慢性硬膜下血腫の最も重要な原因は軽微な頭部外傷です。敷居や天井に軽く頭をぶつけるといった日常的な外傷でも発症する可能性があり、患者自身が外傷を忘れてしまうほど軽微なケースも少なくありません。
主要な原因
危険因子
特発性(原因不明)の慢性硬膜下血腫も約20~30%存在し、明確な外傷歴がなくても発症することがあります。これは脳萎縮により硬膜と脳表面の距離が拡大し、橋静脈が牽引されやすくなることが関与していると考えられています。
病理学的には、脳表面と硬膜を繋ぐ橋静脈(bridging vein)の損傷により、ゆっくりとした出血が持続することで血腫が形成されます。血腫は比較的しっかりとした被膜で覆われ、その中に液状の薄い血液が貯留するのが特徴的な所見です。
慢性硬膜下血腫の初期症状は非特異的で軽微なため、しばしば見逃されやすいのが特徴です。血腫が少量の場合は無症状で経過し、脳ドックなどの画像検査で偶然発見されることもあります。
初期症状
これらの症状は日常生活に大きな支障をきたさないため、ストレスや疲労、加齢による変化として見過ごされることが多いのが問題点です。
進行期の症状
症状の特徴として、脳梗塞や脳出血とは異なり、徐々に進行することが挙げられます。また、認知症様症状で発見されることもあり、急激な認知機能低下を認めた高齢者では本疾患を鑑別に挙げる必要があります。
血腫の増大に伴い、これらの症状は徐々に進行し、重症化すると痙攣や意識障害に至ることもあります。特に両側性の慢性硬膜下血腫(約10%の頻度)では、症状がより重篤になる傾向があります。
慢性硬膜下血腫の診断は主に画像診断に依存します。CTスキャンが最も有用で、硬膜下腔に低吸収域として血腫が描出されます。血腫の信号強度は血腫の時期により変化し、急性期は高吸収、亜急性期は等吸収、慢性期は低吸収を示します。
CT所見の特徴
MRIはCTよりも詳細な情報を提供し、血腫内の出血時期の判定や、被膜の評価に有用です。T1強調画像では血腫の信号は様々で、T2強調画像では高信号として描出されることが多いです。
診断のポイント
鑑別診断として、脳梗塞、脳腫瘍、正常圧水頭症、認知症などが挙げられます。特に認知症との鑑別は重要で、可逆性の認知機能低下として治療可能な疾患であることを念頭に置く必要があります。
慢性硬膜下血腫の治療方針は血腫の大きさと症状の程度により決定されます。基本的には外科的治療が主体となりますが、無症状や軽症例では保存的治療も選択肢となります。
外科的治療
穿頭血腫除去術では、頭部に小さな穴を開けて血腫を吸引除去し、生理食塩水で洗浄します。局所麻酔下での施行が可能で、高齢者にも比較的安全に実施できる手術です。
保存的治療
自然吸収される例も稀にあり、無症状の小さな血腫では慎重な経過観察が選択されることもあります。近年では漢方薬の有効性も報告されており、手術リスクの高い患者での選択肢として注目されています。
予後と注意点
慢性硬膜下血腫は脳実質の損傷を伴わないため、適切な治療により後遺症を残さずに改善することが期待できます。ただし、再発率は約10-20%とされており、術後の定期的な画像フォローアップが重要です。
慢性硬膜下血腫の予防は主に外傷の防止に焦点を当てます。特に高齢者では転倒リスクの軽減が最も重要な予防策となります。
予防策
早期発見のポイント
医療従事者として重要なのは、軽微な外傷歴のある高齢者で認知機能低下や神経症状を認めた場合、本疾患を鑑別診断に挙げることです。特に以下の状況では積極的な検査を検討すべきです。
医療従事者の対応
問診では外傷歴の詳細な聴取が重要で、患者や家族が「軽いぶつけ方だから大丈夫」と考えている場合でも、慢性硬膜下血腫のリスクがあることを説明し、適切な経過観察を行う必要があります。
また、抗凝固薬や抗血小板薬を服用している患者では、軽微な外傷でも血腫形成のリスクが高いことを患者・家族に十分説明し、頭部外傷後の症状変化について注意深く観察するよう指導することが重要です。
定期的な脳ドックや健康診断での画像検査は、無症状の慢性硬膜下血腫の早期発見にも有用であり、適切なタイミングでの介入により重篤な症状の進行を防ぐことが可能です。
慢性硬膜下血腫に関する詳細な診療ガイドライン
日本脳神経外科学会
高齢者の転倒予防に関する包括的な情報
厚生労働省高齢者転倒予防ガイドライン