筋肉内注射の正しい技術と最新手法の実践ガイド

筋肉内注射の基本から最新の手技まで解説します。安全な注射部位の選定、正しい刺入角度、新しい推奨手法など、臨床現場ですぐに活用できる知識を網羅していますが、あなたの施設ではどのように実施していますか?

筋肉内注射の基本と最新技術

筋肉内注射の基本知識
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効果的な吸収

筋肉内注射は皮下注射の約2倍の速さで薬剤が吸収され、刺激性のある薬剤投与に適しています

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適切な部位選択

三角筋中央部や中殿筋が一般的で、神経・血管損傷リスクの少ない部位を選択します

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安全性への配慮

新しい手技では接種者が座り、垂直に約20mm穿刺することで合併症リスクを軽減します

筋肉内注射の目的と適応:皮下注射との違い

筋肉内注射(筋注)は、薬剤を直接筋肉組織内に投与する方法です。血管が豊富に分布する筋肉層に薬剤を注入することで、薬物の吸収速度が速く、効果発現も迅速になるという大きな利点があります。具体的には、皮下注射の約2倍の速さで薬剤が吸収されるため、より早い効果を期待できます。

 

筋肉内注射が選択される主な理由としては、以下のようなケースが挙げられます。

  • 刺激性のある薬剤の投与:皮下組織では潰瘍形成のリスクがある刺激性の高い薬剤
  • 油性製剤や懸濁液の投与:ゆっくりと持続的に吸収させたい薬剤
  • 速い効果発現が必要:皮下注射より速く、静脈注射ほど速くない効果が必要な場合
  • 吸収が悪い薬剤:皮下組織では十分に吸収されにくい薬剤

筋肉注射と皮下注射の主な違いを表にまとめると次のようになります。

比較項目 筋肉内注射 皮下注射
注入部位 筋肉層 皮下脂肪層
吸収速度 速い(皮下の約2倍) 比較的遅い
適した薬剤 刺激性のある薬剤、油性製剤 水溶性薬剤、自己注射薬
針の長さ 一般的に長め(約20-30mm) 短め(約12-16mm)
注射角度 90度(垂直)が基本 45度が基本

医療現場では、新型コロナウイルスワクチンの接種が広く行われるようになり、筋肉内注射の重要性が再認識されています。従来、日本では多くのワクチンを皮下注射で投与する慣習がありましたが、世界的には筋肉内注射での接種が主流となっています。

 

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筋肉内注射の部位選択:最新推奨の三角筋中央部

筋肉内注射を行う上で最も重要なポイントの一つが、適切な注射部位の選択です。安全に注射を行うためには、筋肉が厚く、重要な神経や血管の分布が少ない部位を選ぶ必要があります。

 

成人では主に以下の部位が選択されます。

  1. 三角筋(上腕部):日本で最も一般的な筋注部位
  2. 中殿筋(臀部):以前は頻用されていたが、坐骨神経損傷のリスクがある

近年、特に新型コロナウイルスワクチン接種に伴い、筋肉内注射の合併症リスク低減のために、三角筋への注射部位について新たな推奨が提言されています。

 

従来の方法では、「肩峰から3横指下の三角筋中央部または前半部」を刺入部位としていましたが、この部位では以下のような合併症のリスクがあることが分かってきました。

  • 腋窩神経障害:肩峰から約5cm末梢で三角筋の深層を走行する腋窩神経の損傷
  • SIRVA(Shoulder Injury Related to Vaccine Administration):ワクチン接種に関連した肩関節障害
  • 橈骨神経障害:不適切な肢位と注射部位による橈骨神経の損傷

最新の推奨では、より安全な注射部位として「腕を自然に下ろした状態で、肩峰中央から垂直におろした線と、前腋窩線の頂点と後腋窩線の頂点を結ぶ線が交わる点(三角筋中央部)」が提案されています。この部位は主要な神経や血管からより離れているため、合併症のリスクが低減されます。

 

小児への筋肉内注射の場合、年齢によって推奨部位が異なります。

  • 3歳以上:三角筋中央部(筋肉量が少ない場合は大腿前外側部も可)
  • 1〜2歳:大腿前外側部または三角筋中央部
  • 1歳未満:大腿前外側部

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筋肉内注射の手技:正確な刺入角度と深さ

筋肉内注射を安全かつ効果的に行うためには、正確な手技が不可欠です。注射の手順を細かく見ていきましょう。

 

準備段階

  1. 患者の本人確認を行う
  2. 6Rの確認(正しい患者、正しい薬剤、正しい量、正しい方法、正しい時間、正しい目的)
  3. 必要な物品を準備する(注射器、注射針、消毒用アルコール綿など)

成人への上腕部(三角筋)への筋肉内注射の実施手順

  1. 患者のポジショニング
    • 背もたれのある椅子に座ってもらう
    • 肩峰から上腕までしっかり露出してもらう
    • 肘は曲げずに自然に下ろした姿勢をとってもらう(腰に手を当てない)
  2. 医療者のポジショニング
    • 医療者も椅子に座る(刺入部位と同じ高さに目線を合わせる)
    • これにより適切な部位に注射針を刺入しやすくなる
  3. 部位の確認と消毒
    • 三角筋の輪郭と、皮下組織や筋層の厚さを触診で確認
    • 注射部位をアルコール綿で外側に向かって円を描くように消毒
    • アルコールが乾燥するまで待つ
  4. 注射針の刺入
    • 注射針の刃面を上に向ける
    • 皮膚をつまみ上げずに、注射針を垂直(90度)に約20mm穿刺
    • 皮下脂肪層の厚い場合は90度、浅い場合は45~60度で刺入
  5. 安全確認
    • しびれや激しい痛みの有無を確認
    • 現在は、推奨される部位に大きな血管はないため、血液の逆流確認は必ずしも必要ないとされている
  6. 薬液の注入と抜針
    • 薬液をゆっくり注入
    • アルコール綿で軽く圧迫して抜針
    • 注射部位をマッサージする必要はない

注射針の選択
成人の場合。

  • 針の太さ:22〜25G
  • 針の長さ:体格によって異なる(一般的に20~30mm)

小児の場合。

  • 1歳未満:25G
  • 1〜18歳:23〜25G
  • 針の長さ:年齢や接種部位によって異なる

正確な刺入角度と深さを確保するためには、皮膚の断層構造を理解することが重要です。筋肉内注射では、表皮、真皮、皮下組織を通過して筋肉層まで針先を到達させる必要があります。

 

筋肉内注射(上腕部)の実施方法の詳細はこちら

筋肉内注射後の硬結予防:エビデンスに基づく筋収縮運動

筋肉内注射後に発生する「硬結」は、患者に痛みや不快感をもたらす代表的な合併症の一つです。特に油性徐放性製剤(ハロペリドールデカン酸エステル注射液など)の筋肉内注射後に発生しやすいとされています。

 

硬結とは
硬結とは、注射部位に生じる硬くしこりのような組織変化のことで、圧痛を伴うことがあります。従来、これを予防するために注射部位のマッサージが推奨されていましたが、最新の研究では、より効果的な予防法として「筋収縮運動」が注目されています。

 

筋収縮運動の有効性
研究によると、注射後に注射した筋肉を積極的に収縮させる運動を行うことで、硬結の発生率や持続期間、圧痛の程度が軽減されることが示唆されています。

 

例えば、ハロペリドールデカン酸エステル注射液の中殿筋への筋肉内注射を受けている患者を対象とした研究では、注射後に中殿筋が収縮するよう下肢の外転運動を30回行った介入群では、何もしなかった対照群と比較して以下のような効果が見られました。

  • 硬結が発生した場合でも、一側のみの発生に留まった
  • 圧痛が軽減された
  • 硬結の持続期間が短縮された(対照群:4週間以上、介入群:2週間以内に消失)

具体的な筋収縮運動の方法

  1. 三角筋への注射後
    • 腕を前後、左右に動かす
    • 肩を回す動作を20~30回行う
  2. 中殿筋への注射後
    • 下肢の外転運動(足を横に開く動作)を30回程度行う
    • 数回に分けて行っても効果がある

この方法は患者への負担も少なく、看護師も実施しやすいという利点があります。また、筋肉内注射直後から薬液の拡散を促進するため、薬効の安定化にも寄与する可能性があります。

 

油性徐放性製剤の筋肉内注射後の硬結を予防するための筋収縮運動に関する研究はこちら

筋肉内注射の心理的サポート:患者の不安軽減テクニック

筋肉内注射は技術的側面だけでなく、患者の心理面へのアプローチも非常に重要です。多くの患者が注射に対して不安や恐怖を感じており、これが筋緊張を引き起こし、結果として注射時の痛みを増強させたり、施術を困難にしたりすることがあります。

 

患者が感じる注射への不安要素

  1. 痛みへの恐怖:「注射は痛い」という先入観
  2. 合併症への不安:硬結や神経損傷などの合併症に対する懸念
  3. 過去のネガティブ体験:以前の注射で痛みや不快感を経験した記憶
  4. 情報不足:何が起こるのか、どのように行われるのかがわからない不安

効果的な心理的サポート技術

  1. 事前の情報提供
    • 行う処置の内容を簡潔かつ分かりやすく説明する
    • 所要時間や感じる可能性のある感覚について正直に伝える
    • ただし、不必要に恐怖を煽る表現は避ける
  2. リラクゼーション誘導
    • 深呼吸を促す:「ゆっくり深呼吸して、息を吐くときに体の力を抜いてください」
    • 注意転換法:注射と関係ない話題を提供する
    • 筋弛緩:「肩の力を抜いて、腕をリラックスさせてください」
  3. 信頼関係の構築
    • アイコンタクトを取り、穏やかな口調で話しかける
    • 患者の不安を軽視せず、共感の姿勢を示す
    • 質問に丁寧に答え、患者の主体性を尊重する
  4. タイミングとテクニック
    • 「チクッとしますよ」などの注射直前の声かけは個人によって効果が異なる
    • カウントダウンが有効な場合とそうでない場合がある
    • 個別化されたアプローチを心がける

実践的な声かけ例

  • 「少し緊張されていますか?深呼吸をするとリラックスできますよ」
  • 「注射の後は腕を動かすと痛みが軽減しやすくなります」
  • 「今回のワクチンは筋肉注射なので、効果がしっかり出やすいんですよ」

こうした心理的サポートは、単に患者の不安を和らげるだけでなく、筋肉内注射の成功率を高め、注射後の満足度向上にも寄与します。また、継続的な治療やワクチン接種が必要な場合、次回以降のコンプライアンス向上にもつながります。

 

特に小児や注射恐怖症の患者に対しては、年齢や理解度に応じた説明と心理的サポートが不可欠です。医療者は技術的スキルと並行して、こうした心理的アプローチのスキルも磨くことで、より質の高い看護を提供することができます。

 

筋肉内注射は、単なる「手技」ではなく、患者との信頼関係構築の機会でもあると捉えることが大切です。患者中心のアプローチで、身体的にも心理的にも安全で快適な注射体験を提供しましょう。