麻酔前投薬とは、全身麻酔の導入・維持を円滑にし、麻酔薬や手術による副作用を軽減する目的で全身麻酔前に投与する薬物のことです。抗コリン作動薬、抗不安薬、鎮静薬、鎮痛剤などが用いられます。麻酔薬や麻酔方法の変遷により、成人の予定手術では麻酔前投薬は不要とする傾向が強まっていますが、小児や動物では必要性が高いとされています。
参考)https://www.kochi-u.ac.jp/kms/fm_ansth/member/morpdf/20110512.pdf
麻酔前投薬の目的は多岐にわたり、鎮痛、抗不安・鎮静、気道分泌の抑制などが含まれます。疼痛閾値を上昇させ麻酔薬使用量を軽減させるため、麻薬性鎮痛薬のモルヒネ塩酸塩水和物やフェンタニルクエン酸塩が用いられます。患者の不安の除去を目的としてベンゾジアゼピン系薬物が広く使用され、唾液や気道粘膜からの粘液分泌を抑制するために抗コリン薬が投与されます。
参考)http://www.gakkenshoin.co.jp/book/ISBN978-4-7624-2664-3/02.pdf
近年、ERASプロトコールでは作用時間の長い鎮静薬・睡眠薬は使用しないことが推奨されており、麻酔前投薬の意義は薄れつつあります。しかし、患者の状態や手術の種類に応じて適切な麻酔前投薬を選択することは、依然として重要な麻酔管理の一部です。
参考)麻酔前投薬 - yakugaku lab
ベンゾジアゼピン系薬物は麻酔前投薬として最も広く用いられる鎮静・抗不安薬です。代表的な薬剤としてミダゾラムとジアゼパムがあり、患者の不安や緊張を軽減し、術前睡眠を確保する目的で投与されます。
参考)麻酔前投薬 - Wikipedia
ミダゾラムは麻酔前投薬として非常に広く使用されており、成人には0.08~0.10mg/kgを手術前30分~1時間に筋肉内注射します。小児の場合は0.08~0.15mg/kgを同様のタイミングで投与します。手術患者を対象にした試験では、手術1時間前にミダゾラム0.1mg/kgを筋肉内投与したところ、94.7%(36/38例)に中等度以上の鎮静効果が得られました。
参考)https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00051825.pdf
ミダゾラムは他のベンゾジアゼピン系の薬物と同様の作用を持ちますが、その作用発現は早く、持続時間は短いという特徴があります。作用機序はγ-アミノ酪酸(GABA)ニューロンのシナプス後膜に存在するベンゾジアゼピンレセプターに高い親和性で結合することにより、GABA親和性を増大させます。なお、その親和性はジアゼパムの約2倍です。
参考)ミダゾラム|催眠剤・抗不安剤|薬毒物検査|WEB総合検査案内…
小児麻酔では保護者と患児の分離による不安を軽減し、麻酔導入を容易かつ安全に行うために多くの場合、前投薬として鎮静薬が投与されます。ミダゾラムは一般的には0.5mg/kgを経口投与することが多く、ミダゾラム0.5mg/kgの前投薬は保護者の同伴入室よりも優れているとの報告があります。
参考)Pediatric Cardiology and Cardi…
日本麻酔科学会による催眠鎮静薬の使用指針(PDF)- ベンゾジアゼピン系薬物の投与法と注意点が詳述されています
近年、ミダゾラムの代替薬としてレミマゾラムという超短時間作用型ベンゾジアゼピンが登場し、注目を集めています。レミマゾラムはミダゾラムと同様の鎮静・抗不安・健忘作用を持ちますが、エステル代謝により半減期が5~10分と短く、投与中止後の回復が速やかです。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9726454/
ジアゼパムもベンゾジアゼピン系として広く用いられており、不安や緊張の軽減、術前睡眠の確保を目的として投与されます。欧米諸国では1990年代からミダゾラム内服による小児の麻酔前投薬が一般的となり、成人でもミダゾラム経口薬が最も使われている麻酔前投薬です。
参考)https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11120000-Iyakushokuhinkyoku/0000128613.pdf
オピオイド鎮痛薬は麻酔前投薬として疼痛閾値を上昇させ、麻酔薬使用量を軽減させる目的で投与されます。代表的な薬剤としてモルヒネ塩酸塩水和物とフェンタニルクエン酸塩があり、鎮痛効果を発揮します。
モルヒネは古くから使用されているオピオイド鎮痛薬で、痛みの予防・鎮痛を目的として麻酔前投薬に用いられます。硬膜外術後鎮痛におけるモルヒネとフェンタニルの比較研究では、モルヒネ3mg/日とフェンタニル0.5mg/日で鎮痛効果はほぼ同等でしたが、フェンタニルで補助鎮痛薬を使用した頻度が高かったと報告されています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsca/27/3/27_3_246/_pdf
フェンタニルクエン酸塩は強力なオピオイド鎮痛薬で、モルヒネよりも作用発現が速く、持続時間が短いという特徴があります。麻酔前投薬として使用される際は、手術前の疼痛管理や麻酔導入時の鎮痛を目的として投与されます。小児麻酔では、口腔粘膜吸収型クエン酸フェンタニルが麻酔前投薬として好ましいとする報告もあります。
硬膜外腔にオピオイドを投与する場合、モルヒネよりフェンタニルの方が副作用発生頻度は少ないものの、副作用がなくなるわけではありません。嘔気・嘔吐およびかゆみの発生頻度と重症度については、モルヒネとフェンタニルで違いはなかったと報告されています。
オピオイド鎮痛薬は呼吸抑制のリスクがあるため、特にチアノーゼを合併した小児患者では注意が必要です。低酸素への呼吸中枢の反応が低下している場合、オピオイドなど呼吸抑制を惹起しやすい薬剤を用いると重症低酸素血症を合併することがあります。
その他のオピオイド鎮痛薬として、ペチジン、ペンタゾシン、レミフェンタニルなども麻酔前投薬として使用されることがあります。これらの薬剤は痛みの予防・鎮痛効果を発揮し、麻酔導入をスムーズに行うために重要な役割を果たします。
抗コリン薬は麻酔前投薬として、迷走神経反射(気管支分泌・徐脈など)の抑制を目的に使用されます。代表的な薬剤としてアトロピンとスコポラミンがあり、唾液や気道粘膜からの粘液分泌を抑制する効果があります。
アトロピンは気道分泌抑制のために広く使用されてきた抗コリン薬です。アトロピン0.25mgまたは0.5mgを導入30分前に筋注することによって気道内分泌が有意に減少したと報告されています。手術体位および部位による検討では、口腔内吸引は膝胸位・側臥位・腹臥位に多く、気管内吸引は頸部・口腔内・胸腔内手術に多く、それぞれアトロピンの投与によって吸引の症例が減少する傾向がみられました。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsca1981/7/3/7_3_330/_pdf/-char/ja
アトロピンを手術の体位、部位などを考慮して術中気道分泌抑制のために使用することが、より円滑な麻酔を行うために有用であることが示されています。しかし、アトロピンの投与と術中徐脈に有意な関係はなかったとの報告もあります。
抗コリン薬の気道分泌抑制作用は明らかですが、副作用を考慮すると全身麻酔の前投薬として必須かどうかに関しては意見が分かれているのが現状です。1968年には約72%の麻酔科医が気道分泌抑制作用のために抗コリン薬を使用していましたが、1978年にはその使用が62%に減少したと報告されています。
抗コリン薬の使用パターンの変化として、約20%が使用を中止もしくは使用回数を減らし、また9%は投与方法を静脈投与、経口投与に変更しています。前投薬として用いた場合、頻脈がみられることがあるため注意が必要です。
参考)http://www.anesth.or.jp/guide/pdf/publication4-1_20161125.pdf
スコポラミンも抗コリン薬として迷走神経反射の抑制に使用されます。抗コリン薬の必要性は最近疑問視されているにもかかわらず、臨床では投与されることが多いのが現状です。
H2受容体拮抗薬は麻酔前投薬として、胃酸分泌を抑制し誤嚥性肺炎を予防する目的で投与されます。代表的な薬剤としてファモチジン(ガスター®)とラニチジンがあります。
術前にH2ブロッカーを投与する理由は主に2つあります。第一に胃食道逆流や誤嚥の予防、第二に手術によるストレス性胃潰瘍の予防です。全身麻酔で噴門部が弛緩し、胃の中の分泌物が逆流しやすくなるため、胃酸を抑えるH2ブロッカーの投与が多くの手術で術前のルーチンとなっています。
参考)コラム:術前にH2ブロッカーを投与する理由
誤嚥性肺炎は胃液のpHや量によって重症化する可能性があります。H2ブロッカーは薬効により、もし誤嚥した場合でも肺炎を軽減する可能性があります。
参考)https://kango-oshigoto.jp/hatenurse/article/4443/
H2ブロッカーとプロトンポンプ阻害薬(PPI)はどちらも胃酸を抑制する作用がありますが、その機序と作用時間に違いがあります。PPIはプロトンポンプが動けなくなるようにする薬剤ですが、完全に止めるのには時間がかかります。一方、H2ブロッカーは主にヒスタミンの作用を阻害することで、とりあえず胃酸の生成を大きく抑制することがかなり早くできます。
術前投与薬にはH2ブロッカーが選択される理由は、この速やかな効果発現にあります。プロトンポンプは完全には止まりませんが、大きく抑制することで誤嚥予防に寄与します。
術前H2ブロッカー投与の詳細な解説 - 胃食道逆流予防のメカニズムと臨床的意義について
ファモチジンとラニチジンはともに麻酔前投薬として用いられるH2受容体拮抗薬ですが、薬物動態や副作用プロファイルに若干の違いがあります。小児患者を対象とした経口ファモチジン前投薬の研究も行われており、有効性が示されています。
参考)302 Found
筋弛緩薬は麻酔前投薬としてというよりも、主に全身麻酔の導入時に気管挿管を容易にする目的で使用されますが、一部の薬剤は前投薬として位置づけられることもあります。代表的な薬剤としてベクロニウム、ロクロニウム、スキサメトニウムがあります。
ロクロニウム臭化物は非脱分極性麻酔用筋弛緩剤として広く使用されています。通常、成人には挿管用量としてロクロニウム臭化物0.6mg/kgを静脈内投与し、術中必要に応じて0.1~0.2mg/kgを追加投与します。持続注入により投与する場合は、7μg/kg/分の投与速度で持続注入を開始します。
参考)https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00066885.pdf
ロクロニウムはベクロニウムと比較して、作用発現時間が速いという特徴があります。麻酔維持におけるロクロニウムの使用では、併用する麻酔薬の影響を強く受けます。セボフルランを使用した場合はロクロニウムの必要量は徐々に減少していくのに対して、プロポフォールを使用した場合はほぼ持続投与開始から終了まで濃度を変更する必要がありませんでした。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsca/28/4/28_4_655/_pdf
ロクロニウム注射時の疼痛は50~80%の患者で報告されており、リドカイン前投与により疼痛を軽減できることが示されています。保存剤無添加リドカイン1mg/kgを駆血帯適用後に静脈内投与し、1分後に駆血を解除して0.6mg/kgのロクロニウムを注射する方法が有効です。
参考)https://www.nepjol.info/index.php/nmcj/article/download/38547/29939
スキサメトニウム(サクシニルコリン)は脱分極性筋弛緩薬で、作用発現が非常に速く持続時間が短いため、緊急時の迅速気管挿管に適しています。しかし、悪性高熱症の既往がある患者や高カリウム血症のリスクがある患者では禁忌です。
ベクロニウム臭化物も非脱分極性筋弛緩薬として使用されますが、ロクロニウムと比較すると作用発現時間がやや遅いものの、作用持続時間は同程度です。筋弛緩モニタリング装置を用いて適切に投与量を調節することが推奨されています。
参考)https://www.maruishi-pharm.co.jp/media/rng-sug_touyoryokansanhyo_20240614.pdf
制吐薬は麻酔前投薬として、術後嘔気・嘔吐の予防や鎮静の補助を目的に投与されます。代表的な薬剤としてドロペリドールとクロルプロマジンがあります。
ドロペリドールは日本では麻酔薬として用いられる医薬品で、制吐薬または抗精神病薬としての作用も有します。効能・効果として、フェンタニルとの併用による全身麻酔ならびに局所麻酔補助、および単独投与による麻酔前投薬が承認されています。
参考)ドロペリドール - Wikipedia
ドロペリドールはブチロフェノン系の薬剤で、ドーパミン拮抗作用(D2受容体)、ヒスタミン拮抗作用、セロトニン拮抗作用が確認されています。成人に対して0.625mgの低用量で中枢性制吐効果および術後嘔気嘔吐予防効果を示します。
制吐薬として成人に対するドロペリドールの初回投与量は、筋注、静注のいずれも最大2.5mgですが、追加投与が必要な場合には1.25mgを投与します。追加投与は、その利益が副作用の危険を上回ると判断される場合に限り、注意して投与する必要があります。
参考)http://www.anesth.or.jp/guide/pdf/publication4-3_20180427s.pdf
重要な副作用として、ドロペリドールはQT延長を引き起こし、torsades de pointes(TdP)のような重篤な不整脈を引き起こす可能性があります。米国食品医薬品局(FDA)は2001年12月に、2.5mgを超えるドロペリドールの使用に関して警告文を発出し、ドロペリドールの適応を制吐薬のみに限定しました。
硬膜外術後鎮痛における研究では、ドロペリドール1.25mg/日を併用することで副作用を抑制する効果が検討されています。モルヒネおよびフェンタニルにドロペリドールを併用した群で、副作用発生頻度の低下が期待されましたが、明確な結論には至っていません。
クロルプロマジンも制吐薬および鎮静薬として麻酔前投薬に使用されることがあります。悪心・嘔吐予防と鎮静、術中・術後の不安抑制を目的として投与されます。
小児の麻酔前投薬は成人とは異なる特徴があり、保護者と患児の分離による不安を軽減し、麻酔導入を容易かつ安全に行うことが主な目的です。前投薬としてはケタミン、トリクロホス、ミダゾラム等が用いられることが多くあります。
ミダゾラムは小児麻酔前投薬として最も広く使用されており、一般的には0.5mg/kgを経口投与することが多いです。ミダゾラム0.5mg/kgの前投薬は保護者の同伴入室よりも優れており、同伴することでミダゾラム前投薬との相乗効果は期待できないが、保護者の不安は軽減されるとの報告があります。
小児心臓手術の麻酔管理では、ミダゾラムが頻用されていますが、その投与量には病態に応じた十分な配慮が必要です。激しい体動や啼泣が循環動態に悪影響を与える場合は前投薬による深い鎮静が求められます。一方、深い鎮静により呼吸抑制が生じた場合、PaCO2の上昇から肺血管抵抗の上昇を来し、結果としてより低酸素血症を悪化させる場合もあり、肺高血圧の合併が見られる場合も注意が必要です。
チアノーゼを合併した場合、低酸素への呼吸中枢の反応が低下しています。そのためオピオイドなど呼吸抑制を惹起しやすい薬剤を用いた場合は重症低酸素血症を合併することがあります。
近年、海外では前投薬として経口または経鼻投与でデクスメデトミジンを用いた報告があり、ミダゾラムと比較しても保護者との分離時の不安の抑制や、覚醒時興奮の抑制、術後鎮痛などの点で優れているとの報告もあります。
欧米諸国では1990年代からミダゾラム内服による小児の麻酔前投薬が一般的となっており、本邦でも小児麻酔前投薬としてミダゾラム経口投与の有効性が検討されています。知的障害者に対する全身麻酔前投薬としてのミダゾラム経口投与の試みでは、投与量と有効性の関係が検討されています。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/5761100eb73f0fe2bb5147f0682ed81c3c7007a8
小児における口腔粘膜吸収型クエン酸フェンタニルは、麻酔前投薬として特に好ましいとする報告もあります。麻酔前投薬としての効果はミダゾラムシロップと同等でしたが、口腔粘膜吸収型クエン酸フェンタニルの方がより小児患者に人気があり、覚醒時の状態が良好でした。
近年、ERAS(Enhanced Recovery After Surgery)プロトコールの導入により、麻酔前投薬の位置づけが大きく見直されています。麻酔薬や麻酔方法の変遷、研究結果により、前投薬の意義は薄れつつあり、成人の予定手術では麻酔前投薬は不要とする傾向が強まっています。
参考)ERAS総括 福島先生より
ERASプロトコールでは、作用時間の長い鎮静薬・睡眠薬は使用しないことがGrade Aの推奨となっています。この背景には、麻酔薬や麻酔方法が進化し、副作用を予防する目的での前投薬の必要性が減少してきたことがあります。
ERASは2000年代初頭に欧州で提唱された周術期管理の新しいプロトコールで、エビデンスに基づいて提唱されましたが、これまで多くの外科医が迷うことなく行ってきた古典的周術期管理の常識を大きく見直す内容も多々含まれていました。例えば、麻酔導入時に誤嚥を防ぐために従来は手術前夜からの絶飲食が常識であったのに対して、麻酔導入2時間前まで飲水可、6時間前まで食事可とされました。
ERAS総括 - 麻酔前投薬を含む周術期管理の最新のエビデンスと実践方法について
ERAS導入によって、従来の管理法に比べて合併症の減少や在院日数の短縮が種々報告されています。しかし実臨床においては、ERASを実践しているといっても必ずしもすべてのelementsを導入しているわけではありません。ERASのelementsを多く採用するほど合併症の低下や在院日数の短縮に寄与するとの報告もあり、20数項目のelementsの70~80%以上を実行することが推奨されています。
しかしながら、小児や動物では麻酔前投薬の必要性が高いとされており、患者の状態や手術の種類に応じて適切な判断が求められます。特に、不安が強い患者、小児、緊急手術、特殊な手術などでは、依然として麻酔前投薬が重要な役割を果たしています。
日本麻酔科学会が術前絶飲食ガイドラインを出したこともあり、術前飲水制限を緩和し、さらに術前炭水化物負荷食の導入も検討されるようになりました。これらの変化は、麻酔前投薬のあり方にも影響を与えており、より患者個別の状況に応じた投薬選択が求められています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsca/33/5/33_790/_pdf
麻酔前投薬の効果を最大限に発揮するためには、適切な投与時間と薬剤選択が重要です。各薬剤の薬物動態や作用発現時間を考慮して、手術室入室前の適切なタイミングで投与する必要があります。
ミダゾラムを麻酔前投薬として使用する場合、成人には0.08~0.10mg/kgを手術前30分~1時間に筋肉内注射します。手術前夜の睡眠障害と手術前の不安・緊張に対してベンゾジアゼピン系薬物を用いる場合、手術前夜に就寝前に経口投与することが一般的です。
参考)https://anesth.or.jp/files/pdf/hypnosis_sedative_20190418.pdf
エスタゾラムの場合、手術前夜に1~2mgを就寝前に経口投与し、手術室入室前のいわゆる麻酔前投薬としては2~4mgを投与しますが、本邦の添付文書では1回1~4mgとなっている一方、米国では1mgから開始し必要に応じて2mgに増量することとなっているため、少量から開始し効果をみながら適宜漸増した方が安全と思われます。
オキサゾラムの場合、麻酔前投薬としてオキサゾラムとして1~2mg/kgを就寝前または手術前に経口投与します。ただし、添付文書上は体重50kgであれば100mgまで可ということですが、不眠時使用量が1回20mgまでであること、また臨床試験でも1日量60mgまでの投与実績しかないことに留意すべきです。
H2受容体拮抗薬は胃酸分泌抑制に時間がかかるため、手術の数時間前に投与することが推奨されます。ファモチジンなどのH2ブロッカーは、術前に投与することで胃食道逆流や誤嚥の予防、手術によるストレス性胃潰瘍の予防に寄与します。
抗コリン薬であるアトロピンは、気道分泌抑制のために導入30分前に筋注することが効果的です。アトロピン0.25mgまたは0.5mgを導入30分前に筋注することによって気道内分泌が有意に減少しました。
薬剤選択においては、患者の年齢、体重、基礎疾患、手術の種類、麻酔方法などを総合的に判断する必要があります。また、併用する他の薬剤との相互作用にも注意を払う必要があります。
処置時の鎮痛と鎮静においては、処置の2時間前まで水のみ飲水、6時間前まで固形物や牛乳は可という条件を満たさない場合、処置を遅らせることが推奨されています。これらの絶食時間は、誤嚥リスクを最小限にするために重要です。
参考)http://hospi.sakura.ne.jp/wp/wp-content/themes/generalist/img/medical/jhn-cq-teine-161107.pdf

臨床麻酔 Vol.32 No.10 2008年10月 「麻酔前投薬としてのH2拮抗薬の耐性とプロトンポンプ阻害薬の有用性/神経障害性疼痛と鏡療法-脳内機序解明に向けて-」