中枢神経系を構成する細胞の中で、ニューロン以外の細胞を総称してグリア細胞(神経膠細胞)と呼びます。哺乳類の脳では、神経細胞の数倍から数十倍の数のグリア細胞が存在しており、ヒトの脳におけるグリア細胞全体の数はニューロンの数を遙かに上回ります。
参考)グリア細胞 - 脳科学辞典
グリア細胞は形態や機能によって、アストロサイト(星状膠細胞)、オリゴデンドロサイト(希突起膠細胞)、ミクログリア(小膠細胞)、上衣細胞の4種類に分類されます。長い間、これらの細胞は電気的に不活性であるため、中枢神経系における機能は過小評価されてきました。しかし、20世紀後半からの細胞内カルシウム濃度研究法や二光子レーザー顕微鏡などの技術革新により、グリア細胞の新しい側面が次々と明らかになり、高次機能発現に積極的に関与する可能性が示されています。
グリア細胞の分類は神経細胞に比べて非常におおざっぱで、それぞれの細胞系譜を詳細に把握し、機能別の違いを明らかにすることが今後の研究課題となっています。
参考)分子神経生理部門 href="http://www.nips.ac.jp/ninfo/ikenaka_message/05.html" target="_blank">http://www.nips.ac.jp/ninfo/ikenaka_message/05.htmlgt; 池中先生からのメッセージ 5
アストロサイトは脳と脊髄に特異的に存在する星型のグリア細胞で、グリア細胞の中で最も大きく数も多い細胞です。血管系とニューロンを結びつけ、神経系の構築、神経伝達物質の取り込み、血液脳関門の形成などの重要な役割を果たしています。
アストロサイトは血管からニューロンへの栄養伝達を司り、グルタミン酸をはじめとした神経伝達物質の供給、およびグルコースを乳酸に変換してニューロンのエネルギーに充てる作業を担っています。さらに、脳の健康維持への貢献も多大で、睡眠時には有害細胞の除去によって脳内の免疫を維持するほか、脳組織が損傷した際はアストロサイト自らが増殖することで炎症部を塞ぎます。
従来は脳内の構造の支持や環境維持の役割を担うと考えられてきましたが、最近では脳の情報処理にも積極的に関与することが明らかになっています。アストロサイトは多様な神経伝達物質受容体を発現し、ニューロンの活動に応答して自らも伝達物質を遊離することによってニューロン活動を修飾します。細胞内カルシウム濃度の動的変化により興奮性を示し、シナプス活動を感知して神経活性物質(グリオトランスミッター)を放出し、神経活動とシナプス伝達を調節することで動物の行動にも影響を与えます。
参考)https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fnsyn.2023.1138577/pdf
アストロサイトの突起はシナプス周辺を覆い、「アストログリアゆりかご」として機能することで、シナプスの形成、成熟、隔離、維持に不可欠な役割を果たしています。神経伝達物質、イオン、アミノ酸などのトランスポーターといった、シナプスの恒常性維持に必須の分子は、表面積が大きいグリア膜に集中しています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4173281/
オリゴデンドロサイトは、ミエリンと呼ばれるニューロンの突起部(軸索)を形成する細胞です。ミエリンは電気信号の伝達を直接担っており、運動機能や感覚機能を正常に保つにはミエリンの形状維持が欠かせません。髄鞘は神経線維の周りを取り巻くことで、神経の伝導速度を速くすることができます。
参考)脳の神経細胞に髄鞘が形成されるメカニズムの一端を解明− 特定…
オリゴデンドロサイトは特定の神経細胞に対して選択的に髄鞘を形成していることが明らかになっています。単一のオリゴデンドロサイトを可視化した研究により、オリゴデンドロサイトが特定の神経細胞に優先的に働きかけることで、記憶や学習が亢進している可能性が考えられています。
参考)脳の神経細胞に髄鞘が形成されるメカニズムの一端を解明 -特定…
また、オリゴデンドロサイトからはNGF(神経成長因子)やBDNF(脳由来神経栄養因子)など、ニューロンの成長・増殖に関わる因子が多く分泌されます。オリゴデンドロサイトが形成する髄鞘は神経活動に応じて拡大することが示されており、単なる構造的サポートにとどまらず、神経活動に応じた動的な機能を有しています。
脱髄疾患は、髄鞘がいったん形成された後に障害されることで起きる病気であり、グリア細胞と関係がある疾患の代表例です。
参考)第15回
ミクログリアは中枢神経系グリア細胞の一つで、中枢の免疫担当細胞として知られ、中枢神経系に存在する常在性マクロファージとも呼ばれます。アストロサイトやオリゴデンドロサイトなどとは異なり、胎生期卵黄嚢で発生する前駆細胞を起源とします。
正常状態では脳や脊髄に点在し、細胞同士がお互いに重ならず分布しています。ミクログリアは細長い突起を有し、それをダイナミックに動かして、シナプスや軸索等に接触させその機能を監視・調節しています。通常、ミクログリアは神経シナプスの剪定や貪食による死細胞の除去を担うなど、組織の恒常性維持において重要な役割を果たしています。
発生期には生理活性物質の放出を介した神経新生の促進や脳血管網の形成においても極めて重要な役割を果たします。また、ミクログリアは高い運動性を持つ突起でシナプスと動的に相互作用し、神経回路の精密化に重要な役割を果たし、シナプスの再編成に積極的に関与します。
参考)知りたい!シナプスの構造と機能を制御するグリア東京大学 大学…
病態時には、細胞体の肥大化や細胞増殖を伴い活性化状態となります。細胞膜受容体を含む様々な分子の発現を変化させ、病巣部への移動、ダメージを受けた細胞やアミロイドβタンパク質などの細胞外タンパク質の貪食、液性因子(炎症性因子、細胞障害性因子、栄養因子など)の産生放出を引き起こします。
様々な中枢性疾患の発症時においては、疾患の進展に促進的に、あるいは抑制的に機能することが明らかになっており、その機能的多様性から、ミクログリアには様々なサブタイプが存在し、それぞれの局面で多種多様な機能を発揮していると考えられています。
上衣細胞は一般的に多数の運動性繊毛を有しており、脳室系の内腔表面を覆って脳室と脳実質組織の間の境界を形成し、脳脊髄液の循環などに関与しています。脳脊髄液の循環は、脳室の中を裏打ちする脳室上衣細胞が持つ繊毛の波打ち運動によって作られています。
上衣細胞は、ウイルスや細菌感染に対する免疫反応に重要なサイトカイン及びその受容体を発現し、感染後にICAM1やVCAM1といった免疫系との相互作用に重要な細胞接着分子を発現上昇させることから、脳を防御する免疫バリアーの役割を有すると考えられます。
さらに、上衣細胞には飲小胞や薬剤受容体、分解酵素、金属結合タンパク質などが観察されることから、脳脊髄液中を循環している様々な毒性物質から脳実質を防御する役割を有していると考えられています。実際に、モノアミン代謝酵素であるMonoamine oxydaseは上衣細胞に発現しており、アミンバリアーの役割を果たしている可能性があります。
上衣細胞は増殖因子やケモカイン、ホルモン、神経ペプチドといった生理活性物質の代謝及び分解酵素も発現していることから、放出のみならず量の調節も行っていると考えられ、栄養因子、増殖因子等の中には、脳室下帯におけるニューロン新生を制御するものも報告されています。
上衣細胞にはグルコース輸送体GLUT1-4が発現しており、脳脊髄液中のグルコースを取り込むことができると考えられています。インスリンやIGFに上衣細胞のグリコーゲン貯蔵を誘導する能力があること、脳脊髄液中にはIGF1/2が存在していることから、上衣細胞は脳脊髄液の変化を感知してエネルギー貯蔵を調節する役割を果たしていると考えられます。
近年のグリア細胞研究の進展により、これらの細胞が脳機能に果たす役割の重要性が次々と明らかになっています。うつ病治療薬が神経細胞ではなくアストロサイトに作用して治療効果を発揮することが示され、グリア細胞を標的とした新しいうつ病治療薬の開発が期待されています。
参考)うつ病治療薬はグリア細胞に作用して治療効果を発揮することを発…
アルツハイマー病モデルマウスを用いた研究では、グリア細胞を標的とする薬剤の経口投与により神経脱落が抑制され、認知機能が改善されることが見出されており、神経炎症を呈する幅広い疾患に対する創薬可能性が示唆されています。また、グリア細胞での糖代謝を促進することで、アルツハイマー病などで神経細胞を傷害する神経炎症を緩和できる可能性が示されています。
参考)神経炎症時の活性化グリア細胞の産生機構の解明—神経変性疾患の…
ALS(筋萎縮性側索硬化症)においても、グリア細胞(ミクログリア、アストロサイト、オリゴデンドロサイト)は疾患進行を遅延させる治療標的細胞と考えられており、グリア細胞を標的とした治療法開発が進められています。
参考)https://alsjapan.org/wp-content/uploads/2017/01/%E5%B1%B1%E4%B8%AD%E6%95%99%E6%8E%88%EF%BC%88%E5%90%8D%E5%8F%A4%E5%B1%8B%E5%A4%A7%E5%AD%A6%EF%BC%89IBC%E8%B3%87%E6%96%99.pdf
理化学研究所の研究グループは、iPS細胞からグリア細胞を効率良く作る技術を開発し、認知症やALSの病態解明や創薬の研究に役立つと期待されています。これらの技術進歩により、グリア細胞の種類ごとの機能解析や疾患メカニズムの解明がさらに加速すると考えられます。
参考)神経難病のカギ「グリア細胞」iPSから効率作製
医療従事者の視点から見ると、グリア細胞の種類とその機能を理解することは、神経変性疾患、精神疾患、脳血管障害などの病態理解と治療戦略の構築に不可欠です。特に、従来のニューロン中心の視点だけでなく、グリア細胞との相互作用を含めた包括的な理解が、今後の神経科学と臨床医学の発展に重要な役割を果たすと考えられます。
参考リンク:グリア細胞の基本的な分類と機能について、医療従事者向けに詳しく解説されています。
脳科学辞典 - グリア細胞
参考リンク:ミクログリアの免疫機能と神経回路における役割について、詳細な解説があります。
脳科学辞典 - ミクログリア
参考リンク:アストロサイトの構造と機能、シナプス制御について専門的な情報が得られます。
脳科学辞典 - アストロサイト
参考リンク:上衣細胞の構造と機能、脳脊髄液循環における役割について詳しく解説されています。
脳科学辞典 - 上衣細胞
参考リンク:グリア細胞を標的とした神経変性疾患の治療法開発について解説されています。