プロポフォールは静脈麻酔薬として広く使用されていますが、添付文書上の禁忌事項として「本剤または本剤の成分に対し過敏症の既往歴のある患者」「小児(集中治療における人工呼吸中の鎮静)」が明記されています。特に小児の集中治療領域での使用制限は、プロポフォール注入症候群(PRIS)と呼ばれる重篤な合併症のリスクが高いことに基づいています。
参考)https://www.mhlw.go.jp/content/11121000/000341844.pdf
従来は「妊産婦」も禁忌に設定されていましたが、平成30年の添付文書改訂により、「妊婦又は妊娠している可能性のある女性には、治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与すること」という慎重投与の扱いに変更されました。この改訂は、海外の添付文書では妊産婦が禁忌とされていないことや、欧米での使用実績を踏まえたものです。
臨床現場では、過敏症の既往歴について事前に十分な問診を行うことが不可欠です。アトピー性皮膚炎や複数の薬物アレルギーの既往を持つ患者では、プロポフォールに対するアレルギー反応の可能性に特に注意を払う必要があります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC2980671/
小児集中治療における人工呼吸中の鎮静目的でのプロポフォール使用は絶対禁忌とされています。この制限の背景には、プロポフォール注入症候群(PRIS)という致死的な合併症の存在があります。PRISは代謝性アシドーシス、横紋筋融解、ミオグロビン尿、肝腫大、脂肪血症、治療抵抗性の徐脈や心静止などを特徴とする重篤な病態です。
参考)https://www.jsicm.org/pdf/propofol1508.pdf
小児においてPRISが発症しやすい理由として、プロポフォールの代謝・排泄が成人に比べて遷延すること、また小児の高い脂肪代謝依存度が挙げられます。PRISの発症機序は、ミトコンドリアのβ酸化障害と電子伝達系の障害により、ATP産生が低下することによると考えられています。
参考)301 Moved Permanently
臨床研究では、24時間以上のプロポフォール持続投与で4mg/kg/時を超える投与速度がPRISのリスク因子とされています。18歳未満のPRIS死亡率は46%と非常に高く、18歳以上でも27%に達するため、小児への使用は極めて慎重でなければなりません。実際、2014年には日本国内でも小児の術後人工呼吸中の鎮静としてプロポフォール持続投与が行われ、死亡事故が発生した事例が報告されています。
参考)https://www.jsicm.org/pdf/propofol02.pdf
プロポフォール製剤には卵レシチンや大豆油といった油脂成分が含まれているため、従来は卵や大豆、ピーナッツにアレルギーのある患者に対して禁忌とされてきました。しかし、近年の研究により、この見解は大きく変化しつつあります。
参考)“痛みが怖い”を和らげる麻酔法|藤沢IVFクリニック|藤沢駅…
2023年に発表された大規模後ろ向きコホート研究では、卵・大豆アレルギーを持つ成人患者へのプロポフォール使用後のアレルギー反応の相対リスクは1.14(95%信頼区間0.10-12.4、p=0.74)であり、有意な増加は認められませんでした。この結果を受けて、現在では「卵または大豆に対するアレルギーは、もはやプロポフォールの禁忌ではない」という見解が示されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9826766/
その理由として、卵や大豆の食物アレルゲンとプロポフォール製剤中の卵・大豆成分(高度精製された油脂)とは抗原性が異なることが明らかになっています。小児を対象とした研究でも、食物アレルギーや好酸球性食道炎を持つ患者1365例の食道胃十二指腸内視鏡検査において、プロポフォール使用による重篤なアレルギー反応は報告されていません。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5145772/
ただし、アレルギーリスクがゼロというわけではないため、アトピーや複数の薬物アレルギーの既往を持つ患者では慎重な対応が求められます。麻酔科医は卵・大豆アレルギー患者であってもプロポフォールの適応を適切に判断できるとされていますが、エピネフリンやヒスタミン受容体拮抗薬、ステロイドなどの救急薬剤を常に準備しておくことが推奨されます。
参考)https://journals.lww.com/10.4103/1658-354X.71581
高齢者に対するプロポフォール投与では、薬物動態学的および薬力学的な変化を考慮した用量調整が必須です。高齢者では分布容積(V1)とクリアランス(CLTB)が若年者に比べて20~25%低下することが報告されており、これにより必要投与量が減少します。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5864105/
麻酔導入時の推奨投与量は、通常成人では本剤0.05mL/kg/10秒(プロポフォールとして0.5mg/kg/10秒)ですが、高齢者では投与速度を約1/2、すなわち本剤約0.025mL/kg/10秒に減速することが推奨されています。これは高齢者において肝・腎機能および圧受容体反射機能が低下していることが多く、循環器系への副作用が出現しやすいためです。
参考)https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00047824.pdf
研究データによると、高齢者、特に75歳以上の患者では過量投与による低血圧や30日死亡率の増加リスクが指摘されています。また、年齢と性別による差異も存在し、40歳以下の女性では比較的高用量のプロポフォールが必要とされる一方で、高齢者では個別化された麻酔管理の重要性が強調されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC12014068/
プロポフォール投与中は、患者の全身状態を慎重に観察しながら投与量や投与速度を調整し、脳波モニタリングなどを併用して適切な麻酔深度を維持することが重要です。
プロポフォール投与における最も頻度の高い副作用は、用量依存性の低血圧と心肺抑制です。これらの副作用を最小限に抑えるため、適切なモニタリングと投与管理が不可欠となります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6494023/
呼吸器系のモニタリングでは、視診や聴診による胸郭の動きを含めた呼吸状態の観察、呼吸数の測定、パルスオキシメーターによる血中酸素飽和度の継続的な監視が基本となります。特に深鎮静時やプロポフォール使用時には呼気終末CO2(カプノグラフィー)のモニタリングが必須とされており、低換気の早期検出に有用です。呼気終末CO2の変化は薬物誘発性低換気とほぼ同時に起こり、低酸素症に先行するため重要な指標です。
参考)処置時の鎮静・鎮痛 - 22. 外傷と中毒 - MSDマニュ…
循環器系に関しては、脈拍と血圧の監視が大切であり、長時間の治療を要する症例や高齢者、心疾患の既往がある症例では心電図モニタリングを行う必要があります。最低限のモニタリング項目として、SpO2測定、非観血的血圧測定、呼吸数の視診が推奨されています。
参考)内視鏡検査・治療におけるプロポフォールを使用した鎮静法
ASA分類Ⅲ・Ⅳの患者や衰弱患者では、無呼吸や低血圧などの呼吸循環抑制が起こりやすいため、導入時の投与速度を約1/2に減速します。循環器障害、呼吸器障害、腎障害、肝障害、循環血液量減少のある患者では、患者の全身状態を慎重に観察しながら投与量や投与速度に注意を払うことが求められます。
参考)https://www.maruishi-pharm.co.jp/media/pa_20050801_4.pdf
プロポフォールの持続投与においては、投与速度と投与期間の管理が極めて重要です。集中治療における人工呼吸中の成人鎮静では、通常0.3~3.0mg/kg/時の投与速度で適切な鎮静深度が得られますが、疾患の種類や症状の程度を考慮して投与速度を調整します。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsca/39/5/39_603/_pdf
PRISの発症リスクを低減するため、4mg/kg/時を超える投与速度は避けるべきとされています。また、24時間以上の持続投与では成人患者でも約1%がPRISを発症するという報告があり、長期投与には特別な注意が必要です。PRISの診断基準には、突発性の治療抵抗性徐脈、高脂血症、肝腫大、代謝性アシドーシス、横紋筋融解などが含まれます。
参考)https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/download_pdf/2014/201405009A.pdf
プロポフォール投与中は、代謝性アシドーシスの早期発見のため、血液ガス分析による過剰塩基の評価、クレアチンキナーゼ(CK)やミオグロビンの測定による横紋筋融解の監視、肝機能検査やトリグリセリド値のモニタリングが推奨されます。脂質代謝障害のある患者や脂肪乳剤投与中の患者では、プロポフォール1.0mLあたり約0.1gの脂質を含有するため、血中脂質濃度の上昇に注意が必要です。
参考)KAKEN href="https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-21K16561/" target="_blank">https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-21K16561/amp;mdash; 研究課題をさがす
PRISの有効な治療法は確立されていないため、発症の未然防止が最も重要であり、投与速度の制限、定期的な臨床検査によるモニタリング、異常の早期発見と投与中止の判断が求められます。必要に応じて鎮痛剤を併用することで、プロポフォールの必要投与量を減らすことも有効な戦略です。
参考)https://www.fresenius-kabi.com/content/dam/fresenius-kabi/jp/products/product-documents/propofol/Propofol_671147_1119402A1103_1_06R.pdf.coredownload.pdf
厚生労働省:プロポフォール製剤の使用上の注意の改訂について(妊産婦への投与に関する安全対策情報)
日本集中治療医学会:プロポフォールの小児集中治療領域における使用の必要性及び適切な使用のための研究報告書
日本麻酔科学会:静脈関連薬の使用ガイドライン(プロポフォールの禁忌と注意事項について)