気管挿管の施行時には複数の重篤な合併症が発生する可能性があります。ER/ICUにおける緊急挿管では約40%の患者で低酸素血症、低血圧、心停止などの合併症が起こり得るため、適応判断と準備は極めて厳密に行う必要があります。
参考)緊急気道管理・気管挿管
食道挿管は気管挿管において最も注意すべき合併症の一つです。気づかれないまま経過すると、換気ができず低酸素血症に陥り、心停止に移行するおそれがあります。食道に入ったチューブに空気を入れると、逆流による誤嚥を招き、再度挿管を試みる際に視野が悪くなり、その後もバッグバルブマスクによる換気がうまくできなくなります。挿管後は5点聴診(心窩部、両上肺野、両側胸部)、胸郭の上下運動や動きの対称性、呼気中の二酸化炭素濃度、呼気時のチューブのくもりの有無などをチェックし、正しく挿管されているか確認することが重要です。
参考)気管挿管 - 21. 救命医療 - MSDマニュアル プロフ…
喉頭鏡による直接的な外傷も無視できないリスクです。喉頭鏡は唇、歯、舌、および声門上領域、声門下領域を損傷することがあり、特に動揺歯がある場合は歯の脱臼や損傷のリスクが高くなります。動揺歯を認めたら糸で固定し、脱臼や損傷を防ぐ必要があり、脱臼や損傷した場合は速やかに取り除く必要があります。
参考)気管挿管の合併症はあるの?
さらに、挿管操作は循環動態にも大きな影響を与えます。国際観察研究であるINTUBE studyによると、ICUにおける気管挿管では手術室での挿管に比べて、ショック、呼吸不全、代謝性アシドーシスなどの病態がベースにあるため、合併症のリスクが高いことが報告されています。血行動態の不安定化発症率は21〜34%に達することもあり、適切な事前準備と挿管時の慎重な対応が求められます。
参考)https://www.jseptic.com/journal/JC210525.pdf
人工呼吸器関連肺炎(VAP: Ventilator Associated Pneumonia)は、気管挿管による人工呼吸管理開始後48〜72時間以降に発症する肺炎であり、気管挿管の重大なデメリットの一つです。入院時や気管挿管時に肺炎がなかった患者が対象となり、VAPを合併した患者の死亡率は30〜76%と非常に高いことが報告されています。
参考)https://www.hosp.kagoshima-u.ac.jp/ict/yobousaku_iryoukanren/vap.pdf
VAPの最も一般的な原因は、重篤な病状の患者における中咽頭および上気道に定着している細菌の微小吸引です。気管挿管によって気道防御機構が侵害され、咳嗽および粘膜線毛クリアランスが障害され、気管内チューブの拡張させたカフ上に貯留する細菌を含んだ分泌物の微小吸引が起こりやすくなります。加えて、細菌が気管内チューブの表面および内部にバイオフィルムを形成し、これにより抗菌薬や宿主防御から細菌が保護されます。
参考)人工呼吸器関連肺炎 - 05. 肺疾患 - MSDマニュアル…
VAPのリスクは挿管後最初の10日間が最も高く、機械的人工換気下の患者の9〜27%に発生します。発症時期により早期VAP(気管挿管4日目以内、口腔・咽喉頭細菌叢が原因)と晩期VAP(菌交代によるグラム陰性桿菌やMRSAなどが原因)に分類されます。
VAP発生の機序は主に以下の3つです:
VAP対策を怠ることは、肺炎の発生を介し原疾患の治療を困難にするのみならず患者予後へと直結する可能性が高いため、人工呼吸器管理時においては細心の注意が必要です。
カフ圧の不適切な管理は、気管のびらん、狭窄、瘻孔形成といった重篤な合併症を引き起こします。カフ圧が過剰に高いと気道粘膜の血流を障害し、びらんや壊死、瘻孔形成を招く恐れがあります。まれに主要血管(例:腕頭動脈)からの出血、瘻(特に気管食道瘻)、および気管狭窄が起こることもあります。
参考)気管挿管とは? 目的や介助手順・ケアのポイントを徹底解説│看…
カフ圧は通常15〜20mmHg(または20〜30cmH₂O)が適切とされています。カフ圧が高すぎる場合、気道の粘膜が圧迫されて壊死し、その後肉芽形成したのち気道狭窄となる恐れがあります。高容量、低圧カフ付きの適切なサイズのチューブを用い、カフ圧を頻繁(8時間毎)に測定して適正圧を維持することで、圧迫による虚血性壊死のリスクは低下します。ただし、ショック状態、心拍出量低下、あるいは敗血症の患者では、そのリスクが残ります。
参考)挿管チューブ【ナース専科】
人工呼吸器装着時には決まった時間やルールを設けてカフ圧を測定し、適正値を維持する必要があります。カフ圧の測定にはカフ圧計を利用し、定期的な測定と調整を行うことが推奨されます。チューブカフは気管毛細血管の内圧を超えないように適正な圧に管理するか、臨床の状況により気管をシールできる最小限の空気注入量により管理することが重要です。
参考)https://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/kikiDetail/ResultDataSetPDF/530361_222AIBZX00021000_A_01_04
長期挿管では、カフによる圧迫が特に問題となります。適切なサイズのチューブを選定し、カフ圧は20〜30cmH₂Oの範囲に保つよう定期的な測定と調整を行う必要があります。カフへの過剰な空気注入はカフ破損や気管損傷・壊死の原因になるため、注意深いモニタリングが不可欠です。
抜管後喉頭浮腫(post-extubation laryngeal edema)は、気管挿管の重要な晩期合併症であり、抜管後の呼吸不全や再挿管の原因となります。抜管後喘鳴(PES: post-extubation stridor)によって診断され、頻度は4〜30%とバラツキがありますが、これは各研究により定義が異なるためです。抜管から喉頭浮腫出現までの時間は30分以内が82%、5分以内が47%と報告されています。
参考)抜管後喉頭浮腫 href="https://dr-gajumaru.com/emergency/123/" target="_blank">https://dr-gajumaru.com/emergency/123/amp;#8211; Dr.Gajumaruのメデ…
抜管後喉頭浮腫のリスク因子として以下が挙げられます:
参考)https://www.marianna-u.ac.jp/dbps_data/_material_/ikyoku/20171010Nagano.pdf
再挿管の増加、人工呼吸管理期間の延長、ICU滞在期間の延長と関連があり、再挿管となった患者の死亡率は43%と高いことが報告されています。抜管後喉頭浮腫のリスクが高い患者に対しては、抜管前にカフリークテストを検討し、カフリークテスト陽性の患者に対しては抜管前のステロイド全身投与を検討することが推奨されます。
参考)https://www.hosp.jihs.go.jp/icu/060/PDF/icu_kenshuui_note.pdf
抜管後に喉頭浮腫を認めた場合の治療は定まったものはなく、ステロイド全身投与やアドレナリン吸入などが提案されていますが、呼吸不全を来した場合には速やかに再挿管を行う必要があります。抜管可能か、抜管目標時刻、抜管後の酸素療法について担当医と協議し、これに合わせて準備(カフリークテスト、ステロイド投与など)を行うことが重要です。
人工呼吸器からのウィーニング・離脱に失敗する患者は約20%であり、人工呼吸期間の40%が離脱過程に費やされています。長引く人工呼吸は合併症発生(VAP、VALI、消化管出血、DVT)と相関するため、適切なタイミングでの抜管判断が求められます。
気管チューブの挿入・抜去時に声帯を損傷したり、気管チューブが声帯や嚥下機能を司る神経(反回神経)を圧迫することで、反回神経麻痺による嗄声が生じることがあります。いかなるチューブも喉頭を通過するものは多少とも声帯を傷害し、ときに潰瘍形成、虚血、および遷延性の声帯麻痺が起こります。
参考)気管挿管の看護|目的、適応、手順、合併症、看護計画
損傷により喉頭浮腫や気道穿孔などが起こると、抜管後まで影響を及ぼします。抜管後、嗄声に加え呼吸困難感や呼吸状態不良となった場合、喉頭の評価が必要となります。咽頭・声帯・気道の損傷は、チューブ挿入時や抜管時の刺激が原因となり、特に抜管時には喉頭けいれんが起こるリスクもあるため、筋弛緩薬の投与や再挿管も含めて検討する必要があります。
声帯に対する慢性的な刺激によって、潰瘍や麻痺、遷延性の嗄声も起こりえます。声門下狭窄は後になって(通常3〜4週間後に)起こることがあり、気管挿管期間が長期化するほど声門下狭窄症のリスクは高くなります。
参考)https://www.jibika.or.jp/uploads/files/guidelines/sentenseikidokyosaku.pdf
長期気管内挿管後の晩期合併症として、喉頭気管狭窄が生じることもあります。挿管チューブの不適合や過剰なカフ圧により後部声門や声門下の粘膜に壊死を来し、抜管時点では多少の出血以外問題はないものの、緩徐に狭窄し、結果として呼吸困難に至ることがあります。このような音声障害や気道狭窄は患者のQOLに長期的な影響を及ぼすため、慎重な挿管管理と定期的な評価が必要です。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8212164/
気管挿管時には多くの場合、鎮痛・鎮静剤の投与が必要となります。チューブをそのまま鼻や口に入れると苦しいため、基本的に酸素化・換気困難や挿管困難などがなく、呼吸・循環動態が鎮静薬の使用に耐えられるのであれば、鎮静・鎮痛を行います。
参考)【情報BOX】「人工呼吸器装着=気管切開」とは限らない 人工…
しかし、鎮静薬の使用にはいくつかのデメリットが存在します。鎮静薬だけでは患者の快適さが得られないと思われる場合には、鎮痛薬の併用が推奨されます。人工呼吸中の患者は気管チューブ留置による疼痛を感じているとの報告があり、適切な疼痛管理が必要です。
参考)人工呼吸中の鎮静のためのガイドライン
意識下挿管(鎮静・鎮痛を行わない、または少量の鎮静・鎮痛薬を使用)が必要な場合もあります。鎮静薬の投与により循環動態が悪化するリスクがある患者や、挿管困難が予想される場合などでは、意識を保ったまま挿管を行うこともあります。
参考)意識のある患者に気管挿管を行うときは、鎮静するの?
気管吸引などの処置においても、鎮静管理は重要です。吸引チューブの挿入が深すぎると気道刺激となり、その結果迷走神経反射が誘発されて呼吸停止に至ったり、不整脈を引き起こしたり、血圧や循環動態にも影響を及ぼすことがあります。正しい手技で実施することで、実施者の手技による人為的な合併症を防ぐことができます。
参考)「気管吸引後は急変に注意」というけれど、何に、どう注意すれば…
鎮静管理の不適切さは、人工呼吸器離脱の遅延にもつながります。人工呼吸器離脱プロトコルでは、鎮静薬中止(SAT: Spontaneous Awakening Trial)と自発呼吸トライアル(SBT: Spontaneous Breathing Trial)の成功を確認後、抜管という実施フローが示されており、適切な鎮静管理が早期離脱のカギとなります。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsicm/28/6/28_28_499/_pdf/-char/ja
看護roo! - 気管挿管における鎮静・鎮痛の基本的な考え方と実施基準
日本呼吸療法医学会 - 人工呼吸中の鎮静のためのガイドライン