タンパク質のリン酸化は、ATPのリン酸基がアミノ酸残基のヒドロキシ基に転移して共有結合する反応です。真核細胞では主にセリン、スレオニン、チロシンの3種類のアミノ酸残基がリン酸化の標的となります。
参考)リン酸化 - Wikipedia
リン酸化を受けるアミノ酸の99%以上はセリンとスレオニンですが、わずか0.1%未満しか占めないチロシンのリン酸化の方が生物学的に重要なケースが多いことが知られています。リン酸化されたアミノ酸は、リン酸基が2つのO-を持つため、親水性と電荷が大きく変化し、これによってタンパク質全体の立体構造が変化します。
参考)プロテインキナーゼ - Wikipedia
セリンのリン酸化では約6割が対象を活性化させるのに対し、チロシンのリン酸化では活性化させる率が8割近くに達し、トレオニンは両者の中間の特性を示します。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/biophys/56/4/56_207/_pdf
リン酸化を触媒する酵素は一般にキナーゼと呼ばれ、特にタンパク質を基質とするプロテインキナーゼが重要です。キナーゼは、リン酸化するアミノ酸残基の種類によって大きく分類されます。
参考)キナーゼ|タンパク質実験|【ライフサイエンス】|試薬-富士フ…
セリン/スレオニンキナーゼは、セリンまたはスレオニンのヒドロキシ基をリン酸化する酵素で、全プロテインキナーゼの約80%を占めます。これらはcAMP、cGMP、ジアシルグリセロール、カルシウムイオンとカルモジュリンによって調節され、細胞の成長、分裂、死、代謝などの重要な細胞機能の調節に関与しています。
参考)プロテインキナーゼの全体像:機能から医学的重要性まで 
チロシンキナーゼは、チロシン残基をリン酸化する酵素です。チロシンホスファターゼはチロシンキナーゼと異なり、基質特異性が低く、リン酸化チロシンを含む多くのタンパク質を認識して脱リン酸化します。
参考)チロシンリン酸化 - 脳科学辞典
さらに、二重特異性キナーゼも存在し、複数のアミノ酸残基に対して活性を示します。微生物や植物ではヒスチジンのイミダゾール環窒素原子に反応するヒスチジンキナーゼも報告されています。
参考)プロテインキナーゼ:概要、分類、および治療の可能性 - As…
代謝に重要なリン酸化には3つの主要な種類があります。
参考)リン酸化を理解する: ATP 合成から細胞シグナル伝達まで …
基質レベルのリン酸化は、高エネルギー供与分子からリン酸基をADPに転移させることでATPを直接合成するプロセスです。このプロセスは、電子伝達系や酸素とは無関係に、解糖系やクレブス回路などの代謝経路でATPを生成します。リン酸を持つ基質(1,3-ビスホスホグリセリン酸やホスホエノールピルビン酸など)のリン酸が、酵素の働きによってADPに移されることでATPが生じます。
参考)基質レベルのリン酸化と酸化的リン酸化の違いを教えてください!…
酸化的リン酸化は、ミトコンドリアの電子伝達系におけるNADHなどの基質の酸化を利用して、ADPをリン酸化しATPを生成する過程です。この反応は好気的条件下で効率的にエネルギーを産生し、細胞の主要なATP供給源となります。
参考)https://www.okayama-u.ac.jp/up_load_files/press29/press-171027-2.pdf
光リン酸化は、植物や光合成細菌において、光エネルギーを利用してATPを合成する過程です。この3つの種類は、それぞれ異なる細胞内環境と代謝経路で機能し、細胞活動に必要なエネルギー供給を保証しています。
リン酸化は細胞内シグナル伝達の根幹をなすシステムであり、細胞の運命を決定づける働きをしています。MAPキナーゼ経路は、MAPK、MAPKK、MAPKKKという3種類のタンパク質リン酸化酵素によって構成される代表的なシグナル伝達システムです。
参考)新学術領域研究「修飾シグナル病」中高校生・専門外の皆さんへの…
リン酸化に伴う立体構造変化からタンパク質の機能が変化するパターンには大きく分けて2つ存在します。①酵素のリン酸化による触媒活性の変化と、②リン酸化による別のタンパク質との相互作用の変化です。
参考)リン酸化によるシグナル伝達 
外部刺激に応答してMAPKKKがMAPKKをリン酸化して活性化し、活性化されたMAPKKがMAPKをリン酸化して活性化します。活性化されたMAPKは核内に移行し、様々な転写因子をリン酸化してその転写能を変化させ、多彩な遺伝子の発現を調節します。
参考)【いまさら聞けないがんの基礎 9】Ras/Raf/MEK/E…
リン酸基は脱リン酸化酵素によって除去されることもあり、脱リン酸化が起きるとタンパク質の立体構造は元の状態に戻ります。このリン酸化・脱リン酸化の可逆的な反応により、細胞内シグナルは素早くオン・オフが制御され、柔軟な細胞内情報伝達が可能になっています。
通常のセリン、スレオニン、チロシン以外のアミノ酸残基のリン酸化も生理的に重要です。システインリン酸化は、セリン、トレオニン、チロシンなどの主要なリン酸化体と比較して化学的に不安定な存在ですが、チロシンホスファターゼの活性中心システインにリン酸が直接結合することで酵素反応の中間体を形成します。
参考)Journal of Japanese Biochemica…
システインの7アミノ酸C末端側に保存されているセリン・トレオニンの水酸基が、反応中の硫黄原子を安定化する重要な役割を果たしています。この一過的なシステインリン酸化は、チロシンホスファターゼの酵素反応サイクルの中で不断に生成・分解されています。
RhoAの188番目のセリン残基のリン酸化は、生理的な調節において重要な役割を果たしており、このリン酸化による不活性化は肺高血圧症などの血管障害に対する治療アプローチの一つとなる可能性があります。また、前立腺癌におけるアンドロゲン除去療法中の神経内分泌細胞の発生にも関連しており、RhoAのリン酸化経路に対する薬物療法は癌治療に有用となる可能性があります。
参考)https://www.cosmobio.co.jp/product/detail/cytoskeleton-news-201501-02.asp?entry_id=14600
糖尿病治療薬メトホルミンは、制御性T細胞の脂肪酸に依存した酸化的リン酸化反応を減少させ、代わりに糖に依存した解糖系を亢進させることで、腫瘍免疫における新たな治療標的となっています。このように、リン酸化の種類と特性を理解することは、疾患治療における創薬標的の探索に直結しています。
参考)臨床応用可能な老化細胞除去薬の同定に成功|ニュース&イベント…