脳挫傷は外部からの強い衝撃によって脳組織に損傷が生じる状態です。頭蓋骨内で脳が急激に移動することで、脳表面が頭蓋骨の内側に衝突し、組織の損傷や出血、浮腫を引き起こします。脳挫傷の発生メカニズムには、主に以下の2つのパターンがあります。
特に重要なのは「coup-contrecoup(クー・コントルクー)現象」と呼ばれるメカニズムです。これは衝撃を受けた部位(coup)だけでなく、その反対側(contrecoup)にも損傷が生じる現象を指します。例えば、後頭部を強打した場合、後頭部だけでなく前頭葉にも損傷が見られることがあります。
脳挫傷の病態生理としては、一次性損傷と二次性損傷が重要です。一次性損傷は衝撃による直接的な組織損傷であり、二次性損傷は数時間から数日かけて進行する脳浮腫、頭蓋内圧亢進、虚血などを指します。
脳挫傷発生の主な原因
脳挫傷の特徴として、損傷が受傷直後だけでなく時間経過とともに拡大する可能性があることが挙げられます。そのため、初期評価で軽症と判断された場合でも、継続的な観察が必要となります。
脳挫傷の症状は損傷の部位や程度によって大きく異なります。重症度別に主な症状を解説します。
軽度の脳挫傷
軽度の脳挫傷では、意識障害がないケースもあります。主な症状には以下のものが含まれます。
これらの症状は受傷直後に現れることもありますが、数日から数週間後に遅発性に出現することもあるため、経過観察が重要です。
中等度から重度の脳挫傷
中等度以上の脳挫傷では、より深刻な症状が現れます。
特に重度の脳挫傷では、脳の出血や浮腫が進行して脳ヘルニアを引き起こす可能性があり、生命に関わる危険性があります。Glasgow Coma Scale(GCS)が8点以下の場合は重症と判断され、集中治療が必要となります。
脳挫傷の部位別症状
脳挫傷の症状は損傷部位によっても異なります。
損傷部位 | 主な症状 |
---|---|
前頭葉 | 実行機能障害、人格変化、情動制御困難、判断力低下 |
側頭葉 | 記憶障害、言語障害(優位半球)、聴覚障害 |
頭頂葉 | 感覚障害、空間認識障害、失行 |
後頭葉 | 視覚障害、視覚失認 |
小脳 | 協調運動障害、歩行障害、眼振 |
脳幹 | 意識障害、生命維持機能の障害、自律神経症状 |
注意すべきことは、脳挫傷の症状が時間経過とともに変化する可能性があることです。特に受傷後24〜72時間は症状が悪化する可能性が高いため、厳重な観察が必要です。
脳挫傷の診断には画像検査が不可欠です。特に頭部CT検査は、その迅速性と出血の検出感度の高さから、初期評価に最も適した検査方法です。
頭部CT検査の所見
脳挫傷の典型的なCT所見として、「salt and pepper(塩コショウ)像」と呼ばれる混合吸収域があります。これは出血と浮腫が混在している状態を示しています。
経時的変化にも注意が必要です。受傷直後のCTでは異常が検出されなくても、数時間後に再検すると病変が明らかになることがあります。そのため、症状が持続する場合や悪化する場合には、フォローアップCTを検討すべきです。
MRI検査の役割
MRIはCTと比較して以下の点で優れています。
ただし、急性期の出血検出に関してはCTの方が優れている場合があり、また救急時の患者管理の観点からはCTが第一選択となることが多いです。
診断におけるその他の検査
診断に際しては、外傷の状況(受傷機転)や受傷からの時間経過、既往歴(特に抗凝固薬の使用歴)などの情報収集も重要です。CT所見と臨床所見を総合的に判断することが、適切な治療方針の決定につながります。
脳挫傷の治療は、損傷の程度や症状の重症度に応じて異なるアプローチが取られます。基本的な治療目標は、二次性脳損傷の予防、脳浮腫の軽減、脳血流の維持、そして合併症の予防です。
保存的治療
軽度から中等度の脳挫傷では、主に以下の保存的治療が行われます。
外科的治療
重度の脳挫傷や、保存的治療に反応しない場合には、外科的介入が検討されます。
特殊治療
重症例では、以下の特殊治療が考慮されることもあります。
治療の経過とフォロー
治療経過中は、神経学的評価、バイタルサインの監視、頭蓋内圧のモニタリング(重症例)を継続的に行います。状態が安定した後も、定期的なフォローアップと必要に応じたリハビリテーションが重要です。
治療期間は症状の内容や脳損傷の程度により個人差がありますが、軽症例では数週間、重症例では数ヶ月から数年にわたる治療とリハビリテーションが必要となることがあります。
脳挫傷患者の看護ケアは、病期に応じて異なるアプローチが必要です。ここでは、急性期から回復期、そしてリハビリテーションに至るまでの看護ケアのポイントを解説します。
急性期の看護ケア(受傷~数日)
回復期の看護ケア(数日~数週間)
リハビリテーション期の看護ケア(数週間~)
看護ケア全般での注意点
脳挫傷患者の看護において特に重要なのは、症状の変化を早期に察知することです。特に以下の変化には注意が必要です。
これらの変化が見られた場合は、脳ヘルニアなどの重篤な合併症の前兆である可能性があるため、速やかに医師に報告し、対応を検討する必要があります。
また、脳挫傷患者は外傷後てんかんを発症するリスクがあるため、けいれん発作の観察と対応の準備も重要です。発作時には気道確保、安全確保を最優先し、必要に応じて抗てんかん薬の投与を行います。
脳挫傷の後遺症として高次脳機能障害が残存することがあります。この障害は日常生活や社会復帰に大きな影響を与えるため、適切な評価とリハビリテーションが重要です。
高次脳機能障害の主な症状
脳挫傷後の高次脳機能障害には、以下のような症状が含まれます。
これらの症状は脳の損傷部位によって異なりますが、特に前頭葉の損傷では遂行機能障害や社会的行動障害が目立つことが多いです。
認知リハビリテーションの方法
高次脳機能障害に対する認知リハビリテーションには、以下のようなアプローチがあります。
これらのリハビリテーションは、神経心理学的評価に基づいて個別に計画され、患者の能力や環境に合わせてカスタマイズされます。
認知リハビリテーションの効果を高める工夫
効果的な認知リハビリテーションには以下の点が重要です。
長期的なフォローアップ
高次脳機能障害は慢性的な経過をたどることが多く、長期的なフォローアップが重要です。定期的な評価を行い、社会環境の変化に応じてリハビリテーション計画を調整することが望ましいです。
特に、就労支援や復学支援など、社会参加に向けた包括的なサポートが必要となることがあります。地域の支援機関や就労支援施設との連携も重要です。
脳挫傷後の高次脳機能障害は目に見えにくい障害であるため、本人や家族、周囲の理解が得られにくいという特徴があります。医療従事者は、これらの「隠れた障害」に対する理解を深め、適切な評価とリハビリテーション、そして社会資源の活用支援を行うことが求められます。