ホスホリパーゼの種類と作用機序

リン脂質を加水分解するホスホリパーゼは、切断部位によってA、B、C、Dの4種類に分類され、それぞれ異なる生理機能を持つ酵素群です。各タイプの構造や基質特異性、臨床応用の可能性についてご存知でしょうか?

ホスホリパーゼの種類と特徴

📊 ホスホリパーゼの4つの主要分類
🔬
タイプA・B

アシル基を切断し遊離脂肪酸とリゾリン脂質を生成する酵素群

タイプC

シグナル伝達に関与し、セカンドメッセンジャーを産生する

🧪
タイプD

ホスファチジン酸を生成し、炎症や細胞増殖に関与する

ホスホリパーゼ(phospholipase)は、生体膜の主要構成成分であるリン脂質を加水分解する酵素の総称であり、その作用部位によってA、B、C、Dの4種類に大別されます。これらの酵素は、細胞膜のリモデリング、脂質代謝、シグナル伝達など多様な生理機能を担っており、消化酵素や毒性因子としても知られています。各タイプのホスホリパーゼは、リン脂質分子上の異なる化学結合を特異的に切断することで、それぞれ独自の生成物を産生し、異なる生物学的役割を果たしています。
参考)ホスホリパーゼ - Wikipedia

ホスホリパーゼの分類は、グリセロリン脂質のどの部位のエステル結合を加水分解するかによって決定されます。この基質特異性の違いにより、各酵素は細胞内の異なる局在と機能を持ち、炎症反応、アレルギー応答、神経伝達物質の代謝など、多岐にわたる生理的プロセスに関与しています。
参考)ホスホリパーゼA2 - 脳科学辞典

ホスホリパーゼAの構造と機能

 

ホスホリパーゼA(Phospholipase A)は、リン脂質のアシル基を切断する酵素群であり、さらにA1とA2のサブタイプに分類されます。ホスホリパーゼA1は、グリセロール骨格のsn-1位のアシル基を切断し、遊離脂肪酸と2-アシルリゾリン脂質を生成します。一方、ホスホリパーゼA2(PLA2)は、sn-2位のアシル基を特異的に切断し、アラキドン酸などの脂肪酸と1-リゾリン脂質を産生する重要な酵素です。
参考)ホスホリパーゼ - 光合成事典

ホスホリパーゼA2は、構造と機能に基づいてさらに細かく分類され、ヒトゲノムには50種類以上のPLA2ファミリー酵素がコードされています。主要なサブグループとして、細胞質型PLA2(cPLA2)、カルシウム非依存性PLA2(iPLA2)、分泌性PLA2(sPLA2)などがあり、それぞれ異なる活性化機構と生理的役割を持っています。特に細胞質PLA2のαサブタイプ(cPLA2α)は、細胞質のカルシウム濃度上昇に応答して膜リン脂質からアラキドン酸を遊離し、これがプロスタグランジンロイコトリエンなどの脂質メディエーターに変換されて、炎症反応や細胞間情報伝達に重要な役割を果たします。
参考)Journal of Japanese Biochemica…

分泌性ホスホリパーゼA2は、ヘビ毒やハチ毒の主成分として知られ、哺乳類では膵液中に存在して消化酵素としても機能します。これらの酵素は小さな分子サイズを持ち、表面に膜と相互作用する領域を有しており、効率的に基質リン脂質を切断することができます。一方、細胞質に存在する大型のPLA2は、膜相互作用ドメインと触媒ドメインに分かれた構造を持ち、より複雑な制御機構の下で機能しています。
参考)ホスホリパーゼとは何? わかりやすく解説 Weblio辞書

ホスホリパーゼBの基質特異性

ホスホリパーゼB(Phospholipase B)は、リン脂質のsn-1位とsn-2位の両方のアシル基を切断できる酵素であり、リゾホスホリパーゼ(Lysophospholipase)活性も有しています。この酵素は、ジアシルグリセロリン脂質を段階的に加水分解し、最終的にグリセロホスホコリンなどの完全に脱アシル化された生成物を産生することができます。
参考)https://ir.library.osaka-u.ac.jp/repo/ouka/all/33158/05441_Abstract.pdf

Penicillium notatumなどの微生物由来のホスホリパーゼBは、基質特異性が比較的狭く、特定のリン脂質構造に対して選択的に作用することが明らかになっています。例えば、1-アシル体に対して特異的に作用する性質を持ち、非イオン性および陰イオン性界面活性剤の存在下では活性が促進される一方、リゾホスホリパーゼ活性に対しては阻害的に働くことが報告されています。このように、基質の物理化学的状態が変化すると酵素の基質特異性も変化する特徴があり、膜環境における脂質の状態が酵素活性の制御に重要な役割を果たしています。​

ホスホリパーゼCとシグナル伝達

ホスホリパーゼC(Phospholipase C、PLC)は、リン脂質のグリセロールとリン酸の間のエステル結合を加水分解する酵素であり、主にホスファチジルイノシトール4,5-二リン酸(PIP2)を基質として作用します。この反応により、セカンドメッセンジャーとして機能するイノシトール1,4,5-三リン酸(IP3)とジアシルグリセロール(DAG)が生成されます。
参考)https://www.cellsignal.jp/pathways/phospholipase-signaling-pathway

PLCファミリーには、PLCβ、PLCγ、PLCδ、PLCεなど少なくとも4種類のサブタイプが存在し、それぞれ異なる活性化機構を持っています。PLCβサブファミリーは、ヘテロ三量体Gタンパク質のαまたはβ/γサブユニットによって活性化され、Gタンパク質共役受容体(GPCR)シグナル伝達カスケードにおいて重要な役割を担っています。一方、PLCγは受容体型チロシンキナーゼ(EGFR)や非受容体型チロシンキナーゼ(Syk)によるチロシン残基のリン酸化を介して活性化されます。​
PLCの活性制御は、主にリン酸化によって行われており、例えばプロテインキナーゼA(PKA)やプロテインキナーゼC(PKC)によるPLCβ3のセリン1105番目のリン酸化は活性を阻害しますが、チロシンキナーゼによるPLCγのリン酸化は活性化につながります。生成されたIP3は、小胞体に局在するIP3受容体を介してカルシウムイオンの放出を引き起こし、細胞内カルシウム濃度を局所的に上昇させます。一方、DAGはプロテインキナーゼC(PKC)やTRPCチャネルを活性化し、さらにジアシルグリセロールリパーゼ(DGL)によって分解されると、内因性カンナビノイドである2-アラキドノイルグリセロール(2-AG)が生成されます。
参考)ホスホリパーゼC - 脳科学辞典

ホスホリパーゼDの生理的役割

ホスホリパーゼD(Phospholipase D、PLD)は、リン脂質のリン酸エステル結合を切断し、ホスファチジン酸(phosphatidic acid)とアルコール(コリンなど)を生成する酵素です。哺乳類細胞には主にPLD1とPLD2の2つのアイソザイムが存在し、これらは細胞表面のGタンパク質共役受容体(GPCR)、受容体型チロシンキナーゼ(RTK)、インテグリンなど様々な受容体の下流で、シグナルによって活性化される脂質セカンドメッセンジャーであるホスファチジン酸の主要な供給源となっています。
参考)がん、感染症、神経変性疾患に対するホスホリパーゼD標的療法

PLDが産生するホスファチジン酸は、細胞機能において極めて重要な役割を担っており、炎症、悪性形質転換、浸潤性、神経変性疾患、さらには感染過程やその他の病態生理過程の基盤となる分子機構に寄与しています。植物組織においてもPLDは豊富に存在し、キャベツなどの葉を破砕すると直ちにリン脂質からホスファチジン酸が生成されるため、正確な脂質分析には熱イソプロパノールで酵素を事前に失活させる必要があります。​
最近の研究により、アイソザイム選択的PLD阻害剤の開発が進み、PLDアイソザイムがヒトの様々な疾患の治療標的となる可能性が示唆されています。特にがん、神経変性疾患、中枢神経系疾患の治療法として、また薬効範囲の広い抗ウイルス薬、抗菌薬としての応用が期待されています。また、ホスホリパーゼD4(PLD4)は、関節リウマチなどの全身性自己免疫疾患の疾患感受性遺伝子として同定されており、エキソヌクレアーゼとして細胞内でTLR7、TLR9経路を抑制する機能を持つことから、自己免疫疾患のバイオマーカーや治療標的としての臨床応用が探索されています。
参考)https://kaken.nii.ac.jp/ja/file/KAKENHI-PROJECT-16K09891/16K09891seika.pdf

ホスホリパーゼの臨床応用と疾患への関与

ホスホリパーゼ群は、その多様な生理機能から、様々な疾患の診断マーカーや治療標的として臨床応用が進められています。特にホスホリパーゼA2の活性上昇は、物理的外傷や組織損傷、膵臓への感染や傷害などにより著しく増加し、血流中へのPLA2放出が多大な組織損傷を引き起こすことが知られています。また、ウイルス感染や微生物、アレルゲンへの曝露もPLA2の活性化を引き起こし、炎症反応やアレルギー症状の発現に関与しています。
参考)https://www.ca-nutrients.com/Phospholipases%20A2-4PageJapanese.pdf

特発性膜性腎症においては、責任抗原の一つとしてホスホリパーゼA2レセプター(PLA2R)の存在が明らかになり、血中の抗PLA2R抗体価が尿蛋白量と正相関することから、治療反応性診断マーカーや予後推定マーカーとしての有用性が期待されています。リポ蛋白関連ホスホリパーゼA2は、動脈硬化の診断・治療において重要な役割を果たしており、脂質代謝異常に関連する疾患の評価に利用されています。
参考)M-Review|Ⅱ.脂質代謝,動脈硬化における機能と臨床的…

ホスホリパーゼの持続的な放出とそれに伴う炎症は、多発性硬化症、関節リウマチ、胃腸性疾患、アレルギー、神経精神疾患、慢性炎症性疾患、心血管疾患、がんなど幅広い疾患と関連性が高く、重要な研究領域となっています。特に分泌性ホスホリパーゼA2-VとsPLA2-Xは気道炎症に伴い気管支上皮細胞と肺胞に発現し、呼吸器疾患の病態形成に関与しています。
参考)https://www.jbsoc.or.jp/seika/wp-content/uploads/2013/05/83-06-02.pdf

さらに、腫瘍由来の細胞外小胞(EV)の膜リン脂質に濃縮された多価不飽和脂肪酸(PUFA)が、分泌型ホスホリパーゼA2(sPLA2)によって加水分解されることで、がんの悪性化における新規作動メカニズムとして注目されています。このようにホスホリパーゼ群は、疾患の病態形成における重要な役割を担っており、これらの酵素を標的とした診断法や治療法の開発が期待されています。
参考)Journal of Japanese Biochemica…

 

 


医学のあゆみ ホスホリパーゼA2 -最近の進歩 2018年 264巻2号 [雑誌]