硬膜外血腫とは、脳を包む硬膜と頭蓋骨の間に血液が溜まる病態です。主に頭部外傷によって発生し、頭蓋骨の骨折部位から硬膜動脈(主に中硬膜動脈)が損傷することで出血が起こります。脊髄硬膜外血腫の場合は、脊柱管内の硬膜外腔に血腫が形成されます。
硬膜外血腫は発生部位や時間経過により以下のように分類されます。
頭蓋内硬膜外血腫の場合、多くは側頭部や側頭頭頂部に発生し、中硬膜動脈からの出血が主な原因となります。血液は硬膜と頭蓋骨の間に溜まるため、硬膜によって脳実質とは隔てられており、CTでは特徴的な凸レンズ状の高吸収域として認められます。
脊髄硬膜外血腫の場合は、頚椎から胸椎上部に好発し、特に下位頚椎から上位胸椎に多く見られます。発生率は10万人あたり0.1人と稀ですが、重篤な神経症状を引き起こす可能性があります。
発症リスク因子としては以下が挙げられます。
硬膜外血腫の症状は、その位置や大きさ、進行速度によって異なりますが、頭蓋内硬膜外血腫では以下の特徴的な臨床経過が見られることがあります。
脊髄硬膜外血腫の場合は、以下の症状が特徴的です。
硬膜外麻酔に関連した硬膜外血腫では、筋力低下(46%)、背部痛(38%)、感覚障害(14%)、尿閉(8%)などの症状が報告されています。半数以上が麻酔実施後6時間以内に発症し、初発症状から対麻痺まで平均14時間とされています。
診断には画像検査が必須であり、以下の検査が行われます。
臨床症状と画像所見を総合的に評価することで診断が確定しますが、以下の疾患との鑑別が重要です。
硬膜外血腫の治療方針は、血腫の大きさや位置、神経症状の有無と程度、全身状態などを総合的に評価して決定されます。基本的には以下の2つのアプローチがあります。
外科的治療
急性硬膜外血腫で神経症状を呈する場合や、血腫が厚い/量が多い場合は、緊急で開頭血腫除去術が必要となります。手術の流れは以下の通りです。
脳のむくみが予想される場合には、一時的に骨弁を戻さない「外減圧」を行うこともあります。重症例では、救急外来で頭蓋骨に穴を開けて血腫を除去する緊急処置が必要な場合もあります。
脊髄硬膜外血腫の場合も、神経症状を呈する場合は緊急で椎弓切除術による血腫除去が行われます。手術顕微鏡を用いて神経を守りながら慎重に止血し、脊髄の圧迫を解除します。
手術のタイミングは予後に大きく影響し、症状発現から8時間以内の手術では完全回復が46%、部分回復が31%であるのに対し、8~24時間では完全回復が14%、部分回復が29%と低下することが報告されています。そのため、神経症状を呈する場合は可能な限り早期の手術介入が望ましいとされています。
保存的治療
以下のような場合は、手術を行わず保存的に経過観察することがあります。
保存的治療には以下が含まれます。
保存的治療を選択した場合でも、神経症状の悪化や血腫の増大が認められれば、速やかに外科的治療への移行を検討する必要があります。
硬膜外血腫の治療後の予後は、いくつかの重要な因子に左右されます。これらを理解し、適切な経過観察を行うことで、患者の回復を最大化し、合併症を最小限に抑えることができます。
予後に影響する因子
脊髄硬膜外血腫の場合、疼痛のみで神経所見を伴わない症例では、血腫が3椎体以内であれば完全回復が期待できるという報告があります。
経過観察のポイント
硬膜外血腫の治療後は、以下のポイントを中心に経過観察を行います。
特発性脊髄硬膜外血腫の症例では、保存的治療により第5病日に疼痛が改善し、第12病日に退院できたケースが報告されています。
合併症とその対応
硬膜外血腫治療後に生じうる合併症には以下があります。
硬膜外血腫の治療成績は、脳実質自体の損傷が少ない場合は比較的良好です。特に、脳挫傷を伴っていない急性硬膜外血腫で早期に手術が行われた場合、多くの患者が良好な転帰を得ることができます。慶應義塾大学病院の資料によれば、脳損傷を伴わない症例で早期手術が行われた場合、「治療成績は極めて良好で、ほとんどの患者さんが回復される」とされています。
硬膜外血腫は他の頭蓋内出血疾患と症状が類似することがあり、適切な治療方針を決定するためには正確な鑑別診断が不可欠です。以下に主な鑑別疾患との違いを解説します。
急性硬膜下血腫との鑑別
特徴 | 急性硬膜外血腫 | 急性硬膜下血腫 |
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解剖学的位置 | 硬膜と頭蓋骨の間 | 硬膜と脳実質(クモ膜)の間 |
出血源 | 主に動脈性(中硬膜動脈) | 主に静脈性(架橋静脈) |
CT画像所見 | 凸レンズ状、局所的 | 三日月状、広範囲 |
骨折との関連 | 多くは骨折を伴う | 骨折なしでも発生 |
意識清明期 | 特徴的 | まれ |
進行速度 | 急速(数時間) | 比較的緩徐 |
硬膜下血腫は高齢者や抗凝固薬服用患者に多く、硬膜外血腫と比較して予後不良の傾向があります。また、慢性硬膜下血腫は数週間かけて徐々に症状が進行するため、急性硬膜外血腫とは臨床経過が大きく異なります。
脳内出血との鑑別
脳内出血(脳実質内出血)は脳実質内に直接出血が生じる疾患で、主に高血圧性や脳動静脈奇形が原因となります。硬膜外血腫との主な違いは。
脳挫傷との鑑別と合併
脳挫傷は外傷による脳実質の直接損傷であり、硬膜外血腫と合併することも多い重要な病態です。脳挫傷を合併した硬膜外血腫は予後不良因子となるため、注意が必要です。