筋肉内注射(筋注)は、薬剤を直接筋肉組織内に投与する方法です。血管が豊富に分布する筋肉層に薬剤を注入することで、薬物の吸収速度が速く、効果発現も迅速になるという大きな利点があります。具体的には、皮下注射の約2倍の速さで薬剤が吸収されるため、より早い効果を期待できます。
筋肉内注射が選択される主な理由としては、以下のようなケースが挙げられます。
筋肉注射と皮下注射の主な違いを表にまとめると次のようになります。
比較項目 | 筋肉内注射 | 皮下注射 |
---|---|---|
注入部位 | 筋肉層 | 皮下脂肪層 |
吸収速度 | 速い(皮下の約2倍) | 比較的遅い |
適した薬剤 | 刺激性のある薬剤、油性製剤 | 水溶性薬剤、自己注射薬 |
針の長さ | 一般的に長め(約20-30mm) | 短め(約12-16mm) |
注射角度 | 90度(垂直)が基本 | 45度が基本 |
医療現場では、新型コロナウイルスワクチンの接種が広く行われるようになり、筋肉内注射の重要性が再認識されています。従来、日本では多くのワクチンを皮下注射で投与する慣習がありましたが、世界的には筋肉内注射での接種が主流となっています。
筋肉内注射を行う上で最も重要なポイントの一つが、適切な注射部位の選択です。安全に注射を行うためには、筋肉が厚く、重要な神経や血管の分布が少ない部位を選ぶ必要があります。
成人では主に以下の部位が選択されます。
近年、特に新型コロナウイルスワクチン接種に伴い、筋肉内注射の合併症リスク低減のために、三角筋への注射部位について新たな推奨が提言されています。
従来の方法では、「肩峰から3横指下の三角筋中央部または前半部」を刺入部位としていましたが、この部位では以下のような合併症のリスクがあることが分かってきました。
最新の推奨では、より安全な注射部位として「腕を自然に下ろした状態で、肩峰中央から垂直におろした線と、前腋窩線の頂点と後腋窩線の頂点を結ぶ線が交わる点(三角筋中央部)」が提案されています。この部位は主要な神経や血管からより離れているため、合併症のリスクが低減されます。
小児への筋肉内注射の場合、年齢によって推奨部位が異なります。
筋肉内注射を安全かつ効果的に行うためには、正確な手技が不可欠です。注射の手順を細かく見ていきましょう。
準備段階
成人への上腕部(三角筋)への筋肉内注射の実施手順
注射針の選択
成人の場合。
小児の場合。
正確な刺入角度と深さを確保するためには、皮膚の断層構造を理解することが重要です。筋肉内注射では、表皮、真皮、皮下組織を通過して筋肉層まで針先を到達させる必要があります。
筋肉内注射後に発生する「硬結」は、患者に痛みや不快感をもたらす代表的な合併症の一つです。特に油性徐放性製剤(ハロペリドールデカン酸エステル注射液など)の筋肉内注射後に発生しやすいとされています。
硬結とは
硬結とは、注射部位に生じる硬くしこりのような組織変化のことで、圧痛を伴うことがあります。従来、これを予防するために注射部位のマッサージが推奨されていましたが、最新の研究では、より効果的な予防法として「筋収縮運動」が注目されています。
筋収縮運動の有効性
研究によると、注射後に注射した筋肉を積極的に収縮させる運動を行うことで、硬結の発生率や持続期間、圧痛の程度が軽減されることが示唆されています。
例えば、ハロペリドールデカン酸エステル注射液の中殿筋への筋肉内注射を受けている患者を対象とした研究では、注射後に中殿筋が収縮するよう下肢の外転運動を30回行った介入群では、何もしなかった対照群と比較して以下のような効果が見られました。
具体的な筋収縮運動の方法
この方法は患者への負担も少なく、看護師も実施しやすいという利点があります。また、筋肉内注射直後から薬液の拡散を促進するため、薬効の安定化にも寄与する可能性があります。
油性徐放性製剤の筋肉内注射後の硬結を予防するための筋収縮運動に関する研究はこちら
筋肉内注射は技術的側面だけでなく、患者の心理面へのアプローチも非常に重要です。多くの患者が注射に対して不安や恐怖を感じており、これが筋緊張を引き起こし、結果として注射時の痛みを増強させたり、施術を困難にしたりすることがあります。
患者が感じる注射への不安要素
効果的な心理的サポート技術
実践的な声かけ例
こうした心理的サポートは、単に患者の不安を和らげるだけでなく、筋肉内注射の成功率を高め、注射後の満足度向上にも寄与します。また、継続的な治療やワクチン接種が必要な場合、次回以降のコンプライアンス向上にもつながります。
特に小児や注射恐怖症の患者に対しては、年齢や理解度に応じた説明と心理的サポートが不可欠です。医療者は技術的スキルと並行して、こうした心理的アプローチのスキルも磨くことで、より質の高い看護を提供することができます。
筋肉内注射は、単なる「手技」ではなく、患者との信頼関係構築の機会でもあると捉えることが大切です。患者中心のアプローチで、身体的にも心理的にも安全で快適な注射体験を提供しましょう。