作用機序
どちらの薬剤も抗トキソプラズマ活性を示しますが、作用機序は完全には解明されていません。最近の研究では、トキソプラズマに特異的に存在するアピコプラストにおける50Sリボソームを介するタンパク質合成阻害が関与していると考えられています。
参考)https://www.pmda.go.jp/drugs/2018/P20180628001/780069000_23000AMX00481_G100_1.pdf

 

抗菌スペクトル
両薬剤ともマクロライド系抗生物質に特徴的な抗菌スペクトルを示し、グラム陽性菌、一部のグラム陰性菌、非定型病原体に対して活性を持ちます。

スピラマイシンとアセチルスピラマイシンの保険適用と臨床使用の現状

両薬剤の保険適用状況は、臨床現場での使用において極めて重要な違いとなっています。

 

スピラマイシンの保険適用
2018年7月に「先天性トキソプラズマ症の発症抑制」を効能・効果として製造販売承認を取得し、同年9月に保険収載されました。これにより、妊婦のトキソプラズマ治療において保険診療での使用が可能となりました。
参考)https://www.jaog.or.jp/lecture/14-%E5%A6%8A%E5%A9%A6%E3%81%AE%E3%83%88%E3%82%AD%E3%82%BD%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%BA%E3%83%9E%E6%84%9F%E6%9F%93%E3%81%A7%E4%BD%BF%E7%94%A8%E3%81%99%E3%82%8B%E6%8A%97%E3%83%88%E3%82%AD%E3%82%BD/

 

スピラマイシンの開発は、公益社団法人日本産科婦人科学会より開発の要望がなされ、2014年11月に医療上の必要性の高い未承認薬として厚生労働省よりサノフィが開発要請を受けたものです。
アセチルスピラマイシンの現状
アセチルスピラマイシンは、トキソプラズマ感染に対する効能・効果や保険適用がないため、現在は保険適用のあるスピラマイシンの投与が推奨されています。
参考)https://cmvtoxo.umin.jp/toxoplasma/04.html

 

しかし、スピラマイシンが利用できなかった期間において、長くアセチルスピラマイシンが利用されてきた歴史があります。現在でも、特定の状況下では医師の判断により使用される場合があります。
臨床での使い分け
現在の診療ガイドラインでは。

  • 第一選択薬:スピラマイシン(保険適用あり)
  • 特殊な状況:アセチルスピラマイシン(自費診療)

海外の診療ガイドライン及び成書において、スピラマイシンがトキソプラズマに初感染した妊婦に対する標準的治療薬として推奨されています。

スピラマイシンとアセチルスピラマイシンの副作用プロファイルと安全性

両薬剤の副作用プロファイルには類似点と相違点があり、医療従事者として把握しておくべき重要な情報です。

 

スピラマイシンの副作用
重大な副作用として以下が報告されています:

アセチルスピラマイシンの副作用
主な副作用として以下が報告されています:

発現頻度 副作用
0.1〜5%未満 発疹・発赤、食欲不振、悪心・嘔吐、下痢、胃部不快感
0.1%未満 軟便、口内炎
頻度不明 胃部圧迫感

妊婦への安全性
両薬剤とも、妊婦に対する使用において国際的に推奨されている薬剤です。特にトキソプラズマの母子感染予防において、胎児への影響が限定的であることが知られています。

 

薬物相互作用
マクロライド系抗生物質として、両薬剤ともCYP3A4阻害作用があるため、他の薬剤との相互作用に注意が必要です。特にワルファリンなどの抗凝固薬、シクロスポリンなどの免疫抑制薬との併用時には慎重な監視が必要です。

 

スピラマイシンとアセチルスピラマイシンの今後の展望と研究動向

マクロライド系抗生物質の分野では、薬剤耐性菌の増加や新たな適応症の開発が注目されています。

 

薬剤耐性への対応
多剤耐性菌の増加に対応するため、スピラマイシンの誘導体やアシル化誘導体の研究が進められています。最近の研究では、スピラマイシンの4''位OHを選択的にアシル化することで、新規スピラマイシン誘導体を合成し、抗癌活性を持つ化合物の開発が報告されています。
新規適応症の探索
従来の抗菌・抗トキソプラズマ活性に加えて、スピラマイシン誘導体の抗癌活性に関する研究が進展しています。特に、HGC-27、HT-29、HCT-116、HeLa細胞株に対する抗増殖活性が報告されており、今後の臨床応用が期待されています。
個別化医療への応用
薬物代謝酵素の遺伝子多型を考慮した個別化医療の観点から、スピラマイシンとアセチルスピラマイシンの体内動態の違いを活用した治療戦略の研究も進められています。

 

製剤技術の向上
投与回数の削減や患者の服薬コンプライアンス向上を目的とした徐放性製剤や、妊婦に優しい剤形の開発も検討されています。

 

国際的な標準化
WHO(世界保健機関)や各国の産科学会において、トキソプラズマ治療薬としてのスピラマイシンの位置づけが明確化され、国際的な治療ガイドラインの統一が進められています。

 

これらの研究動向により、両薬剤のより効果的で安全な使用法が確立されることが期待されます。医療従事者としては、最新の研究成果を継続的に把握し、患者に最適な治療選択を提供することが重要です。